第22話

夢小説設定

この小説の夢小説設定
名字
名前
名前の一文字

――人は死してのち、初七日~三回忌まで十王による裁判を受ける。


――そこで結構重要なのが「遺族の供養」なのである。


――いかに手厚く供養されていたかで減刑・無罪になっちゃったりするからだ。


――当然、供物の量も重要な要素となる。


――「地獄の沙汰も金次第」はあながち嘘でもないのだ。







"現世からの贈り物"と書かれた紙が貼ってあるテーブルに、様々な供物が捧げられている。

料理やお菓子が目立つ中――彩りも鮮やかな料理と市販のチョコレートの盛りつけられた供物を見つめる、一人の少女が立っていた。

胸元で手を合わせ、目も閉ざす。

容姿端麗な少女が一心に祈念する姿は、一幅の絵になりそうな可憐さだった。

「……さん、そろそろ時間ですよ」

少女――の背後から秀麗な顔立ちの鬼灯が歩いてくる。

「はい」

それまで没頭していた思考を振り払うべく、頭を軽く振った。

今日に至るまでの年月で伸びた色素の薄い髪は、重力に逆らうことなく右へ左へと揺れて下へと落ちる。

「今ならまだ間に合いますよ……貴方は好奇心が強いだけの、普通の人間です。普通に天国に行くのが幸せなんです」

そう言ってから、眉間に皺を寄せた鬼灯は長い茶髪を一房手に取る。

「貴方は私に騙されただけで、地獄のことなんて知らなかった。聞かれても何も知らないと話せばいい、彼らは信じます。亡者が地獄の補佐官なんかと一緒にいる訳ないんですから。何も疑われずに天国に行けます」

「鬼灯さん」

間髪入れず、は首を横に振る。

しゃらりと鬼灯の手から亜麻色の髪が流れ落ち、彼女が振り返った。

大人びた涼やかな容貌の中、あまりに強く光る、その瞳。

「――『後悔なんてしない』。それが前世から変わらない、あたしの信条です」

想像せよ!

常識のはずれた場所で、全てを覆そう。

人生のストーリーは誰しもが主人公である。

脚本も演出も一人でつくりあげよう。

ここはあたしの世界だ。

想像せよ!

見えないものを見る力を養え。

おとぎ話の怠慢を許してはいけない。

真実は心の中にしかないのだから。







≪ハイ、並んでくださーい。列は乱さないで!≫

荷物を運ぶ唐瓜が、拷問を待つ亡者の不安と怯えの視線を浴びながら、スピーカーで注意を促す獄卒に話しかける。

「?この列は……」

「拷問待ちだよ」

「拷問待ち!?」

獄卒は驚く新人に笑って説明した。

「裁判を全て終えた亡者で『まァ大した罪なし』となった者が一回だけ罰を受ける列さ。逃げたら即刻地獄逝きだから皆、大人しく我慢してんだ。ま、痛いのなんて一瞬さ。後は転生か天国が待ってるんだ」

「…予防接種の列みたいだな……」


――カーテンで区切られた診察室の前で待機する子供達は不安と恐怖に怯え、


「こわいなー」

「チクッとするかな」


――注射の痛みを想像し、ひそひそと話し合う。


「そういえば、様の噂は聞いたかい」

唐瓜はぱちぱちとまばたきをして首を横に振った。

「その様子じゃ、まだ耳には入っていないみたいだな」

疑問符つきの眼差しを返すと、

「それはだな――」

と獄卒は語り始めた。

様を十王の懇親会に出席させて、改めて彼女の判決を出すらしい」

「えっ!?」

「あの方って元を辿れば亡者だろ?それが今や閻魔様の第二補佐官、鬼灯様の補佐だ。それを知らない十王の方々に紹介させて、このまま彼女を地獄に留めるか、決めるそうだ」

「それって……」

唐瓜が口を開いたところで、後ろから声をかけられる。

「唐瓜君」

様!」

「え、さん!?」

獄卒が驚いたのに合わせて振り返ると、まさに噂していたが立っていた。

すると、亡者達が歓声をあげる。

「あっ、女性もいる」

「いいなぁ、せっかく罰を受けるならかわいい子にしてもらいたいよな」

「あの和洋を混ぜた着物が、また可愛らしい」

腰まで届く茶髪は淡い色合いで、双眸は内面の好奇心を反映してキラキラとした輝きを放っている。

整った顔立ちに、均整のとれた肢体。

ありていに言って、美人である。

そんな、妙に他人の視線に疎い彼女は鬼灯を探していた。

「鬼灯さん、知らない?一緒にいたはずなんだけど、はぐれちゃってさ」

「鬼灯様でしたら、あそこにいます」

「ありがとう」

唐瓜は手を振ってを見送った後、気になって後ろを尾行する。

≪情状酌量による現世か天国逝きの皆様。誠におめでとうございます≫

裁判を全て終えた亡者の最後の罰風景に響き渡るのは、卒業式や閉店のお知らせに使われる「蛍の光」。

「…あの曲の演出、地味に嫌だな……」

この曲が流れたら速やかに帰らないといけない気分になるのだ。

左手でスピーカーを構え、右手で遺族からの供物を示す。

≪しかしこれもひとえにご遺族の手厚い供養のたまもの。本来ならば地獄逝きの人もいます。何白何千年と続く刑がたったの一回で済むのですから。この供物の山を見て、ご遺族に十分感謝なさって下さい≫

"現世からの贈り物"と書かれた紙が貼ってあるテーブルに、様々な供物が捧げられている。

「鬼灯さ~ん」

さん、あれほどはぐれないでくださいと言ったのに……」

「ごめんなさい」

料理やお菓子が目立つ中、亡者は遺族からの供物を見つけた。

「あっ…アレ、うちの嫁の手料理だ……」

「アレは孫が供えた似顔絵とジュースだな……きっと」

「パイの実とコアラのマーチ率が異様に高いな……」

そして『簡易地獄』と看板が掲げられた、白い幕で仕切った即席の拷問室で獄卒が声をかける。

「ハイ、次の人ー」

「怖いな~」

先程の話を聞いた唐瓜が、おそるおそる中の拷問様子について漏らす。

「…あの中では一体どんな……」

「え、別に大したことはしてませんよ。ちょっと舌を抜くだけです」

唐瓜の質問に対する鬼灯の回答は、穏やかならざるものだった。

ちなみに亡者の舌を抜くのは、

「ハイ、力ぬいて下さ~い」

拷問のエキスパート、特別顧問・芥子が担当。

「『だけ』!?」

「すぐまた生えますよ。それで無罪放免なら安いものでしょう」

「結構な代償ですよ!?」

(舌を抜くのは閻魔様じゃなくて、芥子ちゃんか……)

赤みがかかった瞳に動揺を浮かべつつ、表情だけは何食わぬ顔では苦笑する。

「…にしても、すごいですねー。供物の量」

「…と、もうこんな時間……」

「アレ?どっか行くんですか?」

「ええ。この亡者達の判決を出した方々の会食場へ」

「へえ~~……え、つまり十王!?」

何気なく会話に出た名前に、唐瓜はひどく動揺を示した。

亡者の審判を行う10尊の、いわゆる裁判官的な尊格である。

「ええ。大事な懇親会です。よかったら食事運ぶの手伝います?」







今そこでは、久方ぶりの宴が開かれていた。

声やら音やら動きやらが、一つの制約、あるいは許容のもとで弾け溢れている。

既に十王が席について、配膳を手伝いに会場へ入れば、やけに身体の大きい閻魔が目に飛び込んだ。


――閻魔様だけでかくね!!?


「大王って巨漢ですよねえ~~」

鬼灯が冷めた声で吐き捨てると、

「本当に同じ人類なのか疑わしい……」

胡乱な眼差しでも同意する。

「現世の地獄絵でも閻魔大王は一番大きく描かれることはありますが、実際そうなんですよ」

「…変なだまし絵みたいだなあ……」

「失礼します」

十王のテーブルに食事を配膳していれば、声をかけられた。

「おや?大王にはもう一人、補佐官がいらしたんですか?」

朱井 です」

若干ぎこちない様子で、が軽く一礼。

やはり、これだけ王がいると緊張する。

「地獄は仕事が多くてね、事務処理能力に長けてる彼女に手伝ってもらってるんだ。言わば鬼灯君の助手だよ!」

「助手兼妻です」

「ほう、結婚されていたんですか」

この流れはまずいような気がしたので、即座に否定する。

「騙されないで下さい。ただの上司です。赤の他人です」

向けられる視線は冷たい。

だが、この程度のことで怯んで口を閉ざしてしまう繊細さには縁のない鬼灯だった。

「照れ隠しですので、お気になさらず」


――偉い人達の前だからがっつり言い返せないが、お前っ!!


――よくもいけしゃあしゃあと。


の周囲から漂うオーラに察した閻魔は冷や汗を流し、なんとか誤解を解いてくれた。

「我々なんて大王に比べたら十把一絡じっぱひとからげ」

「そうそう、現世の我々の絵なんてパンダ並みに個体差もありませんし……」

テーブルには様々な料理が並べられており、それぞれが芳醇ほうじゅんな匂いと湯気をまとっている。

和洋折衷の大盤振る舞いだ。

「こうして閻魔大王主催の会食へ出席できるなんてありがたい話です」

「食卓も豪華ですよねえ~~、さすがは大王」

「イヤ、これは鬼灯君が…」

「ほぉ~~」

確かにかなり豪勢な料理である。

鬼灯の指示は的確で、本人も料理の腕は達人並みだ。

料理の鉄人にも負けないだろう。

彼が会食の準備を任せられたのも頷ける。

「王がこれだけいると壮観だなあ」

「せっかくですから紹介しましょう。10人もいるのでテンポよく。サンハイ!」

パンパンと手を叩くと、軽快な曲と共に十王が順番に紹介されていく。


ひ~とり(秦広王)。

ふ~たり(初江王)。

さんにんいるよ(宋帝王)。

よ~にん(五官王)。

ご~にん(閻魔王)。

ろくにんいるよ(変成王)。

しちにん(太山王)。

はちにん(平等王)。

きゅうにんいるよ(都市王)。

じゅうにんさいごのさいばんか~~~ん(五動転輪王)。


賑やかな歌と共に次々と十王を紹介していく様子は、まるで教育用のビデオを鑑賞しているようだ。

「ついてこれました?」

「歴代の校長の写真見てる気分でした」

「あと閻魔大王、見切れてましたけど……」

「よく『秦広王のほうが閻魔大王っぽい』と亡者に言われます。そして一人一人に補佐官がついています。補佐は鬼だったり人だったり獣だったりします」

その補佐官達。

宋帝王が補佐官にワインを取るよう頼む様子と、

「ワインを取ってくれ」

「ハイ、かしこまりました」

閻魔が鬼灯にビフテキを取るよう頼む様子を比較する。

「鬼灯君、ビフテキ取って」

「あ、ハイ。投げるので口でキャッチして下さい」

「犬か、ワシは!!?」

この漫才コンビっぷりである。

にぎやかに会食は進み、供物に関しての話題――時代は移ろい、今では豪華な供物が多い――があがる。

「――ところで、最近は供物も多様化してますね」

「そうですなあ…昔は飯と水があれば贅沢な方でしたね」

「今の亡者はケーキや料理が普通にあって幸せですね」

「ええ、それに供養の仕方も個性的でいいですね」

ニコニコと笑いながら、リーゼントで目つきの悪い全開バリバリ(死語)って感じの不良がスプレーで墓に落書きをする光景を目撃し、朗らかに語る。

「この前来たヤンキーの亡者はお墓にアートを施されたようです。変わった墓参りですね」

「それ墓参りじゃなくて御礼参りですよ、多分」

何やら勘違いしている五動転輪王に、ヤクザや不良が拘束を解かれてからする仕返しだと、鬼灯は訂正した。

(あの人、悪意って言葉を知らないんじゃないだろうか!)

少々天然な王に驚きながら、と唐瓜が眼差しで解説する。

二人から寄せられたリクエストに、鬼灯はすぐさま手を口許に当てて小声で答えた。

「…五動転輪王は聡明な方なのですが、少々ポヤンとした所がありまして……」

「…あの人がラスト裁判官で大丈夫なんですか?」

人口が増えてからは十王の仕事も増えたらしく、こうやって集まるのは久しぶりのようで、楽しそうに弾む。

「それにしても久しぶりです」

「お互い多忙ですしねぇ」

「大王は特に地獄の管理もなさっていますしねぇ」
1/2ページ
スキ