ロケ弁、承ります

 やはり大学へ行くのかと、教室に入ったとたん、入り口付近でたむろしていた女子数人に尋ねられた。僕ももう二年生。今のうちに進むべき道を決めておかなくちゃならない。このクラスでは大学へ進学する予定の生徒が半数を超えているらしい。卒業したらすぐに家業を継ぐと言っている生徒もいたが、彼らは僕と違ってきちんと家を手伝えるだけの実力はあるし、親からも期待されているようだった。
「なあ、ノボル。お前はどうするか決まってるのか?」
 前の席に座る友人に問われ、曖昧な笑みを返した。彼も僕も進路に迷ってはいるが、進学か就職かを未だに決め兼ねている僕とは違い、どの大学へ行こうかで迷っているのが彼なのだった。なんだか取り残された気分だ。
 初老の担任教師が、紙の束を持ってやって来る。皆、一斉に席に着く。そのせいで、隣の席だけ空っぽであるのが、少し目立つ。
「それじゃあ、出欠を」
 とります、と、先生が言い終わらない間に教室の扉が横に吹っ飛び、勢いのついた何かが転がり込んで来た。静まり返る教室。何か、いや、誰かは立ち上がった。
「忍法! 遅刻しそうなので、廊下を走るの術でござるっ!」
 入学時から口調が変わらない、芥川さんだ。
「はい、アウト~」
「……無念」
 彼女が座るのを見届けてから、先生は全員の出欠をとり、紙の束を再び抱えた。一人につき一枚配られるそれは、今の僕が一番見たくないもの――進路指導調査票である。

「書けた人から出して下さいね」
 先生に言われ、すっかり困ってしまった。調査票に書いた事は絶対に守らなくちゃいけない、という訳ではないのだから望む事を書けば良いのだが、不意に『あいつには無理だよ』と笑う父さんの声を思い出したのだ。
 期待されてもいない進路を書く度胸なんて、僕にはなかった。手持ち無沙汰になってしまうと、周りが気になって来る。隣の、年中ござるを付けて話す彼女は、特に。口調といい術といい、浮世離れしすぎていると思う。将来の事を真剣に考えているのだろうか。それとも、今が楽しければいい人なのか。
 芥川さんはさっさと提出に行ってしまい、直後にチャイムが鳴った。何を書いたのだかは知らないが、予想とは違い、彼女はしっかり進路を決めているようだ。変な人だが、即答できるほど強く、心に決めているのだろう。
「残った人は来週までに出しておいて下さい」
 教卓から響く声に、ほっと胸を撫で下ろし、調査票をカバンの中にしまいこんだ。何人かがトイレに立つ。芥川さんも教室を出て行く。それを見届けてすぐ、前の席の友人が眼鏡を押し上げながら振り返り、不快感もあらわに切り出した。
「芥川って、本当に変人な」
 皆、そう思ってる。いつもふざけた口調だから、不快に感じる奴も多い。友人は文句を並べ立てた後、彼女に関わるなよ、と吐き捨てるようにして前を向いた。何かを返す暇もない。芥川さんが戻って来る、チャイムが鳴る、授業が始まる。
 友人の悪意ある言い草はどうかと思うが、彼女は口調も変なら行動もおかしいのだから、変人と言われても仕方がない気もする。なんとも言いがたい。
 異変に気付いたのは、少し経ってからだった。机やカバンをごそごそと探り、困ったように辺りを見回す芥川さんに気付く。彼女の机には筆記用具入れとノート。肝心の教科書がどこにも見当たらない。
 忘れたんだ、と、思った僕は彼女の肩を叩き、教科書を机と机の間で広げてあげる事にした。関わるなと言われたが、人を喜ばせたいという父さん譲りの心の方が勝った。
「かたじけないっ。恩に着るでござるよ」
 満面の笑みを浮かべ、小声でお礼を言う芥川さん。喜んで貰えた事に、胸がほっこりと温かくなる。
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