『かけがえのない時間』
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「香葉ちゃん、今日も可愛いね?」
「あ、はは……あ、りがとうございます……」
「ちょっと棘、アイツ何?」
「……すじこ ツナ こんぶ」
「ふーん……?」
棘君と共に補助監督の元に向かうと、たまに私の任務の送迎をしてくれている人がいた。この人の名前は坂元さんだ。そんな彼に後部座席の扉を開けて貰いながら車に乗り込んだ。私の何が気に入ったのか、彼は会う度に冒頭のように可愛いねと褒めてくれるけれど、私が褒められて嬉しいのは彼ではなく、棘君を始めとする周りの人達だ。だから、彼に何を言われようと私は何とも思わないし、響かない。むしろ、さっきから何か言いたそうに私を見る柚葉と不機嫌そうな棘君が気になって仕方ない。柚葉は大方坂元さんが気に入らないんだろうと思うけれど、棘君が不機嫌そうなのは理由が分からない。
「棘君、あの、私何かしちゃった?」
「……おかか」
「本当に?」
「……しゃけ こんぶ」
「え? あの……ど、うぞ……?」
彼に膝を貸して欲しいと言われた私は、ドキドキと高鳴る胸に比例して、少しずつ熱を持ち始めた頬を隠すように俯いた。下ろしている髪のお陰で、運転している彼には私の表情は見えないだろう。そう思って俯いていると私の膝にいる棘君と目が合った。ゔっ……目が綺麗。やっぱり好きだなぁと思っていると、ニコッと機嫌が直ったように笑ってくれた。ズルいなぁ……。
「狗巻術師、体調でも悪いんですか?」
「しゃけ ツナマヨ 明太子」
「え? 何て?」
「あ……えっと、昨日いつも見てる大食いの動画見てて寝不足みたいで、少し眠いみたいです」
「ふーん……?」
運転している坂元さんが、訝し気にバックミラー越しでこちらを見ていたけれど、笑って誤魔化しておいた。棘君にそう言っておいてと言われた私は、ウソがバレないか冷や冷やしたけれど、どうやらバレなかったらしい。良かった。
「棘君、首痛くない?」
「しゃけ 高菜」
「そっか……着いたら起こすから寝てていいよ?」
「しゃけ」
彼のサラサラとした柔らかい髪を撫で、綺麗な紫水晶のような瞳が閉じたのを見届けると、フッと笑みが零れた。睫毛長い。バッサバサだな……。そういえば恵君も五条先生も長かったな。ウチの学校の男子みんな睫毛長くない? 羨ましいんだけど。
「香葉ちゃん、最近任務行ってなかったみたいだけど体調不良とかだったの?」
「あー……はい。そんな感じです」
「もう大丈夫なの?」
「本当はまだ硝子さんからは軽い運動までしか許して貰ってなかったんですけど、この世界は人手不足ですから。そんな事言ってられなくなったみたいです」
私一人の任務じゃなくて、棘君と柚葉が一緒にいるので大丈夫です! と、私の膝枕でスヤスヤとあどけない表情で眠っている棘君を一度見下ろし、坂元さんに向かって笑って答えると、彼は少し面白くなさそうな表情を見せた。何か気に障る事を言ってしまったのだろうか?
「ふふっ、諦めたらいいのに」
「ユズ? 何の話?」
「何でもないわ」
「あの、坂元さん。何か気に障る事言っちゃいました?」
「いや、大丈夫。何でもないよ」
「ん……」
「棘君? 起きたの?」
「んー……おかか ツナ」
ギュッと私の腰に腕を回し、腹部に顔を埋めてまだ眠いと甘える彼の髪を撫でながら、甘えっ子な棘君可愛いとキュンとしていると、坂元さんがもうすぐ着きますよと少し苛立ったような声音で告げた。やっぱり何か怒っている気がする。どうしたらいいのかなと思っている私に、柚葉が気にしなくていいのよと答えた。そうこうしているうちにゆっくりと車がその動きを止め、坂元さんが後部座席側のドアを開けてくれた。
「ありがとうございます! ココって有名な進学校ですよね?」
「あ、うん。日々の勉強、テストの点数で決まる優劣、そういう常に他者と競争している場所だから負の感情が溜まりやすいんだろうね?」
「なるほど」
「今回の呪霊は二級一体と三級相当が一体だって聞いてるよ」
「分かりました。被害はどんなのが?」
「夜の見回りをしていた警備員二名と、補習で残っていた三名の生徒が行方不明になってるみたい」
「じゃあ、生きてれば保護、死んでたら回収って事ですか……生きてて欲しいなぁ……」
「高菜 明太子」
「うん! 頑張ろう! ユズ、行くよ」
「はいはい」
坂元さんに帳を下ろしてもらうと、棘君と肩にいる柚葉と共に校舎へと歩みを進めた。外観はとても綺麗で、さすが有名な進学校だなと上を見ながら歩いていると、いつも通り何かに躓き体が前に傾いた。あ、ヤバ。と思って転ぶのを覚悟したら、その衝撃は一向に来ず、おかしいな? と思って目を開けると、棘君の腕に支えられていた。
「こんぶ ツナ おかか!」
「はい、ごめんなさい……」
「アンタ病み上がりなんだから気を付けなさいよ!」
「はい……」
彼に危ないからよそ見しない! と怒られ、柚葉にも怒られてしょんぼりしながら俯いていると、私のより大きな彼の手がぽんぽんと頭を撫でた。そして、そのまま私の手を引いて歩き出したのには驚いた。私が怪我をしてから、やっぱり棘君のスキンシップが過多な気がするんだよね。真希ちゃんとパンダ君に言ってもそうか? って言われただけだったし、やっぱり私の気のせいなのかな? そんな事を思いながらも、棘君と共に校舎内へと歩みを進め、昇降口の扉を開けると、中の嫌な空気でゾワッと鳥肌が立った。
「ツナツナ」
「うん……ヤな感じだね……」
「高菜?」
「大丈夫だよ。心配ありがとう」
「香葉、来たわよ」
柚葉の言葉にそちらを向くと、三級程度の呪霊が数体こちらに向かって駆け出してくるところだった。坂元さんの嘘つき。一体って言ったじゃん。棘君には二級の相手をして貰いたいから、ここは私が祓わないと。刀を鞘から抜き、私の肩から降りて等身を変えた柚葉と共に構えると、三級呪霊に複数回斬撃をお見舞いして細切れにして祓った。半分柚葉の八つ当たりのような気もしたけれど、私が怪我をして以来初めての任務だから、暴走しない程度に好きにさせる事にした。
「二級、出て来ないね?」
「しゃけ」
「さっきの三級だけって事はなさそうだけど……」
「香葉! あそこ!」
「あれって……行方不明の人達?」
校舎内を歩いて回り二階を歩いていた時、柚葉が何かを見つけた。柚葉の指が示す方を棘君と見ると、そこには行方不明になっていた人達が廊下の壁に凭れるように座っていた。警備員の方はもう亡くなっているのが分かったけれど、生徒の方は呪いにあてられぐったりとしてはいるが、そこまで酷い外傷はなさそうだ。そこに駆け寄って、大丈夫ですか? と声を掛けると、それを待っていたように後ろの壁から呪霊が現れ、鋭い爪でこちらを引っ掻くように腕を伸ばしてきたのを、後方に飛び退いて躱した。
「そう何度もやられたりしない」
「香葉……」
もうあんな風に油断したりしない。みんなにいっぱい心配掛けちゃったし、私のせいで恵君とユズにあんな顔をさせてしまった。それに、棘君にも。無茶も無理もしないけど、あの一件で色んな面で強くなりたいと思ったから。今日は私が頑張る。
「ユズ、あの人達をお願い」
「仕方ないわね。棘、香葉を頼むわよ」
「しゃけ!」
「棘君、とりあえずここから離れよう」
「しゃけ」
柚葉と行方不明者から距離を取るように廊下を走り、呪霊の意識を私達に向けるように仕向けながら校舎の中を走り続け、一番離れた場所で足を止めた。体力落ちてるな。ちょっとしんどい。はぁはぁと息を整えていると、前を向いたまま棘君に大丈夫かと聞かれたので、深呼吸を一度して大丈夫! と答えた。呪霊がいつ攻撃を仕掛けて来るかと、刀を構えて待っていても一向に来ないので、こちらから仕掛けようと足を一歩前に出すと、床に亀裂が入り、巨大化した二級が私達がいた建物ごと破壊した。その衝撃で宙に投げ出された私を抱え、棘君は何事もなかったように校庭へと着地した。
「ゴメンね? ありがとう」
「しゃけ」
「あんなにおっきくなっちゃったら祓うの大変そうだね……」
「高菜 明太子」
「そうだね! 私も頑張る!」
巨大化した二級呪霊がこちらに気付き、さっきの何倍も太くなった腕を振り下ろしてきた。それを避け、呪霊の腕を駆け上がって刀を振り下ろし、そのまま斬り落とそうとしたが、硬くて傷を付ける事が限界だった。一度じゃ無理なら何度か斬ってみればいいと試みるも、細かい傷が付くだけで致命傷は与えられなかった。
「ユズがいれば……!」
「潰れろ!」
私が斬れなかった呪霊を、棘君はいとも簡単に祓っていて、自分との大きな力の差を感じた。素直に凄いなと思う気持ちと、祓えなかった悔しさが入り混じり、複雑な気持ちでいた私の前で棘君が倒れ込んだ。一体何が起こったの? 何が起こったのか全然分からなくて、困惑したまま彼に反転術式を展開しようとするも、上手く集中出来なくて一向に上手くいかなかった。
「なんで?! なんで出来ないの?! やり方は理解してる! 感覚も何となくではあるけど掴んだ! なのにどうして?」
「香葉! 落ち着きなさい!」
「柚葉……」
「棘は多分、さっきの呪霊の最後の抵抗を受けたのよ。アンタを狙ってたのを棘が受けたの」
「そんな! なんで……」
「棘を救いたいならアンタが今ここでやるしかないのよ」
出来るでしょ? という柚葉の視線に頷くと、集中して術式を展開し、彼が受けた腹部の傷に手を翳すと、さっきまで痛みで苦しそうに顔を顰めていた棘君の表情が和らぎ、呼吸も深いものへと変わっていくのを感じて安堵の息を吐き出した。良かった。出来た。
「ユズ、ありがとう。ユズがいなかったら私出来なかった」
「そんな事ないわ。香葉なら私がいなくても出来たわよ。だって棘は『大事な人』でしょう?」
「ゆ、ユズ!」
「心配しなくても大丈夫よ? 棘なら今は気絶してるもの」
「え? 気絶してたらどうやって連れて帰るの? 坂元さん運んでくれるかな?」
「棘位なら私が運ぶわよ。流石にパンダみたいな大きさのは運べないけど、棘位なら何ともないわ」
そういうと柚葉は棘君を軽々と抱き上げ、車の近くで待機していた坂元さんの元へと向かうと、彼に視線で早くドアを開けろと促した。柚葉の指示で坂元さんが慌てて開けると、彼を後部座席に寝かせ、自分は肩乗りサイズへと戻っていた。私も棘君の隣に座り、彼の頭を行きのように膝に乗せると、眠っている彼を見下ろした。呼吸も脈も正常だから大丈夫と、自分に言い聞かせるようにしながら、少しでも早く高専への帰宅を願ったのだった。
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