第17話
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――詩人李白 は酒に溺れて月夜の池に沈み、
中国のみならず中国詩歌史上において、最高の存在であった李白。
ある有名な伝説では、船に乗っている時、酒に酔って水面に映る月を捉えようとして船から落ち、溺死したと言われている。
――「名前はまだない」猫はビールによって溺死した。
人間の生態を鋭く観察したり、猫ながら古今東西の文芸に通じており哲学的な思索にふけったりする、一人称が我輩という動物。
その猫はビールに酔い、甕 に落ちて出られぬまま死んだ。
――とある南の島では、猿が酒の味を覚えてしまい人から酒を盗むようになったという。
――物語に出てくる悪役は大概、酒飲みだ。
――合コンでも接待でもキャバクラでも酒がなければ始まらない。
――要するに理性を取っ払おうって訳だ。
――つまり何だ、「酒」は「冷徹」の反対語のようなものだ。
――前話からの酒宴は続く。
飲み始めて一時間ほどで、酒で完全にみんなの脳みそのネジが緩んだ馬鹿騒ぎは、どんどんエスカレートしていく。
明るい空気の中に一人、残された桃太郎は既にダウンしている。
酔っ払い達の魔の手から逃れ、大部屋の隅っこに避難して料理を食べる凜の前に、水が差し出された。
「酔い覚めにどうぞ。といっても、ほとんど酔っぱらっていませんね」
「自分がこんなに酒に強いとは思っていませんでしたよ」
辺りには空き瓶が散乱しているのに、全く酔った様子のない凜に、鬼灯は残念がる。
だってこの場合、酒が入ると笑ったり泣いたり、暴言吐いたり暴れたり、甘えたり抱きついたりキス魔になったり……って、こんなのヒロインじゃねーじゃん!
(そんなん期待してもダメだから。by.凜)
酔いが回ってきたのが明らかな閻魔は、赤い顔で楽しそうに笑う。
「あ~~~~、飲み明かすのって『日本の伝統』って感じするな~~」
「因習ですよ。ホラホラ、空気なんて読まなくていいから帰りたい人は帰りなさい」
鬼灯は手を叩いて撤収を促した。
「今帰らないと、大王の自伝語りが始まりますよ」
「帰るぞオオオオ、タイミング作ってくれてありがとう鬼灯様!」
酒宴の最も精神的な苦痛は、上司もしくはお偉い方の長話。
獄卒達が必死の形相で身支度を整えていると笑い声が聞こえ、鬼灯は振り返る。
「何がおかしいんですか、凜さん」
「面白いからに決まってるじゃないですか」
凜がそう飄々と言い放つのに対して、鬼灯は短い溜め息をつく。
「……どこがですか」
「面白い人達は好きですよ。だって二度目の長い人生、楽しく過ごさなきゃつまらないでしょ?」
悪びれた素振りは微塵もない。
当然だ。
悪いことだなんてこれっぽちも思っていないのだから。
小皿に盛りつけられた料理を美味しそうに食べる凜の笑顔が、ただそれだけの、しかしどこか子供っぽい姿に、思わず抱きしめたいほどの愛らしさを覚えた。
「…叫喚地獄と亡者共と同じですよ、これじゃあ」
周りとの騒がしいギャップに、珍しく疲れた顔で酒をたしなむ。
「叫喚地獄?」
「まァ平たく言うと、酒乱の堕ちる地獄です。あそこの16小地獄は全て酒絡みです」
小規模の地獄で、地獄に落ちた亡者の中でもそれぞれ設定された細かい条件(生前の悪事)に合致した者が苦しみを受ける。
その叫喚地獄は全て、飲酒の罪を犯した者が大半だ。
「酒乱の巣窟でしてね……」
「あっ!いた!!大王!鬼灯様!凜様!」
すると、店の戸を開け放って叫喚地獄の獄卒が大声をあげた。
「叫喚地獄の亡者共が雑用係・八岐大蛇 の持っていた酒を奪いました!!!」
「どういうことですか!」
その報告に鬼灯は思わず立ち上がり、獄卒に詰め寄る。
「せっかく更生施設(叫喚地獄)でリハビリ(禁酒)をしていたというのに!」
事情を聞いてみれば、何気なく浮かんだ疑問を白澤が口にし、桃太郎は心中でつっこむ。
「亡者、リハビリやってんの?」
(そして、八岐大蛇は雑用係やってんだ……)
「もう『帰って来たヨッパライ』フルコースでドンチャンベロンベロンです!」
「歌詞は微妙にマッチしていますが地獄で『天国よいとこ』などと歌われては屈辱です!」
「正確だけど、よく解らん分析するな、お前は。コイツも酔ってねーか?」
何かしら自分の中で結論が出たようで、鬼灯は金棒を手に取った。
「鬼灯君、ワシも行くよ」
「大王はどうぞ、ここにいてください。上司 は会議室にいていいのです。事件が起こっている今、現場へは漢部下 が行きます」
「…ねぇ鬼灯さん、その中にあたしも入ってますよね?」
「何を言ってるんですか、早くしなさい」
惰性で訊ねた凜は鬼灯の言葉に導かれて、唇を尖らせる。
「鬼灯君……カッコ良く言ってるけど要するに、厄介払い!?」
鬼灯が告げた言葉の意味を、なんとなく想像がついた閻魔はショックを受けた。
「うん、目立つし邪魔!!!」
「閻魔様、行ってきまーす!!」
急遽、補佐官の二人が仕事に駆り出された事態に、桃太郎は声をかける。
「何か手伝いましょうか?」
「あそこの亡者はとにかくタチが悪い!危険ですからついて来なくていいですよ」
「…そう言われると、行きたくなるよね」
急に、悪戯好きな笑みと野次馬を含んだ眼差しを向けられて、桃太郎は目を白黒させた。
《ここよりアルコール類一切持込厳禁!!》との看板が掲げられた先、
『アルコール!!アルコール!!』
亡者達は連呼し、歌えや踊れやのどんちゃん騒ぎだ。
――叫喚地獄。
『酔ってませえん!酔っておらんでござんす!!』
しがらみを忘れて浮かれ出し、拷問を放り出して、良識や羞恥心も忘れて、ひたすら浮かれ、騒ぎ、飲めや歌え、踊り狂っての大騒ぎ。
ある者は着物を脱いで全裸で走り、
――全裸。
ある者は疲れて動けなくなって爆睡し、
――道で寝る。
ある者は朧車の上に乗って仕事を妨害し、
――タクシーの上に乗る。
「王様だ~れだ」
ある者は木の上に登って一人でゲームを始め、
「随分薄いねアンタ、もっと食べなきゃだめだよよお~~」
ある者は幻覚を見る。
――看板に話しかける(プラスおせっかい)。
狂乱としか言いようのない騒乱の現場に到着した鬼灯達。
「……だからついて来るなと言ったでしょう」
「お土産だよお~~」
地獄の秩序がぐちゃぐちゃになった亡者に絡まれ、酒臭い息に顔を歪ませる。
「…酒くさ~…」
「のんでる?」
「…………………………」
到着した直後ですっかり憔悴しきった桃太郎は、黒髪の少女の姿がないことに気づいた。
「……アレ、凜さんの姿が見えませんが……」
少女を探して、三人は愕然とした。
そこには、アルコールを体内に取り込んだ酔っ払い達に取り囲まれる我らがヒロインの姿。
「…人一倍、絡まれてますね」
「あんな美少女が目の前にやってきたら、誰だって浮かれるよ」
想像しがたい苦痛に同情していると、聞き捨てならない発言が加わる。
「……彼女がキレるのも時間の問題ですね」
「え、凜さんって怒ることあるんですか?」
「彼女の場合、キレたら手がつけられない上にSのスイッチが入ってしまうので要注意です」
(ちょっと見てみたいかも……)
鬼神の語る印象を聞いて、ひそかに思った。
そして、今起きている問題について手短に語る。
「ここの亡者の罪自体は『飲酒による悪業』なのですが……本人に記憶がなくて反省しない者が多いのが、ここの嫌な特徴なんです」
「あ~~…自覚がないと人ってへのかっぱですからね~~……」
アルコールの力は絶大で亡者は依然と、
『アル・コール、アル・コール』
と狂ったように繰り返す。
「人の性ってヤツなんでしょうね……この地獄だけはいつの時代も一定以上の人数がいて、減ることがまずありません」
「ロッキンオンジャパンフェスの会場みたいだな~……」
その時、後ろで少女の物凄い悲鳴とガシャガシャ無茶苦茶に斬りまくる騒音が響いた。
揺れる地面の上で、白澤と桃太郎は慌てふためく。
「うわっ!?なんだ」
「地震!?」
彼らにはちょうど、見えなかった。
酔っ払いの群衆、木刀に力を込めて利用されるのなら腕ごと外に、とばかりに細くも力強い腕が突き出されるさまを。
『おおおっ!?』
やがて、一人の少女が舞い降りた。
憤怒と半泣き、双方を合わせた少女を。
「どいつもこいつも酒臭いし、しつこく絡んでくるしべたべた触ってくるし――!!」
周囲の亡者は何が起こったのかわからず騒然としていたが、ようやく一人が我に返った。
「なっ、てめぇやりやがったな!」
いきなり仲間をやられたことに逆上し、少女に掴みかかろうとする。
その少女・凜は必死に酔っ払いを払って、ガサガサになった髪を逆立てて声を荒げた。
「もう許さない!!ひざまずいて泣いて謝っても許さない――!!」
そして最高に不機嫌な顔で、自分を縛りつける亡者を思い切り木刀で吹き飛ばした。
「邪魔ーーーー!!」
なんか凄い大暴れしてます。
この地獄の秩序がぐちゃぐちゃになった空気に全くそぐわない殺伐を垂れ流している。
おかげで、凜の周りには死屍累々と亡者が横たわり、微妙なスペースが空いている。
「お二人は運がいいんですね、絶好調の凜さんが見れるんですから」
そんな凜の活躍っぷり(?)を見て、鬼灯は顎に手を当てた。
「いや、絶好調というより、本気で嫌がってますよ、アレ……かわいそうですよ。助けに行かなくていいんですか?」
「では逆に、あそこに飛び込む勇気がありますか?見境なしに暴れる彼女の餌食にされますよ」
「………勘弁してください」
凜は、電撃作戦で一気に薙ぎ払い、一気に脱出するつもりなのだ。
もたもたしてたら酔っ払いに囲まれて逃げられなくなるからね。
これが、彼女の大荒れの要因の一つ。
「ちなみに『イッキの無理強い』『下戸への強制』。この罪に関しては、高度経済成長期以降、一気に増えました 」
鼻をつまんだせいか、最後の最後で言葉が濁る。
「あ~~……会社や大学の影響っスかね~~………ま~~、酒豪はカッコイイみたいな風潮ありますしね~~」
「今ここは拡張工事中なんですよ。だから人手が足りなくてこんな事態に……」
「アレッ?そういや、酒を奪われた八岐大蛇は……」
「さっきからそこにいますよ」
さっと彼の後ろを指差せば、悄然と肩を落として傍目にもわかるほどに落胆する、あの八岐大蛇。
「須佐之男命 )に倒されて以来のショック……」
やつれた大蛇が悲壮感溢れる視線の先には、なんとか鎮圧させようと奮闘する獄卒と、
「コラー」
「コラー」
酒のせいですっかり上機嫌の亡者が浮かれ騒ぎ、取り囲む中心には背の高い容 れ物があった。
(…あ、コレ、変わった柄の岩じゃなかったのか……)
先程からちらちら見えた模様に、桃太郎は岩かと勘違いしていたが、どうやらこの八つ首の大蛇が八岐大蛇らしい。
「ここは酒類持ち込み一切厳禁なの、貴方もよく知ってるでしょう!」
「おかげでひどい目に遭ったんだからね!」
いつの間にか、鬼灯の隣に立って同じように説教しているのは、なんとか酔っ払いの絡みから抜け出した凜。
酒臭い息と共に絡まれてしまい、心休まらない彼女にとってはまるで地獄のような時間だったのだろう。
「ごめんなさい……どうしても飲みたくて……」
(えらい叱られてる……日本神話の結構な中ボスが……)
人など蟻のように潰せてしまいそうなその巨体。
その先をしゅんと垂れさせながら落ち込むそのさまはなんとも表現し難い可愛らしさがある。
しかし深く反省している様子を見せる彼を鋭く叱りつける鬼灯は全く容赦がない。
中国のみならず中国詩歌史上において、最高の存在であった李白。
ある有名な伝説では、船に乗っている時、酒に酔って水面に映る月を捉えようとして船から落ち、溺死したと言われている。
――「名前はまだない」猫はビールによって溺死した。
人間の生態を鋭く観察したり、猫ながら古今東西の文芸に通じており哲学的な思索にふけったりする、一人称が我輩という動物。
その猫はビールに酔い、
――とある南の島では、猿が酒の味を覚えてしまい人から酒を盗むようになったという。
――物語に出てくる悪役は大概、酒飲みだ。
――合コンでも接待でもキャバクラでも酒がなければ始まらない。
――要するに理性を取っ払おうって訳だ。
――つまり何だ、「酒」は「冷徹」の反対語のようなものだ。
――前話からの酒宴は続く。
飲み始めて一時間ほどで、酒で完全にみんなの脳みそのネジが緩んだ馬鹿騒ぎは、どんどんエスカレートしていく。
明るい空気の中に一人、残された桃太郎は既にダウンしている。
酔っ払い達の魔の手から逃れ、大部屋の隅っこに避難して料理を食べる凜の前に、水が差し出された。
「酔い覚めにどうぞ。といっても、ほとんど酔っぱらっていませんね」
「自分がこんなに酒に強いとは思っていませんでしたよ」
辺りには空き瓶が散乱しているのに、全く酔った様子のない凜に、鬼灯は残念がる。
だってこの場合、酒が入ると笑ったり泣いたり、暴言吐いたり暴れたり、甘えたり抱きついたりキス魔になったり……って、こんなのヒロインじゃねーじゃん!
(そんなん期待してもダメだから。by.凜)
酔いが回ってきたのが明らかな閻魔は、赤い顔で楽しそうに笑う。
「あ~~~~、飲み明かすのって『日本の伝統』って感じするな~~」
「因習ですよ。ホラホラ、空気なんて読まなくていいから帰りたい人は帰りなさい」
鬼灯は手を叩いて撤収を促した。
「今帰らないと、大王の自伝語りが始まりますよ」
「帰るぞオオオオ、タイミング作ってくれてありがとう鬼灯様!」
酒宴の最も精神的な苦痛は、上司もしくはお偉い方の長話。
獄卒達が必死の形相で身支度を整えていると笑い声が聞こえ、鬼灯は振り返る。
「何がおかしいんですか、凜さん」
「面白いからに決まってるじゃないですか」
凜がそう飄々と言い放つのに対して、鬼灯は短い溜め息をつく。
「……どこがですか」
「面白い人達は好きですよ。だって二度目の長い人生、楽しく過ごさなきゃつまらないでしょ?」
悪びれた素振りは微塵もない。
当然だ。
悪いことだなんてこれっぽちも思っていないのだから。
小皿に盛りつけられた料理を美味しそうに食べる凜の笑顔が、ただそれだけの、しかしどこか子供っぽい姿に、思わず抱きしめたいほどの愛らしさを覚えた。
「…叫喚地獄と亡者共と同じですよ、これじゃあ」
周りとの騒がしいギャップに、珍しく疲れた顔で酒をたしなむ。
「叫喚地獄?」
「まァ平たく言うと、酒乱の堕ちる地獄です。あそこの16小地獄は全て酒絡みです」
小規模の地獄で、地獄に落ちた亡者の中でもそれぞれ設定された細かい条件(生前の悪事)に合致した者が苦しみを受ける。
その叫喚地獄は全て、飲酒の罪を犯した者が大半だ。
「酒乱の巣窟でしてね……」
「あっ!いた!!大王!鬼灯様!凜様!」
すると、店の戸を開け放って叫喚地獄の獄卒が大声をあげた。
「叫喚地獄の亡者共が雑用係・
「どういうことですか!」
その報告に鬼灯は思わず立ち上がり、獄卒に詰め寄る。
「せっかく更生施設(叫喚地獄)でリハビリ(禁酒)をしていたというのに!」
事情を聞いてみれば、何気なく浮かんだ疑問を白澤が口にし、桃太郎は心中でつっこむ。
「亡者、リハビリやってんの?」
(そして、八岐大蛇は雑用係やってんだ……)
「もう『帰って来たヨッパライ』フルコースでドンチャンベロンベロンです!」
「歌詞は微妙にマッチしていますが地獄で『天国よいとこ』などと歌われては屈辱です!」
「正確だけど、よく解らん分析するな、お前は。コイツも酔ってねーか?」
何かしら自分の中で結論が出たようで、鬼灯は金棒を手に取った。
「鬼灯君、ワシも行くよ」
「大王はどうぞ、ここにいてください。
「…ねぇ鬼灯さん、その中にあたしも入ってますよね?」
「何を言ってるんですか、早くしなさい」
惰性で訊ねた凜は鬼灯の言葉に導かれて、唇を尖らせる。
「鬼灯君……カッコ良く言ってるけど要するに、厄介払い!?」
鬼灯が告げた言葉の意味を、なんとなく想像がついた閻魔はショックを受けた。
「うん、目立つし邪魔!!!」
「閻魔様、行ってきまーす!!」
急遽、補佐官の二人が仕事に駆り出された事態に、桃太郎は声をかける。
「何か手伝いましょうか?」
「あそこの亡者はとにかくタチが悪い!危険ですからついて来なくていいですよ」
「…そう言われると、行きたくなるよね」
急に、悪戯好きな笑みと野次馬を含んだ眼差しを向けられて、桃太郎は目を白黒させた。
《ここよりアルコール類一切持込厳禁!!》との看板が掲げられた先、
『アルコール!!アルコール!!』
亡者達は連呼し、歌えや踊れやのどんちゃん騒ぎだ。
――叫喚地獄。
『酔ってませえん!酔っておらんでござんす!!』
しがらみを忘れて浮かれ出し、拷問を放り出して、良識や羞恥心も忘れて、ひたすら浮かれ、騒ぎ、飲めや歌え、踊り狂っての大騒ぎ。
ある者は着物を脱いで全裸で走り、
――全裸。
ある者は疲れて動けなくなって爆睡し、
――道で寝る。
ある者は朧車の上に乗って仕事を妨害し、
――タクシーの上に乗る。
「王様だ~れだ」
ある者は木の上に登って一人でゲームを始め、
「随分薄いねアンタ、もっと食べなきゃだめだよよお~~」
ある者は幻覚を見る。
――看板に話しかける(プラスおせっかい)。
狂乱としか言いようのない騒乱の現場に到着した鬼灯達。
「……だからついて来るなと言ったでしょう」
「お土産だよお~~」
地獄の秩序がぐちゃぐちゃになった亡者に絡まれ、酒臭い息に顔を歪ませる。
「…酒くさ~…」
「のんでる?」
「…………………………」
到着した直後ですっかり憔悴しきった桃太郎は、黒髪の少女の姿がないことに気づいた。
「……アレ、凜さんの姿が見えませんが……」
少女を探して、三人は愕然とした。
そこには、アルコールを体内に取り込んだ酔っ払い達に取り囲まれる我らがヒロインの姿。
「…人一倍、絡まれてますね」
「あんな美少女が目の前にやってきたら、誰だって浮かれるよ」
想像しがたい苦痛に同情していると、聞き捨てならない発言が加わる。
「……彼女がキレるのも時間の問題ですね」
「え、凜さんって怒ることあるんですか?」
「彼女の場合、キレたら手がつけられない上にSのスイッチが入ってしまうので要注意です」
(ちょっと見てみたいかも……)
鬼神の語る印象を聞いて、ひそかに思った。
そして、今起きている問題について手短に語る。
「ここの亡者の罪自体は『飲酒による悪業』なのですが……本人に記憶がなくて反省しない者が多いのが、ここの嫌な特徴なんです」
「あ~~…自覚がないと人ってへのかっぱですからね~~……」
アルコールの力は絶大で亡者は依然と、
『アル・コール、アル・コール』
と狂ったように繰り返す。
「人の性ってヤツなんでしょうね……この地獄だけはいつの時代も一定以上の人数がいて、減ることがまずありません」
「ロッキンオンジャパンフェスの会場みたいだな~……」
その時、後ろで少女の物凄い悲鳴とガシャガシャ無茶苦茶に斬りまくる騒音が響いた。
揺れる地面の上で、白澤と桃太郎は慌てふためく。
「うわっ!?なんだ」
「地震!?」
彼らにはちょうど、見えなかった。
酔っ払いの群衆、木刀に力を込めて利用されるのなら腕ごと外に、とばかりに細くも力強い腕が突き出されるさまを。
『おおおっ!?』
やがて、一人の少女が舞い降りた。
憤怒と半泣き、双方を合わせた少女を。
「どいつもこいつも酒臭いし、しつこく絡んでくるしべたべた触ってくるし――!!」
周囲の亡者は何が起こったのかわからず騒然としていたが、ようやく一人が我に返った。
「なっ、てめぇやりやがったな!」
いきなり仲間をやられたことに逆上し、少女に掴みかかろうとする。
その少女・凜は必死に酔っ払いを払って、ガサガサになった髪を逆立てて声を荒げた。
「もう許さない!!ひざまずいて泣いて謝っても許さない――!!」
そして最高に不機嫌な顔で、自分を縛りつける亡者を思い切り木刀で吹き飛ばした。
「邪魔ーーーー!!」
なんか凄い大暴れしてます。
この地獄の秩序がぐちゃぐちゃになった空気に全くそぐわない殺伐を垂れ流している。
おかげで、凜の周りには死屍累々と亡者が横たわり、微妙なスペースが空いている。
「お二人は運がいいんですね、絶好調の凜さんが見れるんですから」
そんな凜の活躍っぷり(?)を見て、鬼灯は顎に手を当てた。
「いや、絶好調というより、本気で嫌がってますよ、アレ……かわいそうですよ。助けに行かなくていいんですか?」
「では逆に、あそこに飛び込む勇気がありますか?見境なしに暴れる彼女の餌食にされますよ」
「………勘弁してください」
凜は、電撃作戦で一気に薙ぎ払い、一気に脱出するつもりなのだ。
もたもたしてたら酔っ払いに囲まれて逃げられなくなるからね。
これが、彼女の大荒れの要因の一つ。
「ちなみに『イッキの無理強い』『下戸への強制』。この罪に関しては、高度経済成長期以降、
鼻をつまんだせいか、最後の最後で言葉が濁る。
「あ~~……会社や大学の影響っスかね~~………ま~~、酒豪はカッコイイみたいな風潮ありますしね~~」
「今ここは拡張工事中なんですよ。だから人手が足りなくてこんな事態に……」
「アレッ?そういや、酒を奪われた八岐大蛇は……」
「さっきからそこにいますよ」
さっと彼の後ろを指差せば、悄然と肩を落として傍目にもわかるほどに落胆する、あの八岐大蛇。
「
やつれた大蛇が悲壮感溢れる視線の先には、なんとか鎮圧させようと奮闘する獄卒と、
「コラー」
「コラー」
酒のせいですっかり上機嫌の亡者が浮かれ騒ぎ、取り囲む中心には背の高い
(…あ、コレ、変わった柄の岩じゃなかったのか……)
先程からちらちら見えた模様に、桃太郎は岩かと勘違いしていたが、どうやらこの八つ首の大蛇が八岐大蛇らしい。
「ここは酒類持ち込み一切厳禁なの、貴方もよく知ってるでしょう!」
「おかげでひどい目に遭ったんだからね!」
いつの間にか、鬼灯の隣に立って同じように説教しているのは、なんとか酔っ払いの絡みから抜け出した凜。
酒臭い息と共に絡まれてしまい、心休まらない彼女にとってはまるで地獄のような時間だったのだろう。
「ごめんなさい……どうしても飲みたくて……」
(えらい叱られてる……日本神話の結構な中ボスが……)
人など蟻のように潰せてしまいそうなその巨体。
その先をしゅんと垂れさせながら落ち込むそのさまはなんとも表現し難い可愛らしさがある。
しかし深く反省している様子を見せる彼を鋭く叱りつける鬼灯は全く容赦がない。