『かけがえのない時間』
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「お前一人か?」
「硝子さん! こんばんは」
「あぁ」
「隈がまた酷くなってますよ? ちょっと待ってて下さいね?」
硝子さんをイスに座らせて一杯分だけ残っていたはちみつ緑茶を出し、ホットタオルを作る為にタオルを濡らし、ラップに包んで電子レンジに入れた。硝子さん、折角綺麗なのに勿体ないよね。まぁ、それだけ忙しいって事なんだろうけど。電子レンジから温めたタオルを出して、アロマオイルを二滴ほど垂らして硝子さんの目元にそれを乗せる。熱くないですか? と聞くと、気持ちいいよと返って来たので、そのまま軽くマッサージをする。
「山桜桃、狗巻とはどうなんだ?」
「どうって……残念ながら何にもないです」
「そうか。そういえば、いつからアイツを好きなんだ?」
「そういえば話した事なかったですね? 好きになったきっかけは、本当にありきたりな事なんですよ」
棘君に恋をした日の事を思い出しながら、硝子さんにあの日の事を話し始めた。その日、私は棘君とパンダ君と一緒に任務へと出ていた。伊地知さんの話では三級程度の呪霊が二体と蝿頭が複数いるとの事だったけど、実際は二級一体、三級一体で蠅頭ではなく四級が複数だった。複数の呪霊を相手にするにはコレが一番早いと、腰のポーチからコルクで蓋をした試験管を取り出し、自分で調合した粉末が入ったそれを空中に散布した。人間には無害のものだけど、呪霊には効果覿面のそれを二本分散布すると、複数いた四級はそれだけで祓われたようで安堵する。残るは二級と三級が一体ずつ。散布したものも階級が上の呪霊相手では力を多少弱める程度しか期待は出来ない。あとは二人に任せる方がいいだろう。
「香葉が四級祓ってくれたから体力は残ってるし、行くぞ棘!」
「明太子」
「援護と回復は任せて!」
「あいよ」
二人が頑張ってくれたおかげで後は二級一体。さっきのは本当に三級なの? と言いたくなる強さだった呪霊に二人共大分消耗してるのが見て取れた。あまり長引かせるのは良くない。どうする? とりあえず二人にはそれぞれに合わせた回復薬を渡して、その間はなるべくなら使いたくないけど、私が頑張らなくちゃならないかな。
「棘君! パンダ君! それ飲んで暫く動かないで!」
「動くなってお前」
「私なら大丈夫だから!」
トラウマも関係してるけど、力を抑えるためにも付けている焦げ茶のコンタクトを外し、久しく見ていなかった裸眼での景色に目を馴染ませる。雰囲気の変わった私に気付いた二級呪霊が、こちらへと巨大な手を振り下ろしてくるのを躱して、その手の指を掴んで投げ倒した。物凄い音と共に下の階へと落下した呪霊が作った穴から覗くと、鉄骨が体に刺さったようでジタバタと藻掻いているのが見えた。随分弱いな。本当に二級か? とどめを刺そうとしたところで、背後からゾクッとした嫌な気配がして振り返ると、そこには目の前にいたはずの呪霊がこちらに大きな口を開いて向かって来ていて、え? と思考が停止した。このまま私はコイツに食べられるの? 嫌だ、まだまだやりたい事いっぱいあるのに。頬を一筋の涙が滑り落ちた瞬間だった。
「爆ぜろ!」
食べられると思った直前に彼が私を抱き上げて避け、そのまま呪霊に向かって放った呪言によって、私を食べようとしたヤツは祓われたようだった。彼の腕の中で何があったのか整理出来ずにいると、パンダ君が安否確認をするように駆け寄って来た。
「香葉、棘、大丈夫か?」
「パンダ、君……」
「し″ゃ″け″」
「折角回復したのにまたガラガラだな? まぁ、香葉が無事で良かったな」
「ケホ……し″ゃ″け″」
んじゃ帰るぞーと歩き出したパンダ君に並んで、私を抱えたまま歩く彼に、降りて自分で歩くよ? と言うものの、掠れた声でおかかと首を振りながら言われるだけで降ろしてくれなかった。多分腰が抜けて歩けないのを見透かされてたのかもしれない。
「香葉顔真っ赤だな? もしかして棘に恋しちゃった?」
「へっ?! ち、違っ! こ、この体制が恥ずかしいだけだもん!!」
「ふ~ん? まぁ、今はそういう事にしといてやるよ」
「もう!! 違うってばぁっ!!」
***
「って事があって、その日から気付いたら目で追ってて、好きになってました」
「すぅ……すぅ……」
「あれ? 硝子さん寝ちゃってる……」
マッサージとホットタオルの効果で少し隈が薄くなった気がする綺麗な顔を眺めながら、いつもお疲れ様ですとその髪を撫でると、ゆっくりと閉じられていた瞳が開いた。もう起きちゃったのか。
「悪い、話の途中だったのに寝てた」
「お疲れなんですから気にしなくていいですよ? 少しスッキリしましたか?」
「あぁ。お前のお陰で二日位は寝なくても大丈夫そうだ」
「ちゃんと寝て下さい!!」
「山桜桃」
「はい?」
「……何でもないよ。じゃあ、おやすみ」
「はい? おやすみなさい」
ヒラヒラと後ろ手に振って食堂から出て行った硝子さんを見送りながら、私もそろそろ部屋に戻ろうと、カップを洗って食器を置くと、パチッと電気を消して薄暗い廊下を月明かりを頼りに歩き、部屋へと戻った。
「いるんだろ? 五条」
「あちゃーバレてた?」
「女子の話を盗み聞きなんて感心しないね」
「たまたまだよ。さっきなんで香葉に棘も好きだと思うよって言わなかったの?」
「それは当人同士が頑張る事で周りがとやかく言う事じゃないだろ?」
「まぁね?」
「お前もあんまり余計な事すんなよ?」
「はいはい」
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