ロケ弁、承ります

 昨晩の事が忘れられないまま登校すると、前の席の友人に呼び止められた。厳しい目つきでこちらを見たまま、近づいて来る。
「関わるなって言ってるだろ」
 一瞬何の事を言っているのか分からなかったが、そう言えば彼は、芥川さんを快く思っていないうちの一人だった。先程の台詞は、あの役者見習いと関わらないように言っていたのを差すのだろう。
「でも、芥川さんは悪い人じゃないよ」
「進路を決める時期になっても、忍者忍者って言ってるんだぞ。夢みたいな事ばっかり言って、中途半端にしか考えてないような奴と付き合ったって、良い事ある訳ないだろ」
 彼女の事を何も分かっていない癖に、と、言い返してやろうと思った。芥川さんはいつだって将来の為に努力していて、とても輝いて見えるからだ。
 それに比べて、僕はどうだ。親の後を継ぎたいのに、肝心の親が店を畳むつもりだと言う。就きたい職がなくなりそうで、狼狽している今の自分の方が、ずっと中途半端じゃないだろうか。
「……はあ」
「ノボル? どうしたんだよ?」
 溜め息に怪訝な顔をし、問いかけて来る友人。
「なんでも、ないよ」
 ゆるゆると首を振り、定位置に着席する。皆が自分の進路の為に一生懸命になる今の時期、今更誰かに相談する事もできず、カバンの中の調査票を思い出すと再び溜め息をつく。どうすれば、いいんだろう。

 先生が出席簿を開き、いつものように出欠をとろうと声をあげかけ、邪魔された。
「待たれよ!」
 しょっちゅう遅刻する、誰かさんの忍法によって。彼女は、後ろ向きに勢い良く半回転、床に手をつき、見事にもう半回転。綺麗なバク転を披露した後、着地に失敗。教卓に突っ込んだ。
「教室でバク転しちゃあ、危ないでしょう」
 叱られて、役者志望の僕の友達は、弁解(?)を始める。
「日々これ、修行。行動あるのみでござる!」
 危ない事に変わりはないと返す先生に、芥川さんは、それも自分が歩むと決めた道、と胸を張って答えていた。頭にかかるもやが一気に晴れた気がする。僕は周囲に戸惑い、不満を零すのみで、自分からは何もしていなかったのだ。
 行動するべきなのだ。自分の人生なんだから。

「父さん、僕に仕事を教えてほしいんだ」
 帰ってすぐ、調理場で器具の手入れをしていた父さんに向かい、切り出した。
 包丁を研ぐ手をぴたりと止める、店主。
「店は俺の代で畳むと言ったろう。料理を覚えたって、仕方ないんだよ」
 尊敬する定食屋の主人は、諭すように言う。
「違うよ」
 父親の思い違いに首を振った。料理も勿論知りたいが、教わりたいのは。
「仕事だよ。僕に、店の仕事を教えて」
「……ノボル? お前、何度も言うけどな、料理が苦手だろう。親の俺が言うのも何だが、お前の腕じゃあ、定食屋には向かないんだよ」
 予想していたのと寸分違わぬ返答に、苦笑いが零れた。
 自然に、役者を目指すあの子を思い出した。
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