第0話
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勉強好きでもなければ頭がいいわけでもないし、かと言って部活に精を出すわけでもなく帰宅部だったりする。
なまじ現実的に考えてしまうから、夢はおろかおぼろげな目標すらないし、対人スキルも低いので顔が広いということもない。
好きなものと言えば読書とか映画鑑賞とかで、それも決まって唯一の趣味。
日々非現実を渇望しながら凡庸な毎日を送っている。
結構いるんじゃないかと思うのだ。
そういう学生は。
例えば、修学旅行の部屋は出席番号で決めればいいのにとか思ってしまうタイプ。
それがあたしだった。
一緒にトイレに行こうとか言われると、よせばいいのに、
「何で?」
とか聞き返してしまう。
つまり協調性と配慮に欠けた未熟者ということである。
通学先が穏やかな校風に加えて偏差値が割とそんなに高くない、あたし自身が日本人離れした顔と近寄りがたい雰囲気を所持していたのが作用し、いじめの類は全くなかった。
困ったことと言えば授業でペアになる時に、少々お互いが気まずいくらいである。
これがもう少し気性の荒い学校であったなら、間違いなくあたしは恰好の餌だったことだろう。
だらだらと語ってしまったが、つまりあたしの言いたいことは、決して何か秀でた特殊能力を持っているわけではないと。
これに尽きる。
だから。
異世界に飛ぶ、そんなミラクルを起こせるわけがないのだ。
起こせるわけがない。
大事だから二回言った。
なのに――。
「………どこ、ここ?」
一般世間で、あの世とこの世の境は……綺麗な川とお花畑だとか言っていた。
本当だったんだね。
目の前に広がる、その光景にちょっと感心。
なんでこんなところに来ちゃったかっていうのは、ほんの数時間前に遡る。
少し時間は戻り、現世。
3月に高校を卒業する彼女――朱井 凜は、満開になった桜に見惚れていた。
白いシャツに赤いリボン、学校指定の黒いブレザーを羽織り、丈の短いスカートが翻る。
足元は黒のローファー。
学生カバンを背負い、長い髪を赤いリボンで結ってと、規則に反しない格好だ。
スタイルもどちらかというと運動に向いた、華奢ではないが細身で背は平均よりやや高め、歩いていると申し訳程度に揺れる膨らんだふくらはぎは、見る人が見ればかなりしなやかな筋肉を内包しているとわかる。
だがまあ、普通の人ならそんなマニアックな個所ではなく、その容姿に目を惹かれるだろう。
大きく意志の強そうな目や柔らかそうな唇、キリッとした形のいい眉に細く小さな顎と大人びた少女――それが朱井 凜という女の子だった。
登校する他の生徒は話しかけたいのかもしれないが、朝の挨拶を気軽に行うだけでも顔見知りでなければ少し辛い。
しかも相手は有名な朱井 凜。
下手をすればどんな目に遭うかわからない。
そのため、彼女に声をかける者はいなかった。
(……綺麗……)
その時、一陣の風が桜の花を舞い上げた。
凜は足を止め続け、その光景に魅入る。
花びらの行方を追って青空を見上げた時、舞い上がった花びらが一斉に襲うように降りかかってきた。
「わっ――」
ザアアアッ、と音を立てながら旋回する桜の花びら。
桜吹雪に翻弄される凜の耳に、生徒達の悲鳴が聞こえる。
(何……?)
刹那、彼女の意識は身体ごと吹っ飛んだ。
意識を失う瞬間に見たのは、凜を轢いたトラックの運転手の驚愕した顔。
――ああ、あたしは死ぬんだ。
すぐに理解した。
意識が闇に沈んだと思ったら、三途の川にいたというわけだ。
「……あれは、即死だったよね…多分」
視線を落として自分の今の状態を確認、初めて惨状に気づいた。
髪はひどく乱れ、シャツが片側に大きくずれ、あちこち皺が寄り、完全に解けてしまったリボンが右手に握られている。
生地が黒だから目立たなかったが砂埃で随分汚れて、べっとりと黒っぽい血みたいな染みまでついていた。
驚いてスカートをめくり上げると両膝をすり剥いて、ひりひり痛みが沁みてきた。
「うーん……さっきの事故のケガ?にしても、コレ全部あたしの血?」
その出血量に引きながら歩いていると、足元に何かがぶつかった。
「――え?」
視線の先には、地面から突き出ている無数の白骨。
(これ…骨、だよね?なんの骨かはわからないけど…人間じゃないことを祈ろう)
とりあえずしゃがんで、ひざまずいちゃってごめんなさい、と手を合わせ、立ち上がって改めて見回す。
なんだここは、ファンタジーか。
なんのゲームの墓場ダンジョンだ。
「……そうだ、死んでからどのくらい経ったんだろう?」
(でもまだ血がついてるから、そんなに過ぎてないよね?)
「今頃、あたしの体は救急車に運ばれてる頃かなぁ」
などと呑気に考えているその時、背筋に悪寒が走り、冷や汗が滴る。
「――っ!」
寸前のところで屈むと、その頭上を金棒が通り抜ける。
金棒を突き出し、凜に襲いかかってきた人物。
黒い着物。
背には赤い鬼灯の紋章。
手には先程、振り下ろした大きな金棒。
驚きの声は両者からあがった。
「なっ…な、なっ……!!」
「避けられた?」
真っ青な顔で文字通りあわあわ言う凜と驚きの声をあげる男。
一体何がどうなってこうなったんだとパニックになっていると前方から、ふぅ、と溜め息が聞こえる。
それにハッとすれば、金棒を振り回した人物がゆっくり振り向く。
それを見た途端、頭に渦巻いていた謎は霧散した。
切れ長の瞳と眉間の皺がこちらを見つめてくる。
耳も少し尖っている。
だが、凜の注意はそんなところに行かない。
それよりも目を釘付けにするのは――額に生えた、角。
――なんですか、新手のコスプレか何かですか。
「声に出てますよ。コスプレで鬼の角ってどこの中学二年生ですか」
男は眉をひそめて答えた。
それでやっと気がつき、慌てて立ち上がって頭を下げる。
「ごめんなさい。失礼なことを言いました」
「別に気にしないで下さい。仕事ですし」
面倒そうに片手を振った彼は、謙遜ではなく本当に大して気にしていないようだ。
(不思議な人だな。それより金棒って銃刀法違反に入らないんだろうか。あ、そんなこと考える前に、色々訊かなきゃ)
「あのー…」
おそるおそる声をかけた凜の発言を、男が遮った。
「こんな境目で何してるんです?」
「え?」
「死んだのなら、さっさと"あの世に"来なさい」
「いや、あの…え?あの世?」
「まさか化けて出るつもりですか?やめなさい。今時、流行りませんよ。悪霊なんて」
その流れで自分に回ってくる展開に意味がわからず、目を丸くする。
――流行りってなんですか?
――悪霊に今時とかあるんですか?
――っていうかお兄さん、何者ですか?
「……だんまりですか。いいでしょう。行く気がないなら逝かせてあげます」
「わかりました、従います!だからその金棒振り回すのやめてください!」
男の口から紡がれる不穏な言葉に、凜は首と両手をせわしなく振って素直に従う。
ともかく、謎は深まるばかりだ。
しかし、今はこの人についていこう。
見た感じ、和服に角に金棒となんだか色々危ない人だが、悪そうな感じはしなかった。
それに、どうやら何か知っているようだから、諸々のことを聞かなくては。
そう決意して、小走りに彼の隣へ並んだ。
気づかれないよう、彼の横顔を覗き見る。
(背、高いなぁ、細いけど。にしても年齢、いくつぐらいなんだろう?あたしと同じ10代……はあり得ないな。20代前半…?後半かも。いや、30代に見えなくもない)
外見は若く見えるが、落ち着きと物腰が若者のそれじゃない。
まさに年齢不詳だ。
じろじろ眺め回すのも失礼なので、一瞬見ただけで視線を前に戻す。
なんか、知らない人同士との沈黙ってなんだか悲しいな、と思っているところ、先に彼が聞いてきた。
「まだ名前を訊いていませんでしたね。失礼致しました。私は鬼灯と申します。貴方は?」
「――え…えっと……朱井凜です。高校生……でした」
ところがその後は、なんだかこの状況でよろしくお願いしますもおかしいし、はて何を話そうかと思いあぐね、未だ握っていたリボンに気づき、服を直す。
男――鬼灯は後ろを向いた凜を、じっと見つめる。
少し赤みがかかった黒い瞳と揺れる茶味色の強いポニーテール、黒い制服、短いスカート。
それが目に入った時、鬼灯はこの時、緩みそうになった顔を引き締め眉間の皺を深くする。
リボンの抜き取られたシャツの胸元が、細くはだけていた。
襲われた最中はそれどころではなかったが、ちょうど服を直そうとしていたのか、軽く下を向いていた姿勢が、彼の視線の通り道をつくっていた。
「ダメッ!」
視界を掠めた顔の向きで、振り返ったことに気づいたのだろう。
凜の声は間髪入れぬものだったが、直前、既に身体ごと顔を背けていた。
「……見ました?」
赤くなった顔の色が容易に想像できる声で、凜が訊ねる。
「………」
しかし鬼灯はこの時、すぐには答えを出せなかった。
見ていない、と答えるべきだろう。
それが賢い対応のはずだ。
だが、しかし……白さを残している胸元。
スッキリした鎖骨のライン。
下着のカップを縁取るレース飾りの純白の色まで、しっかり。
「鬼灯さんって案外、むっつりですね……」
衣擦れの音が止まったので、身繕いが完了したのだろう、と推定。
シャツを整え、リボンをキチンと締め直した凜の姿を見て、ひそかに安堵した。
「……えっち」
凜は上目遣いに睨んでいる。
「知りません。何も見ていません」
むしろ堂々と、見事なまでに無愛想な顔で鬼灯は告げる。
「ホントですか?」
黒い瞳は疑わしげだ。
「ホントです」
しかし鬼灯は堂々としている。
「何色でした?」
「ピンク」
「正解!」
「いや白でしょ」
「やっぱり見てるじゃないですか、バカ!」
再び赤みを増していく頬は、恥ずかしさがよみがえってきたためか。
身体が細かく震えているのは、羞恥に耐えている表れか。
その態度すら、大変奥ゆかしくてたまらない。
「ご馳走様です」
「拝まれても困ります!」
思わず手を合わせると、困ったようにツッコミを入れる。
――これが閻魔様より恐い鬼、鬼灯さんとあたしの出会いである。
案内された場所は、殺風景な広いドーム型の部屋。
目を見開いて突っ立つ凜の目の前で淡々と交わされる会話。
鬼灯と会話するのは、もじゃもじゃの髭に団子鼻、真っ赤な着物ふうの服に赤い帽子。
一見厳ついが、丸い目と表情は物凄く優しそう。
「……あの、鬼灯さんの額にあるそれって、角……」
「鬼ですから」
「お、鬼…」
「ちなみにワシは閻魔大王」
「閻魔大王…!?」
わー、びっくりしてるびっくりしてる!と閻魔大王が嬉々として笑った。
(閻魔様ってこんなんなの?なんか想像よりコミカルというか…もっと恐い感じだと思ってたけど…)
なまじ現実的に考えてしまうから、夢はおろかおぼろげな目標すらないし、対人スキルも低いので顔が広いということもない。
好きなものと言えば読書とか映画鑑賞とかで、それも決まって唯一の趣味。
日々非現実を渇望しながら凡庸な毎日を送っている。
結構いるんじゃないかと思うのだ。
そういう学生は。
例えば、修学旅行の部屋は出席番号で決めればいいのにとか思ってしまうタイプ。
それがあたしだった。
一緒にトイレに行こうとか言われると、よせばいいのに、
「何で?」
とか聞き返してしまう。
つまり協調性と配慮に欠けた未熟者ということである。
通学先が穏やかな校風に加えて偏差値が割とそんなに高くない、あたし自身が日本人離れした顔と近寄りがたい雰囲気を所持していたのが作用し、いじめの類は全くなかった。
困ったことと言えば授業でペアになる時に、少々お互いが気まずいくらいである。
これがもう少し気性の荒い学校であったなら、間違いなくあたしは恰好の餌だったことだろう。
だらだらと語ってしまったが、つまりあたしの言いたいことは、決して何か秀でた特殊能力を持っているわけではないと。
これに尽きる。
だから。
異世界に飛ぶ、そんなミラクルを起こせるわけがないのだ。
起こせるわけがない。
大事だから二回言った。
なのに――。
「………どこ、ここ?」
一般世間で、あの世とこの世の境は……綺麗な川とお花畑だとか言っていた。
本当だったんだね。
目の前に広がる、その光景にちょっと感心。
なんでこんなところに来ちゃったかっていうのは、ほんの数時間前に遡る。
少し時間は戻り、現世。
3月に高校を卒業する彼女――朱井 凜は、満開になった桜に見惚れていた。
白いシャツに赤いリボン、学校指定の黒いブレザーを羽織り、丈の短いスカートが翻る。
足元は黒のローファー。
学生カバンを背負い、長い髪を赤いリボンで結ってと、規則に反しない格好だ。
スタイルもどちらかというと運動に向いた、華奢ではないが細身で背は平均よりやや高め、歩いていると申し訳程度に揺れる膨らんだふくらはぎは、見る人が見ればかなりしなやかな筋肉を内包しているとわかる。
だがまあ、普通の人ならそんなマニアックな個所ではなく、その容姿に目を惹かれるだろう。
大きく意志の強そうな目や柔らかそうな唇、キリッとした形のいい眉に細く小さな顎と大人びた少女――それが朱井 凜という女の子だった。
登校する他の生徒は話しかけたいのかもしれないが、朝の挨拶を気軽に行うだけでも顔見知りでなければ少し辛い。
しかも相手は有名な朱井 凜。
下手をすればどんな目に遭うかわからない。
そのため、彼女に声をかける者はいなかった。
(……綺麗……)
その時、一陣の風が桜の花を舞い上げた。
凜は足を止め続け、その光景に魅入る。
花びらの行方を追って青空を見上げた時、舞い上がった花びらが一斉に襲うように降りかかってきた。
「わっ――」
ザアアアッ、と音を立てながら旋回する桜の花びら。
桜吹雪に翻弄される凜の耳に、生徒達の悲鳴が聞こえる。
(何……?)
刹那、彼女の意識は身体ごと吹っ飛んだ。
意識を失う瞬間に見たのは、凜を轢いたトラックの運転手の驚愕した顔。
――ああ、あたしは死ぬんだ。
すぐに理解した。
意識が闇に沈んだと思ったら、三途の川にいたというわけだ。
「……あれは、即死だったよね…多分」
視線を落として自分の今の状態を確認、初めて惨状に気づいた。
髪はひどく乱れ、シャツが片側に大きくずれ、あちこち皺が寄り、完全に解けてしまったリボンが右手に握られている。
生地が黒だから目立たなかったが砂埃で随分汚れて、べっとりと黒っぽい血みたいな染みまでついていた。
驚いてスカートをめくり上げると両膝をすり剥いて、ひりひり痛みが沁みてきた。
「うーん……さっきの事故のケガ?にしても、コレ全部あたしの血?」
その出血量に引きながら歩いていると、足元に何かがぶつかった。
「――え?」
視線の先には、地面から突き出ている無数の白骨。
(これ…骨、だよね?なんの骨かはわからないけど…人間じゃないことを祈ろう)
とりあえずしゃがんで、ひざまずいちゃってごめんなさい、と手を合わせ、立ち上がって改めて見回す。
なんだここは、ファンタジーか。
なんのゲームの墓場ダンジョンだ。
「……そうだ、死んでからどのくらい経ったんだろう?」
(でもまだ血がついてるから、そんなに過ぎてないよね?)
「今頃、あたしの体は救急車に運ばれてる頃かなぁ」
などと呑気に考えているその時、背筋に悪寒が走り、冷や汗が滴る。
「――っ!」
寸前のところで屈むと、その頭上を金棒が通り抜ける。
金棒を突き出し、凜に襲いかかってきた人物。
黒い着物。
背には赤い鬼灯の紋章。
手には先程、振り下ろした大きな金棒。
驚きの声は両者からあがった。
「なっ…な、なっ……!!」
「避けられた?」
真っ青な顔で文字通りあわあわ言う凜と驚きの声をあげる男。
一体何がどうなってこうなったんだとパニックになっていると前方から、ふぅ、と溜め息が聞こえる。
それにハッとすれば、金棒を振り回した人物がゆっくり振り向く。
それを見た途端、頭に渦巻いていた謎は霧散した。
切れ長の瞳と眉間の皺がこちらを見つめてくる。
耳も少し尖っている。
だが、凜の注意はそんなところに行かない。
それよりも目を釘付けにするのは――額に生えた、角。
――なんですか、新手のコスプレか何かですか。
「声に出てますよ。コスプレで鬼の角ってどこの中学二年生ですか」
男は眉をひそめて答えた。
それでやっと気がつき、慌てて立ち上がって頭を下げる。
「ごめんなさい。失礼なことを言いました」
「別に気にしないで下さい。仕事ですし」
面倒そうに片手を振った彼は、謙遜ではなく本当に大して気にしていないようだ。
(不思議な人だな。それより金棒って銃刀法違反に入らないんだろうか。あ、そんなこと考える前に、色々訊かなきゃ)
「あのー…」
おそるおそる声をかけた凜の発言を、男が遮った。
「こんな境目で何してるんです?」
「え?」
「死んだのなら、さっさと"あの世に"来なさい」
「いや、あの…え?あの世?」
「まさか化けて出るつもりですか?やめなさい。今時、流行りませんよ。悪霊なんて」
その流れで自分に回ってくる展開に意味がわからず、目を丸くする。
――流行りってなんですか?
――悪霊に今時とかあるんですか?
――っていうかお兄さん、何者ですか?
「……だんまりですか。いいでしょう。行く気がないなら逝かせてあげます」
「わかりました、従います!だからその金棒振り回すのやめてください!」
男の口から紡がれる不穏な言葉に、凜は首と両手をせわしなく振って素直に従う。
ともかく、謎は深まるばかりだ。
しかし、今はこの人についていこう。
見た感じ、和服に角に金棒となんだか色々危ない人だが、悪そうな感じはしなかった。
それに、どうやら何か知っているようだから、諸々のことを聞かなくては。
そう決意して、小走りに彼の隣へ並んだ。
気づかれないよう、彼の横顔を覗き見る。
(背、高いなぁ、細いけど。にしても年齢、いくつぐらいなんだろう?あたしと同じ10代……はあり得ないな。20代前半…?後半かも。いや、30代に見えなくもない)
外見は若く見えるが、落ち着きと物腰が若者のそれじゃない。
まさに年齢不詳だ。
じろじろ眺め回すのも失礼なので、一瞬見ただけで視線を前に戻す。
なんか、知らない人同士との沈黙ってなんだか悲しいな、と思っているところ、先に彼が聞いてきた。
「まだ名前を訊いていませんでしたね。失礼致しました。私は鬼灯と申します。貴方は?」
「――え…えっと……朱井凜です。高校生……でした」
ところがその後は、なんだかこの状況でよろしくお願いしますもおかしいし、はて何を話そうかと思いあぐね、未だ握っていたリボンに気づき、服を直す。
男――鬼灯は後ろを向いた凜を、じっと見つめる。
少し赤みがかかった黒い瞳と揺れる茶味色の強いポニーテール、黒い制服、短いスカート。
それが目に入った時、鬼灯はこの時、緩みそうになった顔を引き締め眉間の皺を深くする。
リボンの抜き取られたシャツの胸元が、細くはだけていた。
襲われた最中はそれどころではなかったが、ちょうど服を直そうとしていたのか、軽く下を向いていた姿勢が、彼の視線の通り道をつくっていた。
「ダメッ!」
視界を掠めた顔の向きで、振り返ったことに気づいたのだろう。
凜の声は間髪入れぬものだったが、直前、既に身体ごと顔を背けていた。
「……見ました?」
赤くなった顔の色が容易に想像できる声で、凜が訊ねる。
「………」
しかし鬼灯はこの時、すぐには答えを出せなかった。
見ていない、と答えるべきだろう。
それが賢い対応のはずだ。
だが、しかし……白さを残している胸元。
スッキリした鎖骨のライン。
下着のカップを縁取るレース飾りの純白の色まで、しっかり。
「鬼灯さんって案外、むっつりですね……」
衣擦れの音が止まったので、身繕いが完了したのだろう、と推定。
シャツを整え、リボンをキチンと締め直した凜の姿を見て、ひそかに安堵した。
「……えっち」
凜は上目遣いに睨んでいる。
「知りません。何も見ていません」
むしろ堂々と、見事なまでに無愛想な顔で鬼灯は告げる。
「ホントですか?」
黒い瞳は疑わしげだ。
「ホントです」
しかし鬼灯は堂々としている。
「何色でした?」
「ピンク」
「正解!」
「いや白でしょ」
「やっぱり見てるじゃないですか、バカ!」
再び赤みを増していく頬は、恥ずかしさがよみがえってきたためか。
身体が細かく震えているのは、羞恥に耐えている表れか。
その態度すら、大変奥ゆかしくてたまらない。
「ご馳走様です」
「拝まれても困ります!」
思わず手を合わせると、困ったようにツッコミを入れる。
――これが閻魔様より恐い鬼、鬼灯さんとあたしの出会いである。
案内された場所は、殺風景な広いドーム型の部屋。
目を見開いて突っ立つ凜の目の前で淡々と交わされる会話。
鬼灯と会話するのは、もじゃもじゃの髭に団子鼻、真っ赤な着物ふうの服に赤い帽子。
一見厳ついが、丸い目と表情は物凄く優しそう。
「……あの、鬼灯さんの額にあるそれって、角……」
「鬼ですから」
「お、鬼…」
「ちなみにワシは閻魔大王」
「閻魔大王…!?」
わー、びっくりしてるびっくりしてる!と閻魔大王が嬉々として笑った。
(閻魔様ってこんなんなの?なんか想像よりコミカルというか…もっと恐い感じだと思ってたけど…)