『かけがえのない時間』
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未だに目を閉じたままの棘君を膝に乗せ、高専へと車で帰りながらふと浮かんだのは、硝子さんへの報告だった。スマホをポケットから出して、棘君が私を庇って怪我をした事、それを一応は反転術式を使って治療したけど、不安だから診て欲しい事を書いて送信した。硝子さん高専に居てくれたらいいけどなと思って返事を待っていると、今から高専に向かう事、反転術式習得おめでとうと書かれたメッセージが返ってきた。
「香葉ちゃん、そろそろ着くよ」
「あ、はい!」
「狗巻術師は起きそうにない?」
「そうですね……」
ぐっすりと寝入っている彼を起こすのも可哀想だし、また柚葉に頼もうかと思っていたら、任務から戻っていたのだろうパンダ君が出迎えてくれた。ありがとう、パンダ君! 今度カルパスいっぱい買ってくるね! という言葉は胸に秘めたまま、私の膝にいた棘君を彼に抱き上げて貰おうとしたら、ドアを開けて暫く固まっていた。え? なに?
「膝枕……お前らやっと付き合い始めたのか?」
「ち、違うよ! とにかく先に硝子さんのトコ行こ!」
「あぁ」
「じゃあ、坂元さんお疲れ様でした!」
坂元さんが何か言いたそうにしていたけれど、私には棘君の方が大事なので、彼の話は今度聞く事にしてパンダ君と共に校舎内へと向かった。バタバタと保健室にいるであろう硝子さんの元に駆け込むと、棘君をベッドへ寝かせるように言われ、パンダ君に彼を寝かせて貰うと、直ぐに硝子さんが彼の状態を診てくれた。
「硝子さん! 棘君どうですか? 大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だよ。山桜桃のおかげでちゃんと傷も塞がってる。ちゃんと反転術式使えたな」
「本当ですか?! 良かった……」
安堵からペタリとその場に座り込んだ私の頭を、良く出来ましたと撫でてくれた硝子さんに、これでこれから私がいない時は山桜桃に頼めるなと笑われた。え? あれ本気だったの? と硝子さんを見上げると、もちろん! といい笑顔で返された。
「硝子硝子」
「どうした、パンダ」
「さっき棘拾いに行ったら香葉の膝枕で寝てた」
「へぇー?」
「パ、パンダ君!!」
「あら、行きなんてもっと酷かったわよ? 補助監督の坂元だっけ? アイツが香葉口説いてたから、棘が見せつけるみたいに膝枕強請ってたし、起きてからも暫くこの子のお腹に顔埋めて引っ付いてたもの」
「ユ、ユズ!!」
「「へぇー?」」
「もう! 二人ともニヤニヤしないで!!」
もうそこまでイチャつくなら早く付き合えばいいのにと言われたけど、棘君の気持ちが分からない以上無理な話だった。私はもちろん棘君の彼女になれるならなりたい。けど、私がなりたくても、棘君にその気がなければどうにも出来ない。期待してもいいのかな? と思ったけど、これでそんなつもりじゃなかったとか言われたら辛いから、やっぱり期待はしないようにしよう。うん。
「お? 棘が起きたぞ」
「棘君、大丈夫?」
「しゃけ」
「良かった……」
「お前の怪我は香葉が治したんだってよ。硝子には治ってるか確認して貰っただけだ」
「んじゃ、私は五条に起きた事連絡してくる。柚葉も来るか? アイツさっき高級チョコ持ってたぞ?」
「行く!!」
「俺も正道のトコ行ってくる」
「え? ちょっ、え?!」
ごゆっくり〜♡ とニヤニヤしながら保健室を出て行った三人を引き止める間もなく、ピシャンと扉が閉められた。棘君と二人きり。そういえば、私が怪我をする前に棘君から話があるって言われた事も、まだ聞けずにいたっけ。この機会に聞けたらいいな。
「棘君、怪我はどう? まだ痛む?」
「おかか 高菜」
「良かった……あの時、いきなり棘君が倒れたから何が起きたのか分からなくてビックリしちゃって、最初は反転術式出来なかったの。でも、ユズが叱ってくれたから棘君を助けられたよ! あ、車まで棘君運んだのもユズだからね?」
「ツナマヨ?」
「うん!」
後でお菓子催促するかもと棘君に伝えると、高菜! と返ってきた。お菓子のストックがあるって事かな? と思っていると、さっき硝子さんにされたように、棘君にも頭を撫でられた。え? と彼を見ると、こんぶ ツナマヨ! と言いながら笑って撫で続けている。彼の頭の撫で方は優しくて、とても気持ちがいいんだけど、好きな人に撫でられるのは、ドキドキして顔に熱が集まっていくのが分かる。
「棘君、あの……」
「おかか?」
「え? あ、違うの! 嫌とかじゃなくて……」
あの、えっと……と何て言おうかと悩んでいると、彼は私の頭から手を退けた。それを少し残念に思っていると、今度はそのまま私の手をそっと握ってきた。彼のその行動に驚いて俯いていた顔を上げると、こちらをジッと見つめる綺麗な紫の瞳に囚われた。お互いに逸らす事無く、ジッと見つめ合っている事に耐え切れなくて、ギュッと目を閉じて彼の名前を口にしようと開いた唇は、柔らかくて温かいものによって塞がれた。それに驚いて目を開けようとしたけれど、彼の手の平によって遮られていたからそれは叶わなかった。
「棘君……? 今……」
「こんぶ すじこ おかか」
「も、もう! ビックリしたじゃない!」
彼に唇を指で押しただけ。キスしたかと思った? と、イタズラが成功した子供のように無邪気に笑いながら言われ、心臓に悪いイタズラはしないで! と怒ると、真剣な表情でイタズラじゃなかったら良いの? と問われた。それってどういう事? と彼に問い掛けようとしたら、ガラッと保健室の扉が開いた。またいいところで邪魔されたなと思っていると、腕から血を流している七海さんがそこにいた。
「大丈夫ですか?!」
「家入さんは、いないみたいですね……出直します」
「私も反転術式出来るようになったので、硝子さんの代わりに私が治療します!」
「では、お願いします」
反転術式を展開させて治療し、七海さんに腕の調子はどうかと問うと、問題ないと言われたので安堵する。任務に戻ると言う七海さんを気を付けてと見送ると、硝子さんとユズが戻って来た。絶対わざとだなと思いながらもおかえりなさいと迎えると、二人はチッと舌打ちをした。え? なに?
「折角二人きりにして一発位出来る時間やったのに……狗巻お前ヘタレだな」
「おかか」
「しょ、硝子さん! なんて事言うんですか!」
「香葉、そろそろ部屋戻らない? 眠い……」
「そうよね、今日頑張ってくれたもんね? ちょっとユズ置いて来るね?」
「しゃけ こんぶ いくら」
「んー……そうね? お礼は可愛いパッケージのチョコレートでいいわよ?」
「しゃけ!」
「もう……じゃあ、ちょっと寝かせて来るね?」
柚葉を肩に乗せて保健室を後にして廊下を歩いていると、棘君と本当に何もなかったのかと柚葉に聞かれた私は、さっき心臓に悪いイタズラをされたけど何にもなかったと伝えると、どんなイタズラ? と聞かれた。どんなって……今思い出しても恥ずかしい勘違いをしたなって思う。だって、キスされたかと本当に思ったんだもん。棘君にされたイタズラを柚葉に話すと、呆れた顔をされた。え? 何でそんな顔するの? 恥ずかしい勘違いしたからって事?
「ハッキリ言わないあの子も悪いけど、ここまで来ると棘が可哀想……」
「え? 何で棘君が可哀想?」
「はぁ……疲れたから寝るわ」
「ちょっとユズ! 何で?!」
何度呼び掛けても眠りに就いてしまった柚葉は起きてくれなくて、彼女が言った言葉の意味を教えて貰う事は出来なかった。
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「お前、本当は山桜桃と何かあっただろ?」
「……お、かか」
「ほぉ? あくまでも白を切るってか? ここに釘崎達を召喚しても良いんだぞ?」
「おかか!」
「で? 何した?」
「…………」
余程言い難かったのか、スマホをポチポチと操作して俯いたまま、グッとこちらに画面を見せて来たそれに目を通して驚いた。『香葉とキスした』……? でも、山桜桃はそんな感じがなかった。アイツは分かりやすいから、狗巻とそんな事をしたのなら直ぐに分かるはずだ。じゃあ、何で山桜桃はあんなに普通だった?
「『香葉は俺がキスしたって知らないから』ってどういう事だ? え? 『見えないように手で目隠しして唇に指で触れたって言った』って、お前……そこはもうそのまま好きだって言えよ……」
「おかか! ツナ すじこ!」
「言おうとしたら七海が来たって?」
「……しゃけ」
「なるほどな? それにしても山桜桃はそんな古典的なウソに引っ掛かるんだな? 純粋というか何というか……」
「しゃけ」
「まぁ、頑張れ」
「……明太子」
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