第20話
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欄干の上に座る少年は憂い顔で考え事をしていた。
甘いマスク、というより凛々しい顔立ち。
若者ふうの美男子、という古風な形容が違和感なく当てはまる容貌だ。
小柄な身長に頭頂部で結った髪、狩衣姿が古風な顔立ちに似合っていた。
――イケメン。
「…ムッキムキに……なりたい……」
だが、その口から紡ぎ出されたのは華奢とはかけ離れた体型の悩み。
――血迷ったイケメン。
烏天狗が巡回のために空を飛ぶ中、シロの目に留まったのは一枚のポスター。
現世でのビザなし滞在を警告する中央には、先程の少年が写っている。
「シロさん」
「あっ、鬼灯様、凜様」
声をかけられて振り返ると、尻尾を振ってこちらに走ってくる。
「非番?」
「うん!散歩中!俺、散歩大好き!俺の中で一番熱い!散歩!!」
「……犬ですからね」
シロから投げかけられた言葉を、当たり前、と言いたくなるような眼差しで鬼灯は受け流した。
凜も笑っているところを見ると、これがいつものコミュニケーションスタイルである。
「…でも、たまに白いフワフワがあっていくら追っかけても捕まらないの。何…アレ…怖い…おばけ?」
――自分の尻尾とは気づかずにぐるぐると回る姿は傍から見れば、とても可愛らしい。
「それは多分、貴方の尻尾ですよ」
「あはは、可愛いー」
シロのボケた台詞に鬼灯はつっこみ、凜は笑い混じりに返した。
「凜さん、私にも『可愛い』と言ってください」
――光より速く背後に回り込まれました。
まさか。
おそるおそる振り返ると、真後ろに立っていた鬼灯に抱きしめられた。
――こ、これは新たなイベントが発生する可能性大!
閻魔殿ならまだしも、ここは一般市民もいて。
見られたらたまったもんじゃないと抵抗する。
「早く離れてください…!」
「嫌です。歩いて30分にして凜さん不足です」
(しかも言ってることがまるで口説き文句のよう。いや、そう言われて嬉しくないと言えば嘘になるけど)
「今日ぐらい我慢してください。それ以外はちゃんと鬼灯さんの傍にいますから……」
なんて台詞を言えば、肩口に顔を埋めていた鬼灯が顔を上げた。
目を丸くさせながら凜を見下ろすものだから、あり得ないくらいに顔が熱くなり始め、それを隠すためにうつむく。
ああ、言わなければよかった。
「凜さん」
「――っ」
「ホントに可愛らしい…」
「鬼灯さん…!」
よりいっそう抱きしめる力が強くなる。
それに伴って羞恥心も増し、やけくそ気味に名前を呼べば、しばらく彼から解放された。
「なかなか言う様になりましたね」
「だ、って…」
「…嬉しいです」
「鬼灯様と凜様はどっかへおでかけ?」
振り向けば、忘れられていたシロが、
「付き合ってるの?付き合っちゃいなよ」
なんとまあ、キラキラと目を輝かせていた。
(毒を感じさせない、子供のような純粋な眼差しを向けられてまった。くっ、あたしにとっては天敵ともいえる純粋さ……まぶしい、誰かサングラスを)
「烏天狗警察へちょっと」
「ケイサツ?何かしたの?免停?」
「…地獄に自動車免許はありませんよ…車に自我があるので」
「上を見てごらん」
頬の火照りをいくらか鎮めることに成功したらしい凜が指差した先、巡回中の烏天狗が飛んでいる。
「ん?」
すると、シロは頭に浮かんだ疑問を鬼灯にぶつけた。
「アレ?鬼灯様って…悪いことをした亡者を裁いて責めるんだよね?」
「はい。私と凜さんはその補佐ですね」
「――って何、あたしまで巻き込んでんですか!?どう見てもあたし、拷問系じゃないでしょ!」
事実誤認を訂正すべく、凜は言った。
ところが、鬼灯は怜悧な口調で意見した。
「……ですが、時折見せる凍てついた微笑みを浮かべたりと、精神的拷問の機会が多いように見受けします。名付けるなら、そう――黒い 凜さん、もしくはブリザード・メイデン」
「何、その中二病みたいな名付け方!?」
「そっか!凜様って基本優しいけど、笑ってるのに背後に黒いオーラが見える時があるもん」
「全然違う!シロ君も納得しないで!」
鬼灯の推理にシロまで感心したので、凜はすぐに否定した。
「じゃ警察って何?何するの?」
「……ああ。まあ、要するにですね。獄卒や妖怪の違法行為を取り締まる機関です」
地獄民に分類される鬼の一般市民や妖怪達、亡者に獄卒(※亡者を呵責する鬼のこと。一般の鬼はただの住民)を監視・監督するのが烏天狗警察の役目である。
「他にも逃亡した亡者の捜索等もしてくれます」
地獄の官吏と一緒に歩く亡者の姿はだいぶよく目立つらしく、よく通行人の注視を集める。
だが、この洗礼にも慣れてしまった。
凜は、自分でも呆れるほど順応性に富む人間なのだ。
何しろ一週間そこらで、亡者の不自然すぎる体質に慣れたほどである。
「そっかー。機動力が違うね、飛べるんだもん」
「飛べない人もいるんですがね。今からその人に会いに行くんです」
「そーいえば、これから会いに行く人って…一体誰なんです?」
「さて、好奇心旺盛な凜さんなら、すぐ正解に辿り着くでしょう」
話しながら移動している内に、いつの間にかシロも同行する形となっていた。
「はぐらかさないでくださいよ」
「場所は……あ」
むっと顔をしかめた凜の抗議を受け流し、鬼灯はある場所を指差した。
普段あまり耳にすることのない金管楽器の音色に首を傾げる。
(この近くに楽器店なんてあったっけ)
はて、と不思議に思いながらも。
五条大橋を模した古風な橋の上に、今日会うと約束をした人物がいた。
しかし、その手にあるものに凜は目を疑った。
(欄干の上でスイスのめっちゃ長い笛を吹く……美少年……)
『烏天狗警察』の看板が掲げられた屋敷の入り口に建てられた橋の上に立つ、一人の美少年。
木製円錐管にカップ状のマウスピースをつけて演奏する美少年は、二人と一匹の姿に気づくと顔を上げた。
「あ 、鬼灯様 」
「あっ」
「え?」
思わず声をあげたシロに、三人は一斉に顔を向けた。
「イヤ、こういう髪型だったから一瞬、桃太郎かと思ったけど全然違った。イケメンだった」
おかっぱといえば桃太郎のような男性と最初に思いつくシロは、
「うわぁ、中世的だな~~」
と美をつけてもいい少年の容姿に驚く。
「貴方って桃太郎さんのお供だったんですよね?」
意外と口が悪いシロの表現に、鬼灯はつっこんだ。
凜の姿に気づいたのか、こんにちは、と可愛らしく微笑む。
その姿に、うわ、やっぱり美少年、と思うのに、手に持っているものがものなのでそこに注目してしまう。
その視線を辿ったのか、少年が橋の上に立ったまま、
「ああこれですか?」
と楽器を動かした。
「そのイケメンが何故欄干の上で、え~と…あの…あのほら…スイスのめっちゃ長い笛を…あの」
※アルプホルン。
(金管楽器の一種で、木製円錐管にカップ状のマウスピースをつけて演奏する。スイスなどの山地の住民によって用いられる)
「え…いや…ハハ……腹筋を鍛えるのにいいかと思いまして…」
――腹筋?
――どういうことだろう、健康トレーニングのためとかそういう理由かな。
疑問符が浮かんだものの、そんなに気にすることでもないかとすぐに掻き消えた。
「何故腹筋を…横笛の方が雰囲気合ってるよ?」
「すみません…横笛はもう飽きてしまって……」
「飽きるほど吹いてるの?」
「800年も吹いてれば、飽きることもあるでしょう」
「「800年!?この人何者!?」」
800を超す齢 ながら、容貌と美しさは十代前半の少年である。
身に纏うのは、平安時代以降の公家の普段着・狩衣。
「源義経公ですけど……」
仰天する亡者と犬に、鬼灯はいつもみたいな無表情で紹介し、
「あ、どうも…」
少年――義経は照れくさそうに頭を下げる。
「「ええっ!?」」
目の前の人物が、平安時代末期の武将で多くの物語・伝説を残したことに激しくうろたえた。
「あの牛若丸!?何で地獄にいるんですか!?」
物凄い勢いで食いついてきた凜に、ちょっぴり引きそうになった鬼灯。
「現烏天狗の一員ですから……私達はちょうどこの方へお使いに来たんです」
「……………」
だが、それにしても――凜はふと思った。
色白で背が低く、女と見紛 うような整った顔立ちで物腰も優雅である。
(ショタもなかなか……)
静かに、そして冷静に考え込んでいる凜の印象から、鬼灯は危うい思考を察した。
「…貴方、何か危険な思考をしていませんか?」
「義経公って烏だっけ!?」
「イヤどう見ても違うでしょう」
「…僧正坊の昔のよしみで……」
「有名なエピソードですよ!幼少の牛若丸に武術を教えたって言う大天狗!」
――鞍馬寺に預けられ、剣術修行を指導した大天狗僧正房は義経の生涯を聞きつけ、
「あんなに美少年だった牛若が兄貴の反感買って自害!?かわいそうっ、烏天狗警察へ入れてあげなさいっ」
――あまりにもかわいそうなので、烏天狗警察への入隊を決定したのである。
「究極の判官贔屓。そんな露骨な同情ってある?つーか美少年関係ある?」
「僧正坊にとっては孫みたいなものだったんでしょう」
「そりゃ関係あるよ!だって美少年だよ!『僕ね…お姉ちゃん大好き』と言いつつ戯れても許される年齢なんだよ!」
凜はぐっと拳を握りしめる……なるほど、美少年だから食いついたんですね。
「そう、伝説では美少年って言われてるけど本当の所は不確かで……でも実際はすごい美少年だった!!」
凜はさらにぐぐっと拳を握りしめる。
「誰か通訳を呼んでください」
お手上げ状態の鬼灯と照れるように笑う義経。
――…くそぉ、ショタの笑顔って何でも許せる魔力が働いていると思います!
「しかし、彼の軍才は確かですから、今や一指揮官なんですよ」
美少年だけでなく、奇襲攻撃を得意とする戦術を鬼灯は説明し、
「ほっ」
義経は軽快に手摺から降りる。
「へえ~~!じゃあ、よかったね。軍才も美もあるなんていいな~~」
「……いえ。あ、とりあえずどうぞ中へ」
礼節の行き届いた義経に案内され、屋敷に足を踏み入れる。
数ある中の応接間に勧められ、座布団に腰を下ろし、差し出された茶と水(シロ専用)を受け取った。
緊張から喉を潤していると、何故か視線を感じた。
「…どうしたんですか?」
「…あの、恥ずかしいんですけど、お名前を…」
「え?」
――なんだ美少年、顔赤くして。
――告白フラグなら全力で喜びたいんだけど。
「紹介が遅れました。こちら、亡者ながら鬼である私の補佐を務めている朱井凜さんです」
「初めまして」
一応それっぽく姿勢を正して頭を下げる。
作法に適ってるかどうかは知らない。
というか、こういう時に大事なのは作法通りにやることじゃない。
ひたすら堂々としていることだけだ。
「凜と言うのですね、名前」
(…本当、美少年だなおい)
「凜様……?」
「あ、ごめんなさい」
チラッ、と見たつもりが、ずっとガン見していたようで、義経と目が合ってから気づいた。
――…え、何この少女漫画みたいな展開。
――やだ、きゅんとする。
「…や、あの…そんな見られると、照れるというか…」
「ですよね。ごめんなさい」
微妙に赤面して袖で顔を隠す義経。
流れのまま彼のお悩み相談を受けることになった。
「――私は、見ての通り非力です。やせているし、背も低い。でもだからこそ、作戦を練る方なんです」
甘いマスク、というより凛々しい顔立ち。
若者ふうの美男子、という古風な形容が違和感なく当てはまる容貌だ。
小柄な身長に頭頂部で結った髪、狩衣姿が古風な顔立ちに似合っていた。
――イケメン。
「…ムッキムキに……なりたい……」
だが、その口から紡ぎ出されたのは華奢とはかけ離れた体型の悩み。
――血迷ったイケメン。
烏天狗が巡回のために空を飛ぶ中、シロの目に留まったのは一枚のポスター。
現世でのビザなし滞在を警告する中央には、先程の少年が写っている。
「シロさん」
「あっ、鬼灯様、凜様」
声をかけられて振り返ると、尻尾を振ってこちらに走ってくる。
「非番?」
「うん!散歩中!俺、散歩大好き!俺の中で一番熱い!散歩!!」
「……犬ですからね」
シロから投げかけられた言葉を、当たり前、と言いたくなるような眼差しで鬼灯は受け流した。
凜も笑っているところを見ると、これがいつものコミュニケーションスタイルである。
「…でも、たまに白いフワフワがあっていくら追っかけても捕まらないの。何…アレ…怖い…おばけ?」
――自分の尻尾とは気づかずにぐるぐると回る姿は傍から見れば、とても可愛らしい。
「それは多分、貴方の尻尾ですよ」
「あはは、可愛いー」
シロのボケた台詞に鬼灯はつっこみ、凜は笑い混じりに返した。
「凜さん、私にも『可愛い』と言ってください」
――光より速く背後に回り込まれました。
まさか。
おそるおそる振り返ると、真後ろに立っていた鬼灯に抱きしめられた。
――こ、これは新たなイベントが発生する可能性大!
閻魔殿ならまだしも、ここは一般市民もいて。
見られたらたまったもんじゃないと抵抗する。
「早く離れてください…!」
「嫌です。歩いて30分にして凜さん不足です」
(しかも言ってることがまるで口説き文句のよう。いや、そう言われて嬉しくないと言えば嘘になるけど)
「今日ぐらい我慢してください。それ以外はちゃんと鬼灯さんの傍にいますから……」
なんて台詞を言えば、肩口に顔を埋めていた鬼灯が顔を上げた。
目を丸くさせながら凜を見下ろすものだから、あり得ないくらいに顔が熱くなり始め、それを隠すためにうつむく。
ああ、言わなければよかった。
「凜さん」
「――っ」
「ホントに可愛らしい…」
「鬼灯さん…!」
よりいっそう抱きしめる力が強くなる。
それに伴って羞恥心も増し、やけくそ気味に名前を呼べば、しばらく彼から解放された。
「なかなか言う様になりましたね」
「だ、って…」
「…嬉しいです」
「鬼灯様と凜様はどっかへおでかけ?」
振り向けば、忘れられていたシロが、
「付き合ってるの?付き合っちゃいなよ」
なんとまあ、キラキラと目を輝かせていた。
(毒を感じさせない、子供のような純粋な眼差しを向けられてまった。くっ、あたしにとっては天敵ともいえる純粋さ……まぶしい、誰かサングラスを)
「烏天狗警察へちょっと」
「ケイサツ?何かしたの?免停?」
「…地獄に自動車免許はありませんよ…車に自我があるので」
「上を見てごらん」
頬の火照りをいくらか鎮めることに成功したらしい凜が指差した先、巡回中の烏天狗が飛んでいる。
「ん?」
すると、シロは頭に浮かんだ疑問を鬼灯にぶつけた。
「アレ?鬼灯様って…悪いことをした亡者を裁いて責めるんだよね?」
「はい。私と凜さんはその補佐ですね」
「――って何、あたしまで巻き込んでんですか!?どう見てもあたし、拷問系じゃないでしょ!」
事実誤認を訂正すべく、凜は言った。
ところが、鬼灯は怜悧な口調で意見した。
「……ですが、時折見せる凍てついた微笑みを浮かべたりと、精神的拷問の機会が多いように見受けします。名付けるなら、そう――
「何、その中二病みたいな名付け方!?」
「そっか!凜様って基本優しいけど、笑ってるのに背後に黒いオーラが見える時があるもん」
「全然違う!シロ君も納得しないで!」
鬼灯の推理にシロまで感心したので、凜はすぐに否定した。
「じゃ警察って何?何するの?」
「……ああ。まあ、要するにですね。獄卒や妖怪の違法行為を取り締まる機関です」
地獄民に分類される鬼の一般市民や妖怪達、亡者に獄卒(※亡者を呵責する鬼のこと。一般の鬼はただの住民)を監視・監督するのが烏天狗警察の役目である。
「他にも逃亡した亡者の捜索等もしてくれます」
地獄の官吏と一緒に歩く亡者の姿はだいぶよく目立つらしく、よく通行人の注視を集める。
だが、この洗礼にも慣れてしまった。
凜は、自分でも呆れるほど順応性に富む人間なのだ。
何しろ一週間そこらで、亡者の不自然すぎる体質に慣れたほどである。
「そっかー。機動力が違うね、飛べるんだもん」
「飛べない人もいるんですがね。今からその人に会いに行くんです」
「そーいえば、これから会いに行く人って…一体誰なんです?」
「さて、好奇心旺盛な凜さんなら、すぐ正解に辿り着くでしょう」
話しながら移動している内に、いつの間にかシロも同行する形となっていた。
「はぐらかさないでくださいよ」
「場所は……あ」
むっと顔をしかめた凜の抗議を受け流し、鬼灯はある場所を指差した。
普段あまり耳にすることのない金管楽器の音色に首を傾げる。
(この近くに楽器店なんてあったっけ)
はて、と不思議に思いながらも。
五条大橋を模した古風な橋の上に、今日会うと約束をした人物がいた。
しかし、その手にあるものに凜は目を疑った。
(欄干の上でスイスのめっちゃ長い笛を吹く……美少年……)
『烏天狗警察』の看板が掲げられた屋敷の入り口に建てられた橋の上に立つ、一人の美少年。
木製円錐管にカップ状のマウスピースをつけて演奏する美少年は、二人と一匹の姿に気づくと顔を上げた。
「
「あっ」
「え?」
思わず声をあげたシロに、三人は一斉に顔を向けた。
「イヤ、こういう髪型だったから一瞬、桃太郎かと思ったけど全然違った。イケメンだった」
おかっぱといえば桃太郎のような男性と最初に思いつくシロは、
「うわぁ、中世的だな~~」
と美をつけてもいい少年の容姿に驚く。
「貴方って桃太郎さんのお供だったんですよね?」
意外と口が悪いシロの表現に、鬼灯はつっこんだ。
凜の姿に気づいたのか、こんにちは、と可愛らしく微笑む。
その姿に、うわ、やっぱり美少年、と思うのに、手に持っているものがものなのでそこに注目してしまう。
その視線を辿ったのか、少年が橋の上に立ったまま、
「ああこれですか?」
と楽器を動かした。
「そのイケメンが何故欄干の上で、え~と…あの…あのほら…スイスのめっちゃ長い笛を…あの」
※アルプホルン。
(金管楽器の一種で、木製円錐管にカップ状のマウスピースをつけて演奏する。スイスなどの山地の住民によって用いられる)
「え…いや…ハハ……腹筋を鍛えるのにいいかと思いまして…」
――腹筋?
――どういうことだろう、健康トレーニングのためとかそういう理由かな。
疑問符が浮かんだものの、そんなに気にすることでもないかとすぐに掻き消えた。
「何故腹筋を…横笛の方が雰囲気合ってるよ?」
「すみません…横笛はもう飽きてしまって……」
「飽きるほど吹いてるの?」
「800年も吹いてれば、飽きることもあるでしょう」
「「800年!?この人何者!?」」
800を超す
身に纏うのは、平安時代以降の公家の普段着・狩衣。
「源義経公ですけど……」
仰天する亡者と犬に、鬼灯はいつもみたいな無表情で紹介し、
「あ、どうも…」
少年――義経は照れくさそうに頭を下げる。
「「ええっ!?」」
目の前の人物が、平安時代末期の武将で多くの物語・伝説を残したことに激しくうろたえた。
「あの牛若丸!?何で地獄にいるんですか!?」
物凄い勢いで食いついてきた凜に、ちょっぴり引きそうになった鬼灯。
「現烏天狗の一員ですから……私達はちょうどこの方へお使いに来たんです」
「……………」
だが、それにしても――凜はふと思った。
色白で背が低く、女と
(ショタもなかなか……)
静かに、そして冷静に考え込んでいる凜の印象から、鬼灯は危うい思考を察した。
「…貴方、何か危険な思考をしていませんか?」
「義経公って烏だっけ!?」
「イヤどう見ても違うでしょう」
「…僧正坊の昔のよしみで……」
「有名なエピソードですよ!幼少の牛若丸に武術を教えたって言う大天狗!」
――鞍馬寺に預けられ、剣術修行を指導した大天狗僧正房は義経の生涯を聞きつけ、
「あんなに美少年だった牛若が兄貴の反感買って自害!?かわいそうっ、烏天狗警察へ入れてあげなさいっ」
――あまりにもかわいそうなので、烏天狗警察への入隊を決定したのである。
「究極の判官贔屓。そんな露骨な同情ってある?つーか美少年関係ある?」
「僧正坊にとっては孫みたいなものだったんでしょう」
「そりゃ関係あるよ!だって美少年だよ!『僕ね…お姉ちゃん大好き』と言いつつ戯れても許される年齢なんだよ!」
凜はぐっと拳を握りしめる……なるほど、美少年だから食いついたんですね。
「そう、伝説では美少年って言われてるけど本当の所は不確かで……でも実際はすごい美少年だった!!」
凜はさらにぐぐっと拳を握りしめる。
「誰か通訳を呼んでください」
お手上げ状態の鬼灯と照れるように笑う義経。
――…くそぉ、ショタの笑顔って何でも許せる魔力が働いていると思います!
「しかし、彼の軍才は確かですから、今や一指揮官なんですよ」
美少年だけでなく、奇襲攻撃を得意とする戦術を鬼灯は説明し、
「ほっ」
義経は軽快に手摺から降りる。
「へえ~~!じゃあ、よかったね。軍才も美もあるなんていいな~~」
「……いえ。あ、とりあえずどうぞ中へ」
礼節の行き届いた義経に案内され、屋敷に足を踏み入れる。
数ある中の応接間に勧められ、座布団に腰を下ろし、差し出された茶と水(シロ専用)を受け取った。
緊張から喉を潤していると、何故か視線を感じた。
「…どうしたんですか?」
「…あの、恥ずかしいんですけど、お名前を…」
「え?」
――なんだ美少年、顔赤くして。
――告白フラグなら全力で喜びたいんだけど。
「紹介が遅れました。こちら、亡者ながら鬼である私の補佐を務めている朱井凜さんです」
「初めまして」
一応それっぽく姿勢を正して頭を下げる。
作法に適ってるかどうかは知らない。
というか、こういう時に大事なのは作法通りにやることじゃない。
ひたすら堂々としていることだけだ。
「凜と言うのですね、名前」
(…本当、美少年だなおい)
「凜様……?」
「あ、ごめんなさい」
チラッ、と見たつもりが、ずっとガン見していたようで、義経と目が合ってから気づいた。
――…え、何この少女漫画みたいな展開。
――やだ、きゅんとする。
「…や、あの…そんな見られると、照れるというか…」
「ですよね。ごめんなさい」
微妙に赤面して袖で顔を隠す義経。
流れのまま彼のお悩み相談を受けることになった。
「――私は、見ての通り非力です。やせているし、背も低い。でもだからこそ、作戦を練る方なんです」