第19話
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「凜さんの素っ気なさについては、いろいろ細部に口出ししたいところはありますけど」
閻魔殿の執務室。
不機嫌な口調で、鬼灯がつぶやいていた。
「この数ヶ月で、凜さんの名前は獄卒の知るところとなりました。そろそろ次の段階に進んでもいい時期です」
それを受けて、閻魔が口を挟んでくる。
「つまり、凜ちゃんを引き連れて、鬼灯君はあちこち飛び回らないといけなくなるってこと?」
「ええ。凜さんの名が高まるほど、彼女をネタに記事を書くゴシップ記者も現れる。不必要に詰め寄って、デマを流す者も出てきます。どうにかして凜さんを利用したがる輩が出てくるでしょう」
「そうした混乱を避けるために、来たるべき時に備えて各方面に根回しするというわけでしね」
鬼灯の発言に、凜がテンポよく相槌を打つ。
この辺り、やはりドSの鬼神と変人の亡者はいいコンビなのだと思わされる。
「でも、あたしがずっと地獄で暮らしていくつもりなら、そこまでする必要はないんじゃ……」
「凜さん、口先だけで平凡ぶろうとしても、説得力は欠片も生まれませんよ」
ダメ出しを食らった凜は閻魔に助けを求めるが、
「ごめん凜ちゃん、フォローできない!」
両手を合わせられた。
すると、自分の机脇に置かれた風呂敷へ物をつめ込み、鬼灯が立ち上がる。
「凜さん、なんで座りっぱなしなんですか?てっきり叫んでから走り去ると思ってたのですが」
なんて話しつつ、金棒に荷物をくくりつけ――。
「ああ、いえ……なんだか鬼灯さんが突然荷物を持ち始めたので、呆気に取られて……ちょっ、ちょっと待ってください!何となく流されてましたけど、あたしも出かけるんですか!?何にも聞いてませんよ!?」
終えたところで、我に返ったらしい凜が仰天の叫びをあげた。
「やれやれ、貴方は何を言ってるんですか」
隣を見れば、閻魔も疑問符を浮かべている。
凜は驚き顔に若干の不信を混ぜ始めた。
「え、もしかしてあたしが忘れてるだけですか?出張、じゃないですよね……?あれ?他に何かありましたっけ……?」
自分の記憶を疑い出して完全な混乱状態になった凜へ、鬼灯は答える。
「貴方には今話したばかりですよ?」
「ですよねーーーー!!」
「……凜ちゃん、頑張れ」
――よう、覚えてるかィ、小判でィ。
――先日、胃に穴が空きました。
神妙な表情で紹介する小判の横には、薬局で処方された薬がある。
――それもこれも全て、あのイッカクみてェな鬼神のせいです。
鬼神の額にある角をクジラ科の動物で一本の非常に長い牙(実は歯)と例え、自分の行いを後悔する。
――でも、まァ、わっちも読みが甘かった。
――中途半端に閻魔庁へ首をつっ込もうとした結果があのザマでさァ。
鬼灯と凜、そしてシロの背後に素っ裸の奪衣婆が写り込んだ写真は(悪い意味での)反響を呼んだ。
(詳しくは第11話を読んでね)
――ただ幸運だったのは、亡者で第二補佐官のお顔が撮れて、それが予想以上の美人だったこと。
――おかげで男性読者から好評をいただきました。
――やっぱり世の中、適材適所だぁな。
――ふっ切れましたわ、これからゴシップ一本、よりえげつなくいきます。
「我輩は、編 集長である」
魚がぶら下がっていたり、キャットタワーがあったりと猫に配慮した空間となっている一室で、一匹の猫が言い出した。
「…はい……知ってます」
「名前はもうある。『クシャミ』です」
「うん、だから知ってますって。クシャミ編 集長」
――猫又社 週刊「三途之川」編集部。
小判が勤めるゴシップ誌の会議室、キャットタワーで打ち合わせをしていた。
「会議の度にこのくだりやるの、もうよしましょうや……」
「やだ。新入社員がいる限りやる」
「もう合いの手入れるのも、骨が折れる…」
「るっせーー」
いい加減うんざりしてきた小判の態度に激怒し、編集長は折れた前足を見せる。
「オメーが撮ってきた婆の裸でこっちゃ、キャットタワーから落ちて前足折ったんじゃ!!」
「ええっ!?それが理由だったんスか!?」
「奪衣婆、すげえ!」
「あの長靴を履いて巨人を倒したと言われる編集長が……」
「アレッ?編集長って幼名ノンタンじゃなかったっけ?」
「イヤ、100万回生きたんだろ?」
「違うわよ。イッパイアッテナと友達だったのよ」
「オイ、全部違う作品だぞ」
猫にまつわる童話やら童謡やらが飛び交う中、編集長はそれを一蹴する。
「いいからオメーさっさと、ピーチ・マキ撮ってこい。CDが結構売れてんだよ」
青筋を立てて投げ渡されたCDは、
「あだっ」
小判の額を直撃した。
「…アイツCDなんて出したンかイ。一体、どんな……」
CDジャケットを見れば、可愛らしくウィンクをして舌を出すマキのジャケットが目を惹き、歌のタイトルは「キャラメル桃ジャム120%」。
それだけで小判の表情は険しくなる。
とりあえず、CDをプレーヤーにセットして聴いてみた。
キャラメ~ル、てんごく~。
あまくてやさしいねっとり感~。
ぜ~んぶまぜてぇ~。
お砂糖たっぷりジャムにしよ~。
あます~ぎ~じご~く~。
お砂糖飽和でとけきらな~い。
キャラメ~…。
歌の途中で電源を切り、無表情となって感想を述べる。
――……………どうなんだろ、これ……。
思えば確かに、CDジャケットを見たその時から不穏な感じはあった。
楽屋の扉を開ければ、脚フェチにはたまらない白く細い脚がぱたぱたと揺れ続け、床下には漫画やお菓子の空き袋なんてものもところどころに落ちて、奇妙な生活感を醸し出している。
――こんにちは、朱井 凜です。
――今回はテレビ局からお届けします。
――鬼灯さんの収録が長く、暇を持て余していたあたし、最近シロ君が口ずさんでたピーチ・マキちゃんの新曲を歌います。
「……何、自分の部屋の如く、くつろでいるんですか、貴方は」
はた、と止まった足の動きに続き、ソファへうつぶせになっていた凜はイヤホンを外しながらゆっくりと身を起こす。
――最悪なタイミングで鬼神が戻ってきやがった。
「……お疲れ様です」
「さぁ、帰りますよ。あぁ続きをどうぞ、存分に歌ってください」
「……スイマセンあたしが悪かったです」
すぐさま謝り、きちんと片づけてから楽屋を出ると、スタッフの鬼がご丁寧に挨拶をしてきた。
――……………どうなんだろ、これ……。
アイドルみたいに可愛らしい顔を感じさせない、恐ろしいくらいの無表情でCDジャケットを見つめるマキは、発売記念として各出版社から送られた花束に囲まれていた。
「…うん…………まぁ……アイドルなんてブッ飛んでてナンボよね……」
――ただのショップ店員からここまで来たんだから大したものよ、私。
――芸能界は人形師の操る楽しい人形劇の世界、私は人形に徹するのよ。
自分の人生を振り返って、芸能界の厳しさを痛烈に理解し、マキの表情は諦めの顔に近かった。
口ではそう言いながら、それが気休めでしかないことを確信していた。
「マキちゃーん」
すると、スタッフの女性が扉を開けて声をかける。
「アレ?もう収録時間?」
「ううん、廊下見てみ。ちょっとイケてるのがいるのよ、アレ」
「ホント?」
頬を赤らめながら女性スタッフと一緒に顔を出せば、ちょうどその人物は楽屋から出るところだった。
「この度は『焦熱叫喚!報道マーベラス』へ御主演頂き誠に……」
「いえ、こちらこそ楽しかったです。お疲れ様です」
男性スタッフと互いに頭を下げる鬼神と、その隣に立つ少女。
「今回の報マ(報道マーベラス)のテーマは『増える現世の老人犯罪・その時地獄は…!?』だって」
何食わぬ顔で出演番組を話す女性スタッフの声は、凍りつくマキの耳に届かなかった。
「お疲れ様です」
とりあえず凜も頭を下げれば、スタッフはきょとんと目を丸くする。
「…マネージャーさんですか?」
「おや、こちらのスタッフは目が悪いようですね」
鬼灯がわざとらしく嘲笑った。
やはり、交渉は彼に任せるのがいいか。
諦めた凜はなるべく平静を装い、ぴっこりと小ぶりな胸を張ることにした。
すると効果はてきめんだった。
「亡者でありながら閻魔様の第二補佐官に任命された……貴方はまさか」
スタッフの顔色が悪くなり、真剣そのものになる。
鬼灯の隣に立つ少女の素性に気づいたらしい……そんな反応を示すとは、あたしをなんだと思っているんだと言いたくなったが、そこは我慢した。
「この方がどなたか、ようやく気づいたようですね?少々鈍いんじゃありませんか?」
「も、申し訳ございません。第二補佐官様の御尊顔を拝謁賜り、光栄の極み」
鬼灯の皮肉に、スタッフは口上で答える。
まるで舞台劇だ。
ちょっとうんざりしながら、挨拶もそこそこに二人は廊下を歩き出すと、遠くから慌てふためく女性の声が聞こえてきた。
「ほっ…ほーずきさまーーッッ」
顔面蒼白で走ってくるマキの姿に振り返る二人。
「おや貴方は……聴きましたよ。デビューシングル、シロさんがエンドレスで歌っています。先程、凜さんもエンドレスで歌ってましたよ」
「言うなよ!!てか、エンドレスしてねぇよ!」
「ギャーーーッ、聴かれてたッッ」
先日の失礼な態度に罪悪感から頭を下げる。
「あの…この間は失礼しました……」
「いえいえ」
凜は礼儀に反しない程度に浅く首を振った、つもりだったのだが、鬼灯の方がかなり踏み込んだ発言を繰り出した。
「清純・悪女とキャラがブレブレでしたけど、天然路線で固定しましたね。合ってると思いますよ」
(芸能関係にやたら詳しい鬼灯さんが、まさかアイドルの芸能遍歴までしっかり把握しているとは。それともファン?天然系が好きなのかな?)
「何で私の芸能遍歴をやけにしっかり説明するんですか!?なんか恥ずかしい」
羞恥心で赤くなるマキのCDデビューを、凜が笑顔で祝福する。
「マキさん、CDデビューおめでとうございます」
「でも、アレ自分でどうなんだろうって思ってるんですけど……」
苦々しく顔を引きつらせながら乾いた笑みを浮かべるマキに、凜は明るく言う。
「なかなかいいんじゃないですか?最初こそMVも合わせて『どうなんだろう、これ』と思いましたが、聴いてるうちにだんだんハマっていきましたよ」
戸惑いを面に出すようなことはせず、そつなく返した凜に、逆に好感と興味を抱いた。
次々とキャラを変える自分を見て露骨に顔を歪めるでもなく、また白々しく愛想笑いも浮かべることもない。
予想よりかなり気さくな人柄が、それがとても救いに思えた。
「あ…ありがとうございます……」
しかも、今まで見たことがない美しい人。
さらさらとした色素の薄い髪、夕焼け色のような赤みがかかった黒い瞳。
すらりとした肢体。
そんな、素敵な人と自分は今話している。
(なんでかしら、こんなふうに同性にときめいているなんて…)
マキにとっては夢のような時間。
この時が止まってしまえばいいとさえ思ってしまう。
「CDだって、最初はインパクトですよ。ここから徐々にシフトチェンジして、最終的にはしっとりしたバラード歌うんでしょ?で、一部のファンに『初期の曲の方がよかった』とか言われるんです」
適当に誤魔化すこともできただろうが、相手はドS官吏の鬼灯。
未来を予言させられて、動揺が見え隠れしている。
「そこまで見抜かなくていいです!」
「マキさーん。マキさん、取材でーす」
「あっ、ハーイ」
スタッフの案内でマキの取材にやって来たのは、早速スキャンダルな質問をする小判である。
閻魔殿の執務室。
不機嫌な口調で、鬼灯がつぶやいていた。
「この数ヶ月で、凜さんの名前は獄卒の知るところとなりました。そろそろ次の段階に進んでもいい時期です」
それを受けて、閻魔が口を挟んでくる。
「つまり、凜ちゃんを引き連れて、鬼灯君はあちこち飛び回らないといけなくなるってこと?」
「ええ。凜さんの名が高まるほど、彼女をネタに記事を書くゴシップ記者も現れる。不必要に詰め寄って、デマを流す者も出てきます。どうにかして凜さんを利用したがる輩が出てくるでしょう」
「そうした混乱を避けるために、来たるべき時に備えて各方面に根回しするというわけでしね」
鬼灯の発言に、凜がテンポよく相槌を打つ。
この辺り、やはりドSの鬼神と変人の亡者はいいコンビなのだと思わされる。
「でも、あたしがずっと地獄で暮らしていくつもりなら、そこまでする必要はないんじゃ……」
「凜さん、口先だけで平凡ぶろうとしても、説得力は欠片も生まれませんよ」
ダメ出しを食らった凜は閻魔に助けを求めるが、
「ごめん凜ちゃん、フォローできない!」
両手を合わせられた。
すると、自分の机脇に置かれた風呂敷へ物をつめ込み、鬼灯が立ち上がる。
「凜さん、なんで座りっぱなしなんですか?てっきり叫んでから走り去ると思ってたのですが」
なんて話しつつ、金棒に荷物をくくりつけ――。
「ああ、いえ……なんだか鬼灯さんが突然荷物を持ち始めたので、呆気に取られて……ちょっ、ちょっと待ってください!何となく流されてましたけど、あたしも出かけるんですか!?何にも聞いてませんよ!?」
終えたところで、我に返ったらしい凜が仰天の叫びをあげた。
「やれやれ、貴方は何を言ってるんですか」
隣を見れば、閻魔も疑問符を浮かべている。
凜は驚き顔に若干の不信を混ぜ始めた。
「え、もしかしてあたしが忘れてるだけですか?出張、じゃないですよね……?あれ?他に何かありましたっけ……?」
自分の記憶を疑い出して完全な混乱状態になった凜へ、鬼灯は答える。
「貴方には今話したばかりですよ?」
「ですよねーーーー!!」
「……凜ちゃん、頑張れ」
――よう、覚えてるかィ、小判でィ。
――先日、胃に穴が空きました。
神妙な表情で紹介する小判の横には、薬局で処方された薬がある。
――それもこれも全て、あのイッカクみてェな鬼神のせいです。
鬼神の額にある角をクジラ科の動物で一本の非常に長い牙(実は歯)と例え、自分の行いを後悔する。
――でも、まァ、わっちも読みが甘かった。
――中途半端に閻魔庁へ首をつっ込もうとした結果があのザマでさァ。
鬼灯と凜、そしてシロの背後に素っ裸の奪衣婆が写り込んだ写真は(悪い意味での)反響を呼んだ。
(詳しくは第11話を読んでね)
――ただ幸運だったのは、亡者で第二補佐官のお顔が撮れて、それが予想以上の美人だったこと。
――おかげで男性読者から好評をいただきました。
――やっぱり世の中、適材適所だぁな。
――ふっ切れましたわ、これからゴシップ一本、よりえげつなくいきます。
「我輩は、
魚がぶら下がっていたり、キャットタワーがあったりと猫に配慮した空間となっている一室で、一匹の猫が言い出した。
「…はい……知ってます」
「名前はもうある。『クシャミ』です」
「うん、だから知ってますって。クシャミ
――猫又社 週刊「三途之川」編集部。
小判が勤めるゴシップ誌の会議室、キャットタワーで打ち合わせをしていた。
「会議の度にこのくだりやるの、もうよしましょうや……」
「やだ。新入社員がいる限りやる」
「もう合いの手入れるのも、骨が折れる…」
「るっせーー」
いい加減うんざりしてきた小判の態度に激怒し、編集長は折れた前足を見せる。
「オメーが撮ってきた婆の裸でこっちゃ、キャットタワーから落ちて前足折ったんじゃ!!」
「ええっ!?それが理由だったんスか!?」
「奪衣婆、すげえ!」
「あの長靴を履いて巨人を倒したと言われる編集長が……」
「アレッ?編集長って幼名ノンタンじゃなかったっけ?」
「イヤ、100万回生きたんだろ?」
「違うわよ。イッパイアッテナと友達だったのよ」
「オイ、全部違う作品だぞ」
猫にまつわる童話やら童謡やらが飛び交う中、編集長はそれを一蹴する。
「いいからオメーさっさと、ピーチ・マキ撮ってこい。CDが結構売れてんだよ」
青筋を立てて投げ渡されたCDは、
「あだっ」
小判の額を直撃した。
「…アイツCDなんて出したンかイ。一体、どんな……」
CDジャケットを見れば、可愛らしくウィンクをして舌を出すマキのジャケットが目を惹き、歌のタイトルは「キャラメル桃ジャム120%」。
それだけで小判の表情は険しくなる。
とりあえず、CDをプレーヤーにセットして聴いてみた。
キャラメ~ル、てんごく~。
あまくてやさしいねっとり感~。
ぜ~んぶまぜてぇ~。
お砂糖たっぷりジャムにしよ~。
あます~ぎ~じご~く~。
お砂糖飽和でとけきらな~い。
キャラメ~…。
歌の途中で電源を切り、無表情となって感想を述べる。
――……………どうなんだろ、これ……。
思えば確かに、CDジャケットを見たその時から不穏な感じはあった。
楽屋の扉を開ければ、脚フェチにはたまらない白く細い脚がぱたぱたと揺れ続け、床下には漫画やお菓子の空き袋なんてものもところどころに落ちて、奇妙な生活感を醸し出している。
――こんにちは、朱井 凜です。
――今回はテレビ局からお届けします。
――鬼灯さんの収録が長く、暇を持て余していたあたし、最近シロ君が口ずさんでたピーチ・マキちゃんの新曲を歌います。
「……何、自分の部屋の如く、くつろでいるんですか、貴方は」
はた、と止まった足の動きに続き、ソファへうつぶせになっていた凜はイヤホンを外しながらゆっくりと身を起こす。
――最悪なタイミングで鬼神が戻ってきやがった。
「……お疲れ様です」
「さぁ、帰りますよ。あぁ続きをどうぞ、存分に歌ってください」
「……スイマセンあたしが悪かったです」
すぐさま謝り、きちんと片づけてから楽屋を出ると、スタッフの鬼がご丁寧に挨拶をしてきた。
――……………どうなんだろ、これ……。
アイドルみたいに可愛らしい顔を感じさせない、恐ろしいくらいの無表情でCDジャケットを見つめるマキは、発売記念として各出版社から送られた花束に囲まれていた。
「…うん…………まぁ……アイドルなんてブッ飛んでてナンボよね……」
――ただのショップ店員からここまで来たんだから大したものよ、私。
――芸能界は人形師の操る楽しい人形劇の世界、私は人形に徹するのよ。
自分の人生を振り返って、芸能界の厳しさを痛烈に理解し、マキの表情は諦めの顔に近かった。
口ではそう言いながら、それが気休めでしかないことを確信していた。
「マキちゃーん」
すると、スタッフの女性が扉を開けて声をかける。
「アレ?もう収録時間?」
「ううん、廊下見てみ。ちょっとイケてるのがいるのよ、アレ」
「ホント?」
頬を赤らめながら女性スタッフと一緒に顔を出せば、ちょうどその人物は楽屋から出るところだった。
「この度は『焦熱叫喚!報道マーベラス』へ御主演頂き誠に……」
「いえ、こちらこそ楽しかったです。お疲れ様です」
男性スタッフと互いに頭を下げる鬼神と、その隣に立つ少女。
「今回の報マ(報道マーベラス)のテーマは『増える現世の老人犯罪・その時地獄は…!?』だって」
何食わぬ顔で出演番組を話す女性スタッフの声は、凍りつくマキの耳に届かなかった。
「お疲れ様です」
とりあえず凜も頭を下げれば、スタッフはきょとんと目を丸くする。
「…マネージャーさんですか?」
「おや、こちらのスタッフは目が悪いようですね」
鬼灯がわざとらしく嘲笑った。
やはり、交渉は彼に任せるのがいいか。
諦めた凜はなるべく平静を装い、ぴっこりと小ぶりな胸を張ることにした。
すると効果はてきめんだった。
「亡者でありながら閻魔様の第二補佐官に任命された……貴方はまさか」
スタッフの顔色が悪くなり、真剣そのものになる。
鬼灯の隣に立つ少女の素性に気づいたらしい……そんな反応を示すとは、あたしをなんだと思っているんだと言いたくなったが、そこは我慢した。
「この方がどなたか、ようやく気づいたようですね?少々鈍いんじゃありませんか?」
「も、申し訳ございません。第二補佐官様の御尊顔を拝謁賜り、光栄の極み」
鬼灯の皮肉に、スタッフは口上で答える。
まるで舞台劇だ。
ちょっとうんざりしながら、挨拶もそこそこに二人は廊下を歩き出すと、遠くから慌てふためく女性の声が聞こえてきた。
「ほっ…ほーずきさまーーッッ」
顔面蒼白で走ってくるマキの姿に振り返る二人。
「おや貴方は……聴きましたよ。デビューシングル、シロさんがエンドレスで歌っています。先程、凜さんもエンドレスで歌ってましたよ」
「言うなよ!!てか、エンドレスしてねぇよ!」
「ギャーーーッ、聴かれてたッッ」
先日の失礼な態度に罪悪感から頭を下げる。
「あの…この間は失礼しました……」
「いえいえ」
凜は礼儀に反しない程度に浅く首を振った、つもりだったのだが、鬼灯の方がかなり踏み込んだ発言を繰り出した。
「清純・悪女とキャラがブレブレでしたけど、天然路線で固定しましたね。合ってると思いますよ」
(芸能関係にやたら詳しい鬼灯さんが、まさかアイドルの芸能遍歴までしっかり把握しているとは。それともファン?天然系が好きなのかな?)
「何で私の芸能遍歴をやけにしっかり説明するんですか!?なんか恥ずかしい」
羞恥心で赤くなるマキのCDデビューを、凜が笑顔で祝福する。
「マキさん、CDデビューおめでとうございます」
「でも、アレ自分でどうなんだろうって思ってるんですけど……」
苦々しく顔を引きつらせながら乾いた笑みを浮かべるマキに、凜は明るく言う。
「なかなかいいんじゃないですか?最初こそMVも合わせて『どうなんだろう、これ』と思いましたが、聴いてるうちにだんだんハマっていきましたよ」
戸惑いを面に出すようなことはせず、そつなく返した凜に、逆に好感と興味を抱いた。
次々とキャラを変える自分を見て露骨に顔を歪めるでもなく、また白々しく愛想笑いも浮かべることもない。
予想よりかなり気さくな人柄が、それがとても救いに思えた。
「あ…ありがとうございます……」
しかも、今まで見たことがない美しい人。
さらさらとした色素の薄い髪、夕焼け色のような赤みがかかった黒い瞳。
すらりとした肢体。
そんな、素敵な人と自分は今話している。
(なんでかしら、こんなふうに同性にときめいているなんて…)
マキにとっては夢のような時間。
この時が止まってしまえばいいとさえ思ってしまう。
「CDだって、最初はインパクトですよ。ここから徐々にシフトチェンジして、最終的にはしっとりしたバラード歌うんでしょ?で、一部のファンに『初期の曲の方がよかった』とか言われるんです」
適当に誤魔化すこともできただろうが、相手はドS官吏の鬼灯。
未来を予言させられて、動揺が見え隠れしている。
「そこまで見抜かなくていいです!」
「マキさーん。マキさん、取材でーす」
「あっ、ハーイ」
スタッフの案内でマキの取材にやって来たのは、早速スキャンダルな質問をする小判である。