AIとレモンティー

 信号が青になる。ヒロヤが進んでいく。
 彼の背中を見送るしかできず、カナメは固まっていた。
「……何よ、非合理的って」
 ぽかんとヒロヤの微笑みを見ているだけ。横断歩道を歩くだけの思考がない。ちかちかと信号の色が点滅したところで、誰かが苛立ったように叫んだ。
「ああああああぁ! ほらよ!!」
 がしっ! と掴まれたのはカナメの手。
 しっかり握っている手の色は、銀色。
 横断歩道を早足で歩ききったアルキメデスが振り向き、カナメがいる事を確認した後に、肩をがっくりと落としてこう言った。
「道のまん真ん中で立ち止まってんじゃねえや……危ねえだろうが」
「な、何よ、うっさいわね! ポンコツ! あんたと手を繋ぎたかったんじゃないのよ!」
 カナメは怒り心頭だ。ヒロヤがあっさりと手を振りほどいたことも、アルキメデスが変わりに手を繋ぐという施しを行ったように感じたことも、全てが怒りのエネルギーになっていた。
 何よ! ともう一度腹立たしげに口にしたカナメが、大股で歩いていく。
「お、おい、そんな歩き方してっと転ぶぞ」
 アルキメデスの言葉に振り向いたカナメが声を張り上げる。
「大丈夫だもんっきゃあ!」
 直後に転倒した。
「言わんこっちゃねえ!」
 すぐに駆け寄って助け起こしてくれたのは、アルキメデスだ。銀色のボディがカナメをふわりと抱き上げた。そして地面に優しく下ろしてくれる。
「平気かよ、どんくせぇなぁ」
 悪態つきで。
「余計なお世話よ! 馬鹿メデス!」
「なぁにが馬鹿メデスだ、このバカナメ! 後ろ向いて歩いてんじゃねえや!」
 何でもかんでも喧嘩にする特技でもあるのか、この二人は。
 そんな二人のもとへゆったり歩いてやってきた金髪碧眼の彼が、優雅に微笑んで尋ねてきた。少し、空気が読めないようだった。

「お怪我はありませんか? カナメ様」

「何笑ってるのよ、すりむいたわよ」
 手を繋ぐことを拒否され、転んでも助けてもらえず、ただ微笑まれているだけ。流石にむっとするだろう。カナメが不機嫌そうにスカートをめくり、血が滲む膝をヒロヤに見せ付ける。
 彼はまだ微笑んでいた。
「最も合理的な判断はメロン医院で薬をもらうことです。メロン医院まで60メートルです」
「おい」
 イラッとしたのだろう。モノアイに怒りの色が宿っている。銀色ボディのアルキメデスが、ヒロヤに向かってにじり寄っていく。
 カナメが止めるまもなく、アルキメデスはヒロヤの襟首を乱暴に掴んでいた。
「カナメがすっ転んでもなんとも思わねえのかよ」
 ヒロヤは王子様のような微笑を崩すことなく、カナメを見る。優雅な微笑だが、もうカナメはときめくことはなかった。いつだってその表情以外見たことがないからだ。
「ですから、プログラムに則り、医院を紹介いたしました」
 ヒロヤは笑顔で言う。
 プログラム。
 ヒロヤの言葉に、カナメの中で何かがひび割れる音がした。
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