短編(他所様TP関連)
***
「また来たの?」
チリーと顔を合わせた第一声がこれなものだから、サクは苦笑してみせるしかない。
「物好きだねえ〜」
「我ながら、そう思う」
土産にと持ってきた紙袋を後ろ手に、サクは小さく溜め息をついた。
チリーは理解出来かねるという顔で肩を竦めていたが、
「でもまあ、丁度良かった」
と言い出した。
「何がだ?」
「今ちょっとあの人落ち込んでて……」
「えっ、ビートが?」
あまりに意外で、思わずサクは聞き返した。
常日頃から明るいように見える彼が落ち込んでいる姿は、今ひとつ想像がつかなかった。
チリーは不機嫌そうに、
「そうなの。めっちゃくちゃうざったいの、湿った空気が。べっつに任務の1個や2個失敗したくらいでいちいち落ち込まなくたってさ、俺なんかしょっちゅう怒られてるのに」
それはチリーが悪いのではなかろうか、とサクは思ったが、何も言わずにおいた。
「それなら日を改めた方が……あ、いや、」
チリーの言わんとすることを察して、なるほどとサクは頷いた。
「サイヤ人の顔を見れば、多少元気にもなるか」
「自分のって言わない辺り、切なくならない?」
「言うな。泣くぞ」
ごめんごめんと、チリーは全く謝っていない口調で言いながら、親指で部屋の方向を示した。
「いつものとこで黄昏れてるよ、部屋わかるよね?」
「ありがとう」
「どういたしまして、じゃあ俺はこれで」
チリーと別れて、サクは教えて貰った部屋に向かう。
知らず知らずのうちに、紙袋を持つ手に、ぎゅっと力が入った。
ドアを何度かノックすると、「どうぞー」と声が聞こえた。
「お邪魔します」
声を掛けながら開けると、「サクちゃん」と、ビートが嬉しそうに立ち上がったのが見えた。
「来てくれたんだ」
「私は皆と違って暇なんでな」
そう言いながら、サクは、やっぱり元気がないな、と思った。
いつもなら、勢い良く駆け寄ってきてハグくらいは日常茶飯事だ。いや、決して抱きしめて欲しかったとか、そんなことを期待していたわけではないのだが。
「何してたんだ?」
土産を後ろ手に持ちながら傍まで行くと、ビートは歴史の教科書をしまっているところだった。
「んー……いやちょっと。復習?って言うんじゃないんだけどさ」
そう言って、ビートは照れ臭そうに笑う。珍しい顔だな、と思ってから、サクはそれ以上見つめないように目を逸らした。
「……そう言えば、さっきそこでチリーと会ったよ」
サクがそう言うと、ビートは「げっ」と嫌そうな顔をする。
「な、何かあいつ、余計なこと言ってなかった……?」
「君は彼にそれを期待できるのかい?」
「……できませーん……」
はぁ、とビートは溜め息をついてから、首の後ろをぽりぽりとかいた。
「サクちゃんにかっこ悪いとこは知られたくなかったんだけどなぁ……」
―――またそういうことを言う。
サクは思わず唇を尖らせながらも、持っていた紙袋を傍のテーブルに置いた。
「私も詳しく聞いたわけじゃないよ」
そう言いながら、座るといい、と、サクはビートに促した。
ビートは、素直に椅子に腰掛ける。
「かといって、君に話してもらうことを期待しているわけじゃないし、君が話さないことも期待してないさ」
「……えーと、つまり?」
「愚痴って気が済むなら聞くし、そうでないなら別のことをする」
ビートはぱちぱちと何度かまばたきすると、へらりと笑った。
「サクちゃんに愚痴は聞かせたくないなぁ」
「そうか、ならちょっと大人しくしていてくれ」
「ん?」
サクは一つ、息を吐く。
それから―――ぎゅっと、ビートを抱き締めた。
「さ、サクちゃん?」
わたわたと慌てるビートを他所に、サクはぽんぽんと彼の背中を軽く叩いた。
「……いつもお疲れ様」
穏やかな声で、サクは言った。
「英雄と呼ばれ、周囲から沢山の期待を受けて、きっと大変なこともあるだろう。プレッシャーも、きっとたくさん受けていることだろう。……それに負けずに頑張っている君の姿が、……私は好きだよ」
囁くように、サクは伝える。うるさく心臓が鳴っていないといいな、と思った。
「今は、たくさん落ち込むといいさ。でも、心配はしなくていい。歴史は君一人が守ってるんじゃないんだ……頼りになる後輩だっているんだろう?だから大丈夫。ゆっくり落ち込んで、また元気になったら、私に笑顔を見せてくれたら嬉しいな」
そう伝えるだけ伝えて、サクはそっとビートを離そうとする。
けれど、気が付くと、サク自身もビートに抱きしめられていた。
「び、ビート?」
「……もう少し、このままでいていいかな」
伏せられた表情は、サクからは見えない。
「……私で良ければ」
そう言って、サクはもう一度、ビートを抱き締めた。
「いや〜、ごめんね情けないとこ見せちゃって」
明るく笑うビートの顔は、サクがよく知る彼の表情だった。
サクは土産にと持ってきた和菓子の箱を開けながら、「何、構わないよ」と、なんでもないような顔をしてみせる。
「多少なりとも元気づけられたなら良かった」
「うん、めちゃくちゃ元気になった」
「そうか。お茶は要るか?」
「もらおうかな」
サクは、水筒から紙コップにお茶を注ぐ。その様子を眺めながら、ふとビートが口を開いた。
「サクちゃん」
「なんだ?」
「好きだよ」
サクは危うくお茶を零しかけた。
何とか平静を取り繕い、そうだこいつはこういう奴だったと、自分に言い聞かせる。
「……サイヤ人だからな」
「あー、えっと、そうじゃなくて」
拗ねたように言うサクに対して、ビートはへらりと笑った。
「俺のこと、好きだって言ってくれたの、嬉しかった」
「…………」
確かに。
確かに言ったけれども。
いや前から言ってるんだけれども。
それなのに―――それなのに、何でこいつと両想いで嬉しい、とかならないんだろうな、と、サクは唇を尖らせる。
「……私が物好きで良かったな」
「もしかして、チリーに言われた?」
「いいや」
サクは二人分のお茶と和菓子を、互いの前に置く。
「自覚してるだけさ」
ちょっと意地悪な口調でそう言うサクに、ビートは「……やっぱりサクちゃんは可愛いな」と、笑ってみせるのだった。
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「また来たの?」
チリーと顔を合わせた第一声がこれなものだから、サクは苦笑してみせるしかない。
「物好きだねえ〜」
「我ながら、そう思う」
土産にと持ってきた紙袋を後ろ手に、サクは小さく溜め息をついた。
チリーは理解出来かねるという顔で肩を竦めていたが、
「でもまあ、丁度良かった」
と言い出した。
「何がだ?」
「今ちょっとあの人落ち込んでて……」
「えっ、ビートが?」
あまりに意外で、思わずサクは聞き返した。
常日頃から明るいように見える彼が落ち込んでいる姿は、今ひとつ想像がつかなかった。
チリーは不機嫌そうに、
「そうなの。めっちゃくちゃうざったいの、湿った空気が。べっつに任務の1個や2個失敗したくらいでいちいち落ち込まなくたってさ、俺なんかしょっちゅう怒られてるのに」
それはチリーが悪いのではなかろうか、とサクは思ったが、何も言わずにおいた。
「それなら日を改めた方が……あ、いや、」
チリーの言わんとすることを察して、なるほどとサクは頷いた。
「サイヤ人の顔を見れば、多少元気にもなるか」
「自分のって言わない辺り、切なくならない?」
「言うな。泣くぞ」
ごめんごめんと、チリーは全く謝っていない口調で言いながら、親指で部屋の方向を示した。
「いつものとこで黄昏れてるよ、部屋わかるよね?」
「ありがとう」
「どういたしまして、じゃあ俺はこれで」
チリーと別れて、サクは教えて貰った部屋に向かう。
知らず知らずのうちに、紙袋を持つ手に、ぎゅっと力が入った。
ドアを何度かノックすると、「どうぞー」と声が聞こえた。
「お邪魔します」
声を掛けながら開けると、「サクちゃん」と、ビートが嬉しそうに立ち上がったのが見えた。
「来てくれたんだ」
「私は皆と違って暇なんでな」
そう言いながら、サクは、やっぱり元気がないな、と思った。
いつもなら、勢い良く駆け寄ってきてハグくらいは日常茶飯事だ。いや、決して抱きしめて欲しかったとか、そんなことを期待していたわけではないのだが。
「何してたんだ?」
土産を後ろ手に持ちながら傍まで行くと、ビートは歴史の教科書をしまっているところだった。
「んー……いやちょっと。復習?って言うんじゃないんだけどさ」
そう言って、ビートは照れ臭そうに笑う。珍しい顔だな、と思ってから、サクはそれ以上見つめないように目を逸らした。
「……そう言えば、さっきそこでチリーと会ったよ」
サクがそう言うと、ビートは「げっ」と嫌そうな顔をする。
「な、何かあいつ、余計なこと言ってなかった……?」
「君は彼にそれを期待できるのかい?」
「……できませーん……」
はぁ、とビートは溜め息をついてから、首の後ろをぽりぽりとかいた。
「サクちゃんにかっこ悪いとこは知られたくなかったんだけどなぁ……」
―――またそういうことを言う。
サクは思わず唇を尖らせながらも、持っていた紙袋を傍のテーブルに置いた。
「私も詳しく聞いたわけじゃないよ」
そう言いながら、座るといい、と、サクはビートに促した。
ビートは、素直に椅子に腰掛ける。
「かといって、君に話してもらうことを期待しているわけじゃないし、君が話さないことも期待してないさ」
「……えーと、つまり?」
「愚痴って気が済むなら聞くし、そうでないなら別のことをする」
ビートはぱちぱちと何度かまばたきすると、へらりと笑った。
「サクちゃんに愚痴は聞かせたくないなぁ」
「そうか、ならちょっと大人しくしていてくれ」
「ん?」
サクは一つ、息を吐く。
それから―――ぎゅっと、ビートを抱き締めた。
「さ、サクちゃん?」
わたわたと慌てるビートを他所に、サクはぽんぽんと彼の背中を軽く叩いた。
「……いつもお疲れ様」
穏やかな声で、サクは言った。
「英雄と呼ばれ、周囲から沢山の期待を受けて、きっと大変なこともあるだろう。プレッシャーも、きっとたくさん受けていることだろう。……それに負けずに頑張っている君の姿が、……私は好きだよ」
囁くように、サクは伝える。うるさく心臓が鳴っていないといいな、と思った。
「今は、たくさん落ち込むといいさ。でも、心配はしなくていい。歴史は君一人が守ってるんじゃないんだ……頼りになる後輩だっているんだろう?だから大丈夫。ゆっくり落ち込んで、また元気になったら、私に笑顔を見せてくれたら嬉しいな」
そう伝えるだけ伝えて、サクはそっとビートを離そうとする。
けれど、気が付くと、サク自身もビートに抱きしめられていた。
「び、ビート?」
「……もう少し、このままでいていいかな」
伏せられた表情は、サクからは見えない。
「……私で良ければ」
そう言って、サクはもう一度、ビートを抱き締めた。
「いや〜、ごめんね情けないとこ見せちゃって」
明るく笑うビートの顔は、サクがよく知る彼の表情だった。
サクは土産にと持ってきた和菓子の箱を開けながら、「何、構わないよ」と、なんでもないような顔をしてみせる。
「多少なりとも元気づけられたなら良かった」
「うん、めちゃくちゃ元気になった」
「そうか。お茶は要るか?」
「もらおうかな」
サクは、水筒から紙コップにお茶を注ぐ。その様子を眺めながら、ふとビートが口を開いた。
「サクちゃん」
「なんだ?」
「好きだよ」
サクは危うくお茶を零しかけた。
何とか平静を取り繕い、そうだこいつはこういう奴だったと、自分に言い聞かせる。
「……サイヤ人だからな」
「あー、えっと、そうじゃなくて」
拗ねたように言うサクに対して、ビートはへらりと笑った。
「俺のこと、好きだって言ってくれたの、嬉しかった」
「…………」
確かに。
確かに言ったけれども。
いや前から言ってるんだけれども。
それなのに―――それなのに、何でこいつと両想いで嬉しい、とかならないんだろうな、と、サクは唇を尖らせる。
「……私が物好きで良かったな」
「もしかして、チリーに言われた?」
「いいや」
サクは二人分のお茶と和菓子を、互いの前に置く。
「自覚してるだけさ」
ちょっと意地悪な口調でそう言うサクに、ビートは「……やっぱりサクちゃんは可愛いな」と、笑ってみせるのだった。
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