ロケ弁、承ります

『楽な仕事ではない、と、父上にも止められたでござる』
 彼女だって、親から反対を受けていた。
 反対を受けたのに諦めなかった。僕に足らなかった事だ。
「確かに、料理は下手だよ」
「その下手な料理を、お客さんに出す訳にはいかないんだ。分かるだろう?」
「練習するよ。うまくなれるまで、沢山練習をする」
 芥川さんだって、そうしているんだから。
「練習なら度々してきただろう。それでもお前は――」
「うまくなれなくて、今の状態なんだ。分かってる。だから、その何十倍も努力するよ」
 父さんの目は、丸く見開かれる。
 何かを言おうとして、言えず、酸欠の金魚のようになっている。
 塩辛い米の塊を思い出した。美味しい俵のお握りを思い出した。
 父さんや芥川さんのように、大変な事でも一生懸命に取り組みたい。今一度、強く願う。
「まともな料理を作れるよう、頑張るよ」
「ノボル、お前」
 言葉を詰まらせ、呟く父さん。
 真剣である事を伝えたくて、深く頭を下げて言った。
「この店を継ぎたいんだ」
 ただ継ぎたいだけじゃない。人の為に一生懸命働く父さんを、誇りに思っているのだ。
 大切な一言を付け加える。
「父さんの、経営方針ごと」
 答えはしばらく返って来なかった。
 唾液を飲み込む音がいやに響く。
 断られたとしても諦めない。何度却下されても、しつこく頼み込むつもりでいた。
「お前が思っているより、きついんだぞ」
 渋るような声が、やっと返って来る。覚悟の上だ。軽い気持ちで言い出した訳じゃない。
「父さんが思っているより、弱くないよ」
 顔を上げながら、できるだけ強気に返す。
 父さんが眉間にしわを寄せ、腕組みをしていた。しっかりと目を合わせて、尋ねて来る。
「頑張れるか」
 目を逸らさず、深く頷いた。
「勿論だよ」
「……そうか」
 父さんはくるりと僕に背を向ける。少しの間、何も言わずに立っていた。
 息を短く吐き、呟くように言う父さん。
「ノボル、いつもは何時に起きるんだ」
「えっ」
 唐突な問いに戸惑うが、父さんの声は真剣だったので、こちらも真面目に答えた。
「七時、だけど」
「うん」
 納得するように強く頷き、よし、と一言。父さんはこちらを向かないまま、告げる。
「明日からは五時に起きろ。仕込みが終わってから店を開けるまで、教えるからな」
「ほ、本当? 嘘じゃ、ないよね」
「こんな嘘をついてどうするんだ」
 目頭を摘まむような仕草の後、振り向き、父さんは言った。
 僕の胸は躍った。父さんと同じ道を歩む事が、他でもない、父さんにより許されたのだ。
 彼女――芥川さんも、お父さんと同じ職に就く事を認められた時は、こんなに心が弾んだのだろうか。
 芥川さんを思い出した時、彼女が日々努力している事も同時に思い出した。
「いや」
 日々これ、修行。行動あるのみ。
「明日からなんて言わず、今日から教えてよ」
 父さんは少し笑った。
「八時には店が終わる。それまで、後片付けを手伝ってくれ」
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