『かけがえのない時間』
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山桜桃が怪我をして帰って来て早いもので一週間が経過した。彼女が怪我をして帰ってきたあの日は大変だった。 一緒に任務に行った伏黒と柚葉は守れなかったと自分を責め、山桜桃が怪我をして戻って来たと聞いた狗巻は、保健室に飛び込んで来た時、彼女がぐったりとベッドに横たわっている姿を見て顔面蒼白になって立ち尽くしていた。他の面々も続々と駆け込んで来て、狭い保健室は人で溢れ返り、それらを大丈夫だからと追い出したのは記憶に新しい。
山桜桃が怪我をして戻ったその日から毎日、時間が出来れば山桜桃の眠るベッドの傍に座って彼女が起きるのを待つ狗巻に、そっとココアを入れたマグカップを差し出したのは彼女が眠り続けて六日目の事だ。
「そんなに心配しなくてもそろそろ起きるさ」
「……しゃけ」
「それよりも、お前、ちゃんと寝てないだろ?」
「……おかか こんぶ!」
「私は確かに寝てないが、大人だからいいんだよ。でも、お前はまだ成長期だ。ちゃんと寝ないと身長も伸びないぞ?」
狗巻の頭をポンポンと触ると仕事をする為に机へと移動し、早く寝ろよとイスに座ってカルテなどを見ながら声を掛けたが、狗巻が移動する気配はなく、山桜桃の手を握って突っ伏して寝る体勢になっていた。
「はぁー……分かった。こっちのベッドを寄せてやるからそこで寝ろ」
「しゃけ ツナマヨ!」
「今日だけだからな? 明日からはちゃんと部屋で寝ろよ」
「しゃけしゃけ!」
いそいそとベッドを山桜桃の方へ寄せ、隣にコロンと転がった狗巻は、彼女の小さな手をキュッと握ると満足そうに目を閉じた。山桜桃と手を繋ぐ事で、彼女が生きていると感じられ、安心するんだろうなと寝息を立て始めた彼に布団を掛けながら思っていると、保健室の扉が再び開いた。
「硝子、香葉は?」
「落ち着いてるよ。出血量は多かったが傷もそこまで深くはないし、痕も薄っすら残る程度だろう。心配ない」
「そっか。香葉はいつ起きるの?」
「さぁな? それは私にも分からん」
「で? 棘は何でここで寝てんの?」
「山桜桃が心配過ぎて眠れないみたいだから、今日だけって約束でそこで寝る事を許可したんだよ」
「ふーん? 硝子も香葉達が関わると甘くなるんだねぇ?」
ニヤニヤとこちらを見て笑うヤツの尻に蹴りを入れると、五条はベッドに横たわる山桜桃を見つめ、香葉が起きたら発狂しそうだね? と笑いながらその様子を数枚スマホで撮影すると、油断大敵っていつも教えてたのに、本当に困った子だねと軽く彼女の柔らかい頬を抓ると保健室を出て行った。
「お前がいないだけで高専は毎日お通夜みたいに静かだぞ? 早く起きろ山桜桃」
狗巻に手を握られ、五条に頬を抓られても微動だにしない彼女の髪を撫で、二人が寝ている所にカーテンをすると、残りの仕事を片付ける為にコーヒーを淹れ直し机へと向かった。
——翌日……
「狗巻、そろそろ起きて部屋に着替えに戻れ」
「んー……しゃけ」
のそのそとベッドから起き出し、寝ぼけ眼のままフラフラと保健室を出て行く姿を見送ると、一人ベッドで眠ったままの山桜桃に視線を落とす。彼女の少し乱れた髪をサラッと撫でると、彼女の瞳を縁取る長い睫毛がピクッと動いたような気がし、彼女に声を掛けてみた。
「山桜桃?」
「ん……硝子、さん……?」
「ったく。やっと起きたか、寝坊助が……」
「あはは……おはようございます」
困ったように笑う彼女のまだ少し蒼白い頬に触れ、良かったと息を吐くと、一週間ぶりに聞く山桜桃の愛らしい声がただいまです、硝子さんと私の名前を呼んだ。
***
私が目を覚ますと保健室のベッドの上で、体を動かそうとしたら鈍い痛みが肩から腹部の方に走って顔を顰める事になった。私の様子に硝子さんは無理をするなと咎めると、再び体をベッドに寝かされた。
「私どれ位寝てたんですか?」
「一週間ってところだな」
「一週間?! 女の子の日だったから迷惑かけたんじゃ……」
「その辺は大丈夫だ。気にするな」
「えー……でも、お風呂入りたい」
「まぁ、そうだろうな?」
私の言葉にクツクツと笑うと、水分を摂れとスポーツドリンクのペットボトルを手渡してくれた。確かに眠ったままだったから喉は乾いているし、ありがたく貰おうと蓋を開けようとしたが、肩が痛くて開けられない。どうしようと思っていると、貸せと硝子さんが軽く蓋を捻って開けてくれた。
「お手数をお掛けしました……」
「しばらくは周りの連中にそうやって助けて貰え。無理したら傷が開くぞ」
「はい……」
背中に枕を入れて体を起こして貰うと、渡して貰ったペットボトルの中身を喉に流し込んだ。冷たくて美味しい。ごくごくと飲んで硝子さんと話していると、ガラッと保健室の扉が開いた。誰だろうとそちらを見ると、はぁはぁと息を切らしている棘君、真希ちゃん、パンダ君で、少し遅れて一年生三人も駆け込んで来た。
「「「香葉!!/先輩!!」」」
「わっ! みんな授業中じゃ……」
「そんなのよりも先輩の方が大事です!!」
「野薔薇ちゃん、ありがとうね? でも、授業はちゃんと受けようね?」
私のベッドに駆け寄って抱き付いて来た彼女のサラサラの髪を撫でながらそう伝えると、えー……と不服そうな返事が返って来た。そんな事言ったら五条先生が泣くよ? と苦笑しながら彼女に伝えると、勝手に泣けばいいと辛辣な答えが返って来た。
「野薔薇ヒドイ! 僕より香葉の方が大事なの?!」
「は? 当然でしょ?」
「硝子! 僕の生徒が冷たい!」
「ココにいる奴は全員お前より山桜桃だと思うぞ」
「やだやだ! 僕の事も大事にしてよ!!」
やだやだと駄々を捏ねる五条先生をうわぁーと冷めた目で見る面々に苦笑していると、硝子さんがみんなを連れて保健室から出て行った。どうやら棘君と二人きりにする為に気を遣ってくれたらしい。
「棘君、心配かけてごめんね?」
「…………」
「あの……怒ってる?」
「…………」
「あ、えっと、その……ごめんなさ、え?」
何も言わないまま私の方へと歩いてきた彼は、そのまま私の方へと腕を伸ばすとギュッとその腕の中に閉じ込めた。まさか彼に抱き締められるなんて思っていなかった私は、自分の心臓が爆発するんじゃないだろうかと思うほどバクバクと脈打ち、生きているのを実感する羽目になった。
「あ、あの、棘君? 私寝たきりだったから、その、あんまりギュッてしない方が……」
「おかか」
「ゔぅ……あの、お風呂入ってからにして欲しいんだけど……」
「おかか」
何を言ってもおかかとしか返って来なくてどうしようと思っていると、満足したらしい棘君がやっと離れてくれて安堵した。変な匂いとかしなかったかなと髪を一房手に取り、スンと匂いを嗅いで心配していると、棘君は高菜 こんぶと紡いだ。大丈夫と言われても、コッチとしては何も大丈夫ではないんだけどと思っていると、いつの間に用意したのか分からない椅子に座り、私の手をギュッと握ってきた。
「棘君、さっきからスキンシップが多くないかな? 私そんなに大盤振る舞いされたら心臓がいくつあっても足りない……」
「……高菜 こんぶ いくら」
「あ、そういえば任務に行く前に約束してたね? 私も棘君に話があるって言ったし」
「しゃけ」
「待たせちゃってごめんね? 話って何? ここで聞いても大丈夫な事?」
彼からの返事を待っていると廊下が何やら騒がしく、スッと椅子から立ち上がって彼は扉の取っ手に手を掛けると、そのまま扉を開けた。扉に凭れて様子を窺っていたらしい面々は、折り重なるように保健室へと雪崩れ込んで来ると、冷ややかな瞳で彼らを見下ろす棘君に、引き攣った表情を浮かべていたのだった。
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