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幻寂SS

恋をすると人は馬鹿になる、とはよく言ったもので。馬鹿になってしまった人をそれなりに見てきました。この顔ですからね、そんなこともあったのです。
「夢野くんってさ、美術館とか興味ある?」
小生はありますが貴女はないでしょう。口実なことはわかり切ってますよ。
「今日もバイトなんでしょう?大変だろうから良ければ合間にでもこれ食べて」
不自然に片側だけ焼き色が鮮明なクッキー、これは家庭用のオーブンで焼いたものですね。あいにく、焼き菓子は苦手でね。
「彼女いるの?友達に聞いて来てって言われて…」
人からの頼まれ事でそんなに顔を赤くする必要がありますか。オトモダチのためにしては随分ご執心ですね。
この大嘘つきの男にそんなウソが通用すると思うだなんて、彼女たちはきっと馬鹿になっていたのでしょうね。
女性は嘘がスキですから、彼女たちの思うように応えるのは簡単でした。そしてオツキアイして、適当に深入りしすぎない頃にまたウソでサヨナラ。
色恋など、そんなことの繰り返しで、単なる暇つぶしだと思っていました。
えぇ、あの時までは。
まさか小生が馬鹿になる番が来るとは思いもよりませんでした。
しかも相手は頭一つ大きい大男。そう、どこからどう見ても男性です。長く手入れの行き届いた髪はしなやかで、微かにカサつき始めた肌から滲む汗がとてつもなく淫秘に映る。その口から流れ出る音は丁寧に調律された楽器の様で、水のように自然に脳に入り込み、落ちないシミを残していった。
彼のことを考えると、小生はいてもたってもいられずに、彼にウソをつきたくなる。
上手くウソをつくことが、恋の駆け引きだと思ってましたから。それならば得意分野だと、こう思っていたわけです。
しかしいざ彼を目の前にすると、どんなウソをつけばいいのか皆目見当がつかないと来たものですから、さぁ大変。
今までは適当に褒め言葉さえ並べておけばよかったものですから、しかしながら彼には褒めるところばかりしかないのでどんな褒め言葉もウソにできません。
いよいよ馬鹿になってきましたね。
わかってはいても止められないのです、大変に心地がいいものですから。
恋とはどんなものでしたか、神様教えてください。いいえ神様じゃなくてもいいんです、誰か助けてください。
私の恋の魔法は二度と使えなくなってしまったようです。
使えなくなると分かっていたら、最後にあなたに使ったのに!
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