『大きくなったら番になって』
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「クマノミちゃん! いっぱい食べてる?」
「フロイド君。うん! どれも美味しいから食べ過ぎちゃってるかも」
「あは♡ 今日は好きなだけ食べていいからね?」
「ありがとう。ほら、あそこでお客さんが呼んでるよ?」
「ん~? コバンザメちゃんが行ってくれるから大丈夫っしょ」
「もう……サボってるのバレたらアズール君に怒られるよ?」
私の向かい側に座ってニコニコと笑っているフロイド君に苦言を呈しても彼はどこ吹く風で、私が手にしていたフォークで食事をしていると、あーんと私に向かってその大きな口を開けて見せた。小腹が空いたのかと彼に向かってタコのカルパッチョを差し出すと、嬉しそうにそれを口に含み、モグモグと咀嚼するとおかわりと言うように再びその口を開いた。仕方ないなと彼が強請るまま食べさせていると、さっきフロイド君の代わりにお客さんの対応をしていた男の子に、サボって女の子とイチャついてたってアズール君に言いつけるっスよ?! と怒られていた。
「クマノミちゃんはその辺のただのメスと違ぇし!」
「じゃあ何スか? 彼女?」
「クマノミちゃんは番♡」
「番?!」
「そこの二人! 油を売ってないでグラスが空いているお客様から追加の注文を取ってきなさい!」
行きたくないと言い出したフロイド君に、お仕事終わるまで待ってるから頑張っておいで? とその頭を撫でて諭すと、クマノミちゃんがチューしてくれたら頑張ると強請られた。こんな皆が視てる前じゃちょっとと俯くと、彼は自分の被っていた帽子を取って皆から隠すように私達の顔の前に持ってきた。何をするのかと彼を見つめていると、これで出来るでしょ? と囁かれた。確かにこの帽子があれば、本当にしたのかしていないのかは本人達である私達にしか分からない。彼がこれ以上怒られるのも可哀想なので、ドキドキして頬に熱が集まるのを感じながら彼に顔を寄せると、チュッと彼の少しひんやりとした唇に自分の唇を重ねた。
「んふふ♡ んじゃ頑張ってくるね?」
「うん……」
行ってきますとご機嫌にホールへと出て行ったフロイド君の背中を押しながら、ほらほらさっさと行くっスよ! と、さっきの獣人の男の子、名前はラギー君って言ってたかな? は、私のいる席から離れていった。ここにいたらまたフロイド君がサボろうとするからだろうなと苦笑していると、入れ替わるようにジェイド君がデザートを持ってやって来た。ニコニコと楽し気に笑っていたので、きっとさっきのやりとりを面白がっていたのだろう。
「ジェイド君、もしかして楽しんでる?」
「えぇ。僕の兄弟を夢中にさせる女性が現れるとは思ってなかったので、すごく面白いです」
「うーん……今だけって事ない?」
「おや、フロイドを信じてらっしゃらないんですか?」
「違うけど……お店に来たお客さんに人魚さんがいてね? フロイド君の事を聞かれたから話したら、『ウツボは一夫多妻制』って聞いて……」
デザートをテーブルに置きながらなるほどと頷いたジェイド君に、あくまでもそれは魚のウツボの話であって、僕ら人魚が必ずしもそうだとは限らないと言われ、確かに彼らも魚ではあるが、人型の魚だから考え方や習性は違うのかもしれないなと妙に納得し、安心した私は彼が持って来てくれた美味しそうなデザートに視線を落とした。彼が持って来てくれたのは小さなパフェで、それにスプーンを差して一口食べると、思っていたよりもあっさりした味と共に、冷たさが口内に広がった。
「いかがです?」
「あっさりしてるけど、ほのかに甘みがあって、すごく美味しいよ? それに、何だか知ってる味な気がする……」
「流石ですね。そのソフトクリームはあなたのお店の牛乳や砂糖を使用した物なんですよ?」
「なるほどね? だから何だか慣れ親しんだ味だったのね?」
その後もジェイド君と他愛ない話をしながらデザートを食べ進め、彼に美味しい紅茶を淹れて貰って寛いでいる間に、お店は閉店時間を迎えていたようだった。閉店時間を迎えた事で店内にいたお客さんがいなくなり、従業員として働いていた生徒さんのみになった店内は、未だに店内にいる私に視線が集まっていた。そんな視線を感じて居た堪れなくなっていると、クマノミちゃ~ん!! とフロイド君が腹部に抱き付いてきた。それを受け止めながら彼の背中をポンポンと慰めるように叩くと、お疲れ様と労いの言葉を掛けた。
「頑張ったからご褒美にチューして?」
「あの……今はちょっと……」
「何で?」
「何でって他の人いるし……」
「あの……フロイドさん? そちらの方は?」
そりゃあ知らない一般人の女が閉店後も帰らずに店内にいたら、そういう反応にもなるだろうと納得していると、問い掛けた生徒さんを不機嫌そうな声で威圧したフロイド君をコラと咎めた。その様子を少し遠くで見ていたアズール君とジェイド君がこちらへと歩み寄り、店内にいる子達に私の紹介をしてくれた。
「そのまま閉店作業をしながらでいいので、耳だけこちらに注目してて下さい。彼女は以前フロイドが魔法薬を飲んで稚魚になった時に保護してくれていた方です」
「あー……あのいなくなった時か」
「彼女の名前はポピーさんです。これから休日は出入りする事があるかと思いますので、皆さんそのつもりで」
「僕からも良いですか?」
「何ですか? ジェイド」
「ポピーさんはフロイドが番に選んだ女性なので、丁重に扱って下さいね? 将来的に僕の身内にもなるので」
余計な事をしたらどうなるか分かりますよね? と言外に含まれた言い方をした彼に、言われた側ではないけれど背中にイヤな汗が流れた。フロイド君にジェイドもクマノミちゃん気に入ってるから怖くないよ? と笑いながら言われたので、そっかと安堵の息を吐き、ありがとうと彼の髪を撫でるとギュッと手首を掴まれた。どうしたの? と彼を見下ろし問い掛けると、ねぇ? チューは? と再び強請られた。
「だ、だから、今は他の人いるからまた後でね?」
「……絶対?」
「ゔっ……その……はい……」
フロイド君にそう答えると、彼はにっこりと可愛い笑顔を見せてくれた。その顔にキュンとしていると、近くに寄って来たユウちゃんに声を掛けられた。そういえば彼女とは全然話せなかったなと思っていると、今日の料理の感想を聞かれ、美味しかったと伝えると、ホッとした表情を見せたので、きっと彼女もキッチンで仕事をしていたのだろうと想像出来た。
「ユウちゃんもキッチンで仕事してたの?」
「はい! まぁ、ジェイド先輩のような凄い物は作れないですが、頑張りました」
「ふふ。エライね?」
「えへへ……」
よしよしと彼女の丸く小さな頭を撫でていると、アズール君と共に片付けに行っていたフロイド君が、戻って来るなり私の事を後ろからギュッとその長い腕に納め、私と話していたユウちゃんへとその嫉妬の矛先を向けた。
「小エビちゃん! オレのクマノミちゃん取らないで!」
「ポピーさんは先輩だけのじゃないです!」
「オレのだし! ねぇ? クマノミちゃんはオレのだよね?!」
「え?! えっと……フロイド君の番ではあるけど、私は私のだよ?」
私の言葉にムスッとした不服そうな表情をするフロイド君と、ほらね? と満足そうに笑っているユウちゃんを前に、困ったなと思っていると、カツコツとヒールを鳴らしながらアズール君とジェイド君が私達のいるホールへと戻ってきた。私達の様子を見たジェイド君は、随分と面白い事になっているようですね? と笑っているし、アズール君は呆れたような表情と溜息を零すと、店の備品は壊すなよと声を掛けただけだった。そんな彼らを見つつ、時間を確認するとそろそろ帰らないといけない時間だと気付き、フロイド君にそろそろ帰る事を告げようと口を開きかけた瞬間、彼はそれを察したようにギュッと私を抱く力を強めた。
「フロイド君?」
「ヤダ。泊まって行って」
「泊まってって……そんな部屋ないでしょう?」
「オレの部屋で良いじゃん!」
「おやおや。僕がいるのをお忘れですか?」
「ジェイドはアズールと寝たら良いじゃん!」
「僕を巻き込むな!!」
「や~だ~! ゲストルーム空いてねぇの?!」
「空いてますよ?」
「マジ?! クマノミちゃんと泊まるから鍵貸して?」
「お前の給料から部屋代は天引きしますからね」
好きにして~♡ とアズール君の言葉はどうでもいいというように私の手を引いてホールを後にすると、彼は学校が終わった後や休日等を過ごしているであろう寮がある方へと、その長い脚を向けて歩き出し、私はそれに引き摺られるようにして付いて行くのがやっとなのだった。
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