第23話
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宿舎にやって来た鬼灯は、凜の部屋の扉をノックする。
「凜さん、いませんか……………何故、留守?」
この大事な日に彼女の不在に首を傾げると、扉の隙間に一枚の手紙が挟まっていた。
「……手紙?」
不思議に感じて手に取り、自分宛ての手紙に目を通す。
≪鬼灯様へ、凜ちゃんは私が預かっています。浴衣の支度は私に任せて、会場で待ってくださいな。P.S.せっかくの着替えシーンを見られないのは残念ですけど。お香≫
「……あのレズビアンめ」
鉄球をも砕き潰すほどの握力でメキメキと固められ、握られた手紙はグシャグシャに丸められた。
射し込む光、焚き染めた甘い香、いくつも連なる高価な調度、見慣れない品を前にして、凜が全身を映す大きな鏡の前で困惑の表情を浮かべていた。
彼女の隣には華のような笑みを浮かべた親友のお香。
いや、その艶やかな笑顔を前にすれば、桜の花も恥じらいのあまり蕾に戻ってしまうかもしれない。
そんな魔力を感じさせるほどの満面の笑みだ。
お香が華やか過ぎて、彼女の隣に佇む遊女達の影がすっかり薄れてしまっていた。
親友の鬼女は満面の笑みの中で期待に瞳を輝かせて、鏡の前に立つ凜を見ている。
「凜ちゃん、早く浴衣姿を私に見せてちょうだい。それとも、私を焦らしてるの……?」
放っておくと、お香は今にも身悶えを始めそうだ。
彼女の精神的な健康のためには、自分の抱えるもやもやを一旦棚上げする必要がありそうだと凜は思った。
鮮やかな浴衣は着用済み。
あとは髪を結うだけだ。
凜は観念して、
「お願いします」
とお香に頼んだ。
色素の薄い亜麻色の髪を右半分に大きく纏め上げ、一房だけを三つ編みに結い、簪やらリボンやらで留める。
そして、最後のメイクを施した。
「お香さん、あたし、あんまりお化粧とか、似合わないんだけど」
「だーめ。ナチュラルメイクだと、お祭りの時目立たないでしょ?」
「め、目立つのも……ちょっと」
困ったふうに言う彼女を、周りが姿勢を正すよう言い、気合いを入れさせていた。
誰もが、自分達の可愛がる少女にふさわしい姿に見惚れていた。
「やっぱり綺麗ね」
「さすがってとこかしら。勝ち目ないわ」
凜は恥ずかしそうに頬を染め、髪を指先で撫でる。
慣れない髪型に少し戸惑っているようだ。
「――ではお香さん、皆さん、行ってきます。着付けと髪型、ありがとうございました」
「ええ。お祭り、楽しんで来てね」
「祭りには屋台も出すから、買いに来てね」
祭りの準備が整い、凜はお香に礼を述べて衆合地獄を出た。
首に金魚草のデザインの財布を吊るし、鬼灯は神社近くを流れる川沿いに立っていた。
待ち合わせの時間よりも早く到着したので、ぼんやりと沈みゆく夕日を眺めている。
境内から賑やかで陽気な祭囃子が響いてくる。
神社に続く道沿いを、見物客が埋め尽くしていた。
その時、カランコロン、と耳に心地よい下駄の鳴る音と共に声がかけられた。
「――鬼灯さん、お待たせしました」
「女性の支度はやはり長いですね、早く行きま…しょう……」
鬼灯は、今日という日に輝き映える凜が来たと思い、振り返り、そこに現れた浴衣姿の美少女に見惚れた。
藍色を基調に、大きな花柄が細かく入った浴衣。
華やかさの中にも落ち着きがある色合いと柄で、そこが凜に似合っていた。
鬼灯は何も言えず、凜の浴衣姿から目が離せないでいた。
「……………」
――…何、この無言の視線攻撃は。
容姿は並なのに、印象だけは強く認識される性質のため、少し髪型を変えたり、唇の色を変えるなどちょっといじるだけで他人に全く違うような印象を与えられる。
彼の首にはすぐに小銭が出せるよう金魚草のデザインの財布が吊るしてあったのに今さら気づき、小さく笑みをこぼした。
鬼灯が、ハッと我に返り、咳払いをする。
「では、行きましょうか」
「はい」
そうして、二人は見物客の列に紛れ込むのだった。
地獄で最も大きな祭り――盂蘭盆地獄祭を、二人は存分に楽しんでいた。
主に、鬼灯が。
意外とこういうイベント事が好きなのだと発覚。
肩にビニールの河童をつけて、わたあめを頬張り、水ボールとヨーヨーで遊んでいる。
帯に挿した風車がからからと心地よい音を立てて回り、凜は苺のシロップがかかったかき氷を口に入れた。
ほどよい甘みとキンとする冷たさがクセになる。
「んん、おいひい」
冷たさ故に呂律の回りきらない凜の発言に、鬼灯が振り向いて様子を窺う。
祭りの賑やかな雰囲気に包まれて、その顔には喜びと楽しさ、可愛らしさが溢れていた。
その可愛らしい姿と、着飾れば着飾ったぶんだけ映える涼しげな容貌に見惚れた時、鬼灯はいいことを思いついた。
手を握ろう。
夏祭りの夜店を浴衣姿の異性――それも想い人――と、手をつないで回る、これ以上のがあるだろうか。
ない、絶対ない。
思いついたが最後、鬼灯の意識はその一点に集中した。
「凜さん、混雑してますね」
「はい?」
「……あぁ、もう」
頭の回転は速いはずなのに展開を呑み込めていない声をあげる凜に苛立ち、こうなったら強引にいってしまえと、
「いや~~、夏だねえ~~」
手を取る直前、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
祭囃子に乗って、ゴチャゴチャガヤガヤと賑やかに三匹が屋台を探検し、うろついている。
「地獄にも四季ってあるんだね」
「年中暑いのかと思ってた。暑いというか、熱い?」
「八寒地獄は寒いけどな」
「まァ熱い寒いっつっても、刑場だけだしな」
「それに祭りとか運動会とか、結構行事多いよな」
「アレッ」
すると、シロが前方から歩いてくる姿に気づく。
三匹の目の前には、鬼の面を被り、両手にはリンゴ飴とわたあめを持った鬼灯と、これも両手にチョコバナナと焼きそばを持ち、帯に風車を挿した凜が立っていた。
「…ああ、びっくりした……大の男が連れよりもこんなに心からお祭りを満喫しているという事実に……桃太郎侍かと思った…」
「いいじゃないですか、別に」
面を外し、鬼灯は金魚すくいで取った金魚を掲げる。
「金魚すくいとか楽しいじゃないですか」
「アンタ、この期に及んでまだ金魚飼うんか」
「祭りはいくつになっても楽しいからね。何度来ても飽きないなぁ」
鬼灯の気持ちを代弁するように、凜は言った。
しかし、予想していた人物はそこになく、目の前にいるのは誰なのか、よくわからなかった。
その少女は首を傾げると、心底から訝ったように眉を寄せる。
「なに?どうかした?」
『え、ええ……っ』
少女の顔をまじまじと見る。
間違いない。
死ぬほど驚いた。
ざざざっ、と後ろに下がって大声を揃える。
『凜様ーーーっ!?』
「そ、そうだよ?何、急に大きな声出して。何をそんなに騒ぐことがあるのさ?」
――いや、だって、だって……!
三匹は一斉に冷静沈着な鬼を見ると、共感するように頷く。
とりあえず、鬼灯も驚きまくった。
凜は少しふてくされるように髪の毛に触れる。
「まったく、鬼灯さんもシロ君達も。そんなに、あたしが……をしたらおかしいの?」
「驚くのは確かですよ」
小声だったので、凜が何を言ったか三匹はよく聞き取れなかったが、鬼灯にはしっかりと聞こえていたようだ。
(なんか照れくさいな)
綺麗だよ、なんて言いながら、動物達は彼女の足元を走り回る。
「しかし地獄もお盆祭りってするんスね」
「ええ、むしろ地獄の夏最大のイベントですよ。盂蘭盆は現世目線で言えばご先祖の救済でしょうが……」
※年に一度、苦しみから逃れてもいい日。
「地獄目線で言えば『地獄の釜の蓋も開く』時。つまり獄卒の夏期休業です」
拷問に使う釜には全てを焼けつくす溶液は入っておらず、獄卒は意気揚々と休暇を楽しむ。
――このように「お盆ばかりは釜の蓋も開けて使わずに休む」ことからいう。
「ちゃんと夏休みがあってよかったよ!地獄って案外、労働基準法がしっかりしてるね!」
「当たり前です!ブラック企業じゃないんですから!」
「でもさぁ……皆一斉に休んだら亡者の犯罪が増えたりしない?」
この質問に、鬼灯はわたあめを、凜はチョコバナナを食べながら答える。
「このスキを見て犯罪を起こした人は阿鼻地獄逝きでね」
「…プラス『中学時代の日記・文集を全国放送(ゴールデンタイム)の刑』です」
――磔にされた羞恥に顔を真っ赤に染めた亡者の悲鳴が響くが、
「やめてくれーー」
「12月24日『トゥルーラブ』」
――その訴えは無慈悲にも届かず、司会者の鬼が日記帳を読み上げる。
「…それは人によっては阿鼻地獄より嫌かもね……」
「そりゃそうだよ。人には誰にでも、なかった事にしたい作品や恥ずかしい思い出、忘れたい過去という黒歴史が存在するんだよ…」
凜は遠い目になってつぶやく。
目に映る光を言葉に翻訳するなら、若かった~あの頃~♪になるに違いない。
「凜様、どこ見てるの?」
率直すぎる感想を前にして、鬼灯も返答に窮する。
「変に聞かない方がいいですよ……それよりこの休み明けが一番、大変なんですよ」
「ふぅん?五月病みたいに盂蘭盆病になるとか?」
「いえ、そういうことではないんですが……」
「ねぇ鬼灯様、凜様、一緒に回ろ!」
「うん、いいよ」
鬼灯としては、凜と二人きりでいたかったのが本音だ。
たとえそれが、自分の恋人ではないとしても、何度も何度もフられたとしても、二人きりくらいは許してくれてもいいじゃないか。
この一瞬は恋人気分を味わったっていいじゃないか!
騒がしい気配をかろうじて感じさせられるほど遠くから、今や全く隠さずに、妖怪が蔓延する。
歩く誰もに活力や弾みが宿り始め、空気には沸き立つような、動か出さずにはいられない雰囲気が満ちていく。
「わあ~~、奥に行くともう『百鬼夜行』って感じ」
「夏は現世もオバケの季節だよな~~」
「亡者も帰るしな~~。あの世とこの世の境が薄い時期なのかもな」
盂蘭盆のため神社のあちこちに取りつけられた提灯オバケに混じって於岩がいた。
遊びに行くという気楽な期待だけではなく、
「タコ焼き~~。衆合名物、どスケベダコのジャンボタコ焼き~~」
お香が売るタコの足がはみ出したたこ焼きや、
「姿焼き~~。目玉・耳・骨、全パーツありますよ~~」
人間の身体のパーツを焼いたグロテスクな串もあり、
「コンコン野干 ※の人魂フライ~~」
人魂を油で揚げたフライもある。
※野干…地獄にいる狐。
当事者として参加する不安を、誰もが感じる。
しかしまた、それをスパイスとすることも『自分達のお祭り』の喜びとして受け取る。
「色んなのがあるね!」
「今日は盂蘭盆最終日ですからね、一番盛り上がっています」
神社の参道脇に様々な屋台が軒を連ねる中、
「濃厚よ~~。おいしいわよ~~」
牛頭の乳で搾ったソフトクリームの夜店もあった。
隣を歩く彼女の方を振り返ったが、そこには亡者の部下はいなかった。
「――あれ」
「まさか迷子?」
「うっかり置いてきてしまいました」
ごく普通、なんでもないふうに答える鬼灯の様に、ルリオがツッコミを入れる。
「祭りを楽しむあまりに連れを置いてくるなんて、やっちゃいけないだろ!!」
「まぁ。すぐに見つかるでしょう」
「誰かに連れてかれてなきゃいいけど…」
(連れてかれる?いやいや、見た目だけで判断してはいけない。彼女と少し話しただけでコロッと騙される彼らを見ると不憫でならない)
「あっお面だ!」
シロが興味を示した先には、動物や鬼の面などが売られてある。
「あっ閻魔様のお面もある」
「わあ、買おうかな~~」
シロが、鬼の間で話題沸騰!とのキャッチコピーが掲げてある二つのお面を見比べる。
「ねェ稲川淳二と喪黒福造、どっちのお面がいいかなあ」
「なかなか渋い選択しますね」
その時、店員が柿助に向けて威勢のいい声を発した。
「よっ、そこの孫悟空の大将、くじ引きやってきな!」
「えっ…俺!?」
「え『悟空』が猿へのお世辞?」
思いがけない呼称に照れる柿助の横で、ルリオは疑問符を浮かべた。
「皆で引いてみよう」
「そうですね」
「鬼灯さん!鬼灯さん!」
名を呼ばれて振り返る。
鬼灯と三匹を発見した凜が、ニコニコと駆け寄ってくるところだった。
「凜様、どうしたの」
「はぐれて寂しかったとか?」
「というか、生き生きとした表情してるぞ」
その容姿もあって、好奇に満ちた眼差しは初めて城下町を訪れたお姫様のよう純真無垢に見えた。
しかし、少女の無邪気さとは裏腹に、鬼灯はいっそうの警戒心を抱いた。
凜のはしゃぎようが、どうにもこうにも引っかかるのである。
「現世にはない食べ物とかもあって……どれもこれも安そうで粗雑そうなのに、魂が叫ぶの。買いたい、はしゃぎたい、両手に持ちたいって!」
「……まさか、それを直接的に言ったんじゃないでしょうね?」
参道脇に連ねる様々な屋台、どれもこれも祭りには欠かせない、いや祭りのメインといっていいラインナップに目移りする凜。
「凜さん、いませんか……………何故、留守?」
この大事な日に彼女の不在に首を傾げると、扉の隙間に一枚の手紙が挟まっていた。
「……手紙?」
不思議に感じて手に取り、自分宛ての手紙に目を通す。
≪鬼灯様へ、凜ちゃんは私が預かっています。浴衣の支度は私に任せて、会場で待ってくださいな。P.S.せっかくの着替えシーンを見られないのは残念ですけど。お香≫
「……あのレズビアンめ」
鉄球をも砕き潰すほどの握力でメキメキと固められ、握られた手紙はグシャグシャに丸められた。
射し込む光、焚き染めた甘い香、いくつも連なる高価な調度、見慣れない品を前にして、凜が全身を映す大きな鏡の前で困惑の表情を浮かべていた。
彼女の隣には華のような笑みを浮かべた親友のお香。
いや、その艶やかな笑顔を前にすれば、桜の花も恥じらいのあまり蕾に戻ってしまうかもしれない。
そんな魔力を感じさせるほどの満面の笑みだ。
お香が華やか過ぎて、彼女の隣に佇む遊女達の影がすっかり薄れてしまっていた。
親友の鬼女は満面の笑みの中で期待に瞳を輝かせて、鏡の前に立つ凜を見ている。
「凜ちゃん、早く浴衣姿を私に見せてちょうだい。それとも、私を焦らしてるの……?」
放っておくと、お香は今にも身悶えを始めそうだ。
彼女の精神的な健康のためには、自分の抱えるもやもやを一旦棚上げする必要がありそうだと凜は思った。
鮮やかな浴衣は着用済み。
あとは髪を結うだけだ。
凜は観念して、
「お願いします」
とお香に頼んだ。
色素の薄い亜麻色の髪を右半分に大きく纏め上げ、一房だけを三つ編みに結い、簪やらリボンやらで留める。
そして、最後のメイクを施した。
「お香さん、あたし、あんまりお化粧とか、似合わないんだけど」
「だーめ。ナチュラルメイクだと、お祭りの時目立たないでしょ?」
「め、目立つのも……ちょっと」
困ったふうに言う彼女を、周りが姿勢を正すよう言い、気合いを入れさせていた。
誰もが、自分達の可愛がる少女にふさわしい姿に見惚れていた。
「やっぱり綺麗ね」
「さすがってとこかしら。勝ち目ないわ」
凜は恥ずかしそうに頬を染め、髪を指先で撫でる。
慣れない髪型に少し戸惑っているようだ。
「――ではお香さん、皆さん、行ってきます。着付けと髪型、ありがとうございました」
「ええ。お祭り、楽しんで来てね」
「祭りには屋台も出すから、買いに来てね」
祭りの準備が整い、凜はお香に礼を述べて衆合地獄を出た。
首に金魚草のデザインの財布を吊るし、鬼灯は神社近くを流れる川沿いに立っていた。
待ち合わせの時間よりも早く到着したので、ぼんやりと沈みゆく夕日を眺めている。
境内から賑やかで陽気な祭囃子が響いてくる。
神社に続く道沿いを、見物客が埋め尽くしていた。
その時、カランコロン、と耳に心地よい下駄の鳴る音と共に声がかけられた。
「――鬼灯さん、お待たせしました」
「女性の支度はやはり長いですね、早く行きま…しょう……」
鬼灯は、今日という日に輝き映える凜が来たと思い、振り返り、そこに現れた浴衣姿の美少女に見惚れた。
藍色を基調に、大きな花柄が細かく入った浴衣。
華やかさの中にも落ち着きがある色合いと柄で、そこが凜に似合っていた。
鬼灯は何も言えず、凜の浴衣姿から目が離せないでいた。
「……………」
――…何、この無言の視線攻撃は。
容姿は並なのに、印象だけは強く認識される性質のため、少し髪型を変えたり、唇の色を変えるなどちょっといじるだけで他人に全く違うような印象を与えられる。
彼の首にはすぐに小銭が出せるよう金魚草のデザインの財布が吊るしてあったのに今さら気づき、小さく笑みをこぼした。
鬼灯が、ハッと我に返り、咳払いをする。
「では、行きましょうか」
「はい」
そうして、二人は見物客の列に紛れ込むのだった。
地獄で最も大きな祭り――盂蘭盆地獄祭を、二人は存分に楽しんでいた。
主に、鬼灯が。
意外とこういうイベント事が好きなのだと発覚。
肩にビニールの河童をつけて、わたあめを頬張り、水ボールとヨーヨーで遊んでいる。
帯に挿した風車がからからと心地よい音を立てて回り、凜は苺のシロップがかかったかき氷を口に入れた。
ほどよい甘みとキンとする冷たさがクセになる。
「んん、おいひい」
冷たさ故に呂律の回りきらない凜の発言に、鬼灯が振り向いて様子を窺う。
祭りの賑やかな雰囲気に包まれて、その顔には喜びと楽しさ、可愛らしさが溢れていた。
その可愛らしい姿と、着飾れば着飾ったぶんだけ映える涼しげな容貌に見惚れた時、鬼灯はいいことを思いついた。
手を握ろう。
夏祭りの夜店を浴衣姿の異性――それも想い人――と、手をつないで回る、これ以上のがあるだろうか。
ない、絶対ない。
思いついたが最後、鬼灯の意識はその一点に集中した。
「凜さん、混雑してますね」
「はい?」
「……あぁ、もう」
頭の回転は速いはずなのに展開を呑み込めていない声をあげる凜に苛立ち、こうなったら強引にいってしまえと、
「いや~~、夏だねえ~~」
手を取る直前、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
祭囃子に乗って、ゴチャゴチャガヤガヤと賑やかに三匹が屋台を探検し、うろついている。
「地獄にも四季ってあるんだね」
「年中暑いのかと思ってた。暑いというか、熱い?」
「八寒地獄は寒いけどな」
「まァ熱い寒いっつっても、刑場だけだしな」
「それに祭りとか運動会とか、結構行事多いよな」
「アレッ」
すると、シロが前方から歩いてくる姿に気づく。
三匹の目の前には、鬼の面を被り、両手にはリンゴ飴とわたあめを持った鬼灯と、これも両手にチョコバナナと焼きそばを持ち、帯に風車を挿した凜が立っていた。
「…ああ、びっくりした……大の男が連れよりもこんなに心からお祭りを満喫しているという事実に……桃太郎侍かと思った…」
「いいじゃないですか、別に」
面を外し、鬼灯は金魚すくいで取った金魚を掲げる。
「金魚すくいとか楽しいじゃないですか」
「アンタ、この期に及んでまだ金魚飼うんか」
「祭りはいくつになっても楽しいからね。何度来ても飽きないなぁ」
鬼灯の気持ちを代弁するように、凜は言った。
しかし、予想していた人物はそこになく、目の前にいるのは誰なのか、よくわからなかった。
その少女は首を傾げると、心底から訝ったように眉を寄せる。
「なに?どうかした?」
『え、ええ……っ』
少女の顔をまじまじと見る。
間違いない。
死ぬほど驚いた。
ざざざっ、と後ろに下がって大声を揃える。
『凜様ーーーっ!?』
「そ、そうだよ?何、急に大きな声出して。何をそんなに騒ぐことがあるのさ?」
――いや、だって、だって……!
三匹は一斉に冷静沈着な鬼を見ると、共感するように頷く。
とりあえず、鬼灯も驚きまくった。
凜は少しふてくされるように髪の毛に触れる。
「まったく、鬼灯さんもシロ君達も。そんなに、あたしが……をしたらおかしいの?」
「驚くのは確かですよ」
小声だったので、凜が何を言ったか三匹はよく聞き取れなかったが、鬼灯にはしっかりと聞こえていたようだ。
(なんか照れくさいな)
綺麗だよ、なんて言いながら、動物達は彼女の足元を走り回る。
「しかし地獄もお盆祭りってするんスね」
「ええ、むしろ地獄の夏最大のイベントですよ。盂蘭盆は現世目線で言えばご先祖の救済でしょうが……」
※年に一度、苦しみから逃れてもいい日。
「地獄目線で言えば『地獄の釜の蓋も開く』時。つまり獄卒の夏期休業です」
拷問に使う釜には全てを焼けつくす溶液は入っておらず、獄卒は意気揚々と休暇を楽しむ。
――このように「お盆ばかりは釜の蓋も開けて使わずに休む」ことからいう。
「ちゃんと夏休みがあってよかったよ!地獄って案外、労働基準法がしっかりしてるね!」
「当たり前です!ブラック企業じゃないんですから!」
「でもさぁ……皆一斉に休んだら亡者の犯罪が増えたりしない?」
この質問に、鬼灯はわたあめを、凜はチョコバナナを食べながら答える。
「このスキを見て犯罪を起こした人は阿鼻地獄逝きでね」
「…プラス『中学時代の日記・文集を全国放送(ゴールデンタイム)の刑』です」
――磔にされた羞恥に顔を真っ赤に染めた亡者の悲鳴が響くが、
「やめてくれーー」
「12月24日『トゥルーラブ』」
――その訴えは無慈悲にも届かず、司会者の鬼が日記帳を読み上げる。
「…それは人によっては阿鼻地獄より嫌かもね……」
「そりゃそうだよ。人には誰にでも、なかった事にしたい作品や恥ずかしい思い出、忘れたい過去という黒歴史が存在するんだよ…」
凜は遠い目になってつぶやく。
目に映る光を言葉に翻訳するなら、若かった~あの頃~♪になるに違いない。
「凜様、どこ見てるの?」
率直すぎる感想を前にして、鬼灯も返答に窮する。
「変に聞かない方がいいですよ……それよりこの休み明けが一番、大変なんですよ」
「ふぅん?五月病みたいに盂蘭盆病になるとか?」
「いえ、そういうことではないんですが……」
「ねぇ鬼灯様、凜様、一緒に回ろ!」
「うん、いいよ」
鬼灯としては、凜と二人きりでいたかったのが本音だ。
たとえそれが、自分の恋人ではないとしても、何度も何度もフられたとしても、二人きりくらいは許してくれてもいいじゃないか。
この一瞬は恋人気分を味わったっていいじゃないか!
騒がしい気配をかろうじて感じさせられるほど遠くから、今や全く隠さずに、妖怪が蔓延する。
歩く誰もに活力や弾みが宿り始め、空気には沸き立つような、動か出さずにはいられない雰囲気が満ちていく。
「わあ~~、奥に行くともう『百鬼夜行』って感じ」
「夏は現世もオバケの季節だよな~~」
「亡者も帰るしな~~。あの世とこの世の境が薄い時期なのかもな」
盂蘭盆のため神社のあちこちに取りつけられた提灯オバケに混じって於岩がいた。
遊びに行くという気楽な期待だけではなく、
「タコ焼き~~。衆合名物、どスケベダコのジャンボタコ焼き~~」
お香が売るタコの足がはみ出したたこ焼きや、
「姿焼き~~。目玉・耳・骨、全パーツありますよ~~」
人間の身体のパーツを焼いたグロテスクな串もあり、
「コンコン
人魂を油で揚げたフライもある。
※野干…地獄にいる狐。
当事者として参加する不安を、誰もが感じる。
しかしまた、それをスパイスとすることも『自分達のお祭り』の喜びとして受け取る。
「色んなのがあるね!」
「今日は盂蘭盆最終日ですからね、一番盛り上がっています」
神社の参道脇に様々な屋台が軒を連ねる中、
「濃厚よ~~。おいしいわよ~~」
牛頭の乳で搾ったソフトクリームの夜店もあった。
隣を歩く彼女の方を振り返ったが、そこには亡者の部下はいなかった。
「――あれ」
「まさか迷子?」
「うっかり置いてきてしまいました」
ごく普通、なんでもないふうに答える鬼灯の様に、ルリオがツッコミを入れる。
「祭りを楽しむあまりに連れを置いてくるなんて、やっちゃいけないだろ!!」
「まぁ。すぐに見つかるでしょう」
「誰かに連れてかれてなきゃいいけど…」
(連れてかれる?いやいや、見た目だけで判断してはいけない。彼女と少し話しただけでコロッと騙される彼らを見ると不憫でならない)
「あっお面だ!」
シロが興味を示した先には、動物や鬼の面などが売られてある。
「あっ閻魔様のお面もある」
「わあ、買おうかな~~」
シロが、鬼の間で話題沸騰!とのキャッチコピーが掲げてある二つのお面を見比べる。
「ねェ稲川淳二と喪黒福造、どっちのお面がいいかなあ」
「なかなか渋い選択しますね」
その時、店員が柿助に向けて威勢のいい声を発した。
「よっ、そこの孫悟空の大将、くじ引きやってきな!」
「えっ…俺!?」
「え『悟空』が猿へのお世辞?」
思いがけない呼称に照れる柿助の横で、ルリオは疑問符を浮かべた。
「皆で引いてみよう」
「そうですね」
「鬼灯さん!鬼灯さん!」
名を呼ばれて振り返る。
鬼灯と三匹を発見した凜が、ニコニコと駆け寄ってくるところだった。
「凜様、どうしたの」
「はぐれて寂しかったとか?」
「というか、生き生きとした表情してるぞ」
その容姿もあって、好奇に満ちた眼差しは初めて城下町を訪れたお姫様のよう純真無垢に見えた。
しかし、少女の無邪気さとは裏腹に、鬼灯はいっそうの警戒心を抱いた。
凜のはしゃぎようが、どうにもこうにも引っかかるのである。
「現世にはない食べ物とかもあって……どれもこれも安そうで粗雑そうなのに、魂が叫ぶの。買いたい、はしゃぎたい、両手に持ちたいって!」
「……まさか、それを直接的に言ったんじゃないでしょうね?」
参道脇に連ねる様々な屋台、どれもこれも祭りには欠かせない、いや祭りのメインといっていいラインナップに目移りする凜。