第10話
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凜がお香と友達になってから数日が経過――。
「――え、運動会?」
甘味処で団子を食べる、色素の薄い髪を結わえた美少女・凜は目を丸くした。
話題は、来たるべき運動会に関する話し合い。
「そうよ。凜ちゃんは初めてよね」
「はい。初めて聞きました」
予想はしていたものの、親友に教えられることにお香は微笑む。
「まあ、やってることは現世と同じかもしれないわね。この運動会も今年で100回目だから、一工夫加えるかもって小耳にはさんだの」
「一工夫……?」
「ちなみに、今年の大会委員長は鬼灯様らしいわよ」
「げ」
乙女にあるまじき顔と言葉で嫌そう(鬼灯限定)に反応する凜。
「運動会ってイベントだけでも苦手なのに、そこに鬼灯さんまで加わるなんて……」
「あら、こうゆうイベント苦手なの?」
「苦手とゆーか、みんなで協力とか一致団結とか……そーゆー重圧は避けたいんです」
できれば、やりたくない。
人に押しつけてでもいいから、とにかく回避したい……というほど身勝手でもないが、可能性は極力減らしたい。
そんな真意が透けて見える。
「ふふ」
口許を押さえて笑うお香の横で、凜は怪訝そうに眉を寄せた。
「――ん?でも鬼灯さん、一回もあたしに参加するようにとは言わなかったような……あれ?」
大胆に接してくる鬼灯が、最近は傍に来たり話しかけたりもしない。
微妙な人間関係を持て余し気味だった。
まるで、来たるべき日のために感情を隠している――。
唐突にそんな気がして、考え込む。
「やっぱり何かかみ合ってない感じだ……」
「え?」
「何でもありません」
思わず聞き返され、凜ははぐらかすように笑みを向けた。
二分だけ悩んだ後、気持ちは決まった。
非常時には非常の行動をとるべし。
あまり大っぴらには公言できない信念にもとづいて、行動に踏み込む凜であった。
針山には色とりどりの旗がはためき、空気砲の音が響く。
今日は獄卒大運動会。
≪――これより獄卒大運動会を開催したいと思います。それでは開催にあたり、最初に閻魔大王からの挨拶です≫
壇上に上がった閻魔が演説を始める。
「諸君、今年もこの大会がやってきました。獄卒大運動会。新卒も先輩も一丸となって楽しんでください」
ざわざわと一斉に、まばらな拍手を混ぜた歓声が湧いた。
運動会にもかかわらず、鬼灯はいつもの着物姿でハチマキだけを頭に巻いている。
「さーてあとはゆっくり観戦しよう。凜ちゃん、大丈夫?」
「全然大丈夫じゃありません。もの凄い緊張しました」
そう告げるのは、先程マイクを通してアナウンスする凜である。
司会進行や運営を大会委員長が務めるのが慣例なのだが、地獄での評価が高い凜がアナウンスに選ばれた。
「まあ、初めての運動会だからリラックスして観戦してね。今年は鬼灯君が大会委員長だっけ?」
大会委員長の彼は閲覧席で観戦を決め込み、凜も同じようにハチマキのみを巻いて場内のアナウンスや勝敗の記録をつける。
「はい。まあ、この運動会も今年で100回目。ベテランは飽きていると思うので……一工夫加えるのに苦労しました」
「本当?どんなのだろ、楽しみだね」
「凜さん『スポーツは筋肉』だと思っていませんか?」
「うん。たいていの人がそう思ってるはずだよ」
「『スポーツは筋肉』と思っている方も多いですからね。そこから見直しました」
途端に鋭くなった鬼灯の眼差しに、凜は天を仰いだ。
――ダメだ、この運動会、なんか一波乱あるかも。
競技まで少し時間があるので歩いていると、備品のチェックをしたり、自分の勝敗を賭ける者、運動が苦手と言って端の方で憂鬱な顔をしている者と様々だ。
「あっ、凜ちゃーん」
白澤が凜めがけて抱きつかんと走ってきた。
凜はこれをさっと避け、白澤は勢いそのまま地面に激突する。
そこに、上司を捜しにやって来た桃太郎が駆けつける。
「凜さん、白澤様を見かけませ…大丈夫ですか?」
言って、うつぶせで倒れている白澤の身体を揺らす。
「そんな心配いらないよ、すぐ起き上がるから」
凜は髪を掻き上げて、意にも介さない様子で言った。
「んで、桃太郎の方も観戦?」
「どっちかというと、救護班で……」
説明の途中で、白澤がむっくりと起き上がった。
「ケガしたんなら、僕のところへおいでよ。隅々まで診てあげるから」
「その言い草からすると、女子歓迎、男子お断りみたいなフレーズが浮かびますね」
その時、彼女を呼ぶ不機嫌な声がかかる。
「凜さん、この忙しい時に何、サボってるんですか」
「今行きまーす。じゃ、あたしはこれで」
軽く会釈して本部に向かう凜の後ろ姿を見送りながら、右耳の飾り紐を弄ってにんまりと笑う。
「んー、やっぱり食べたいな」
「まだ言ってるんですか!」
第一種目は借り物競争。
まずは新卒達が並んだ。
入って間もないため、知らない人から物を借りるのはなかなか大変なものだ。
≪第一種目、借り物競争≫
歓声覚めやらぬ中、進行役である凜の声音がマイクを通し、運動場へと浸透する。
≪改めまして本日の『獄卒運動会』の進行役を務めさせていただきます。亡者で第二補佐官の朱井凜です。よろしくお願いします≫
場慣れした落ち着きある態度である。
だが、胸中では慣れないアナウンスに戸惑ってはいた。
あらかじめ準備されていた原稿から視線を外してスタートラインを見ると、唐瓜と茄子がいる。
二人とも手を振ってくれたので、頑張って、との気持ちを込めて手を振り返す。
「借り物……あっ、そーいやお前、2千円返せよ」
「えっ?」
「1カ月前、貸しただろ!?何か急にカニ食べたいとか言い出して……」
「あっそーだ、ゴメンゴメン」
金の貸し借りで揉める途中で、この場に不釣り合いなスタート合図のバズーカが用意されていた。
「バズーカ!?」
愕然とする凜の隣で、鬼灯は耳を塞ぐよう促す。
「ええ、このくらいでビビるようでは獄卒なんて務まりません。ほら、貴方も耳を塞ぎなさい」
(この人はなんてことをするんだ!)
「ヨーイ…ドン!!」
直後、バズーカの凄まじい轟音が響き、耳をしっかり塞いでも脳に衝撃が走る。
≪さぁ始まりました、注目の第一種目!≫
本部テントに戻りスピーカーで実況する鬼灯に、閻魔は冷や汗を流して訊ねた。
「どうでもいいけど、何あのスタート合図……」
「生ぬるいライカンピストルはやめてバズーカにしました。迫力あるでしょう」
「知らなかった彼ら、瀕死の状態だよ」
「うん……イヤあのバズーカ撃ったコが凄いよね……」
選手の何人かはバズーカに驚いて腰が抜けたり、失神したりしている。
≪おやおや何名かは音にビックリして腰が抜けた模様です。獄卒がそんなことでどうするんですか≫
「厳しいなこの大会!?君に任せて大丈夫かな!?」
「ここは地獄なんですよ。この機会にヌルい奴は叩き直します」
「年に一度の行事を、教育指導の糧とするのはどうかと思います」
臆する素振り一つなくツッコミを入れる凜に、鬼灯は眉間に皺を寄せてメガホンで反論する。
≪黙りなさい。貴方も少しヌルいんですよ、私への愛が≫
すぐ近くで届く大音量に眉を寄せると、凜も負けじとマイクで斬り捨てる。
≪愛なんて微塵も与えてないから≫
≪こんなにもアピールしてるのに見向きもしない貴方はまさに鬼ですよ、この毒舌娘≫
≪アンタのしてるアピールは過激なストーカーより質の悪いことをしてるんだといつになったら気づくのだろうか、セクハラ鬼神≫
「二人とも、拡声器とマイク通して会話するの止めなよ!?」
『閻魔』だというのに、二人の口論が止められなかった。
その間、あの爆音に負けずに紙の場所に一番乗りしたのは、新卒の唐瓜だ。
「よーし、一番のりだ。借り物のお題は……」
お題・好きな異性 。
唐瓜は驚きのあまり言葉を失ってしまった。
――公開処刑だッッ!!!
何度か口を開け閉めした後に、ようやく声が出た。
それも特大の叫び声だ。
「ええ!?何コレ」(苦手な先輩)
「ヤダーーー」(私服が残念な上司)
「……………」
次の鬼も無理難題に叫び、茄子は無表情で凝視する。
≪今年の運動会は全体を通して精神的負担を伴います。さあ、はりきってどうぞ≫
「はりきれませんっ!!!」
涼しげな顔で続行させる司会に、思わず本部の方に顔を向ける唐瓜は硬直した。
「――ん?」
その時、彼女の視線が動く。
赤みがかかった瞳が、唐瓜を捉えていた。
「――っ!」
慌てて視線を逸らすと、応援席からは獄卒の女性陣が新卒を励ましている。
その中に、ポンポンを振ってお香が声をかけてきた。
「頑張ってェ!新卒ちゃん」
――あっ、お香さんだ、相変わらず綺麗。
「##NAME3##っ…凜さん……おっ…お香姐さんっ……」
――唐瓜くん、お香さんを見てモジモジしているぞ。
「わかりやすいなぁ、あの子。可愛い」
鈍感のお手本みたいな台詞を言ってのけた凜は、やはり鈍感のお手本みたいな仕草で微笑ましそうに見つめている。
「……貴方、それ、狙ってやってるんですか?」
「何ですか?」
「いえ、貴方の自由気ままな部分が長所だと言えば、逆に人の気持ちを読めない部分が短所かと」
もうどうつっこめばいいのやら。
鈍感というのは末恐ろしい。
難儀な部下に辟易しつつ、鬼灯は凜の姿を眺める。
スカートから伸びる細い脚、滑らかなカーブを描く腰に、ぴっこりと控えめに膨らんだ胸。
それらを見ただけで、鬼灯は満足する。
「……顔がいやらしい」
内心はしゃいでいると、凜に睨まれた。
閻魔もうろたえる唐瓜を見て納得する。
「わかりやすいね、あの子」
≪言っちゃいなさいよ、唐瓜さん。そして玉砕すればいい≫
「ヒイイイイ、鬼の中の鬼!!」
≪若いうちのこういう刺激が脳の活性化につながるのです≫
「脳は活性化されても心は崩壊寸前です!!!」
視界の端で茄子君が勢いよく誰かのカツラをむしり取っていくのを見て、この運動会は精神的負担が大きすぎると背中に冷や汗が伝うのを感じた。
≪おっと、そうこうしている間に茄子さんがゴールしました。さて、お題は?≫
「はいっ」
茄子の手には、お題の紙とそれに合わせて持ってきた……髪の毛。
お題・誰かのヅラ。
≪素晴らしい、合格です≫
≪あれを躊躇なくもぎ取ってきたのかと思うと、あの子の今後に期待するよ≫
競争を観戦していたギャラリーの一角から、
「ヒイイイイ、バレてないと思ってたのに……」
ヅラを奪われた鬼が嘆く。
頭皮は見事に禿げ上がっていて、かなり躊躇なくもぎ取っていった。
確かに茄子にしかできない芸当である。
「何の躊躇もなくもぎ取って行ったぞ、アイツ……」
「すげぇな、アイツ…」
他の鬼は無邪気故に容赦なく奪っていった彼の行動に戦慄する。
「――さて、これからが見どころですね。出番ですよ」
「は?」
いきなり名指しされた戸惑いの中、鬼灯の声が弾ける。
≪お待たせしました。今地獄でじわじわと人気の亡者、男女問わず、お姉様と呼びたい急上昇の凜さんが参加致します!≫
応えて、獄卒達が一様に盛り上がる。
――悪い予感、的中だな……しかも二ツ名がお姉様って……。
最初こそ、状況の異常さに面食らっていたが、観衆の中に、微笑んで見守るお香、手を振る唐瓜や茄子らを見つけることで、ようやくの笑顔となった。
「おや、あまり驚かないんですね」
「順応性高くないと、この先やっていけないので」
「負けたら私のプロポーズの了承をお願いしますね」
「あたしが勝ったらセクハラの度合いを減らしてください」
負けるわけにはいかない、と決意しながら美貌を引き締めてスタートに立つ。
「ヨーイ…」
バズーカが合図だったのを咄嗟に思い出し、耳を塞ぐ。
「ドン!!」
周りの鬼も慌てて耳を塞ぎ、スタートから差がついた。
「……っ」
凜は深呼吸してから、文字通りのロケットスタートで駆け抜ける。
周囲には一陣の風が吹き、女性陣は慌てて着物の裾を押さえた。
≪凜さん、本気です!あれは……罪人を拷問する時の目です。本気であります!ぐいぐい追い上げています――いかがですか、大王≫
「――え、運動会?」
甘味処で団子を食べる、色素の薄い髪を結わえた美少女・凜は目を丸くした。
話題は、来たるべき運動会に関する話し合い。
「そうよ。凜ちゃんは初めてよね」
「はい。初めて聞きました」
予想はしていたものの、親友に教えられることにお香は微笑む。
「まあ、やってることは現世と同じかもしれないわね。この運動会も今年で100回目だから、一工夫加えるかもって小耳にはさんだの」
「一工夫……?」
「ちなみに、今年の大会委員長は鬼灯様らしいわよ」
「げ」
乙女にあるまじき顔と言葉で嫌そう(鬼灯限定)に反応する凜。
「運動会ってイベントだけでも苦手なのに、そこに鬼灯さんまで加わるなんて……」
「あら、こうゆうイベント苦手なの?」
「苦手とゆーか、みんなで協力とか一致団結とか……そーゆー重圧は避けたいんです」
できれば、やりたくない。
人に押しつけてでもいいから、とにかく回避したい……というほど身勝手でもないが、可能性は極力減らしたい。
そんな真意が透けて見える。
「ふふ」
口許を押さえて笑うお香の横で、凜は怪訝そうに眉を寄せた。
「――ん?でも鬼灯さん、一回もあたしに参加するようにとは言わなかったような……あれ?」
大胆に接してくる鬼灯が、最近は傍に来たり話しかけたりもしない。
微妙な人間関係を持て余し気味だった。
まるで、来たるべき日のために感情を隠している――。
唐突にそんな気がして、考え込む。
「やっぱり何かかみ合ってない感じだ……」
「え?」
「何でもありません」
思わず聞き返され、凜ははぐらかすように笑みを向けた。
二分だけ悩んだ後、気持ちは決まった。
非常時には非常の行動をとるべし。
あまり大っぴらには公言できない信念にもとづいて、行動に踏み込む凜であった。
針山には色とりどりの旗がはためき、空気砲の音が響く。
今日は獄卒大運動会。
≪――これより獄卒大運動会を開催したいと思います。それでは開催にあたり、最初に閻魔大王からの挨拶です≫
壇上に上がった閻魔が演説を始める。
「諸君、今年もこの大会がやってきました。獄卒大運動会。新卒も先輩も一丸となって楽しんでください」
ざわざわと一斉に、まばらな拍手を混ぜた歓声が湧いた。
運動会にもかかわらず、鬼灯はいつもの着物姿でハチマキだけを頭に巻いている。
「さーてあとはゆっくり観戦しよう。凜ちゃん、大丈夫?」
「全然大丈夫じゃありません。もの凄い緊張しました」
そう告げるのは、先程マイクを通してアナウンスする凜である。
司会進行や運営を大会委員長が務めるのが慣例なのだが、地獄での評価が高い凜がアナウンスに選ばれた。
「まあ、初めての運動会だからリラックスして観戦してね。今年は鬼灯君が大会委員長だっけ?」
大会委員長の彼は閲覧席で観戦を決め込み、凜も同じようにハチマキのみを巻いて場内のアナウンスや勝敗の記録をつける。
「はい。まあ、この運動会も今年で100回目。ベテランは飽きていると思うので……一工夫加えるのに苦労しました」
「本当?どんなのだろ、楽しみだね」
「凜さん『スポーツは筋肉』だと思っていませんか?」
「うん。たいていの人がそう思ってるはずだよ」
「『スポーツは筋肉』と思っている方も多いですからね。そこから見直しました」
途端に鋭くなった鬼灯の眼差しに、凜は天を仰いだ。
――ダメだ、この運動会、なんか一波乱あるかも。
競技まで少し時間があるので歩いていると、備品のチェックをしたり、自分の勝敗を賭ける者、運動が苦手と言って端の方で憂鬱な顔をしている者と様々だ。
「あっ、凜ちゃーん」
白澤が凜めがけて抱きつかんと走ってきた。
凜はこれをさっと避け、白澤は勢いそのまま地面に激突する。
そこに、上司を捜しにやって来た桃太郎が駆けつける。
「凜さん、白澤様を見かけませ…大丈夫ですか?」
言って、うつぶせで倒れている白澤の身体を揺らす。
「そんな心配いらないよ、すぐ起き上がるから」
凜は髪を掻き上げて、意にも介さない様子で言った。
「んで、桃太郎の方も観戦?」
「どっちかというと、救護班で……」
説明の途中で、白澤がむっくりと起き上がった。
「ケガしたんなら、僕のところへおいでよ。隅々まで診てあげるから」
「その言い草からすると、女子歓迎、男子お断りみたいなフレーズが浮かびますね」
その時、彼女を呼ぶ不機嫌な声がかかる。
「凜さん、この忙しい時に何、サボってるんですか」
「今行きまーす。じゃ、あたしはこれで」
軽く会釈して本部に向かう凜の後ろ姿を見送りながら、右耳の飾り紐を弄ってにんまりと笑う。
「んー、やっぱり食べたいな」
「まだ言ってるんですか!」
第一種目は借り物競争。
まずは新卒達が並んだ。
入って間もないため、知らない人から物を借りるのはなかなか大変なものだ。
≪第一種目、借り物競争≫
歓声覚めやらぬ中、進行役である凜の声音がマイクを通し、運動場へと浸透する。
≪改めまして本日の『獄卒運動会』の進行役を務めさせていただきます。亡者で第二補佐官の朱井凜です。よろしくお願いします≫
場慣れした落ち着きある態度である。
だが、胸中では慣れないアナウンスに戸惑ってはいた。
あらかじめ準備されていた原稿から視線を外してスタートラインを見ると、唐瓜と茄子がいる。
二人とも手を振ってくれたので、頑張って、との気持ちを込めて手を振り返す。
「借り物……あっ、そーいやお前、2千円返せよ」
「えっ?」
「1カ月前、貸しただろ!?何か急にカニ食べたいとか言い出して……」
「あっそーだ、ゴメンゴメン」
金の貸し借りで揉める途中で、この場に不釣り合いなスタート合図のバズーカが用意されていた。
「バズーカ!?」
愕然とする凜の隣で、鬼灯は耳を塞ぐよう促す。
「ええ、このくらいでビビるようでは獄卒なんて務まりません。ほら、貴方も耳を塞ぎなさい」
(この人はなんてことをするんだ!)
「ヨーイ…ドン!!」
直後、バズーカの凄まじい轟音が響き、耳をしっかり塞いでも脳に衝撃が走る。
≪さぁ始まりました、注目の第一種目!≫
本部テントに戻りスピーカーで実況する鬼灯に、閻魔は冷や汗を流して訊ねた。
「どうでもいいけど、何あのスタート合図……」
「生ぬるいライカンピストルはやめてバズーカにしました。迫力あるでしょう」
「知らなかった彼ら、瀕死の状態だよ」
「うん……イヤあのバズーカ撃ったコが凄いよね……」
選手の何人かはバズーカに驚いて腰が抜けたり、失神したりしている。
≪おやおや何名かは音にビックリして腰が抜けた模様です。獄卒がそんなことでどうするんですか≫
「厳しいなこの大会!?君に任せて大丈夫かな!?」
「ここは地獄なんですよ。この機会にヌルい奴は叩き直します」
「年に一度の行事を、教育指導の糧とするのはどうかと思います」
臆する素振り一つなくツッコミを入れる凜に、鬼灯は眉間に皺を寄せてメガホンで反論する。
≪黙りなさい。貴方も少しヌルいんですよ、私への愛が≫
すぐ近くで届く大音量に眉を寄せると、凜も負けじとマイクで斬り捨てる。
≪愛なんて微塵も与えてないから≫
≪こんなにもアピールしてるのに見向きもしない貴方はまさに鬼ですよ、この毒舌娘≫
≪アンタのしてるアピールは過激なストーカーより質の悪いことをしてるんだといつになったら気づくのだろうか、セクハラ鬼神≫
「二人とも、拡声器とマイク通して会話するの止めなよ!?」
『閻魔』だというのに、二人の口論が止められなかった。
その間、あの爆音に負けずに紙の場所に一番乗りしたのは、新卒の唐瓜だ。
「よーし、一番のりだ。借り物のお題は……」
お題・好きな
唐瓜は驚きのあまり言葉を失ってしまった。
――公開処刑だッッ!!!
何度か口を開け閉めした後に、ようやく声が出た。
それも特大の叫び声だ。
「ええ!?何コレ」(苦手な先輩)
「ヤダーーー」(私服が残念な上司)
「……………」
次の鬼も無理難題に叫び、茄子は無表情で凝視する。
≪今年の運動会は全体を通して精神的負担を伴います。さあ、はりきってどうぞ≫
「はりきれませんっ!!!」
涼しげな顔で続行させる司会に、思わず本部の方に顔を向ける唐瓜は硬直した。
「――ん?」
その時、彼女の視線が動く。
赤みがかかった瞳が、唐瓜を捉えていた。
「――っ!」
慌てて視線を逸らすと、応援席からは獄卒の女性陣が新卒を励ましている。
その中に、ポンポンを振ってお香が声をかけてきた。
「頑張ってェ!新卒ちゃん」
――あっ、お香さんだ、相変わらず綺麗。
「##NAME3##っ…凜さん……おっ…お香姐さんっ……」
――唐瓜くん、お香さんを見てモジモジしているぞ。
「わかりやすいなぁ、あの子。可愛い」
鈍感のお手本みたいな台詞を言ってのけた凜は、やはり鈍感のお手本みたいな仕草で微笑ましそうに見つめている。
「……貴方、それ、狙ってやってるんですか?」
「何ですか?」
「いえ、貴方の自由気ままな部分が長所だと言えば、逆に人の気持ちを読めない部分が短所かと」
もうどうつっこめばいいのやら。
鈍感というのは末恐ろしい。
難儀な部下に辟易しつつ、鬼灯は凜の姿を眺める。
スカートから伸びる細い脚、滑らかなカーブを描く腰に、ぴっこりと控えめに膨らんだ胸。
それらを見ただけで、鬼灯は満足する。
「……顔がいやらしい」
内心はしゃいでいると、凜に睨まれた。
閻魔もうろたえる唐瓜を見て納得する。
「わかりやすいね、あの子」
≪言っちゃいなさいよ、唐瓜さん。そして玉砕すればいい≫
「ヒイイイイ、鬼の中の鬼!!」
≪若いうちのこういう刺激が脳の活性化につながるのです≫
「脳は活性化されても心は崩壊寸前です!!!」
視界の端で茄子君が勢いよく誰かのカツラをむしり取っていくのを見て、この運動会は精神的負担が大きすぎると背中に冷や汗が伝うのを感じた。
≪おっと、そうこうしている間に茄子さんがゴールしました。さて、お題は?≫
「はいっ」
茄子の手には、お題の紙とそれに合わせて持ってきた……髪の毛。
お題・誰かのヅラ。
≪素晴らしい、合格です≫
≪あれを躊躇なくもぎ取ってきたのかと思うと、あの子の今後に期待するよ≫
競争を観戦していたギャラリーの一角から、
「ヒイイイイ、バレてないと思ってたのに……」
ヅラを奪われた鬼が嘆く。
頭皮は見事に禿げ上がっていて、かなり躊躇なくもぎ取っていった。
確かに茄子にしかできない芸当である。
「何の躊躇もなくもぎ取って行ったぞ、アイツ……」
「すげぇな、アイツ…」
他の鬼は無邪気故に容赦なく奪っていった彼の行動に戦慄する。
「――さて、これからが見どころですね。出番ですよ」
「は?」
いきなり名指しされた戸惑いの中、鬼灯の声が弾ける。
≪お待たせしました。今地獄でじわじわと人気の亡者、男女問わず、お姉様と呼びたい急上昇の凜さんが参加致します!≫
応えて、獄卒達が一様に盛り上がる。
――悪い予感、的中だな……しかも二ツ名がお姉様って……。
最初こそ、状況の異常さに面食らっていたが、観衆の中に、微笑んで見守るお香、手を振る唐瓜や茄子らを見つけることで、ようやくの笑顔となった。
「おや、あまり驚かないんですね」
「順応性高くないと、この先やっていけないので」
「負けたら私のプロポーズの了承をお願いしますね」
「あたしが勝ったらセクハラの度合いを減らしてください」
負けるわけにはいかない、と決意しながら美貌を引き締めてスタートに立つ。
「ヨーイ…」
バズーカが合図だったのを咄嗟に思い出し、耳を塞ぐ。
「ドン!!」
周りの鬼も慌てて耳を塞ぎ、スタートから差がついた。
「……っ」
凜は深呼吸してから、文字通りのロケットスタートで駆け抜ける。
周囲には一陣の風が吹き、女性陣は慌てて着物の裾を押さえた。
≪凜さん、本気です!あれは……罪人を拷問する時の目です。本気であります!ぐいぐい追い上げています――いかがですか、大王≫