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幻寂SS

古くなった蛍光灯の片隅が、カサカサと小さな虫が這うように揺らぐ。この家に越して来てすぐにつけた照明がもうこんなにも震えていることを思うと体感よりも時がすぎてしまったのかも知れない。
「この家に越して来てどれくらい経ちましたっけね」
「そろそろ八年だね」
「はぁ…いつの間にそんな年月が…」
「三十超えると時が過ぎるのが早いって言っただろう」
「まったくですね」
彼と過ごす時間が重なる度に、少しずつ感染していく。その騒つく不快感は小生を延々と蝕んでいく。
「蛍光灯、替え時ですかね」
「あぁ、本当だ。幻太郎くんは目を使うんだからこれじゃ疲れるだろう」
「明日買って来ますから、帰ってきたら交換してください。小生では椅子を出さねばなりませんので」
「…どうせ私は椅子なしでも手を伸ばすだけで電球を交換できる男だよ」
拗ねたようにつぶやく姿まで愛しいなどと。年月が経てどもこのふとした瞬間に漏れ出る感情はどうにも慣れない。
「頼りになる旦那様で」
「じゃあ幻太郎くんが私のお嫁さんになってくれるのかな」
「いいえ、まさか」
楽しげに言葉遊びを楽しむ彼を、あの頃の小生は少しも想像しなかった。
「もう少し、使えますかね」
「蛍光灯かい?目に悪いから明日には替えたほうがいい。次は寿命の長いものにしようか」
「いいえ、同じものを」
時間とともに変わりゆく壊れかけの美しさを、こよなく愛していますので。
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