第11話
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仙桃宣伝に選ばれた農園で、キャンペーンガールを撮影していたスタッフが声をあげる。
「はーい、撮影終了。お疲れ様でーす」
撮影が終わった直後、農園の持ち主であり、傍で控えていた白澤が近寄ってきた。
「お疲れ様ー。かわいいポスターになるといいね」
「あっどうもー。撮影協力、ありがとうございます!」
「よかったら薬膳でも食べに行かない?」
「えー、食べたーい」
「まあボクは食べたいものが違う訳だけど」
興味を示す女性の肩に手を置き、こんな台詞を本気で言う白澤は天性のたらしというか、もう一線を飛び越えてただのバカ、しかしそれでもそれなりに見れるのは見た目のよさのため。
美形は得だが、これでバカでなかったらもっとモテていたに違いない。
「ええ…何この人、逆に潔い……」
ナンパされた女性は驚いたような顔で言った。
そんな二人を、木の茂みから爛々と輝く眼がじっと見つめていた。
後日、雑誌に掲載された文章に目を通した女性は顔を歪めて激怒した。
「小判ッ!この顔だけ野郎!!何コレ!?変なこと書くなってあれほど言っただろうが!!テメー、三味線にしてやろうか!?何とか言え、ゲスライター!!」
少なくとも美少女が出してはいけないものがたくさん分泌している。
殺気とか、怒気とか、憎悪とか、敵意とかなんかそんな感じのやつ。
「………………」
怒りの矛先を向けられた、尾が二つにわかれた猫又は必殺の上目遣い+猫なで声で謝る。
「…ごめんニャさい……」
「………………」
可愛らしさ全開の謝罪に、女性は毒気が抜かれたように軽い頭痛を覚えて頭を抱えた。
「…何のためにアンタと付き合って(飼って)たんだか……ねェ、アンタにとってアタシって何?」
「モンプチ?」
「エサかよ。ピーチ・マキは清純派で売ってんのよ!?」
仙桃のキャンペーンガールである彼女の名は、ピーチ・マキ。
背はあまり高くないが、つぶらで大きな瞳以外の顔のパーツは小ぶりで、清楚な雰囲気を漂わせている。
雑誌記者の猫又・小判は鰹節をくわえておどけた調子で言う。
「いーじゃねーのさァ。アンタみてェな新人は、良くも悪くも話題にならニャア。読者だってバカじゃニャーで、ゴシップなんざ本気で信じる奴ァいねェよ。話題になるだけいいってもんニャイ」
「話題によるわッッ!!」
「ピーチ・マキって芸名もある意味、話題になってるぞ」
「アンタから得たものなんて肉球と毛の感触くらいよ!」
「結構満喫してたじゃねェか」
「金輪際、アタシに近づくな!」
「別にええよ。芸能人のゴシップもマンネリだしニャ~~」
「あっそ」
怒りの収まらないマキは部屋を出る。
それを呑気に見送った小判の耳に、部屋に備えつけられたテレビから記者会見が届いた。
≪…現世のネット犯罪増加に伴い、地獄法の改正については…≫
会見席には鬼灯が座っていて、記者陣の声とカメラのフラッシュがたかれる。
≪…中国との会談への意気込みをどうぞ≫
堂々とした鬼灯がマイクをへし折って意気込みを語る。
≪このくらい強く出ます≫
≪…イヤ、もう少し穏便に……≫
≪最近、視察への検討をされている所などは…≫
≪猫カフェです。一度行ってみたい≫
≪…イヤ、そういうことでなくて……≫
回答に困惑する記者陣。
いつしか、小判の丸い目は鬼灯に注がれていた。
「……………」
≪会見は以上です≫
閻魔殿に残された凜は、彼から託された(押しつけられた)書類に奮戦していた。
「うー、鬼灯さんめ……テレビ局に行かないからって、こんなにも仕事を与えなくても……」
「ははははは。一緒に行けば、鬼灯君も少しは機嫌がよくなって会見にも華があったのになぁ」
閻魔は笑って言うが、凜にはテレビ局に行けない理由があった。
――あたし、カメラとか直視できねぇ…!
――噛むって、絶対噛むってあたし!
(だっ…大丈夫か、心臓。今、ビクッってなったぞ!おおおお落ち着け心臓とその持ち主、あたし!)
想像しただけで緊張する凜の横顔を見つめて、ぽつりとつぶやく。
「……凜ちゃんが来てから、何もかも変わったなぁ……」
「――閻魔様は、鬼灯さんの変化に戸惑ってるんですか?」
まるで内心を見透かしたかのように、凜が問いかけてくる。
「まるで人格が変わったみたいですからね。人が変わるのに、必ずしも時間は重要ではないということかもしれませんね。ただこれは"変化"というより"再生"という呼び名の方がふさわしいと思ってます。感情の欠けた彼の時計が『一目惚れ』というスイッチを押したことで動き始めたという意味の"再生"です」
言葉を返さなければと、
「えっと……」
と慌てて口を開いてみたものの、閻魔は続く言葉が思い浮かばない。
その直後、凜は瞳を悪戯っぽく眇めて微笑む。
「――現状では、あたしの興味は恋愛に向いていません。今のところ、この地獄で興味と好奇心がいっぱいです」
「ところで凜ちゃん、噂は本当なの?」
「噂ってなんですか?」
「鬼灯君が告白して、凜ちゃんがフッたって」
「もう広まってるんですね」
「えぇっ!?まさかの事実!?」
「フッたと言ってもいっこうに諦めてないですよ、鬼灯さんは。だから宣告したんです。あたしを惚れさせてみろって」
「えっ…じゃあ、凜ちゃんは好きだとわかって……」
「正解したご褒美にチョコを一つ。今日のチョコはアーモンドですよ」
「あ……ありがとう」
閻魔は涼しげな表情をまじまじと見つめる。
彼女から手渡されたチョコレートはありがたく受け取っておく。
いつの間にか凜の横には鬼灯が立っていた。
会話に夢中で気づかなかったのだ。
凜と楽しげに会話して、チョコレートを受け取る場面をばっちり目撃している。
「はい、鬼灯さん!あたしはノルマをクリアしました!用事を思い出したので、ちょっと出かけてきまーす!」
亜麻色の髪とスカートを翻して逃げ出す凜の、呆然と見送った閻魔に、
「閻魔大王。抜け駆けという言葉……知ってますか?」
鬼灯の始まるお説教と、書類の追加の命令をコンボでくらうことになるのだった。
「ふー、危なかった」
咄嗟に思いついた嘘でその場をやり過ごし、凜は通路を歩く。
「さて、これからどうしようかなぁ。確かに惚れさせてみろっては言ったけど、相変わらずのセクハラだし……うーん、どうしたものか……」
朱井 凜という、妙にいい場所を占め、いい知恵を持つ少女は、しかしどういうわけか恋愛にだけは冗談のように疎かった。
というより、端から見ていてモヤモヤするほどに煮え切らない性格だった。
余人の羨む好意を寄せられながら(もはやこれは周知のこととなっていた)、決めることができない。
(あっ)
誰かに相談できないかと思った途端、
(そうだ)
全く今さらのように気づいた。
自分の煩悶に答えてくれる人物(?)が、最も近くにいたのではないか、と。
息の合った地獄の門番で、恋愛相談を投げかけてくれた。
(聞いてみよう……何か、アドバイスをくれるかも)
決意を表すように髪を掻き上げてから、歩む歩調を速めて自然と小走りになる。
「『小判』。『猫又社』『週刊三途之川、専属記者』」
差し出された名刺を読み上げ、鬼灯は冷たくあしらう。
「何の用ですか。貴方は報道部じゃないでしょう。ゴシップ誌に会見することは一つもありませんよ」
「イーエ、イエ。そんな堅苦しいもんじゃござんせん」
鬼灯の後をついて、足元にすり寄る小判は諦めない様子。
「『鬼灯様の一日密着!』い~でしょォ?やらせてくだせぇ」
「もう密着してますが……」
「それとも猫はお嫌いですか?」
首の下を撫でられ、
「にゃ…にゃふっ」
ゴロゴロと喉を鳴らす。
すると、鬼灯は眉間に皺を寄せ、残念そうな顔をした。
「…いえ、猫は好きなのですが……うち、金魚いるから……」
「そんな、小学生が猫拾った時のよーな反応せんでくだせえ」
――段ボールに入った捨て猫を発見した小学生の一人が、
「なーー、どうしよう、ケンちゃん。飼ってよ」
「えーっ、うちは魚がいるからダメだよ!」
――友達に頼むが、もうペットがいるからの口実で断られる。
付きまとう小判の存在にいい加減焦れていると、足を止めた。
色素の薄い髪を艶やかに伸ばし、赤いリボンで結っている。
腰の高さが他の少年少女とはまるで違う、すらりとした身体にアレンジされた着物がよく似合っていた。
「――この書類を鬼灯さんに渡せばいいんですね」
「ありがとうございます、助かります!」
凜が獄卒から書類を受け取って話している。
当初は凜という特異な存在を腫れ物に触れるように扱っていた獄卒達も、最近では慣れて、尊重しつつも過度な好奇は持たなくなっていた。
寂しさと不愉快さを混ぜたような、嫌な気持ちを湧き上がらせながらも、鬼灯は我慢した。
(彼女のことを何も知らないくせに)
と、その獄卒が調子に乗って凜に食事の誘いを、
(――この!?)
「あ、鬼灯様!」
後ろから小判の声が聞こえた途端、
「鬼灯さん!?」
いつしか駆け寄って凜を背に隠した鬼灯は――獄卒が誘いを忘れたほどに――二人の間に割って入っていた。
「昼休みが何ですって?」
「昼休みも働きます!」
後ろから忽然と現れた鬼灯に獄卒の顔が強張り、退散していった。
鬼灯は小さく吐息をつくと、驚く凜へと注意する。
「何をしてたんですか。さっさと断ればいいものを」
「しようとしましたよ。でも、いきなり後ろから鬼灯さんが現れて、先に断ったじゃないですか。びっくりして忘れちゃいましたよ」
「それは……」
彼女が悪くないということは鬼灯も理解していた。
しかし恋のライバルが増えては、いくら凜が惚れても元も子もない。
「鬼灯さん……?」
月明かりの下、自分を惚れさせてみろと宣言した約束。
今そのことに、自分でも意外なほどに怒りを感じていた。
正確には、怒りを感じている自分を彼女に見せつけて困らせたいと思っていた。
要するに、拗 ねているのである。
その時、後ろから小判が追いついて訊ねる。
「鬼灯様、あのー、その方は?」
「あ、猫……ん?」
振り返った凜の目に、小判の姿が飛び込んできた。
「尻尾が二つに分かれてる……ってことは猫又?」
「第二補佐官の朱井凜さんです。雑誌の記者ですよ、名刺もあります」
この二つの質問に、小判に対しては少女を紹介して、凜には名刺を見せて答える。
すると、凜は鬼灯の傍にぐっと近づく。
「…週刊誌の雑誌記者?」
彼女の美貌が近く、ふわり、と甘い香りが女っぽく漂ってくる。
凜は割と、男女の距離感に無頓着だ。
「…………」
距離を取ってから、鬼灯は気づいた。
猫又の視線がおかしい。
小判は『まさに美男美女!』とスクープに目を輝かせている。
「貴方が亡者で第二補佐官の朱井凜様ですかにゃ!」
(にゃ?)
「いや~~、まさか本物に会えるとは光栄でさァ。噂では若くて美人と広まってますが、実物は噂以上っスね~」
とにかく褒めちぎる小判に、凜は困った笑みを浮かべる。
「そんなに話題が欲しいのなら、奪衣婆の奪衣(ヌード)でも載せればいいでしょう」
だからって奪衣婆のヌードを勧めるのはどうかと思うが。
あまりにもホラーすぎる投げやり提案だ。
「投げやりにも程がある提案しないでくだせえよ。もはやホラーでしょ」
「まさか、熟女に興味が?」
「失敬な、若い果実が大好きです」
部下から『え、そんな趣味が!?』と言われて、自分の名誉のために反論する。
「頼んますって。そのご面相なら、巻頭もイケますって!」
「貴方、いささかおべっかが過ぎますね」
「イーエイエ。民衆はみ~んな鬼灯様が好きでさァ!」
「さあ、どうでしょうね」
どのような美辞麗句を並べたところで、鬼灯が素直に要望に応えるとは思えない。
それよりも、彼の言動に違和感を感じていた。
(……そういえば、今日は何か鬼灯さんに違和感を感じる。何だろう……いつもならここで……)
しばらく考え込んでいたが、違和感の正体に気づいてハッとする。
「はーい、撮影終了。お疲れ様でーす」
撮影が終わった直後、農園の持ち主であり、傍で控えていた白澤が近寄ってきた。
「お疲れ様ー。かわいいポスターになるといいね」
「あっどうもー。撮影協力、ありがとうございます!」
「よかったら薬膳でも食べに行かない?」
「えー、食べたーい」
「まあボクは食べたいものが違う訳だけど」
興味を示す女性の肩に手を置き、こんな台詞を本気で言う白澤は天性のたらしというか、もう一線を飛び越えてただのバカ、しかしそれでもそれなりに見れるのは見た目のよさのため。
美形は得だが、これでバカでなかったらもっとモテていたに違いない。
「ええ…何この人、逆に潔い……」
ナンパされた女性は驚いたような顔で言った。
そんな二人を、木の茂みから爛々と輝く眼がじっと見つめていた。
後日、雑誌に掲載された文章に目を通した女性は顔を歪めて激怒した。
「小判ッ!この顔だけ野郎!!何コレ!?変なこと書くなってあれほど言っただろうが!!テメー、三味線にしてやろうか!?何とか言え、ゲスライター!!」
少なくとも美少女が出してはいけないものがたくさん分泌している。
殺気とか、怒気とか、憎悪とか、敵意とかなんかそんな感じのやつ。
「………………」
怒りの矛先を向けられた、尾が二つにわかれた猫又は必殺の上目遣い+猫なで声で謝る。
「…ごめんニャさい……」
「………………」
可愛らしさ全開の謝罪に、女性は毒気が抜かれたように軽い頭痛を覚えて頭を抱えた。
「…何のためにアンタと付き合って(飼って)たんだか……ねェ、アンタにとってアタシって何?」
「モンプチ?」
「エサかよ。ピーチ・マキは清純派で売ってんのよ!?」
仙桃のキャンペーンガールである彼女の名は、ピーチ・マキ。
背はあまり高くないが、つぶらで大きな瞳以外の顔のパーツは小ぶりで、清楚な雰囲気を漂わせている。
雑誌記者の猫又・小判は鰹節をくわえておどけた調子で言う。
「いーじゃねーのさァ。アンタみてェな新人は、良くも悪くも話題にならニャア。読者だってバカじゃニャーで、ゴシップなんざ本気で信じる奴ァいねェよ。話題になるだけいいってもんニャイ」
「話題によるわッッ!!」
「ピーチ・マキって芸名もある意味、話題になってるぞ」
「アンタから得たものなんて肉球と毛の感触くらいよ!」
「結構満喫してたじゃねェか」
「金輪際、アタシに近づくな!」
「別にええよ。芸能人のゴシップもマンネリだしニャ~~」
「あっそ」
怒りの収まらないマキは部屋を出る。
それを呑気に見送った小判の耳に、部屋に備えつけられたテレビから記者会見が届いた。
≪…現世のネット犯罪増加に伴い、地獄法の改正については…≫
会見席には鬼灯が座っていて、記者陣の声とカメラのフラッシュがたかれる。
≪…中国との会談への意気込みをどうぞ≫
堂々とした鬼灯がマイクをへし折って意気込みを語る。
≪このくらい強く出ます≫
≪…イヤ、もう少し穏便に……≫
≪最近、視察への検討をされている所などは…≫
≪猫カフェです。一度行ってみたい≫
≪…イヤ、そういうことでなくて……≫
回答に困惑する記者陣。
いつしか、小判の丸い目は鬼灯に注がれていた。
「……………」
≪会見は以上です≫
閻魔殿に残された凜は、彼から託された(押しつけられた)書類に奮戦していた。
「うー、鬼灯さんめ……テレビ局に行かないからって、こんなにも仕事を与えなくても……」
「ははははは。一緒に行けば、鬼灯君も少しは機嫌がよくなって会見にも華があったのになぁ」
閻魔は笑って言うが、凜にはテレビ局に行けない理由があった。
――あたし、カメラとか直視できねぇ…!
――噛むって、絶対噛むってあたし!
(だっ…大丈夫か、心臓。今、ビクッってなったぞ!おおおお落ち着け心臓とその持ち主、あたし!)
想像しただけで緊張する凜の横顔を見つめて、ぽつりとつぶやく。
「……凜ちゃんが来てから、何もかも変わったなぁ……」
「――閻魔様は、鬼灯さんの変化に戸惑ってるんですか?」
まるで内心を見透かしたかのように、凜が問いかけてくる。
「まるで人格が変わったみたいですからね。人が変わるのに、必ずしも時間は重要ではないということかもしれませんね。ただこれは"変化"というより"再生"という呼び名の方がふさわしいと思ってます。感情の欠けた彼の時計が『一目惚れ』というスイッチを押したことで動き始めたという意味の"再生"です」
言葉を返さなければと、
「えっと……」
と慌てて口を開いてみたものの、閻魔は続く言葉が思い浮かばない。
その直後、凜は瞳を悪戯っぽく眇めて微笑む。
「――現状では、あたしの興味は恋愛に向いていません。今のところ、この地獄で興味と好奇心がいっぱいです」
「ところで凜ちゃん、噂は本当なの?」
「噂ってなんですか?」
「鬼灯君が告白して、凜ちゃんがフッたって」
「もう広まってるんですね」
「えぇっ!?まさかの事実!?」
「フッたと言ってもいっこうに諦めてないですよ、鬼灯さんは。だから宣告したんです。あたしを惚れさせてみろって」
「えっ…じゃあ、凜ちゃんは好きだとわかって……」
「正解したご褒美にチョコを一つ。今日のチョコはアーモンドですよ」
「あ……ありがとう」
閻魔は涼しげな表情をまじまじと見つめる。
彼女から手渡されたチョコレートはありがたく受け取っておく。
いつの間にか凜の横には鬼灯が立っていた。
会話に夢中で気づかなかったのだ。
凜と楽しげに会話して、チョコレートを受け取る場面をばっちり目撃している。
「はい、鬼灯さん!あたしはノルマをクリアしました!用事を思い出したので、ちょっと出かけてきまーす!」
亜麻色の髪とスカートを翻して逃げ出す凜の、呆然と見送った閻魔に、
「閻魔大王。抜け駆けという言葉……知ってますか?」
鬼灯の始まるお説教と、書類の追加の命令をコンボでくらうことになるのだった。
「ふー、危なかった」
咄嗟に思いついた嘘でその場をやり過ごし、凜は通路を歩く。
「さて、これからどうしようかなぁ。確かに惚れさせてみろっては言ったけど、相変わらずのセクハラだし……うーん、どうしたものか……」
朱井 凜という、妙にいい場所を占め、いい知恵を持つ少女は、しかしどういうわけか恋愛にだけは冗談のように疎かった。
というより、端から見ていてモヤモヤするほどに煮え切らない性格だった。
余人の羨む好意を寄せられながら(もはやこれは周知のこととなっていた)、決めることができない。
(あっ)
誰かに相談できないかと思った途端、
(そうだ)
全く今さらのように気づいた。
自分の煩悶に答えてくれる人物(?)が、最も近くにいたのではないか、と。
息の合った地獄の門番で、恋愛相談を投げかけてくれた。
(聞いてみよう……何か、アドバイスをくれるかも)
決意を表すように髪を掻き上げてから、歩む歩調を速めて自然と小走りになる。
「『小判』。『猫又社』『週刊三途之川、専属記者』」
差し出された名刺を読み上げ、鬼灯は冷たくあしらう。
「何の用ですか。貴方は報道部じゃないでしょう。ゴシップ誌に会見することは一つもありませんよ」
「イーエ、イエ。そんな堅苦しいもんじゃござんせん」
鬼灯の後をついて、足元にすり寄る小判は諦めない様子。
「『鬼灯様の一日密着!』い~でしょォ?やらせてくだせぇ」
「もう密着してますが……」
「それとも猫はお嫌いですか?」
首の下を撫でられ、
「にゃ…にゃふっ」
ゴロゴロと喉を鳴らす。
すると、鬼灯は眉間に皺を寄せ、残念そうな顔をした。
「…いえ、猫は好きなのですが……うち、金魚いるから……」
「そんな、小学生が猫拾った時のよーな反応せんでくだせえ」
――段ボールに入った捨て猫を発見した小学生の一人が、
「なーー、どうしよう、ケンちゃん。飼ってよ」
「えーっ、うちは魚がいるからダメだよ!」
――友達に頼むが、もうペットがいるからの口実で断られる。
付きまとう小判の存在にいい加減焦れていると、足を止めた。
色素の薄い髪を艶やかに伸ばし、赤いリボンで結っている。
腰の高さが他の少年少女とはまるで違う、すらりとした身体にアレンジされた着物がよく似合っていた。
「――この書類を鬼灯さんに渡せばいいんですね」
「ありがとうございます、助かります!」
凜が獄卒から書類を受け取って話している。
当初は凜という特異な存在を腫れ物に触れるように扱っていた獄卒達も、最近では慣れて、尊重しつつも過度な好奇は持たなくなっていた。
寂しさと不愉快さを混ぜたような、嫌な気持ちを湧き上がらせながらも、鬼灯は我慢した。
(彼女のことを何も知らないくせに)
と、その獄卒が調子に乗って凜に食事の誘いを、
(――この!?)
「あ、鬼灯様!」
後ろから小判の声が聞こえた途端、
「鬼灯さん!?」
いつしか駆け寄って凜を背に隠した鬼灯は――獄卒が誘いを忘れたほどに――二人の間に割って入っていた。
「昼休みが何ですって?」
「昼休みも働きます!」
後ろから忽然と現れた鬼灯に獄卒の顔が強張り、退散していった。
鬼灯は小さく吐息をつくと、驚く凜へと注意する。
「何をしてたんですか。さっさと断ればいいものを」
「しようとしましたよ。でも、いきなり後ろから鬼灯さんが現れて、先に断ったじゃないですか。びっくりして忘れちゃいましたよ」
「それは……」
彼女が悪くないということは鬼灯も理解していた。
しかし恋のライバルが増えては、いくら凜が惚れても元も子もない。
「鬼灯さん……?」
月明かりの下、自分を惚れさせてみろと宣言した約束。
今そのことに、自分でも意外なほどに怒りを感じていた。
正確には、怒りを感じている自分を彼女に見せつけて困らせたいと思っていた。
要するに、
その時、後ろから小判が追いついて訊ねる。
「鬼灯様、あのー、その方は?」
「あ、猫……ん?」
振り返った凜の目に、小判の姿が飛び込んできた。
「尻尾が二つに分かれてる……ってことは猫又?」
「第二補佐官の朱井凜さんです。雑誌の記者ですよ、名刺もあります」
この二つの質問に、小判に対しては少女を紹介して、凜には名刺を見せて答える。
すると、凜は鬼灯の傍にぐっと近づく。
「…週刊誌の雑誌記者?」
彼女の美貌が近く、ふわり、と甘い香りが女っぽく漂ってくる。
凜は割と、男女の距離感に無頓着だ。
「…………」
距離を取ってから、鬼灯は気づいた。
猫又の視線がおかしい。
小判は『まさに美男美女!』とスクープに目を輝かせている。
「貴方が亡者で第二補佐官の朱井凜様ですかにゃ!」
(にゃ?)
「いや~~、まさか本物に会えるとは光栄でさァ。噂では若くて美人と広まってますが、実物は噂以上っスね~」
とにかく褒めちぎる小判に、凜は困った笑みを浮かべる。
「そんなに話題が欲しいのなら、奪衣婆の奪衣(ヌード)でも載せればいいでしょう」
だからって奪衣婆のヌードを勧めるのはどうかと思うが。
あまりにもホラーすぎる投げやり提案だ。
「投げやりにも程がある提案しないでくだせえよ。もはやホラーでしょ」
「まさか、熟女に興味が?」
「失敬な、若い果実が大好きです」
部下から『え、そんな趣味が!?』と言われて、自分の名誉のために反論する。
「頼んますって。そのご面相なら、巻頭もイケますって!」
「貴方、いささかおべっかが過ぎますね」
「イーエイエ。民衆はみ~んな鬼灯様が好きでさァ!」
「さあ、どうでしょうね」
どのような美辞麗句を並べたところで、鬼灯が素直に要望に応えるとは思えない。
それよりも、彼の言動に違和感を感じていた。
(……そういえば、今日は何か鬼灯さんに違和感を感じる。何だろう……いつもならここで……)
しばらく考え込んでいたが、違和感の正体に気づいてハッとする。