第21話
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閻魔殿――城壁。
漆喰には地獄の彩色が一面に施されているが、触れただけで表面部分が剥がれ落ちる。
「ここの壁画も、随分ボロボロだねぇ」
「200年程前に綺麗な画を描いてもらったんですがね」
壁に触れた手をさりげなく閻魔の服で拭う鬼灯。
「……君ね、何事もないようにワシの服で手をふかないでよ……」
「凜さんも触ってみてください」
鬼灯に促され、そっと城壁に触れてみる。
凜は、かつて何回か城壁に触れたことがあった。
すべすべしてとても冷たかったのを覚えている。
だが彼女の掌が捉えたのは、そんな過日の記憶を強く裏切るものだった。
ぼそぼそとしている。
何かの間違いじゃないかと手を上から下へ滑らせると、剥がれ落ちた表面部分が削がれ落ち、足元に溜まっていく。
――結構この絵、地獄っぽいと思って好きだったんだけどなぁ…。
深い奥行きをもつ鋭い岩塊のような渓谷群として描かれている、この凄絶な地獄のパノラマは、しかし不思議と気味の悪さを感じさせなかった。
鮮やかな筆致で描かれた躍動感が、露骨に示されることでかえってデフォルメされた景色が、地獄がもつ陰惨さを打ち消しているのだった。
この地獄絵を描いた画家が誰なのかは知らないが、どこかで見たような既視感があった。
「…やはり外ですし、熱風や雨もあります。剥落は仕方ないですね。こう…飛び出すような…インパクトある絵で壁を塗り直したいですね」
――また違う絵になるのかな、それはそれで見てみたい気もする……。
その時、一陣の風が三人の足元を吹き――ぴら。
「わっ」
風にあおられた凜の、赤いスカートが危険な舞い上がり方をした。
しかし、見事にスカートを押さえる。
「「――っ!」」
白い太ももの脚線美が白日の下にさらされて、そのさらに上はギリギリセーフだったものの、鬼灯と閻魔は悔しがる。
――あともう少しでパンチラが拝める所だったのに……!
※パンチラとはパンツがスカートからちらりと見える現象のことです。
「――とおーっ!」
凜が三本貫手(数字の三を表すような手つきで敵の両目を突く空手の荒技。チョキで突く二本貫手より目潰し成功率が格段にアップする)を放つが、鬼灯はそれをかわして、閻魔の両目に突き刺さった。
「目が~目が~~!!」
閻魔、チャームポイントともいえる丸い瞳が仇となってしまったのでしょう。
目を押さえて叫ぶ姿が痛々しい。
しかし閻魔様、それ悪役の悲鳴ですから!!
もう少しまともな悲鳴をお願いします。
「三本貫手とは……目潰しなんて生易しい表現じゃありませんね……」
「えっ、閻魔様ーー!!?ご、ごめんなさい、わざとじゃないんです!!というか、なんで避けるんですか!?」
「やっぱり私に当てるつもりでしたか」
次の瞬間、鬼灯が凜の首をその両腕で締め上げる。
冷や汗を掻きながら、なんとか声を絞り出した。
「ギッ…ギブギブ!お、落ちる……!」
(セクハラと暴力のパレードだな、つくづく嫌な上司を持ったよ!)
気が遠くなってきたところで間一髪、首を解放された。
潰れかかっていた喉から声を絞り出し、
「あー、いったァー」
鬼灯に絞められた恨みをこぼしつつ、凜は険しい視線を移す。
「……殺す気ですか」
「貴方の目潰しに比べれば可愛いものですよ」
二人の間にハイレベルな攻防と低レベルな口論が響く。
ふと、野原に寝っ転がる唐瓜と風景をスケッチをしている茄子の後ろ姿を見つけた。
「茄子さん…スケッチですか」
「はい!」
「あ、姐…凜さん!」
「ん?知らないうちに変な呼ばれ方されてるぞ、あたし」
とりあえず、なんの絵を描いているんだろうと、
「どれどれ」
と覗き込むと、女の姿の鳥人と幽霊、それに魚というシュールな完成度。
「何故ここの景色のパースをとりながら、この絵を……」
「見てたら浮かびました」
茄子が素描していた景色は遠くに見える荒んだ針山や烏が飛ぶ地獄の情景なのだが、どうやってその絵が生まれたのだろう。
不思議だ。
「これはシュールレアリスムを基盤に昨今の金欲主義への警鐘と肉欲への皮肉を折りまぜた地獄絵です」
茄子が妙に凝った言い回しで絵を語る。
まるで宇宙的恐怖宇宙的恐怖 を体現する邪神の落とし子のような描写だ。
「凄まじい脳内変換」
「天才ってそういうものなのかな」
「茄子って昔から、結構コンクールとか入選してたんですよ」
「それは知りませんでした」
「意外な才能だね」
親友の意外な才能を語る唐瓜だったが、不意に表情を曇らせる。
「…でも受賞の言葉とか全ッ然ダメで…落ち着きもないし…」
「俺、式とか会とか苦手……」
「退屈だもんね。あの長ったらしい話」
現代っ子世にはばかるである。
学校全体の行事にある、校長のありがたくも長ったらしい話は誰しも退屈し、スルーしている。
「でも俺、コイツの絵とか彫刻って好きなんです。コイツの部屋、凄いっスよー、ゴッチャゴッチャで……」
「彫刻も?」
絵だけではなく、どうやら彫刻の分野にも優れているようだ。
「やります!何でも好き!」
「よければ見せて頂けませんか?貴方、実家でしたっけ?」
「ううん、俺達は寮に住み込み。すぐそこですよっ!」
「じゃあ、お邪魔してもいいかな」
「ワーイ、鬼灯様と凜さんが俺んちに遊びに来る!」
茄子の部屋を拝見したいと言うと、快く承諾してくれた。
二人の手を握ってはしゃぐ、その様子はまるで家庭訪問を楽しみにする小学生のようで。
「家庭訪問に浮かれる小学一年生……」
可愛いなあと思っていると、唐瓜もそう思っていたらしく、全く同じことをつっこんだ。
閻魔庁寮にある茄子の部屋へと足を踏み入れば、独特な臭いが鼻についた。
視界に飛び込んだのは、画材道具や塗りかけの作品が散乱しているぐちゃぐちゃな部屋。
「これは……凄いですね……」
「日本画に油絵も…茄子君、色々やってるね」
鬼灯と凜は散乱している作品を見て感嘆する。
「はっ」
すると、気になる作品があったのか鬼灯が声をあげる。
「鬼灯さん、何か見つけ……わっ、金魚草の彫刻!!」
今にも動き出しそうなほど勢いのある木彫りの金魚草を発見。
「?あ、コレ?」
「凄い…今にも鳴きそうです」
「よければあげますっ」
「いえ、いけません。これはお金を取れる作品です」
あっけらかんと金魚草の彫刻を譲る茄子に、鬼灯は誘惑を断ち切った。
(…人のツボってよくわかんねえな~~……)
首を傾げる唐瓜が視線を移すと、珍しそうに作品を眺める凜がいた。
ほうほう、へぇ~、と頷きながら目を輝かせ、いつもの飄々さとはまた違う子供っぽさだが、こういう場面も彼女らしい。
(いいなぁ、茄子…あんなふうに輝く凜さんの表情を出せて)
「茄子さんは何故、画家ではなく獄卒に?」
「そうだよ、こんなに完成度の高い作品を作れてるのに」
素晴らしい才能を持っている茄子は何故、画家ではなく獄卒になったのだろう。
「イヤ~やっぱ、金持ちでもない限り、新卒で画家一本は厳しいっスからね~」
「……簡単には食っていけないものなんだね、やっぱり」
「俺んち、そんなにお金ないし……獄卒になれば、収入は安定するって唐瓜が……」
「お前の就活、大変だったよなあ~」
画家で食べていくのは難しい、と存外堅実的な考え方だ。
それもしっかり者の友人の影響だろう。
「でも俺、今の暮らしで楽しいよ。おかげで、凜さんにも出会えたから」
まっすぐ凜の顔を見つめながら、茄子は語りかけてくる。
(いい子だよ、ホントに。ええ笑顔も頂きました。ごっつぁんです)
彼の視線の真摯と無邪気さに引き込まれて、凜は照れてしまった。
「コイツが絵で食ってくってのもイマイチ心配だったし……」
「……唐瓜君って友達思いだよね」
「へ?」
「だってさ、茄子君のために心配して、あれこれアドバイスして……なんかさ、あたしが言うのもなんだけど、唐瓜君だったら茄子君の親友であり続けられる存在だと思うんだよね」
唐瓜は観念の内にないことを指摘されて、思考が空白になった。
数秒の時を経て、理解を追いつかせた瞬間、
「――!!」
顔が燃えるように真っ赤になる。
「――っ!?な、何言ってるんです……か」
突然言われたストレートな誉め言葉に対する、激しく情けないその様子に、鬼灯と茄子はぼそぼそ囁く。
「どっからどう見てもホの字ですね……」
「唐瓜、顔真っ赤」
それはさておき、茄子の意外な才能を発見したことで、鬼灯達は互いに絵を見せ合った。
「…私も和漢薬のレポートを絵で説明することはありますが、この程度です」
「あたしも、このくらいですかね」
鬼灯の描いてみせた金魚草は丸っこくてどこか可愛らしい。
漫画風の絵を描いた##NAMEか##が微笑みを浮かべながら見つめていると、唐瓜は歪な動物の絵を掲げた。
「イヤ、お二人は上手い方ですよ。俺なんかまず絵心がないから……」
「……いえ、唐瓜さんはいい方です。私の知ってる奴なんて……」
――「あの世東洋医学合同研究会」という名目で、白澤が教壇に立って講義をしていた。
≪…のようにして、猫又の足の毛に薬効がある可能性が……えー、どの部分かといいますと……≫
――おもむろにペンを握り、わかりやすく説明するために猫の絵を描く。
≪………………猫……えーと……≫
――そうして描き上げたのは、生気のない顔にのっぺりとした胴体で足が棒。
≪この部分ですね≫
――何事もない顔で足の部分を丸印で囲む白澤。
――スクリーンに映し出された絵に鬼達は悪寒を感じ、プロジェクターを操作する獄卒も引きつった顔で冷や汗を流した。
「何かの呪いにかかったとしか思えない絵、描いてました。全員、薬のこととかどうでもよくなってました」
――万物を知る神獣なのにそれを表現する力はなし!
恐怖というのは連鎖することでその破壊力を増していく。
恐怖は連なり心を蝕んでいく。
「ぷっ」
小さく吹き出す声と共に、よく見ればその肩は小刻みに震えていたりするわけで。
まさか、ツボなのか。
まさかあの評価がツボなのか、凜ちゃん。
「呪い……確かに……絵が下手以前の問題だよね……あれは……くっ、ふふふ」
ああっ、やっぱり!
――いやぁぁぁっっ、凜さんのS降臨……!!!
爪先から全身に迸る、快楽の稲妻。
条件反射的に呼吸が荒くなる。
「若干ニヤついてるのは彼女には黙っておきましょう」
「唐瓜、今最高に輝いてる」
社会的にギリギリアウトな感じの笑みを浮かべる唐瓜はさておき、鬼灯は視界の端にうごめく何かを見つけた。
「呪いといえば、先程から気になっていたのですが、それは?」
「ワォ」
「うわっお前、コレ何だよ!?キモッ」
飛び上がる唐瓜の目線の先、怨念らしき女の顔面が浮き出ていて、技術いらずの3D絵画になっていた。
「黒縄地獄の岩を絵の具にしたら呪いの絵になちゃって……どうしていいかわかんなくて、ずっとこのまま……」
地獄の岩を絵の具に混ぜて塗った瞬間に顔が動き出し、放置していたら盛り上がってしまい、対処に困っているという。
「ちくしょおぉおぉお。社長の息子めえええぇぇぇぇ」
しかも、亡者の恨みが現在進行形で溢れ出している。
「亡者の恨みあふれ出てるぞ……何があった社長Jr.と…」
恨み辛みを吐き出す亡者の顔を鷲掴んで無理矢理、キャンパスに押し込めていく。
「出てくるな」
そして、力ずくで伸ばして立体から平面に戻し、問題を解決してしまった。
「わぁ解決した、ありがと鬼灯様」
「何、あの除霊。霊媒師もビックリだよ」
「あんな粘土のばすような方法でいいのか」
顔を綻ばせる茄子とは対照的に、凜と唐瓜は胡乱につぶやいた。
「しかし絵の具って岩から出来んのか?」
漆喰には地獄の彩色が一面に施されているが、触れただけで表面部分が剥がれ落ちる。
「ここの壁画も、随分ボロボロだねぇ」
「200年程前に綺麗な画を描いてもらったんですがね」
壁に触れた手をさりげなく閻魔の服で拭う鬼灯。
「……君ね、何事もないようにワシの服で手をふかないでよ……」
「凜さんも触ってみてください」
鬼灯に促され、そっと城壁に触れてみる。
凜は、かつて何回か城壁に触れたことがあった。
すべすべしてとても冷たかったのを覚えている。
だが彼女の掌が捉えたのは、そんな過日の記憶を強く裏切るものだった。
ぼそぼそとしている。
何かの間違いじゃないかと手を上から下へ滑らせると、剥がれ落ちた表面部分が削がれ落ち、足元に溜まっていく。
――結構この絵、地獄っぽいと思って好きだったんだけどなぁ…。
深い奥行きをもつ鋭い岩塊のような渓谷群として描かれている、この凄絶な地獄のパノラマは、しかし不思議と気味の悪さを感じさせなかった。
鮮やかな筆致で描かれた躍動感が、露骨に示されることでかえってデフォルメされた景色が、地獄がもつ陰惨さを打ち消しているのだった。
この地獄絵を描いた画家が誰なのかは知らないが、どこかで見たような既視感があった。
「…やはり外ですし、熱風や雨もあります。剥落は仕方ないですね。こう…飛び出すような…インパクトある絵で壁を塗り直したいですね」
――また違う絵になるのかな、それはそれで見てみたい気もする……。
その時、一陣の風が三人の足元を吹き――ぴら。
「わっ」
風にあおられた凜の、赤いスカートが危険な舞い上がり方をした。
しかし、見事にスカートを押さえる。
「「――っ!」」
白い太ももの脚線美が白日の下にさらされて、そのさらに上はギリギリセーフだったものの、鬼灯と閻魔は悔しがる。
――あともう少しでパンチラが拝める所だったのに……!
※パンチラとはパンツがスカートからちらりと見える現象のことです。
「――とおーっ!」
凜が三本貫手(数字の三を表すような手つきで敵の両目を突く空手の荒技。チョキで突く二本貫手より目潰し成功率が格段にアップする)を放つが、鬼灯はそれをかわして、閻魔の両目に突き刺さった。
「目が~目が~~!!」
閻魔、チャームポイントともいえる丸い瞳が仇となってしまったのでしょう。
目を押さえて叫ぶ姿が痛々しい。
しかし閻魔様、それ悪役の悲鳴ですから!!
もう少しまともな悲鳴をお願いします。
「三本貫手とは……目潰しなんて生易しい表現じゃありませんね……」
「えっ、閻魔様ーー!!?ご、ごめんなさい、わざとじゃないんです!!というか、なんで避けるんですか!?」
「やっぱり私に当てるつもりでしたか」
次の瞬間、鬼灯が凜の首をその両腕で締め上げる。
冷や汗を掻きながら、なんとか声を絞り出した。
「ギッ…ギブギブ!お、落ちる……!」
(セクハラと暴力のパレードだな、つくづく嫌な上司を持ったよ!)
気が遠くなってきたところで間一髪、首を解放された。
潰れかかっていた喉から声を絞り出し、
「あー、いったァー」
鬼灯に絞められた恨みをこぼしつつ、凜は険しい視線を移す。
「……殺す気ですか」
「貴方の目潰しに比べれば可愛いものですよ」
二人の間にハイレベルな攻防と低レベルな口論が響く。
ふと、野原に寝っ転がる唐瓜と風景をスケッチをしている茄子の後ろ姿を見つけた。
「茄子さん…スケッチですか」
「はい!」
「あ、姐…凜さん!」
「ん?知らないうちに変な呼ばれ方されてるぞ、あたし」
とりあえず、なんの絵を描いているんだろうと、
「どれどれ」
と覗き込むと、女の姿の鳥人と幽霊、それに魚というシュールな完成度。
「何故ここの景色のパースをとりながら、この絵を……」
「見てたら浮かびました」
茄子が素描していた景色は遠くに見える荒んだ針山や烏が飛ぶ地獄の情景なのだが、どうやってその絵が生まれたのだろう。
不思議だ。
「これはシュールレアリスムを基盤に昨今の金欲主義への警鐘と肉欲への皮肉を折りまぜた地獄絵です」
茄子が妙に凝った言い回しで絵を語る。
まるで宇宙的恐怖
「凄まじい脳内変換」
「天才ってそういうものなのかな」
「茄子って昔から、結構コンクールとか入選してたんですよ」
「それは知りませんでした」
「意外な才能だね」
親友の意外な才能を語る唐瓜だったが、不意に表情を曇らせる。
「…でも受賞の言葉とか全ッ然ダメで…落ち着きもないし…」
「俺、式とか会とか苦手……」
「退屈だもんね。あの長ったらしい話」
現代っ子世にはばかるである。
学校全体の行事にある、校長のありがたくも長ったらしい話は誰しも退屈し、スルーしている。
「でも俺、コイツの絵とか彫刻って好きなんです。コイツの部屋、凄いっスよー、ゴッチャゴッチャで……」
「彫刻も?」
絵だけではなく、どうやら彫刻の分野にも優れているようだ。
「やります!何でも好き!」
「よければ見せて頂けませんか?貴方、実家でしたっけ?」
「ううん、俺達は寮に住み込み。すぐそこですよっ!」
「じゃあ、お邪魔してもいいかな」
「ワーイ、鬼灯様と凜さんが俺んちに遊びに来る!」
茄子の部屋を拝見したいと言うと、快く承諾してくれた。
二人の手を握ってはしゃぐ、その様子はまるで家庭訪問を楽しみにする小学生のようで。
「家庭訪問に浮かれる小学一年生……」
可愛いなあと思っていると、唐瓜もそう思っていたらしく、全く同じことをつっこんだ。
閻魔庁寮にある茄子の部屋へと足を踏み入れば、独特な臭いが鼻についた。
視界に飛び込んだのは、画材道具や塗りかけの作品が散乱しているぐちゃぐちゃな部屋。
「これは……凄いですね……」
「日本画に油絵も…茄子君、色々やってるね」
鬼灯と凜は散乱している作品を見て感嘆する。
「はっ」
すると、気になる作品があったのか鬼灯が声をあげる。
「鬼灯さん、何か見つけ……わっ、金魚草の彫刻!!」
今にも動き出しそうなほど勢いのある木彫りの金魚草を発見。
「?あ、コレ?」
「凄い…今にも鳴きそうです」
「よければあげますっ」
「いえ、いけません。これはお金を取れる作品です」
あっけらかんと金魚草の彫刻を譲る茄子に、鬼灯は誘惑を断ち切った。
(…人のツボってよくわかんねえな~~……)
首を傾げる唐瓜が視線を移すと、珍しそうに作品を眺める凜がいた。
ほうほう、へぇ~、と頷きながら目を輝かせ、いつもの飄々さとはまた違う子供っぽさだが、こういう場面も彼女らしい。
(いいなぁ、茄子…あんなふうに輝く凜さんの表情を出せて)
「茄子さんは何故、画家ではなく獄卒に?」
「そうだよ、こんなに完成度の高い作品を作れてるのに」
素晴らしい才能を持っている茄子は何故、画家ではなく獄卒になったのだろう。
「イヤ~やっぱ、金持ちでもない限り、新卒で画家一本は厳しいっスからね~」
「……簡単には食っていけないものなんだね、やっぱり」
「俺んち、そんなにお金ないし……獄卒になれば、収入は安定するって唐瓜が……」
「お前の就活、大変だったよなあ~」
画家で食べていくのは難しい、と存外堅実的な考え方だ。
それもしっかり者の友人の影響だろう。
「でも俺、今の暮らしで楽しいよ。おかげで、凜さんにも出会えたから」
まっすぐ凜の顔を見つめながら、茄子は語りかけてくる。
(いい子だよ、ホントに。ええ笑顔も頂きました。ごっつぁんです)
彼の視線の真摯と無邪気さに引き込まれて、凜は照れてしまった。
「コイツが絵で食ってくってのもイマイチ心配だったし……」
「……唐瓜君って友達思いだよね」
「へ?」
「だってさ、茄子君のために心配して、あれこれアドバイスして……なんかさ、あたしが言うのもなんだけど、唐瓜君だったら茄子君の親友であり続けられる存在だと思うんだよね」
唐瓜は観念の内にないことを指摘されて、思考が空白になった。
数秒の時を経て、理解を追いつかせた瞬間、
「――!!」
顔が燃えるように真っ赤になる。
「――っ!?な、何言ってるんです……か」
突然言われたストレートな誉め言葉に対する、激しく情けないその様子に、鬼灯と茄子はぼそぼそ囁く。
「どっからどう見てもホの字ですね……」
「唐瓜、顔真っ赤」
それはさておき、茄子の意外な才能を発見したことで、鬼灯達は互いに絵を見せ合った。
「…私も和漢薬のレポートを絵で説明することはありますが、この程度です」
「あたしも、このくらいですかね」
鬼灯の描いてみせた金魚草は丸っこくてどこか可愛らしい。
漫画風の絵を描いた##NAMEか##が微笑みを浮かべながら見つめていると、唐瓜は歪な動物の絵を掲げた。
「イヤ、お二人は上手い方ですよ。俺なんかまず絵心がないから……」
「……いえ、唐瓜さんはいい方です。私の知ってる奴なんて……」
――「あの世東洋医学合同研究会」という名目で、白澤が教壇に立って講義をしていた。
≪…のようにして、猫又の足の毛に薬効がある可能性が……えー、どの部分かといいますと……≫
――おもむろにペンを握り、わかりやすく説明するために猫の絵を描く。
≪………………猫……えーと……≫
――そうして描き上げたのは、生気のない顔にのっぺりとした胴体で足が棒。
≪この部分ですね≫
――何事もない顔で足の部分を丸印で囲む白澤。
――スクリーンに映し出された絵に鬼達は悪寒を感じ、プロジェクターを操作する獄卒も引きつった顔で冷や汗を流した。
「何かの呪いにかかったとしか思えない絵、描いてました。全員、薬のこととかどうでもよくなってました」
――万物を知る神獣なのにそれを表現する力はなし!
恐怖というのは連鎖することでその破壊力を増していく。
恐怖は連なり心を蝕んでいく。
「ぷっ」
小さく吹き出す声と共に、よく見ればその肩は小刻みに震えていたりするわけで。
まさか、ツボなのか。
まさかあの評価がツボなのか、凜ちゃん。
「呪い……確かに……絵が下手以前の問題だよね……あれは……くっ、ふふふ」
ああっ、やっぱり!
――いやぁぁぁっっ、凜さんのS降臨……!!!
爪先から全身に迸る、快楽の稲妻。
条件反射的に呼吸が荒くなる。
「若干ニヤついてるのは彼女には黙っておきましょう」
「唐瓜、今最高に輝いてる」
社会的にギリギリアウトな感じの笑みを浮かべる唐瓜はさておき、鬼灯は視界の端にうごめく何かを見つけた。
「呪いといえば、先程から気になっていたのですが、それは?」
「ワォ」
「うわっお前、コレ何だよ!?キモッ」
飛び上がる唐瓜の目線の先、怨念らしき女の顔面が浮き出ていて、技術いらずの3D絵画になっていた。
「黒縄地獄の岩を絵の具にしたら呪いの絵になちゃって……どうしていいかわかんなくて、ずっとこのまま……」
地獄の岩を絵の具に混ぜて塗った瞬間に顔が動き出し、放置していたら盛り上がってしまい、対処に困っているという。
「ちくしょおぉおぉお。社長の息子めえええぇぇぇぇ」
しかも、亡者の恨みが現在進行形で溢れ出している。
「亡者の恨みあふれ出てるぞ……何があった社長Jr.と…」
恨み辛みを吐き出す亡者の顔を鷲掴んで無理矢理、キャンパスに押し込めていく。
「出てくるな」
そして、力ずくで伸ばして立体から平面に戻し、問題を解決してしまった。
「わぁ解決した、ありがと鬼灯様」
「何、あの除霊。霊媒師もビックリだよ」
「あんな粘土のばすような方法でいいのか」
顔を綻ばせる茄子とは対照的に、凜と唐瓜は胡乱につぶやいた。
「しかし絵の具って岩から出来んのか?」