第15話

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「最近どうも亡者を逃がす等、甘い者が多いです」

そこのハッとしている君のことですよ、茄子くん。

ワンセグを持ち込んで貞子を取り逃がすから、こういう二度手間になるんです。

しっかり自覚なさい。

鍾乳洞全体へと鬼灯の低い声が反響する中、獄卒達は小声で雑談したり、ありがたくも長ったらしい説教に退屈しているふうであった。

現代っ子世にはばかるである。

そんなわけで例に漏れることなく、朱井 も退屈を持て余していた。

「確かにふむふむ」

あまりに退屈なので、相槌を打つ。

「拷問の仕方もヌルいため亡者もさほど苦しがっておらず、正直見ていられません」

だらしなく椅子に座り、ちくわで亡者を叩くという拷問の様子は、職務怠慢だ。

「本日はまず、昔話からお聞かせします」

鬼灯が獄卒を呼び出した理由は新卒達の再研修ということで昔話を聞かせ、その話から拷問とはなんたるかを教えようということらしい。

「昔話って…」

「子供じゃあるまいし」

「むかあしむかし」

昔話を聞かされる獄卒の顔たるや。

クスクスと笑い、吹き出す者もいた。

はそれを不愉快とは思わなかった。

今さら昔話を聞かされると知ったら、誰だって笑うだろう。

考え方は人……鬼それぞれだ。

だがそれは、鬼灯にとって見過しにできないものだった。

呆れた表情、おかしげに交わされる話し声。

そもそも彼らには、自分達が失礼な真似をしたという自覚がなかった。

さん」

「はい」

だから彼らは特に心構えもなく、眉間に皺を寄せた表情に隠された思惑に気づかなかった。

木刀を思い切り地面に打ちつければ、私語が多かった獄卒がシーンと静かになる。

「そんな昔話より、アンタらの拷問は温いと言ってるの。笑えないのは、アンタらのその態度」

たじろいだ顔を見せたのは、屈辱だったに違いない。

しかし、それも致し方のないことだった。

何故ならそこには、絶対零度の眼差しを送る女王が降臨していた。

冷ややかという生易しい存在感ではない。

ツンと澄ました表情、と言えば月並みだが、その月並みな表情が白澤に覚悟させたこともあるのだ。


(詳しくは第4話を読んでね)


まだあの時――笑顔のままで黒いオーラを纏う――のレベルにはほど遠いが、初見の獄卒が平静を失ったとしても恥にはならないプレッシャーを放っていた。


――声ちっさっ!?


――自信薄で声ちっさっ!?


――もっと頑張れよ自分!


――張り上げろよ自分、ない勇気振り絞れよ、自分!!


対するは動悸からの震えを必死に押さえ、緊張に潤む目を伏せて、なんとか誤魔化していた。

「なんだと!?元亡者のくせに生意気な」

獄卒の声が震えていたのは、恐れではなく怒りの故だった。

彼はに気圧されている自分に腹を立てていた。

「あまり彼女を怒らせないでください。これはほんの序の口です、侮るなかれです」

「ちょっ、変なイメージ植えつけないでくださいよ。あたしより鬼灯さんの方がよっぽど怖いじゃないですか」

「ほら見なさい、機嫌を損ねてしまった。今暴言を吐いた人は土下座して謝りなさい。本当のことでも言ってはいけないんですよ」

「いやアンタが一番、あたしの機嫌を損ねてる発言してるから」

「話が逸れてしまいましたね。では」

絵本を取り出し、語り手・地獄の官吏鬼灯による、かちかち山の始まり始まり。







鬼灯が狸役、が兎役とあらかじめ配役が決まっており、絵本を朗読する。

物語は順調に進む。

やがて終盤に差しかかり、兎はおばあさんを殺した狸への復讐に燃えていた。


――前を歩く狸が背負う柴に、兎は石を擦り合わせた摩擦から火をつける。


「かちかち、かちかち。『うさぎどん、この音は何だい?』」

「『かちかち鳥さ。かちかち山に住む鳥だよ』」

狸の役柄の他に、文章を読み上げるのも鬼灯。

眉間に皺を寄せた表情で淡々と言葉を紡ぐ。

「うさぎは狸の背負しょっている柴に火をつけました」


――徐々に伝わってくる火の熱さに狸は汗を浮かべて訊ねるが、兎は素知らぬ振りをする。


「ぼうぼう、ぼうぼう。『うさぎどん、この音は何だい?』」

「『ぼうぼう鳥さ』」

保育士やナレーションはそりゃあもう優しい声音で読み聞かせてくれるのに、この人が読むと最初から最後まで怖すぎて仕方ない。

「――次の日、うさぎは、火傷したたぬきの背中に薬だと言って……辛子からし味噌をごってり塗り込みました」

台詞も見事に棒読みを貫き、淡々と物語が進められる。

それが余計に恐怖を煽った。

「助けて!助けて!泥の船が崩れていく!」

「さぁたぬきどん、このかいに掴まって!」


――そういいながら、うさぎは櫂でたぬきを叩きました。


――やがてたぬきは力尽き、沼の底へ沈んで死んでしまいました。


語りを終えた頃には、洞窟内に静寂が訪れた。

獄卒達は食い入るように見つめ、息をひそめて最初から最後まで怖すぎる話と鬼灯の語りに震え上がる。

(改めて読むと凄まじい物語。みんな顔面蒼白だ)

鬼灯は締めるように絵本を閉じる。

「悪因悪果、天網恢恢。これが地獄で最も大切なことです」

「…結構凄まじいというか……」

「昔話とは凄まじいものです。そもそもこの狸は、きねでお婆さんを殺した上、お婆さんの肉で作った汁物をお爺さんに食わせたのですよ。そんなもの、示談で済みますか?」

本当は怖い昔話の知られざる事実を鬼灯は平然と口にし、後戻りのできない後悔が獄卒を襲う。

「だけど、あえて読み解くことでまた違った一面が見えるから面白いね。勇気と覚悟がなければ読めない話で、その大半がエログロだったり、不条理すぎる結末が余計に怖かったり」

彼女の言葉の重さに押し潰されそうになりながら、彼らは耳を傾ける。

凛々しいの顔は、ひどく凄みのある美貌に見えた。

それこそ、閻魔の第二補佐官という事実が違和感なく受け入れられるほどに。

「まぁグリム童話の原作と比較すれば、その改変はたくさん見受けられますよ。シンデレラや白雪姫などは特にそうでしょう。それを改善と見るか改悪と見るかは人次第ですが」

「グリム童話は勧善懲悪を下敷きにしていますからね。悪は完璧な悪役にして、一方の主人公を完全な善とする。だからこそ主人公がどのような仕打ちをしても、あまり悪役に同情はしないでしょう」

さすがさん、と凛々しい少女の内側から滲み出る凄艶さに感嘆し、鬼灯は意識を戻した。

「最近の絵本だと、残酷な部分を割愛したものが多いですが……この狸が残酷なことをしていないと今度は兎の報復の仕方が酷すぎることになるんです」

昔のお伽噺は、徹底して残酷な話を書いているものが多い。

それは当時の子供向けだったのだろうが、今ではそれすら酷いということで残酷なシーンはほとんどカットされている。

しかし、それはそれで弊害が起きる。

鬼灯が読んだかちかち山などは、まさにその代表だろう。

「それでは、本末転倒です。泥船を作っている時の兎は、どんな気持ちだったのか……」

昔話の残酷さが必要不可欠な理由を語り尽くしたところで、それに登場した兎を紹介した。

「皆さんもよく考えてみてください。地獄とはまさに、このためにあるのです。そんな訳で、そのうさぎどんに来てもらっています」

鬼灯の紹介を受けて、

「いや~、どうも、ハハハ」

照れくさそうに現れた兎に、獄卒は先程の昔話を思い出して戦慄する。

真っ青になる獄卒とは対照的に、はその可愛らしさにときめいた。

「わっ、普通に可愛い」

「うさぎどんは現在、獄卒として活躍しています」

彼女こそ今日の特別講師であり、如飛虫堕処に勤める兎獄卒の芥子だ。

「芥子といいます、以後お見知りおきを。じわじわ報復する、それがモットーであります」

「聞きましたか?素晴らしい見上げた根性です」

見かけの可愛さではあり得ない、恐ろしい復讐の言葉を紡ぐ。

「…じわじわくる可愛さですね」

拍手が湧いた。

満場の、と表現するには手を叩いている者が鬼灯との二人しかいなかったが。

「私は思うのです。今の世にこそ、ハンムラビ法典のような精神が……」

目には目で、歯には歯で……というフレーズで有名な、復讐を認める野蛮な規定の典型と解されたりすることが一般的である。

「あ、草」

素晴らしい演説最中に草を見つけてしまい、脇目も振らず食べにいく芥子。

「まあ基本は兎ですから、大目に見てやってください」

教壇(岩)に寝っ転がり、芥子は下品な単語を発した。

「まあまあ、皆さんも一服どうぞ。あ、それともう○こ食べます?」

「今、多くの方が引かれたと思いますが、兎は食糞しょくふんの習慣があるんです」

鬼灯の説明がなければ確実にドン引きされるところだが、芥子は構わず糞を差し出した。

「この丸いのはもう十分栄養をしぼり切ったヤツなので食べません」

「こらこら、レディーがう○こ持ったりするもんじゃありません」

「あ、メス?」

意外なことに性別がメス(女)だということがわかり、獄卒はその可愛らしさに表情を緩ませる。

「でも思ったより、謙虚だな」

「報復の仕方考えると、もっと怖い奴想像してたよ」

彼女の謙虚な姿勢のおかげか、みんなも段々と親しみを感じてきたようだ。

確かにかちかち山の報復話だけを聞くと、怖いと感じるのも仕方ないと思う。

「ヤですよ、そんなもう過去のことですもの。今は仕事一筋ですよ」

ぴょんぴょん飛び跳ねる芥子の腰に提げてあったベルトから、何かが落ちた。

「あ、何か落としたよ」
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