短編(絵・ツイート→小説)
教え子が死んだ。
宇宙の果ての時空の歪みに巻き込まれ、戻ってきたのは、壊れたスカウターが一つ。
地球から遠く離れたその地では、神が造りたまいし願い玉の力も届かないらしい。
活気が溢れていたはずの都は、今や不気味な程に静まり返って、中央にあった英雄像も、それが当然だと言わんばかりに姿を消している。
気が滅入るような雰囲気に、ターレスは一人、舌打ちした。
英雄の葬儀の日、黄色い花を束ねた包みを持って現れた男に、時の界王神は思わず、腫れぼったい目を見開いた。
きっと現れないだろうと思っていたその男は、着慣れていないらしい黒いスーツに身を包み、どうでも良さそうな眼差しで、気だるげに辺りを見回していた。
「た、ターレス?」
時の界王神が思わず声を掛けると、男は返事の代わりに、にやりと皮肉げな笑みを浮かべてみせた。
「あなた、ちゃんと来たのね……」
「俺が来たら悪いのか?」
シニカルに笑うターレスに、思わず時の界王神は口ごもる。
「そ、そういう意味じゃ……、……意外だと思ったのよ」
「まさか来るとは思わなかった、か」
ターレスはくつくつと喉の奥で笑ってから、どこか遠くを見るような目をしてみせる。
「センセイ、だったからなぁ……」
「………………」
時の界王神は、黙って俯いた。
ターレスもそれ以上何も言わなかったが、ふと何かに気がついたように、怪訝そうな顔をする。
時の界王神も、ターレスの視線の先へと目を向けた。
そこにあるのは、白い花々に囲まれた棺だった。
「……中身は?」
静かにターレスが問い掛けると、時の界王神は「空よ」と、小さく答えた。
「あの子の体は、帰って来なかったから…………」
「……滑稽だな」
ターレスは淡々と言った。
「まるで『おままごと』だ」
「あ、あなたがそれを言うの……?!」
「ああ」
時の界王神の咎めるような口調をせせら笑い、ターレスは吐き捨てる。
「あいつの甘さには反吐が出る」
「ターレス……ッ!」
時の界王神が言葉を続けようとした瞬間、黄色い花束が会話を遮った。
ターレスが差し出したそれは、乱暴に扱われていたせいだろう、既に幾らか花びらが散ってしまって、お世辞にも見栄えが良いとは言えない。
時の界王神が面食らっていると、
「捨てておいてくれ」
「えっ?」
ターレスはそう言うなり、戸惑う時の界王神に、その花束を押し付けた。
「あいつの好きな花の色なんて、知らなかったからな」
花束の隙間から見えた彼の表情に、時の界王神は、はっと息を飲む。
「ターレス……あなた……」
ターレスは聞こえなかったかのように踵を返す。
「た、ターレス!待って……!」
時の界王神が呼び止めようとするも、そのままターレスは行ってしまった。
時の界王神は、残された黄色い花束を抱えて、唇を噛む。
「……あの子が喜ばないわけ、ないじゃない……」
例え白い花じゃなくたって、あの子はきっと喜んだ。
そう伝えられなかったことを、時の界王神は、一人で悔いていた。
あの英雄の魂は、天国にも地獄にも来ていないのだという。
宇宙の果てを彷徨っているのかもしれない、などという周りの感傷的な感想が、何とも言えずに腹立たしい。
何故皆、あの脳天気なお人好しが死んだと決め付けるのか。
あいつは姿を消しただけだ。
空の棺が良い証拠だ。
ターレスは一人そう思いながら、スーツのポケットに捩じ込んできた煙草を取り出して咥え、火を付けようとした。
『身体に悪いですよ』
―――不意に。
聞こえないはずの声が、耳に届いた。
辺りを見回してもいるはずのない人間の声が、確かに聞こえた、ような気がした。
『身体に悪いですよ。煙草なんて……』
『試してみるか?』
『ちょ、ちょっと!こっちに吹き掛けないでくださいよー!』
そんな他愛のないやり取りが蘇り、ターレスは思わず唇を歪ませた。
「……は、……」
あいつは死んだ。
よりにもよって、自分を庇って死んだのだ。
自分を庇って、突き飛ばして。
一人で時空の歪みに巻き込まれていった。
分かっている。
分かっていたが、認めたくなかった。
「…………ッ、……バカが……」
火を付けたばかりの煙草を捨てて、ターレスは力任せに踏み潰した。
当分、煙草は吸いたくなかった。