ロケ弁、承ります

 彼女の眉が、ぴくりと跳ねる。口元が緩む。
「美味でござる、ノボル殿」
 嬉しそうに、そう言ってくれた。
「お父上と共に作ってこれ程美味であれば、何の心配もいらないでござるよ」
「ほ、本当に?」
「本当に! きちんと教われば上達もするし、家業だってきっと継げるでござる」
 芥川さんの一言で元気を失ったり、取り戻したり、忙しい感じだ。しかし、父さんと同じ職業を夢見る事が許されたような気がして、僕は半分安堵し、半分浮かれるのだった。

 自宅で夕食の片づけをしていた時の事。昼間に芥川さんが言ってくれた事を思い起こし、勇気を分けて貰ったような気になった僕は、父さんと母さんに言ってみた。
「今日のおかず、美味しかったね。どう作るの?」
 母さんは目を瞬かせ、少し笑う。
「なあに、いきなり」
「僕も作りたいと思って」
 ぽかん、と、口を半開きにしたまま、母さんは数秒固まるが、次の瞬間、勢い良く吹き出した。おかしそうに言い放つ。
「何言ってるのよ。あなた、料理が下手なんだから、作れっこないに決まってるでしょ」
 悪意がないのは分かっているつもりだが、こうも料理に期待されていないと、辛いものがある。折角の勇気がしぼみそうになった。無理やりに芥川さんを思い出す。自らが決めた将来の為に、常日頃から努力する彼女のようにありたいと心を奮い立たせる。
「でも、練習すればうまくなるかも」
「いいのよ、無理しなくて」
 優しい声音で、断られてしまった。
「ノボル」
 母さんとのやり取りを聞いていた父さんが、口を開く。席に座ったまま、こちらを見ていた。食い下がる僕をなだめるように、穏やかな表情を浮かべていた。
「お前に言っておきたい事があるんだ」
「どうしたの?」
 テーブルを挟んで、正面から向き合うように座り、尋ねてみれば、うん、と一つ頷いてから話し出す。
「ノボルは料理が苦手だろう」
「う、うん」
「苦手じゃあ、定食屋なんか継げないだろうからな。店は、俺の代で畳む事にした」
 母さんが、父さんの隣でゆっくりと頷いている。頭の中が真っ白になった。言葉の意味を理解しきれず
「え」
 と、呟く事しかできない。
「だからなあ、ノボル。いいんだよ、気を遣って料理を頑張らなくても」
「ノボルはノボルの、好きな道を選びなさい」
 呆然とする他ない。好きな道は、たった今選べなくなってしまった。
 父さんのようになれたら。芥川さんのようにあれたら。進む道がなくなってしまっては、どちらにも近づく事ができないじゃないか。
 両親の提案に返事もできず、力なく項垂れた。
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