『かけがえのない時間』
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「野薔薇ちゃん、何が食べたい?」
「肉がいい!」
「お肉か……牛・豚・鶏・羊どれの気分?」
「当然牛!」
「じゃあ、今日は少し寒いし、すき焼きでもしようか?」
「すき焼き!! 伏黒すき焼きだって!」
「……言わなくても聞こえてる」
冷蔵庫の野菜も少なくなってきてるし、今日は力持ちの男手もあるし買い込むかと、一人よしと頷くと、真希ちゃん達にも今日の夕飯の連絡を入れた。任務なら早く帰って来てね? の意味合いも込めて連絡すると、全員から直ぐ帰ると返って来た。それを確認してポケットにスマホを入れると、近所のスーパーで車を停めて貰った。そこで補助監督さんとは別れ、一年生と共に中に入ると、カートにカゴを二つ乗せた。今日の分の野菜と、ストック用の野菜をカゴに入れていると、肉売り場からタイムセールの声が聞こえ、悠仁君と野薔薇ちゃんに目配せすると、二人は慣れたようにそこへと走っていった。
「俺は行かなくて良いんですか?」
「恵君はあの戦場には不向きだから」
「香葉先輩も不向きなんですか?」
「私は身長的にリーチが短くて不利なんだよね?」
適材適所って事! と恵君にカートを押して貰いながら、あれもこれもとカゴに入れていくと、戦利品を抱えて悠仁君達が戻って来た。うん、今日も素晴らしい戦いぶりだね。
「二人共ありがとう! いっぱいだね!」
「おう! 頑張った!」
「あのババア私の肉取りやがって……」
「はいはい。行くよー」
ブツブツと呟いている野薔薇ちゃんと、腕を組んで歩き出し、糸こんにゃく、焼き豆腐などのすき焼きの材料と、朝ごはん用の絹ごし豆腐もカゴへと入れていった。大分てんこ盛りになって来たカゴを、悠仁君と恵君に入れ替えて貰い、私は乳製品売り場で足を止め、悠仁君と野薔薇ちゃんはお菓子売り場へと走って行った。恵君もそれに着いて行くかなと思っていると、私の横に留まっていて、珍しいなと思いつつ、好きにさせていると、悠仁君と野薔薇ちゃんが戻ってきた。どうやら恵君がいない事に気付き、引き返してきたらしい。自分のいる二年生も仲はいいが、一年生も仲良しだなと微笑ましく思っていると、野薔薇ちゃんに香葉先輩も行くのよ! と引っ張られた。
「あ、スライスチーズとピザ用チーズだけ入れちゃうから待って?」
「チーズもいっぱいあんのな? どれにすんの?」
「コレとコレかな? よし、お菓子売り場行こっか」
「香葉ママ、早く早く! 真希さんが好きそうな新作のお菓子があったの!」
「もう……またママって呼ぶー」
グイグイ私を引っ張って、乳製品売り場から引き離す野薔薇ちゃんに苦笑していると、恵君がゆったりとした足取りで、任せていたカートを押しながら付いてきた。その後ろから誰かが付いて来ていたけれど、遅いと怒った野薔薇ちゃんに引き摺られて行ったので、どんな人が付いて来ていたのかは見えなかった。
「あ、香葉ママやっと来た」
「悠仁君もまたママ呼びしてる……」
先にお菓子売り場に戻っていた悠仁君にも、野薔薇ちゃんと同じようにママ呼びされ、それが定着しかけている事に苦笑していると、恵君が少し遅れて合流した。さっきの人は大丈夫だったんだろうか?
「恵君、さっき後ろにいた人は?」
「あぁ……買いたい物の場所が分からなくて、困ってたみたいなんで教えてあげました」
「あ、そうなんだ? 優しいね? 恵君」
「……いえ」
「なになに? 伏黒。香葉ママに褒められて照れてんの?」
「照れてない」
「ほらほら、さっさとお菓子決めないとレジ行っちゃうよ?」
みんなの好きそうなお菓子をカゴに入れて、会計をする為にレジに並んでいると、スマホが震えるのを感じた。誰かが追加で必要な物が出来たのかなと思って、ポケットからスマホを出すと、棘君からの連絡だった事にビックリして、スマホを手から落としそうになった。電話だったので慌てて出ると、お風呂上がりに食べるアイスがないから買って来て欲しいとの事だった。恵君にそのままカートを任せると、通話したままアイス売り場に向かって、冷凍ケースを覗いた。
「アイスどんなのが良いの? カップアイスとか棒付きとかあるじゃない?」
「『こんぶ』」
「え……? 棘君?!」
「しゃけ」
通話口とそことは別の場所から、ほぼ同時にコレと聞こえてきた声を辿ってそちらを見ると、買って欲しいアイスをこちらに差し出しながら、少し気まずそうに立っている棘君がいた。朝はキスされてたなんて知らなかったから平気だったけど、今はどんな顔をして彼と会えばいいのか分からない。どうしたら良いのか分からなくて俯いていると、野薔薇ちゃんに会計の順番来たから早くと引っ張られ、棘君もアイスを抱えて付いてきた。
「いっぱい買ったな!」
「そうだな」
「狗巻先輩召喚して正解だったな?」
「狗巻先輩は用事があるからダメよ。虎杖、伏黒、アンタ達コレも持ちなさい」
「何でだよ!」
「煩いわね! 私が持てって言ってるんだから持ちなさいよ! 先輩達、私達アイスあるから先に帰るわ。夕飯楽しみにしてるから早く帰って来てよね? ほら、行くわよ」
「へいへい……」
悠仁君は野薔薇ちゃんには勝てないんだなと、苦笑して彼らを見送っていると、棘君に手を引かれて近くの公園へとやってきた。子供達が元気に走り回っている姿を見ながら、ベンチに並んで座ると、二人の間に沈黙が流れた。何を話せばいいんだろう? いつもなら他愛もない話が出来たのに、今はそれすらも出来ない。きっとあの日の事だとは思うけど、怖くてこちらからは話を振れないでいる。
「香葉……」
「は、はい!」
「……ツナ こんぶ いくら?」
棘君はあの日私に許可なくキスし、してないと誤魔化した事を謝罪した。そして、それに対して嫌だったかどうかを問うた。そんなの答えは一つしかない。嫌じゃない。私は棘君が好きだから嫌なわけが無い。確かに揶揄われたと少し悲しくなったけど、嫌いになったりは全くなかったし、こうして隣に並んで座って、手を繋いでいるだけでもドキドキする。
「棘君、私は嫌じゃなかったよ。こうして隣にいるだけでもドキドキするし……その、私……」
「香葉」
私が棘君に好きだと言おうとしたのを察したように、彼はそれを私の名前を呼んで遮った。え? 言うなって事? と棘君を見つめると、繋いでいる手に少し力が込められ、意を決したようにこちらを向いた彼の、吸い込まれそうな綺麗な瞳に私の姿が映った。そして、普段隠されている彼の唇が姿を見せると、ゆっくりと開き、『す、き』と紡がれたのを見た瞬間、色んな感情が溢れ、それが涙として頬を伝っていた。
「高菜?! おかか?」
「違っ……嬉しいの。私も棘君が好きだから。でも、友達とか仲間の好きかなって思ってたから、まさか両想いだなんて思ってなくて……ビックリしちゃったんだと思う」
ごめんね? とハンカチで涙を拭っていると、棘君の顔が私の目尻に寄せられ、そのままチュッと涙を吸い取られた。棘君のその行動に驚いて涙は止まった。心臓も一緒に止まりそうになったから、なるべくなら止めて頂きたい。
「棘君、もう大丈夫だから帰ろっか?」
「しゃけ こんぶ!」
「え? このまま帰るの?」
「しゃけ! おかか?」
「あの……私も、このままがいい……」
私の返事を聞いた棘君は嬉しそうに笑って、ギュッと繋いでいる手を握り直した。彼の私よりも大きくて温かい手に、安心するのと共に、ドキドキと痛い位心臓が早鐘を打ち、頬だけじゃなく顔全体が熱く火照るのを感じた。棘君に真っ赤になっている顔を見られないようにと俯いていると、急に立ち止まった彼の背中に顔からダイブした。彼の背中にぶつけた鼻を擦り、ごめんと謝罪しながら顔を上げると、目の前に棘君の綺麗な顔があった。驚いてそのまま見つめていると、チュッと掠め取るようにキスを一つした彼は、私の手を引いて再び歩き始めた。その時に見えた棘君の耳は、私の頬と同じ位真っ赤に染まっていた。
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