ロケ弁、承ります

 香ばしいにおいが鼻に届く。キャベツを刻む音が聞こえ、からっと揚がったエビが鍋から姿を現す。さっくりとした薄い衣に守られるように、太くて甘いエビが三本、皿をはみ出さんばかりに並べられる。しかし値段は五百円に届かない。安くて美味しい、僕の大好きなエビフライ定食だ。それを待つお客さんが座る安っぽい椅子は、クッションの部分が潰れかけていて、僕の自宅兼両親の職場、定食屋・太宰が萎びているのを物語っているのだった。
 常連さんはいるが、新規のお客さんはなし。美味しいものを安く提供して喜んで貰いたいという父さんの方針で、家計はやや苦しかった。
 けれど、嫌じゃない。人を喜ばせるために一生懸命な父さんを尊敬している。並大抵の苦労ではないのに、笑顔を絶やさずに働く父さんのようになれたら、僕にとってどれ程素晴らしい事か。
「御馳走様」
 サラリーマンだろう、お客さんが席を立つ。母さんが愛想よく見送る。
「いつも、ありがとう御座います」
「いやあ、安くて美味いからね」
 背広を着た男性の笑う声が聞こえた。彼は毎日のように店に来てくれる。今日もまた満足そうに片手を挙げて、仕事へ向かうのだ。
 母さんとお客さんの会話を背に、僕は白米を握って朝食作りに励んでいた。
「店は将来、ノボル君が継ぐのかい」
 会話は自然と跡継ぎの話題にシフトする。ノボルとは僕の事だ。常連さんは皆、一人息子が継がずしてどうするといった風に、両親へ問いかけるのだ。
 僕はお握りのようなものを頬張る。少しかじっただけでボロボロと崩れていく、白い塊。
「あいつには無理だよ」
 食器を片付ける音と共に、父さんが笑いながら返すのが聞こえた。
「そうですよ、息子には荷が重いわ」
 母さんが追い討ちをかけるように否定するのを聞き、やはり期待はされていないんだなあ、と、塩辛い米を無理矢理飲み込む。喉が焼けそうだ。水を一気に飲み干して、呟いた。
「確かに、これじゃあね……」
 定食屋の一人息子の癖に、僕の料理の腕は散々なものなのだった。
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