第27話
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シャワーの落ちて弾ける響きの中で、凜は一日の疲れを取っていた。
「今日も疲れたなぁ…仕事には慣れて来たけど、鬼灯さんのセクハラとスパルタにはいつまで経っても慣れない……」
熱いお湯に打たれながら、ふと自分の身体が気になってしまった。
透き通るように白い、滑らかな肌。
身体つきは細く、肉づきも薄い方だ。
手足などはしなやかで、乱暴に扱われれば折れてしまいそうなほどにほっそりとしている。
凜はシャワーを止めて、バスルームを出た。
洗面所に己の姿が映っている。
生前は同級生と一緒に着替えをした時など、何故か賛辞されたり、羨ましがられたりする。
もしかしたら、自分はそこそこ自慢のできる体型なのかもしれない。
体重の増減や肌荒れなどには年相応に気を遣う凜だが、己のスタイルを深く気にした経験はない。
どんな体型を理想とすべきなのか、全くピンとこないのだ。
できれば今の体型を維持したい。
その程度の願望があるくらいだ。
この時頭にちらつくのは、親友のお香の圧倒的なスタイルだ。
身長差はほとんどない。
なのに、比べるのが間違いだと思わせてくれるくらいに開いた差。
「やっぱり、男の人ってああいう体型の方が好きなもんなのかな……?」
具体的に誰とは考えないようにしつつ、凜はつぶやいた。
身体つきだけではない、彼女のような積極性や物怖じのなさも、自分には欠けている。
はあ。
溜め息が漏れる。
彼女と比べたら、凜は身体つきも性格も随分もスケールが小さい。
持って生まれたDNAが鬼女と違うのだから、仕方がない。
不可抗力だ。
しかし、そんな理屈では凜の心は全く浮き立ってこなかった。
もし、ああいう奔放で大胆な女性が彼の好みだとしたら――。
「――ああもう、あたしったら何を考えてる!?」
自分がどれだけ熱心に時間を過ごしてしまったのかを知らされ、煩悶した。
翌朝、気持ちを切り替えた凜は着物とスカートの和服を身に纏った。
部屋を出て恒例の朝の散歩、そして閻魔殿へ向かう。
「…………………………」
閻魔殿で彼女を待っていたのは、鏡の前で体型を気にする閻魔の姿だった。
でっぷりと膨らんだ腹に両手を持っていき、溜め息を漏らす。
「閻魔様、鏡なんか見てどうしたんですか?」
「あっ、凜ちゃん…ワシ、太ったよなあ~……特にお腹がヤバいよ、どうしよう」
彼のふくよかな身体は閻魔の気質や人格そのもののように丸みを帯びていて、見ていると和むのだが。
最近は一層肥えてしまったような気がして、ぎっくり腰になってしまったのは記憶に新しい。
(詳しくは第14話を読んでね)
「……そういえば、その体型のせいでぎっくり腰にもなりましたよね。その後、雷神様の電流で色んなツボを刺激して治りましたけど」
「今日、仕事終わったらジムにでも行こうかなあ~。凜ちゃん、悪いんだけど付き合ってくれない?」
「いいですよ」
「えっ」
二人の会話を聞きつけた鬼灯は片眉を半ミリ上げ、
「えんまだぞよ」
ダイエットでひょろひょろに痩せた閻魔の姿を想像し、声を張り上げた。
「いいですね!行きましょう!!」
意気揚々と言い出す鬼灯に、二人は悪い予感を覚えた。
「「!?いっ…いい予感が一つもしない!!」」
不喜処地獄で亡者の頭を噛みちぎるシロを凝視した後、
「………………」
ルリオは妙にふくよかになった体型を指摘する。
「オイ、シロ。お前最近太ったよな…」
「え~~~~~?それはルリオの方じゃない?パッと見、食材だよ?『ゴチになります』に出て来そう。中華の回とかで」
負けた人が全員の食事をおごる某バラエティ番組で、
「本日のイチ押しは地獄産キジ肉でーす」
今日の食材を使ったご馳走と同類だと言われた。
この一言がルリオを怒らせ、
「わ~~ん」
くちばしで突かれ、シロは逃げ回る。
最近、肥満の自覚が出てきた動物達を締めくくるように、柿助が言う。
「みんなでジムにでも行こうかー?」
運動場に移動した閻魔を待っていたのは、地獄のダイエットだった。
袖と裾を捲り上げ、スパルタ鬼教官となった鬼灯は竹刀を打ちつける。
細身な身体つきながらも、特に手足の筋肉質が見て取れる。
「あと100回!!」
「鬼灯の 新兵訓練基地 !!」
「ネタが古い!!あと200回!!」
息を荒げながら腕立て伏せをする閻魔のボケにつっこんだ。
「ボケのダメ出しでさらに追加された!!」
その隣では、袖を捲り上げてスパッツを穿いた凜がいた。
華奢な身体つき――特に手足の細さが見て取れた。
「コラッ、シロさん、ヘバるのが早すぎです!」
「コレ、きつい~」
ランニングマシーンで早くも疲れるシロに二匹は呆れる。
「まさかシロ君達もジムに来るなんてね」
「最近、食いすぎで……」
「何をそんなに食べすぎたの?」
「仕事で毎日、亡者の骨をしゃぶってるし」
「胃も疲れてきたよなー」
仕事とはいえ、肉にかぶりつく食事に飽きてげっぷをする。
(なるほど、それが原因か……)
「ハイ、次は縄とび1000回!!」
「激しすぎる運動は逆によくないんじゃないの?」
ハードなメニューに叫びつつも閻魔は縄跳びを始め、日々の食生活を思い出した。
「あ~、しかし何でこんなに太るんだろうな~?なるべくコーラじゃなくてカロリー0ジュースにしてるんだけどな…」
「おやつに供物の菓子、デザートにケーキ、風呂上がりにアイス食べてるからじゃないですか?」
凜は顔を引きつらせ、閻魔は絶句した。
「うっ」
「うわ、そんなに……」
「好きなもの全てやめろとはいいませんが、その分、米を減らすとか何らかの具体策を講じないと脂肪は減らしませんよ」
正論を突きつけられては、もう反論もできない。
「くっそ~~……淡々と正論言いやがって。今、全国の女子がそ知らぬ顔してるぞ」
「あと酒ですよ酒!!大酒やめない限り、腹は出続けますよ!!」
「チクショー!!今度は全国のお父さんがドキッときてるぞ!!!」
ぼやいている閻魔に、凜がちくりと言ってきた。
「でも閻魔様がちゃんと自分の体型を管理していれば、こんな事態にはなっていなかったようにも思えます。まず自分がしっかりされるところから心がけないと」
あ、うん、と首をすくめてしまう。
彼女の言葉にはどうもつっこめない。
時々、お母さん発言をする鬼灯とは大違いだ。
「ちなみに1㎏を亡者の脂肪で表すとこのくらいです」
そう言って取り出してきた、タライいっぱいに溢れる脂肪の塊に、閻魔は顔を歪める。
「げえっ!結構凄いんだね」
「こういうのが貴方の体にまんべんなくべっとりと…」
「やめろ!聞きたくない!」
地の底を這うようなバリトンボイスは確実に閻魔を追いつめていく。
「あのねぇ、君達みたいに太りにくい体質の人はわからないだろうがね…!」
閻魔は、気圧されながらも全力で抗弁を試みる――腹筋の体勢で。
ふと、二人の細身な体型を見比べてつぶやく。
「そういや君達、結構大食いの割に太らないよね……」
言われた二人は同時に疑問符を浮かべた。
「「そんなことありませんよ」」
「…イヤ、そんなことあるよ!結構甘味処や焼き鳥屋で見るよ!?」
「そうですか?」
一人で甘味処に立ち寄る鬼灯は勿論、凜も休みの日はお香と一緒に甘味処に行ったり、好物のチョコレートは常に持ち歩いている。
「そういや凜ちゃんとは一緒じゃないんだね」
「当たり前ですよ。そうしたら彼女が疲弊してしまいます。傍にいることは多いですが、常にというわけにはいきません」
「鬼灯さん……」
そこで黙って話を聞いていた凜は感心する。
(だってスパルタでどうしようもない変態で嗜虐趣味で性格最悪の、鬼畜外道を絵に描いたような上司だし)
「いやそんなことしなくても凜ちゃんって常に鬼灯君の傍にいるイメージなんだよね」
「そうしたら凜さんはうっとうしいと思われるでしょう。何事もバランスよくということです」
「…………そりゃあそうだよね」
「そんなことされたら今頃あたし、監禁されていても不思議じゃない状況ですよ」
不意に鬼灯が思案顔になった。
これを機に彼女との距離を……などと、口の中でもごもごつぶやいている。
「どうかしたんですか、鬼灯さん」
「あ、いえ。ちょっと思いついただけです。凜さん、私と一緒に三途之川を渡りませんか?」
「どんな口説き文句!?ってか、もう渡ってるし!」
「でしたら、今度の休日は私の為に開けなさい」
「あたしにプライベートはないんですか!!」
「ない」
「そ、即答しましたね……」
二人の不毛なやり取りを終わらせるべく、閻魔はいくら食べても太りにくい体質と肥満体型の不公平さを嘆く。
「不公平だよね~…体質ってさあ~」
「何の努力もしてないみたいに言わないでください、運動量が違いますよ!私は常に運動しているようなものなんです」
「何かのスポーツでも?」
「夜のレスリング」
「下ネタはよせ」
冷たい視線を注がれても、鬼灯は構わず続ける。
「それにしても『夜の』という枕詞を付けると健全な言葉が途端に卑猥になりますね」
(この人はここで引かないからなー)
「私の一押しは夜のおもちゃ」
もしや、自分も参加しろということなのだろうか。
仕方ない。
割り切った凜は溜め息と共に告げる。
「…………夜のお菓子。うなぎパイ的な」
「夜の…えーと」
(しまった、会話に参加したが単語が思いつかない)
必死に脳内をフル回転し、閻魔は単語を導き出す。
「夜の…あー…ヒ●トスタジオ!!」
「昭和か」
時々放ってくる時代遅れな発言に、鬼灯は無感動につっこむ。
「……で、ホントのところはどうなんですか?」
つきあうのがバカらしくなってきた凜は話題を軌道修正させる。
そうか。
閻魔は安堵した。
非常識な揉め事は時間と労力の無駄だから、鬼灯に自粛を呼びかける気なのだ。
ありがたい。
――大王を持ち上げたり、そのまま投げたり…戯れたり…。
「その積み重ねの賜物です!」
「ワシ自身は太る一方なのにワシは、君の体型維持に一役買っちゃってる訳!?」
あれ、自粛……?
自粛どころではない過激な運動に閻魔は愕然とした。
「凜ちゃんも甘いものとか食べてるけど、全然太らないよねー」
「ウエストも細いしねー」
「本当、足が長くてキレイだよな」
「……はあ、ありがとうございます」
いきなりの褒め言葉に凜は困惑する。
でもまあ、ここまで褒められて悪い気がするわけもなく、頬が少しだけ染まっている。
が、それを遮るように鬼灯が言う。
「引き締まった長い手足、スレンダーな身体つきは余分な脂肪も全くないですからね……余分な脂肪だけではなく必要な脂肪も……………」
鬼灯の視線は、凜のスリーサイズを上から下へと見比べる。
「上から79/56/83……」
朱井は一瞬で顔を真っ赤にすると、
「うわあああああ!!」
握り拳をつくって顔面に食らわした。
「ぐっはぁ」
「はぁ…はぁ…はぁ…」
傍目には、凜勝利の図と見えるだろうが、この場に敗者はいない。
気を失った鬼灯も、スリーサイズを明かされてしまった凜も、共に色々な意味で敗者だった。
(鬼灯さん怖ぇぇぇっ!!白澤さんとは違う意味で怖いよっ、いやもう白澤さんより怖いよっ!)
――鬼灯さんが頭はいいのは知ってたし、巻物に生前の行いが記録されているのも見たけど、ホントどっからそんなデータ手に入れてくるのっ?
――何、スリーサイズ?
――あたし、今までまともに測った事ないんだけど、なんで本人すら知らないデータ持ってるのこの鬼神っ!
後にメジャーでスリーサイズ測ってみたら、彼の言った通りの数字が出た。
(鬼灯さん、なんて恐ろしいっ……)
すぐ傍で呆然としている閻魔達の方へ向き直り、竹刀で床を叩く。
「みんなも私語はいいから、あと700回!」
凜から八つ当たり気味に言われ、悲鳴をあげながら腹筋を再開する。
「………………」
閻魔達が地獄のダイエットに励んでいる頃、お香が全身を映す鏡の前で嘆いていた。
「……何か全然やせないわねぇ~~」
眉を寄せて頬に手を当てていると、鏡に親友の後ろ姿が映っているのを視界に入れて、声をかける。
「アラ、凜ちゃん。こんなところで会うなんて奇遇ね。もしかしてダイエット?」
「あ、いえ、そういうわけではないんですが」
慌てて閻魔達から視線を外して、凜はぎこちなく微笑んだ。
「今日も疲れたなぁ…仕事には慣れて来たけど、鬼灯さんのセクハラとスパルタにはいつまで経っても慣れない……」
熱いお湯に打たれながら、ふと自分の身体が気になってしまった。
透き通るように白い、滑らかな肌。
身体つきは細く、肉づきも薄い方だ。
手足などはしなやかで、乱暴に扱われれば折れてしまいそうなほどにほっそりとしている。
凜はシャワーを止めて、バスルームを出た。
洗面所に己の姿が映っている。
生前は同級生と一緒に着替えをした時など、何故か賛辞されたり、羨ましがられたりする。
もしかしたら、自分はそこそこ自慢のできる体型なのかもしれない。
体重の増減や肌荒れなどには年相応に気を遣う凜だが、己のスタイルを深く気にした経験はない。
どんな体型を理想とすべきなのか、全くピンとこないのだ。
できれば今の体型を維持したい。
その程度の願望があるくらいだ。
この時頭にちらつくのは、親友のお香の圧倒的なスタイルだ。
身長差はほとんどない。
なのに、比べるのが間違いだと思わせてくれるくらいに開いた差。
「やっぱり、男の人ってああいう体型の方が好きなもんなのかな……?」
具体的に誰とは考えないようにしつつ、凜はつぶやいた。
身体つきだけではない、彼女のような積極性や物怖じのなさも、自分には欠けている。
はあ。
溜め息が漏れる。
彼女と比べたら、凜は身体つきも性格も随分もスケールが小さい。
持って生まれたDNAが鬼女と違うのだから、仕方がない。
不可抗力だ。
しかし、そんな理屈では凜の心は全く浮き立ってこなかった。
もし、ああいう奔放で大胆な女性が彼の好みだとしたら――。
「――ああもう、あたしったら何を考えてる!?」
自分がどれだけ熱心に時間を過ごしてしまったのかを知らされ、煩悶した。
翌朝、気持ちを切り替えた凜は着物とスカートの和服を身に纏った。
部屋を出て恒例の朝の散歩、そして閻魔殿へ向かう。
「…………………………」
閻魔殿で彼女を待っていたのは、鏡の前で体型を気にする閻魔の姿だった。
でっぷりと膨らんだ腹に両手を持っていき、溜め息を漏らす。
「閻魔様、鏡なんか見てどうしたんですか?」
「あっ、凜ちゃん…ワシ、太ったよなあ~……特にお腹がヤバいよ、どうしよう」
彼のふくよかな身体は閻魔の気質や人格そのもののように丸みを帯びていて、見ていると和むのだが。
最近は一層肥えてしまったような気がして、ぎっくり腰になってしまったのは記憶に新しい。
(詳しくは第14話を読んでね)
「……そういえば、その体型のせいでぎっくり腰にもなりましたよね。その後、雷神様の電流で色んなツボを刺激して治りましたけど」
「今日、仕事終わったらジムにでも行こうかなあ~。凜ちゃん、悪いんだけど付き合ってくれない?」
「いいですよ」
「えっ」
二人の会話を聞きつけた鬼灯は片眉を半ミリ上げ、
「えんまだぞよ」
ダイエットでひょろひょろに痩せた閻魔の姿を想像し、声を張り上げた。
「いいですね!行きましょう!!」
意気揚々と言い出す鬼灯に、二人は悪い予感を覚えた。
「「!?いっ…いい予感が一つもしない!!」」
不喜処地獄で亡者の頭を噛みちぎるシロを凝視した後、
「………………」
ルリオは妙にふくよかになった体型を指摘する。
「オイ、シロ。お前最近太ったよな…」
「え~~~~~?それはルリオの方じゃない?パッと見、食材だよ?『ゴチになります』に出て来そう。中華の回とかで」
負けた人が全員の食事をおごる某バラエティ番組で、
「本日のイチ押しは地獄産キジ肉でーす」
今日の食材を使ったご馳走と同類だと言われた。
この一言がルリオを怒らせ、
「わ~~ん」
くちばしで突かれ、シロは逃げ回る。
最近、肥満の自覚が出てきた動物達を締めくくるように、柿助が言う。
「みんなでジムにでも行こうかー?」
運動場に移動した閻魔を待っていたのは、地獄のダイエットだった。
袖と裾を捲り上げ、スパルタ鬼教官となった鬼灯は竹刀を打ちつける。
細身な身体つきながらも、特に手足の筋肉質が見て取れる。
「あと100回!!」
「
「ネタが古い!!あと200回!!」
息を荒げながら腕立て伏せをする閻魔のボケにつっこんだ。
「ボケのダメ出しでさらに追加された!!」
その隣では、袖を捲り上げてスパッツを穿いた凜がいた。
華奢な身体つき――特に手足の細さが見て取れた。
「コラッ、シロさん、ヘバるのが早すぎです!」
「コレ、きつい~」
ランニングマシーンで早くも疲れるシロに二匹は呆れる。
「まさかシロ君達もジムに来るなんてね」
「最近、食いすぎで……」
「何をそんなに食べすぎたの?」
「仕事で毎日、亡者の骨をしゃぶってるし」
「胃も疲れてきたよなー」
仕事とはいえ、肉にかぶりつく食事に飽きてげっぷをする。
(なるほど、それが原因か……)
「ハイ、次は縄とび1000回!!」
「激しすぎる運動は逆によくないんじゃないの?」
ハードなメニューに叫びつつも閻魔は縄跳びを始め、日々の食生活を思い出した。
「あ~、しかし何でこんなに太るんだろうな~?なるべくコーラじゃなくてカロリー0ジュースにしてるんだけどな…」
「おやつに供物の菓子、デザートにケーキ、風呂上がりにアイス食べてるからじゃないですか?」
凜は顔を引きつらせ、閻魔は絶句した。
「うっ」
「うわ、そんなに……」
「好きなもの全てやめろとはいいませんが、その分、米を減らすとか何らかの具体策を講じないと脂肪は減らしませんよ」
正論を突きつけられては、もう反論もできない。
「くっそ~~……淡々と正論言いやがって。今、全国の女子がそ知らぬ顔してるぞ」
「あと酒ですよ酒!!大酒やめない限り、腹は出続けますよ!!」
「チクショー!!今度は全国のお父さんがドキッときてるぞ!!!」
ぼやいている閻魔に、凜がちくりと言ってきた。
「でも閻魔様がちゃんと自分の体型を管理していれば、こんな事態にはなっていなかったようにも思えます。まず自分がしっかりされるところから心がけないと」
あ、うん、と首をすくめてしまう。
彼女の言葉にはどうもつっこめない。
時々、お母さん発言をする鬼灯とは大違いだ。
「ちなみに1㎏を亡者の脂肪で表すとこのくらいです」
そう言って取り出してきた、タライいっぱいに溢れる脂肪の塊に、閻魔は顔を歪める。
「げえっ!結構凄いんだね」
「こういうのが貴方の体にまんべんなくべっとりと…」
「やめろ!聞きたくない!」
地の底を這うようなバリトンボイスは確実に閻魔を追いつめていく。
「あのねぇ、君達みたいに太りにくい体質の人はわからないだろうがね…!」
閻魔は、気圧されながらも全力で抗弁を試みる――腹筋の体勢で。
ふと、二人の細身な体型を見比べてつぶやく。
「そういや君達、結構大食いの割に太らないよね……」
言われた二人は同時に疑問符を浮かべた。
「「そんなことありませんよ」」
「…イヤ、そんなことあるよ!結構甘味処や焼き鳥屋で見るよ!?」
「そうですか?」
一人で甘味処に立ち寄る鬼灯は勿論、凜も休みの日はお香と一緒に甘味処に行ったり、好物のチョコレートは常に持ち歩いている。
「そういや凜ちゃんとは一緒じゃないんだね」
「当たり前ですよ。そうしたら彼女が疲弊してしまいます。傍にいることは多いですが、常にというわけにはいきません」
「鬼灯さん……」
そこで黙って話を聞いていた凜は感心する。
(だってスパルタでどうしようもない変態で嗜虐趣味で性格最悪の、鬼畜外道を絵に描いたような上司だし)
「いやそんなことしなくても凜ちゃんって常に鬼灯君の傍にいるイメージなんだよね」
「そうしたら凜さんはうっとうしいと思われるでしょう。何事もバランスよくということです」
「…………そりゃあそうだよね」
「そんなことされたら今頃あたし、監禁されていても不思議じゃない状況ですよ」
不意に鬼灯が思案顔になった。
これを機に彼女との距離を……などと、口の中でもごもごつぶやいている。
「どうかしたんですか、鬼灯さん」
「あ、いえ。ちょっと思いついただけです。凜さん、私と一緒に三途之川を渡りませんか?」
「どんな口説き文句!?ってか、もう渡ってるし!」
「でしたら、今度の休日は私の為に開けなさい」
「あたしにプライベートはないんですか!!」
「ない」
「そ、即答しましたね……」
二人の不毛なやり取りを終わらせるべく、閻魔はいくら食べても太りにくい体質と肥満体型の不公平さを嘆く。
「不公平だよね~…体質ってさあ~」
「何の努力もしてないみたいに言わないでください、運動量が違いますよ!私は常に運動しているようなものなんです」
「何かのスポーツでも?」
「夜のレスリング」
「下ネタはよせ」
冷たい視線を注がれても、鬼灯は構わず続ける。
「それにしても『夜の』という枕詞を付けると健全な言葉が途端に卑猥になりますね」
(この人はここで引かないからなー)
「私の一押しは夜のおもちゃ」
もしや、自分も参加しろということなのだろうか。
仕方ない。
割り切った凜は溜め息と共に告げる。
「…………夜のお菓子。うなぎパイ的な」
「夜の…えーと」
(しまった、会話に参加したが単語が思いつかない)
必死に脳内をフル回転し、閻魔は単語を導き出す。
「夜の…あー…ヒ●トスタジオ!!」
「昭和か」
時々放ってくる時代遅れな発言に、鬼灯は無感動につっこむ。
「……で、ホントのところはどうなんですか?」
つきあうのがバカらしくなってきた凜は話題を軌道修正させる。
そうか。
閻魔は安堵した。
非常識な揉め事は時間と労力の無駄だから、鬼灯に自粛を呼びかける気なのだ。
ありがたい。
――大王を持ち上げたり、そのまま投げたり…戯れたり…。
「その積み重ねの賜物です!」
「ワシ自身は太る一方なのにワシは、君の体型維持に一役買っちゃってる訳!?」
あれ、自粛……?
自粛どころではない過激な運動に閻魔は愕然とした。
「凜ちゃんも甘いものとか食べてるけど、全然太らないよねー」
「ウエストも細いしねー」
「本当、足が長くてキレイだよな」
「……はあ、ありがとうございます」
いきなりの褒め言葉に凜は困惑する。
でもまあ、ここまで褒められて悪い気がするわけもなく、頬が少しだけ染まっている。
が、それを遮るように鬼灯が言う。
「引き締まった長い手足、スレンダーな身体つきは余分な脂肪も全くないですからね……余分な脂肪だけではなく必要な脂肪も……………」
鬼灯の視線は、凜のスリーサイズを上から下へと見比べる。
「上から79/56/83……」
朱井は一瞬で顔を真っ赤にすると、
「うわあああああ!!」
握り拳をつくって顔面に食らわした。
「ぐっはぁ」
「はぁ…はぁ…はぁ…」
傍目には、凜勝利の図と見えるだろうが、この場に敗者はいない。
気を失った鬼灯も、スリーサイズを明かされてしまった凜も、共に色々な意味で敗者だった。
(鬼灯さん怖ぇぇぇっ!!白澤さんとは違う意味で怖いよっ、いやもう白澤さんより怖いよっ!)
――鬼灯さんが頭はいいのは知ってたし、巻物に生前の行いが記録されているのも見たけど、ホントどっからそんなデータ手に入れてくるのっ?
――何、スリーサイズ?
――あたし、今までまともに測った事ないんだけど、なんで本人すら知らないデータ持ってるのこの鬼神っ!
後にメジャーでスリーサイズ測ってみたら、彼の言った通りの数字が出た。
(鬼灯さん、なんて恐ろしいっ……)
すぐ傍で呆然としている閻魔達の方へ向き直り、竹刀で床を叩く。
「みんなも私語はいいから、あと700回!」
凜から八つ当たり気味に言われ、悲鳴をあげながら腹筋を再開する。
「………………」
閻魔達が地獄のダイエットに励んでいる頃、お香が全身を映す鏡の前で嘆いていた。
「……何か全然やせないわねぇ~~」
眉を寄せて頬に手を当てていると、鏡に親友の後ろ姿が映っているのを視界に入れて、声をかける。
「アラ、凜ちゃん。こんなところで会うなんて奇遇ね。もしかしてダイエット?」
「あ、いえ、そういうわけではないんですが」
慌てて閻魔達から視線を外して、凜はぎこちなく微笑んだ。