第24話
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地獄の女性達に、男について聞いてみた。
「男?いつまでも子供よねェ~~。たとえ皇帝でもね」
数々の偉人達を掌で転がし続けた魔性の女である美女は訳知り顔で吐息をつく。
――女狐代表 妲己。
「男ねェ…何につけ『バレてない』と思ってるのが可愛いね」
長年の豊富な経験と知識で男の生態を見続けてきた老婆も、訳知り顔で吐息をつく。
――熟女代表 奪衣婆。
「えー…それって二次元?ていうか、こんなことになるのは二次元の世界だけで十分なのにね。ここが二次元なら話は別だけど。ぶっちゃけイケメンなんかより女の子に求婚されたかったね。ラノベの主人公みたく可愛い女の子に囲まれたかったね、切実に」
男女関係においては奥手な少女はちょっと困ったような、微かに笑ったような、曖昧な表情を浮かべる。
――亡者代表 凜(ただしオタク)。
「ウサギのオスは、基本こんな感じですよ。メスは大変」
兎の思考を脳内メーカーで測ってみると、9割が交尾で残りの1割がエサ、という感じ。
――哺乳類屈指の繁殖力を持つ動物、メス代表 芥子。
「腕のスジが好きだわ~」
「あ~わかる~」
筋肉フェチな牛頭に馬頭。
「楽しい人がいいな~」
「性格大事」
乙女思考なマキに現実的な考え方のお香は、頬を赤らめて付け加える。
「でもやっぱり、本命は凜様ね」
「でもやっぱり、本命は凜ちゃんよね」
――一般女子(残る二人は百合嗜好)。
「男の人、大好きよ。最高だと思うわ。この世もあの世も男がいるから、女って楽しいのよ」
そして、顔性格かかわらず男であったら誰でも付き合うと答える女性が一人。
「レディ・リリス」
突如、供物のリンゴを見つめる鬼灯の口から放たれた女性の名前に、思わず身体が固まる。
書類の上を軽快に走っていたペン先は、不自然な漢字の跳ねを残して止まった。
(レディっていうからには女性だよね、やっぱり)
我知らず、口を引き結んでいる凜。
「――……」
その時渦巻いたもやもやした感覚が一体なんなのか、よくわからなかった。
胸の底の一番奥、きちんと言語化できない深い部分にむずむずする何かが過ぎったけれど、それはほんの一瞬にしか過ぎなくて、凜が理解する前に拡散して掴めなくなってしまう。
そして、嫌な感触だけが後味悪く残った。
面白く、ない。
何故か今いちわからないけれど、凄く面白くない――と。
こちらを凝視する鬼灯の視線で我に返った。
「な……なんですか」
「さぁ。別に」
僅かにうろたえた凜に、鬼灯は含みのある眼差しを送る。
そんなふうに楽しそうな鬼灯のつぶやきに、供物の片づけをしていた唐瓜が聞き返す。
「?え?」
「いえ、ふと思い出したんです」
「リリスって…西洋の女悪魔『リリム』の親の…?」
※修道士を惑わす誘惑の悪魔達。
(え、ちょ…あたし、知らない)
「そうです。アダムにはイブの前にもう一人、妻がいたのを知っていますか?」
「その話、詳しく聞かせてください!」
先程までのうろたえから一転、目を輝かせた凜が反応した。
そのテンションの変わりように鬼灯は眉間に皺を寄せ、それでも説明をする。
――アダムとイブが最初の人類、それが聖書における一般的な考え方だが、実はリリスという嫁がイブの前にいたという説もある。
――だが「どちらが上か下か」でマジの大喧嘩、リリスはエデンを出奔 してしまう。
まず不思議なことに、どちらが下になるかで彼らは揉めていた。
下というのは、つまり押し倒される方である。
何故、彼女が押し倒す立場にいきたいかは謎だ。
絵面的に、男であるアダムが女であるリリスを押し倒した方が美しいだろうし、キュンキュンくるだろうが、と彼が意見する。
だが頑なに押し倒したいと言い張るリリスに、断固上を譲らないアダム(それもどうなのか…)。
いつまでたっても決着せず、二人は別れた。
――人類初の離婚がそれでいいのか、西洋よ。
仕方ないかとすんなり受け入れる話でもなく盛大に拍子抜けする凜に、鬼灯は聞いた。
「凜さんはどんな体位が好きですか?」
「――は?」
(なんで今の話題からその質問が出てきたの?エロというカテゴリーからは外れてないけどさ……)
本人を狼狽させる前に、鬼灯から答えにくい質問を返された。
「私はやっぱりバックですかね。ほら、なんか支配してるというか、優越感感じません?」
「あたし、男じゃないから。そしてそもそもしたことないし、そういうの」
凜のさり気ない一言で、鬼灯は珍しく目を丸くする。
「……処女で?」
「……悪いか」
「いいえ、全然。いいんじゃないですか」
二人の会話は――交わされる言葉そのものに、この年頃の子鬼にしては少し過激だった。
その過激な内容を聞かないべく、唐瓜と茄子が自分の耳を手で塞ぐ。
素晴らしい状況認識力です。
――うわ、一応耳塞いでるけど、思い切り頬染めて上気してるよ。
顔を真っ赤にしながら唐瓜が言ってくる。
「だ、大丈夫です!今の内緒にしますから!」
「内緒も何も、話す友達がいないし」
「そういえば、仕事以外は一人でいることの方が多いですね。凜さん、ぼっちなんですね」
「言うな。悲しくなるから」
話が脱線したところ、鬼灯が軌道修正させた。
「その後、悪魔とデキ婚しまくり、今に至るとか至らないとか……その後彼女が近々、観光で来日したいと書面で言ってきたのを思い出したのです」
「――って、ちょっと待ったぁぁ!!あたし、聞いてませんよ!どこにあるんですか、その書面!」
「後で貴方に見せようと思って机に置いたはずです」
すぐさま机の引き出しを開けて、鬼灯のやる気のない声援とオロオロとする唐瓜と茄子の視線を受け止めながら、ようやっと目的の書類を見つけた。
届けられた書面を、ともかくと一読する。
手書きでない文面には、確かにサタンの補佐の妻・リリスが観光で来日するとの正式な文が綴られていた。
次の瞬間、頬に熱が集まるのがわかった。
(これはあれだ。間違いなくあれだ。噂には聞いたことがある。理論は知っている。都市伝説ではなかったのだ)
全て、見透かされていた。
知らない女性の名前が鬼灯の口から出たことに戸惑ったことも、それに嫉妬すら覚えたことも。
――うあ~~、やられた~~。
唯一凜の気持ちがわかった唐瓜は、
「何のこと?」
と首を傾げる茄子を上手くなだめていた。
その頃、大量の買い物袋(主に衣服)を手に持つ女性が地獄の街を悠然と歩いていた。
絶世の美女――彼女を形容するならまさにこの言葉がぴったり。
大きなマゼンタの瞳に綺麗な金髪、赤く色づいた唇は妙に扇状的で、女性でさえドキドキしてしまうくらいの美貌。
その後ろには、山羊の執事が控えている。
「…リリス様、失礼ですが、浪費しすぎでは……」
「いいのよ。このカードがあれば何でも手に入るのよ?魔法のカード!」
ほくそ笑みながら、女性――リリスはクレジットカードを見せつける。
「いえそれは後々、貴方の旦那様の所へ請求書が届く超現実的なカードです」
「日本って思ったより面白い国ね!これでいい男の一人もいれば最高なんだけど」
「…さあ……そればっかりは……」
「日本の男は大人しくて可愛いって『世界悪女の会』で妲己が言ってたのよ」
中国四大悪女やエリザベート・バートリ辺りが参加していそうだ。
「何その女子会」
「それにセキュリティが甘いから技術も物品もあわよくば盗れるって」
「ロクでもねー情報交換してんな」
「あっ!あの亡者、忍者じゃない!?いるんだ忍者!!」
黒装束で佇む忍者に、興奮気味にカメラを向けて撮影する。
「…全然、忍んでないんですけど……」
「…さて、じゃあ閻魔庁に挨拶でもしに行こうかな」
(…気まぐれにも程がある……)
あちこちに目移りして行きつ戻りつ、ようやく本命の閻魔庁に訪れるリリスに、執事はうんざりとぼやいた。
来訪客の報せが飛び込み、閻魔達は広間で出迎える。
「正確な日どりを教えてくだされば、きちんとおもてなし致しましたのに」
「いえいえ、とんでもない。何せリリス様はああいう方ですから、お気になさらず」
奔放に飛び回る女主人を放置して、
「あっ、あの窓キレイ~」
執事が挨拶をする。
その間、凜はひらりひらりと飛び回るリリスの美貌に見惚れていた。
(綺麗な金髪の髪に妖艶な瞳、ゴシック系の服……わがまま夫人、ちょっ萌える!!)
鬼灯に肘で小突かれるまで、彼女を凝視してしまったくらい。
「こういう窓、アタシの部屋にも欲しーい。スケープ、写真撮っといて」
「リリス様、閻魔大王ですよ。ホラ、ご挨拶なさって。サタン王側近であるベルゼブブ長官の夫人、リリス様です。私は御付 のスケープです」
「アラ大王様、ご立派だこと」
執事――スケープに言われてリリスは閻魔と向かい合い、挨拶する。
「アタシそういうおヒゲの方好きよ、貫録あって」
「え、イヤ~~~」
最初は美人に褒められて満更でもない閻魔だったが、瞬時に意識を逸らされて面食らう。
「貴方も可愛いイガグリで」
「えっ」
「フカフカー」
唐瓜に目を向けたかと思うと、
「おお?!」
今度は茄子に抱きついて愛でる。
ころころと口説く男性が変わるリリスを目の前に、閻魔と唐瓜は呆然。
その光景を申し訳なさそうに眺め、なんとはなしに周りへと視線を巡らし、スケープは首を傾げた。
「おや、貴方は?見たところ、亡者のようですね」
「閻魔様の第二補佐官、朱井凜です」
「ほう…」
最後にリリスは、おかしなものへと視線を移す。
亡者――鬼神の隣に立つ"地獄"との関わりが見えない、人間。
その亡者――朱井 凜はいつものまとまりとして、ここにいる誰からも立ち去るよう言われなかった、その場所で、話に聞いたベルゼブブ夫人からの好奇の視線に気づき、僅かに戸惑いを見せる。
「アナタが――」
ぽつりと、リリスはつぶやいた。
「えっ」
凜は最初、それが自分に向け、放たれた言葉であると理解できなかった。
それほどに『自分は"悪魔"に声などかけられるわけがない』、『自分は"悪魔"と接点を持たない存在である』と、無意識の内に認識していた。
その場にある誰もが――彼女への危害という可能性を考え、言葉をかける鬼灯、閻魔、唐瓜、茄子でさえも――慣れという感覚の麻痺から忘れていた、彼女の不自然さを、新たに現れていたリリスだけが感じていた。
「――朱井凜……アナタが凜ね!」
今度は、その問われた内容が、理解できない。
他の面々も同じ、怪訝な顔をする。
すると、リリスが凜に近寄り、あろうことかぎゅっと抱きしめてきた。
ひゃああ、と叫んでしまいたい衝動を堪えて、努めて冷静に対応する。
でも、頬が赤く染まってしまったのは見逃してほしい。
――えっ、何この人めっちゃ良い匂いする!
――綺麗なお姉さんが必ずさせる、あの良い匂い。
――新手のモテ期到来?
「アタシはリリス。会いたかったわ、凜」
混乱する間にリリスが急接近、細い指先が頬を撫でられ、凜の顔が紅潮する。
(そりゃ、絶世の美人にこんなことされたら顔だって赤くなるさ。by.凜)
「っ……あ、あのっ」
「アラ照れてるの?噂と違って女の子らしいのねっ」
「噂…?」
(ついにそんな嫌がらせまで……誰だ、ろくでもない噂を流す野郎は)
「……貴方、私が抱き締めたら腹に右ストレート食らわせてくるのに…この差はなんですか」
「同性だからだよ、バカ!!」
「ふふっ、噂通りっ。ねえ、アナタ、彼と夫婦のような関係でしょう」
「――なっ!?」
リリスが笑って爆弾発言を投下した。
(美人って、どんな笑い方をしても美人なんだなぁ……じゃなくて)
なんで、と歯切れ悪く答える凜を見て、艶やかな唇に妖艶な笑みを浮かべた。
「可愛らしいわ」
本気で赤面している閻魔達とは裏腹に、鬼灯はにこりともせず仏頂面。
その相貌を険しくさせたまま固まった鬼灯の顔、その前髪の間で、右の眉が僅かに強張りの動きを見せた。
「なんと、鬼灯様と凜様は夫婦のような関係…」
「止めてください、切実に止めてください」
驚愕の表情を浮かべるスケープに、凜は胡乱な表情でつっこむ。
――こんな鬼神でも立派なイケメンだよ?
――その妻とか絶対なりたくない。
――死んだ今でも無理。
――だって他の人から嫉妬半端ないでしょ。
「だってあの方、アナタの方しか見てないんだもの。指輪こそはめてないけれど、ああ、どれだけアナタのことが大好きなのか一目で分かるわ」
リリスの指摘に、凜は少し目を見開いて驚き半分、感心半分を表現した。
「男?いつまでも子供よねェ~~。たとえ皇帝でもね」
数々の偉人達を掌で転がし続けた魔性の女である美女は訳知り顔で吐息をつく。
――女狐代表 妲己。
「男ねェ…何につけ『バレてない』と思ってるのが可愛いね」
長年の豊富な経験と知識で男の生態を見続けてきた老婆も、訳知り顔で吐息をつく。
――熟女代表 奪衣婆。
「えー…それって二次元?ていうか、こんなことになるのは二次元の世界だけで十分なのにね。ここが二次元なら話は別だけど。ぶっちゃけイケメンなんかより女の子に求婚されたかったね。ラノベの主人公みたく可愛い女の子に囲まれたかったね、切実に」
男女関係においては奥手な少女はちょっと困ったような、微かに笑ったような、曖昧な表情を浮かべる。
――亡者代表 凜(ただしオタク)。
「ウサギのオスは、基本こんな感じですよ。メスは大変」
兎の思考を脳内メーカーで測ってみると、9割が交尾で残りの1割がエサ、という感じ。
――哺乳類屈指の繁殖力を持つ動物、メス代表 芥子。
「腕のスジが好きだわ~」
「あ~わかる~」
筋肉フェチな牛頭に馬頭。
「楽しい人がいいな~」
「性格大事」
乙女思考なマキに現実的な考え方のお香は、頬を赤らめて付け加える。
「でもやっぱり、本命は凜様ね」
「でもやっぱり、本命は凜ちゃんよね」
――一般女子(残る二人は百合嗜好)。
「男の人、大好きよ。最高だと思うわ。この世もあの世も男がいるから、女って楽しいのよ」
そして、顔性格かかわらず男であったら誰でも付き合うと答える女性が一人。
「レディ・リリス」
突如、供物のリンゴを見つめる鬼灯の口から放たれた女性の名前に、思わず身体が固まる。
書類の上を軽快に走っていたペン先は、不自然な漢字の跳ねを残して止まった。
(レディっていうからには女性だよね、やっぱり)
我知らず、口を引き結んでいる凜。
「――……」
その時渦巻いたもやもやした感覚が一体なんなのか、よくわからなかった。
胸の底の一番奥、きちんと言語化できない深い部分にむずむずする何かが過ぎったけれど、それはほんの一瞬にしか過ぎなくて、凜が理解する前に拡散して掴めなくなってしまう。
そして、嫌な感触だけが後味悪く残った。
面白く、ない。
何故か今いちわからないけれど、凄く面白くない――と。
こちらを凝視する鬼灯の視線で我に返った。
「な……なんですか」
「さぁ。別に」
僅かにうろたえた凜に、鬼灯は含みのある眼差しを送る。
そんなふうに楽しそうな鬼灯のつぶやきに、供物の片づけをしていた唐瓜が聞き返す。
「?え?」
「いえ、ふと思い出したんです」
「リリスって…西洋の女悪魔『リリム』の親の…?」
※修道士を惑わす誘惑の悪魔達。
(え、ちょ…あたし、知らない)
「そうです。アダムにはイブの前にもう一人、妻がいたのを知っていますか?」
「その話、詳しく聞かせてください!」
先程までのうろたえから一転、目を輝かせた凜が反応した。
そのテンションの変わりように鬼灯は眉間に皺を寄せ、それでも説明をする。
――アダムとイブが最初の人類、それが聖書における一般的な考え方だが、実はリリスという嫁がイブの前にいたという説もある。
――だが「どちらが上か下か」でマジの大喧嘩、リリスはエデンを
まず不思議なことに、どちらが下になるかで彼らは揉めていた。
下というのは、つまり押し倒される方である。
何故、彼女が押し倒す立場にいきたいかは謎だ。
絵面的に、男であるアダムが女であるリリスを押し倒した方が美しいだろうし、キュンキュンくるだろうが、と彼が意見する。
だが頑なに押し倒したいと言い張るリリスに、断固上を譲らないアダム(それもどうなのか…)。
いつまでたっても決着せず、二人は別れた。
――人類初の離婚がそれでいいのか、西洋よ。
仕方ないかとすんなり受け入れる話でもなく盛大に拍子抜けする凜に、鬼灯は聞いた。
「凜さんはどんな体位が好きですか?」
「――は?」
(なんで今の話題からその質問が出てきたの?エロというカテゴリーからは外れてないけどさ……)
本人を狼狽させる前に、鬼灯から答えにくい質問を返された。
「私はやっぱりバックですかね。ほら、なんか支配してるというか、優越感感じません?」
「あたし、男じゃないから。そしてそもそもしたことないし、そういうの」
凜のさり気ない一言で、鬼灯は珍しく目を丸くする。
「……処女で?」
「……悪いか」
「いいえ、全然。いいんじゃないですか」
二人の会話は――交わされる言葉そのものに、この年頃の子鬼にしては少し過激だった。
その過激な内容を聞かないべく、唐瓜と茄子が自分の耳を手で塞ぐ。
素晴らしい状況認識力です。
――うわ、一応耳塞いでるけど、思い切り頬染めて上気してるよ。
顔を真っ赤にしながら唐瓜が言ってくる。
「だ、大丈夫です!今の内緒にしますから!」
「内緒も何も、話す友達がいないし」
「そういえば、仕事以外は一人でいることの方が多いですね。凜さん、ぼっちなんですね」
「言うな。悲しくなるから」
話が脱線したところ、鬼灯が軌道修正させた。
「その後、悪魔とデキ婚しまくり、今に至るとか至らないとか……その後彼女が近々、観光で来日したいと書面で言ってきたのを思い出したのです」
「――って、ちょっと待ったぁぁ!!あたし、聞いてませんよ!どこにあるんですか、その書面!」
「後で貴方に見せようと思って机に置いたはずです」
すぐさま机の引き出しを開けて、鬼灯のやる気のない声援とオロオロとする唐瓜と茄子の視線を受け止めながら、ようやっと目的の書類を見つけた。
届けられた書面を、ともかくと一読する。
手書きでない文面には、確かにサタンの補佐の妻・リリスが観光で来日するとの正式な文が綴られていた。
次の瞬間、頬に熱が集まるのがわかった。
(これはあれだ。間違いなくあれだ。噂には聞いたことがある。理論は知っている。都市伝説ではなかったのだ)
全て、見透かされていた。
知らない女性の名前が鬼灯の口から出たことに戸惑ったことも、それに嫉妬すら覚えたことも。
――うあ~~、やられた~~。
唯一凜の気持ちがわかった唐瓜は、
「何のこと?」
と首を傾げる茄子を上手くなだめていた。
その頃、大量の買い物袋(主に衣服)を手に持つ女性が地獄の街を悠然と歩いていた。
絶世の美女――彼女を形容するならまさにこの言葉がぴったり。
大きなマゼンタの瞳に綺麗な金髪、赤く色づいた唇は妙に扇状的で、女性でさえドキドキしてしまうくらいの美貌。
その後ろには、山羊の執事が控えている。
「…リリス様、失礼ですが、浪費しすぎでは……」
「いいのよ。このカードがあれば何でも手に入るのよ?魔法のカード!」
ほくそ笑みながら、女性――リリスはクレジットカードを見せつける。
「いえそれは後々、貴方の旦那様の所へ請求書が届く超現実的なカードです」
「日本って思ったより面白い国ね!これでいい男の一人もいれば最高なんだけど」
「…さあ……そればっかりは……」
「日本の男は大人しくて可愛いって『世界悪女の会』で妲己が言ってたのよ」
中国四大悪女やエリザベート・バートリ辺りが参加していそうだ。
「何その女子会」
「それにセキュリティが甘いから技術も物品もあわよくば盗れるって」
「ロクでもねー情報交換してんな」
「あっ!あの亡者、忍者じゃない!?いるんだ忍者!!」
黒装束で佇む忍者に、興奮気味にカメラを向けて撮影する。
「…全然、忍んでないんですけど……」
「…さて、じゃあ閻魔庁に挨拶でもしに行こうかな」
(…気まぐれにも程がある……)
あちこちに目移りして行きつ戻りつ、ようやく本命の閻魔庁に訪れるリリスに、執事はうんざりとぼやいた。
来訪客の報せが飛び込み、閻魔達は広間で出迎える。
「正確な日どりを教えてくだされば、きちんとおもてなし致しましたのに」
「いえいえ、とんでもない。何せリリス様はああいう方ですから、お気になさらず」
奔放に飛び回る女主人を放置して、
「あっ、あの窓キレイ~」
執事が挨拶をする。
その間、凜はひらりひらりと飛び回るリリスの美貌に見惚れていた。
(綺麗な金髪の髪に妖艶な瞳、ゴシック系の服……わがまま夫人、ちょっ萌える!!)
鬼灯に肘で小突かれるまで、彼女を凝視してしまったくらい。
「こういう窓、アタシの部屋にも欲しーい。スケープ、写真撮っといて」
「リリス様、閻魔大王ですよ。ホラ、ご挨拶なさって。サタン王側近であるベルゼブブ長官の夫人、リリス様です。私は
「アラ大王様、ご立派だこと」
執事――スケープに言われてリリスは閻魔と向かい合い、挨拶する。
「アタシそういうおヒゲの方好きよ、貫録あって」
「え、イヤ~~~」
最初は美人に褒められて満更でもない閻魔だったが、瞬時に意識を逸らされて面食らう。
「貴方も可愛いイガグリで」
「えっ」
「フカフカー」
唐瓜に目を向けたかと思うと、
「おお?!」
今度は茄子に抱きついて愛でる。
ころころと口説く男性が変わるリリスを目の前に、閻魔と唐瓜は呆然。
その光景を申し訳なさそうに眺め、なんとはなしに周りへと視線を巡らし、スケープは首を傾げた。
「おや、貴方は?見たところ、亡者のようですね」
「閻魔様の第二補佐官、朱井凜です」
「ほう…」
最後にリリスは、おかしなものへと視線を移す。
亡者――鬼神の隣に立つ"地獄"との関わりが見えない、人間。
その亡者――朱井 凜はいつものまとまりとして、ここにいる誰からも立ち去るよう言われなかった、その場所で、話に聞いたベルゼブブ夫人からの好奇の視線に気づき、僅かに戸惑いを見せる。
「アナタが――」
ぽつりと、リリスはつぶやいた。
「えっ」
凜は最初、それが自分に向け、放たれた言葉であると理解できなかった。
それほどに『自分は"悪魔"に声などかけられるわけがない』、『自分は"悪魔"と接点を持たない存在である』と、無意識の内に認識していた。
その場にある誰もが――彼女への危害という可能性を考え、言葉をかける鬼灯、閻魔、唐瓜、茄子でさえも――慣れという感覚の麻痺から忘れていた、彼女の不自然さを、新たに現れていたリリスだけが感じていた。
「――朱井凜……アナタが凜ね!」
今度は、その問われた内容が、理解できない。
他の面々も同じ、怪訝な顔をする。
すると、リリスが凜に近寄り、あろうことかぎゅっと抱きしめてきた。
ひゃああ、と叫んでしまいたい衝動を堪えて、努めて冷静に対応する。
でも、頬が赤く染まってしまったのは見逃してほしい。
――えっ、何この人めっちゃ良い匂いする!
――綺麗なお姉さんが必ずさせる、あの良い匂い。
――新手のモテ期到来?
「アタシはリリス。会いたかったわ、凜」
混乱する間にリリスが急接近、細い指先が頬を撫でられ、凜の顔が紅潮する。
(そりゃ、絶世の美人にこんなことされたら顔だって赤くなるさ。by.凜)
「っ……あ、あのっ」
「アラ照れてるの?噂と違って女の子らしいのねっ」
「噂…?」
(ついにそんな嫌がらせまで……誰だ、ろくでもない噂を流す野郎は)
「……貴方、私が抱き締めたら腹に右ストレート食らわせてくるのに…この差はなんですか」
「同性だからだよ、バカ!!」
「ふふっ、噂通りっ。ねえ、アナタ、彼と夫婦のような関係でしょう」
「――なっ!?」
リリスが笑って爆弾発言を投下した。
(美人って、どんな笑い方をしても美人なんだなぁ……じゃなくて)
なんで、と歯切れ悪く答える凜を見て、艶やかな唇に妖艶な笑みを浮かべた。
「可愛らしいわ」
本気で赤面している閻魔達とは裏腹に、鬼灯はにこりともせず仏頂面。
その相貌を険しくさせたまま固まった鬼灯の顔、その前髪の間で、右の眉が僅かに強張りの動きを見せた。
「なんと、鬼灯様と凜様は夫婦のような関係…」
「止めてください、切実に止めてください」
驚愕の表情を浮かべるスケープに、凜は胡乱な表情でつっこむ。
――こんな鬼神でも立派なイケメンだよ?
――その妻とか絶対なりたくない。
――死んだ今でも無理。
――だって他の人から嫉妬半端ないでしょ。
「だってあの方、アナタの方しか見てないんだもの。指輪こそはめてないけれど、ああ、どれだけアナタのことが大好きなのか一目で分かるわ」
リリスの指摘に、凜は少し目を見開いて驚き半分、感心半分を表現した。