『大きくなったら番になって』
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
——
「フロイド君、おはよう」
「ん~……もうちょっと……」
「ふふふ。フロイド君は本当に朝が苦手そうだね? ここに朝ご飯置いとくからちゃんと食べるんだよ? すぐ戻るけどちょっと買い出し行って来るから」
「ん~……いってらっしゃい」
「いってきます」
彼の髪を撫でていってきますと告げると、家の鍵を締めて職場へとゆったりとした足取りで向かいながら、道端で会う街の人達に朝の挨拶をして歩いた。この街の人はみんな優しくて大らかでとても住みやすい良いところだと思う。場所によったら治安が悪いところも少なからずあるけれど、近付かなかったら問題ないと割り切っている。そんな事を考えていると、何やら店の前で人だかりが出来ていた。今日は特に安売りをするとも言っていなかったし何かあったんだろうか?
「おや、ポピーちゃん! 丁度いいところに来たね!」
「この騒ぎは何ですか?」
「この兄ちゃんが兄弟を探してるらしくてな?」
「兄弟……?」
「でも、私達人魚なんて見た事ないから困ってて……」
「人魚……?」
常連のお客さんと人探しをしているという男の人を見比べていると、その長身の男の人ににっこりと笑い掛けられた。その髪色や瞳の色が誰かに似ているような気がして、ジッと彼を見ながら記憶を辿り、一人の人物に辿り着いた瞬間、あ! と声を上げてしまった。
「もしかして、何か心当たりがおありで?」
「はい。ただ、確証が欲しいのでその子の写真とか何かありますか?」
もし、彼の本当の兄弟なら写真ぐらい持っているだろうし、もしないのであれば、人魚の稚魚という貴重な生き物を捕獲して裏ルートで売り捌こうとしている人なのかもしれないという判断材料にはなるだろう。この人はどっちだろうかと緊張しながら待っていると、彼は胸元からスマホを取り出しスッとこちらにその画面を向けた。
「魔法薬を飲んで稚魚になってしまった時のものがコレです」
そういって彼が私の前に差し出したのは、着ていた衣服が体に絡まって大層不機嫌そうなフロイド君の姿で、その画像を差し出した人物を改めて見ると、大きくなったフロイド君はこんな感じなんだろうかと思わずにいられない程よく似ている男の人が立っていた。
「僕の顔に何か?」
「あ、ごめんなさい。買い出しが終わったら家に戻るんでちょっとだけ待ってて貰えますか? あなたが探してるフロイド君ならウチで預かってますから」
「フロイドは無事なんですね?! あぁ……良かった……」
「拾った時は怪我をしてましたが、今は元気ですよ?」
「そうですか。フロイドを拾って下さり有難うございました」
「たまたま通りかかっただけなんでそんな大層な事はしてないですよ」
彼、ジェイド君に買い出しを手伝って貰いながらフロイド君の様子を話すと、心底安心したような表情を見せたので、本当に心配していたんだろう事が窺えて、私も嬉しくなった。
「あ、ココが家です」
「可愛らしいお宅ですね?」
「鍵開けるので少し待っていて下さいね?」
ポケットから鍵を出して開錠すると、浴室にいるであろうフロイド君に向かってただいまと帰宅を告げる。そして、そのまま食材をテーブルに置いて、ジェイド君と共に浴室へと向かった。
「クマノミちゃん、朝ご飯ちゃんと食べたよ?」
「本当? エライね、フロイド君! あ、君にお客さんだよ?」
「お客さん? オレに? だぁれ?」
「僕ですよ、フロイド」
「ジェイド!!」
自分の兄弟に会えたのが嬉しかったのか、長い尾鰭を動かしてバシャバシャと浴槽に張った水を跳ねさせる彼を、可愛いなと見つめながらこれでお別れなのかと思うと少し寂しくなった。
「全く。稚魚に戻った際に言ったでしょう? 遊ぶのは寮の水槽だけにしなさいと」
「えー……寮の水槽狭いから飽きたもん」
「稚魚には今のような体力はないとも言ったでしょう? はぁー……とにかく無事でなによりです。良い人に拾われたのが不幸中の幸いでした」
「クマノミちゃんはすっげぇ優しいよ? 小エビちゃんと変わんない位お人好しって感じ」
「それはそれは。苦労しそうですね?」
「え? 何かディスられてる?」
私が訝し気にジェイド君を見ると、彼は涼しい顔をしてそんな事はありませんよと躱し、浴槽にいるフロイド君に向かって手を差し出した。けれど、フロイド君がその手を掴む事はなく、どうしたのかと思っていると、彼にいつかした約束を覚えているかと問い掛けられた。
「約束……ってあの『フロイド君が大きくなったら番になる』ってアレ?」
「うん!」
「そうだなぁ……フロイド君がジェイド君位大きくなった時にまだその気持ちがあったら迎えに来て?(小さい子だからすぐに忘れちゃうんだろうな)」
「絶対迎えに来るからオレ以外の雄のモノになったらダメだからね?」
「ふふ、心配しなくてもモテないから大丈夫よ」
彼のモチモチでスベスベなほっぺたを両手でうりうりとして、また会えますようにと一人胸中で零すと、彼の髪を一撫でした。その間にずっとキュウキュウと何かが鳴くような音が聞こえていたけれど何だったのだろうか? 彼から手を離し、ジェイド君にお待たせと声を掛けようとしたら、肩を震わせて笑いを耐えているようだった。何か変な事をしてしまったのだろうか? と首を傾げていると、少し恥ずかしそうにしているフロイド君に連絡先を教えてと言われたので、笑いを堪えているジェイド君に教えとくから彼から聞いてね? と伝えた。
「さあ、フロイド。そろそろ戻りますよ? アズールや寮生、先生方も心配されてます」
「はぁーい……」
「では、ポピーさん。大変お世話になりました。お礼は改めてさせて頂きますので」
「気にしなくていいのに……。二人共気を付けて帰るんだよ?」
「クマノミちゃんまたねぇ~!」
バイバイと大きく手を振ってくれる彼、フロイド君が見えなくなるまで手を振って見送り、家の中へと入って施錠してふと、自分の家はこんなに静かだっただろうかと思ってしまった。一週間という短い期間ではあったけれど、フロイド君がいた日々が充実していたのだと思い知るには十分だった。
「彼氏でも作ろうかな?」
そう呟いてから彼に『自分以外の雄のモノにならないで』と言われた事を思い出し、子供の言葉を律義に守ろうとしている自分に苦笑するしかなかった。
.