『かけがえのない時間』
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「棘君! 今から一年生達と任務行って、帰りに買い出し行くんだけど、何か買い足す物あったりする?」
「お、おかか!」
「そう? 何か必要な物出来たら連絡してね?」
「しゃ、しゃけ」
今日は朝から棘君の様子が変だった。真希ちゃんとパンダ君と話す時は彼らの顔を見て話すのに、私と話す時は気まずそうに視線を逸らしたり、今のように言葉に詰まったり、話し掛けようとしたらいなくなっていたり。もしかして、私が気付かない内に棘君の気に障ることを何かしてしまったのかな? ユズが『棘が可哀想』って言っていたし、その可能性は高い気がする。知らず知らずのうちにはぁー……と重い溜息を吐いていたようで、悠仁君にどったの? と聞かれて一年生達に理由を話すと、野薔薇ちゃんがなるほどねぇ? と何かに気付いたように頷いていた。
「香葉先輩、あの日本当はキスされてたりしません?」
「え? それはないと思うよ?」
「何で?」
「だって、棘君に指で触っただけって言われたし……」
あの日、彼に言われた事を思い出しながら野薔薇ちゃん達に伝えると、野薔薇ちゃんと恵君に柚葉と同じ顔をされ、悠仁君は首を傾げていた。え? 何でそんな顔すんの?
「伏黒、やれ」
「……何で俺なんだよ。虎杖でもいいだろ」
「虎杖の手じゃゴツすぎて狗巻先輩の手の再現出来ないじゃない」
「ヒソッ(…… 香葉先輩の唇に触ったなんて知れたら狗巻先輩に殺されるだろ)」
「ヒソッ(その狗巻先輩が香葉先輩避けてる原因を探ってるんだからやりなさいよ)」
ヒソヒソと話している野薔薇ちゃん達の言葉は聞こえないので、ゆったりと流れる外の景色を眺めながら、様子がおかしい彼のことを考える。最近は棘君といい感じの雰囲気だったと思っていたので、今日の彼の態度は余計に辛いものがあった。好きな人に避けられるなんて、私は彼に何をしてしまったんだろう? 再び溜息を吐いて落ち込みそうになっていた私を、止めるように恵君の落ち着いた声が呼んだ。
「香葉先輩」
「なぁに?」
「…………」
「恵君? あの、近……んっ?!」
あの日、保健室で棘君にされた事を恵君にもされた。けど、違うかった。人が違うのだから、唇に触れる指の感じだとか体温だとかが違うのは分かっている。違うかったのはそこじゃなかった。あの日、棘君の左手は私の目を隠し、右手は私の手と指を絡めて繋いでいた。つまり、唇に指で触れるなんて不可能なのだ。それに気付いてしまった私が、真っ赤になった顔を両手で隠して俯いていると、野薔薇ちゃんがニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「香葉先輩? もしかして、チュウしてた感じ?」
「…………は、ぃ」
「あ、真希さん? 野薔薇です! 今伏黒に狗巻先輩がやった事と同じ事させてみたんですけど、狗巻先輩『黒』です」
『へぇー? パンダ! 棘確保!』
『はいはーい』
『お、おかかぁぁあ!!』
野薔薇ちゃんのスマホから同級生の騒ぐ声が聞こえて来て、棘君大丈夫かなと苦笑しながら聞き流していると、何でか恵君にジッと見られていた。どうかしたの? と彼に声を掛けると、彼は気まずそうに視線を逸らしながらすいませんと謝罪を口にした。
「何で謝るの? 別にキスした訳じゃないんだから気にしなくて大丈夫だよ? むしろ、私の方がありがとうってお礼言わなきゃいけないのに」
「いや、でも……」
「私、皆だったら唇に指で触られる位で怒ったりしないよ? 好きだもん」
「マジ?! 香葉先輩優しすぎない? 私なら絶対嫌! 男なんて特に無理」
「じゃあ、私が触るのもダメ? 野薔薇ちゃんの唇綺麗だから触ってみたかったんだけど……」
「ゔっ……香葉先輩と真希さんなら許す」
それなら今度触らせてね? と彼女に笑って言うと、考えとくと返って来た。彼女と色々話していると、補助監督さんにそろそろ着きますと言われ、窓の外に視線を向けて暫くすると、車がゆっくりと停止した。今日の任務場所は今も普通に使われているトンネルのようだった。
「トンネル……?」
「はい。以前若い女性が数人の男に暴行され、あまりのショックに耐え切れなくて自ら命を絶った場所がこの近くにありまして、その女性の霊が出ると噂になり、若者が肝試しに良く使用しているようです。尚、恐怖体験やケガなどの被害は全員男性のみが体験しています」
「そんな凄惨な現場が……っていうか、その女の人ってあの人かな?」
「イタカッタ……ユルセナイ……オトコナンテ……ゼンインシネバイイ……」
「あれは男を大分恨んでるわね……」
私と野薔薇ちゃんには全く視線を寄越さず、その女性の霊は悠仁君と恵君へと鋭い視線を向けており、男性のみが彼女の恨みの対象なんだと察することが出来た。今の状態だとそこまで呪霊としての階級は高くないだろうと思うけれど、このまま祓ってしまって良いのだろうかと思わない事もなかった。
「さっさと祓うぞ」
「あの……ちょっと待って?」
「香葉先輩? どうするの?」
みんなが見守る中ゆっくりと歩み寄り、悲し気に佇む彼女へと視線を向ける。彼女の表情から読み取れるのはどうして? という困惑と、いきなり未来を奪われた悔しさ、自分をそんな目に遭わせた犯人と同じ性別の男性に向けての恨みという複雑なものだった。兎に角話を聞いてみようと彼女に声を掛ける。
「あ、あの……ここに良く現れる幽霊さんですか?」
「……ソウネ……アノ子達ハ殺シテイイカシラ?」
「ダメ! あの子達はあなたに酷い事した人じゃないの。私が話しを聞くから、ね? 何があったの?」
「……アノ日、好キダッタ人ニ呼ビ出サレタノ。嬉シクテ……何処ニ行クノカトカ、特ニ深ク考エナカッタ。ドライブニ行コウッテ言ワレテ、嬉々トシテ付イテ行ッタ。行ッテシマッタノ……」
後悔を全面に出したような声で話してくれた彼女に、好きな人に呼ばれたら行っちゃうのは普通の事だと思うと伝えると、少し驚いた表情をした後、続きを話してくれた。
「着イタヨッテ言ワレテ下リタラ、ニヤニヤ笑ッテコッチヲ見テル知ラナイ男ガ数人イタ。困惑シテル私ノ背中ヲ押シテ、彼ハ『好キナヨウニシテイイッスヨ? ソノ代ワリ例ノ事頼ミマスヨ?』ト言イ放ッタ」
「まさか……あなたを売ったの?」
彼女の震える声に耳を傾けていたら、衝撃の言葉が聞こえてきて絶句した。自分に好意を寄せている女の子を、自分の目的の為に利用するなんてそんなの酷過ぎる。自分が棘君にそんな事をされたらと考えたら、絶望しかなかった。
「自分ノ好キダッタ彼ノ見テル前デ、知ラナイ男達ニ好キナヨウニ蹂躙サレル絶望感ハ、例エヨウノナイモノダッタ……私ハ何デコンナ男ヲ好キニナッタンダロウトサエ思ッタ。事ガ終ワッタ彼ラハ私ヲ置キ去リニシテ帰ッテイッタ……」
「酷過ぎる……」
「ソレデモ暫クハ生キテタノ……デモ、友達ダト思ッテタ人ガ私ノ好キダッタ人ト付キ合ッテタノヲ知ッテ、更ニ私ヲ襲ウヨウニ仕向ケタノヲ知ッテ……何ヲ信ジタライイノカ分カラナクテ、辛過ギテ生キテイクナンテ出来ナクテ、タクシーデコノ場所ニ来テ命ヲ絶ッタ……デモ、アノ男達サエイナケレバ私ハコンナ事ニハナラナカッタノニッテ思ッタラ、男ガ憎クテ仕方ナクテ……」
「それで呪霊になっちゃったんだね……辛かったね? もうそんな嫌な事なんて忘れて次生まれ変わってうんと幸せになろう? そういう奴は絶対因果応報で不幸になるから、あなたは成仏しよう?」
「私ノ話……聞イテクレル人ナンテ今マデイナカッタ……ホイホイ付イテ行ッタオ前ガ悪イッテ言ワレルダケダッタノニ……アリガトウ……」
彼女はそう言うと、とても可愛い笑顔で私に手を振って成仏していった。良かったと彼女が昇って行った空を見上げていると、野薔薇ちゃん達一年生が、すごいと感心したように走り寄って来た。あー……もう、私の後輩可愛すぎない? よすよすと撫でたくりたい気持ちを抑えて彼らを見上げると、買い出し行こうかと声を掛けた。
「香葉先輩、さっきのどうやって祓ったの?」
「祓ってないよ? 成仏したの。さっきの子はね? すごい酷い事をされたのに、誰も彼女の話を聞いてあげなかったの。お前が悪いって一方的に言い放ったの。だから、彼女は話を聞いて辛かったねって言ってくれる人が欲しかっただけだったんだよ」
みんなからの追加の買い出しがないか確認しながら、さっきの呪霊について話していると、野薔薇ちゃんにやっぱり香葉先輩って凄いのね。と褒められた。え? 野薔薇ちゃんにそう言われるの嬉しい、泣きそう。
「私だったら話は聞けても慰める事が出来ないと思うのよね。だから、そういうトコ凄いなって思う」
「嬉しい!! 今日は野薔薇ちゃんの食べたいご飯にしようね!!」
「うぶっ!! ん゛ー!! ぷはっ!! 香葉先輩!! その乳で窒息死させるのは狗巻先輩にして!! 私はまだ死にたくない!」
「え? ごめんね? 苦しかった?」
「柔らかくていい匂いしたけど苦しかった!」
そう言いつつ、私の胸に凭れるように頭を寄せる野薔薇ちゃんが、悠仁君と恵君に良いだろうと自慢げな表情を浮かべていたなんて知る由もなく、野薔薇ちゃんは何が食べたいっていうかなと夕飯の献立に思いを馳せていた。
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