短編(他所様TP関連)
昼下がりの喫茶店。
テーブルを挟んで向かい合う二人―――しば漬けとイーリスの睨み合いから、15分が経過した。
いや、睨み合いというには語弊があるだろう。
険しい顔をしたイーリスが相手を一方的に睨む時間がひたすらに続き、哀れなサイヤ人の青年は、行き場のない視線を彷徨わせ続けている。
すぐ傍のテーブル席でその様子を見守っていたコクビャクは、やれやれと溜め息を吐き出した。
「コクちゃーん」
と、聞き覚えのある声が聞こえ、コクビャクは顔を上げる。
すぐ傍で、友人であるほうじ茶がケーキセットを載せたトレイを持ち、きょとんとした表情を浮かべていた。
「あ、ほうちゃんですーよ!」
「……しばとイーリスちゃん、何してるの?」
「あー、……」
コクビャクはなんとも言えずに、改めて二人の方を見る。
イーリスは変わらずしば漬けを睨みつけていたが、しば漬けの視線は、二人に対して助けを求めるように向けられている。
コクビャクは再び溜め息を吐いて、立ち上がる。
「イーリス、イーリス!それじゃ何にもなってないですーよ?」
コクビャクの声掛けに、イーリスははっと我に返ったような表情を浮かべ、それから酷く申し訳なさそうな顔をした。
「すみません……付き合っていただいているなか……」
「いや、大丈夫です……」
どことなく元気はないものの、ほっとした様子でしば漬けは答えた。
首を傾げ続けるほうじ茶に、コクビャクは「説明するですーよ」と椅子を勧める。
「二人も、こっちに来るですーよ。気分転換に何か食べるですーよ?」
コクビャクの提案に、しば漬けとイーリスも頷いた。
***
「サイヤ人嫌いの克服?」
思い切ったこと考えるねえ、と、ほうじ茶はミルフィーユを頬張りながら言った。
「いい加減、多少は克服せねばと思いまして……」
紅茶を一口飲んで、イーリスはほっと息を吐く。
「イーリスのサイヤ人嫌い、とゆーか男性嫌いのせいで、色々支障が出てるですーからね」
チェリーを齧りつつ、コクビャクが言った。
「それでしばくんに協力をお願いしたんですーが……まあ、睨み合いとゆーか、イーリスが一方的に睨むだけになったとゆーか」
「申し訳ありません……」
深く溜め息を吐くイーリスに、「気にしないでください」としば漬けは慌てて言った。
「しば優しいじゃん」
「かなり困ってるみたいだったから……でも、俺で良かったのかな、とは」
「適任が他に思い浮かばなかったんですーよねえ」
コクビャクはメロンソーダのバニラアイスを、ストローで軽くつついた。
「イーリスが警戒しなくても大丈夫そうで、尚且つリラックスして話せそうな相手ってなると、身近なサイヤ人の男性にはほぼいなくってですーね」
「クリスくんは?」
ほうじ茶の一言は何気ない疑問だったが、イーリスの表情が一瞬で苦虫を噛み潰したようなものに変わる。
ほうじ茶は全てを察して、
「オッケー、何でもない」
と、あっさり撤回した。
何事もなかったかのように澄ました表情をしてみせるイーリスに、しば漬けはなんとも言えない表情を浮かべつつ、コクビャクは苦笑いを浮かべてみせた。
「やっぱり、意識するとダメなの?」
ほうじ茶の問いかけに、イーリスは頷く。
「ダメですね……そもそも男性である時点で身構えてしまいますし、サイヤ人と分かっていたら尚更です」
「難しいなぁ……」
「イーリスも、アルバくんやタピオンさんとなら平気で話せるんですーけどねぇ」
コクビャクの言葉に、しば漬けが目を瞬かせた。
「タピオンって、あのヒルデガーンの?」
「ですですーよ。南の銀河の勇者ですーね」
「……あの二人は、私に危害を加えないとわかっていますから」
イーリスが何故か不貞腐れたように答えると、ほうじ茶が柔らかく笑ってみせる。
「しばも大丈夫だよぉ、噛み付いたりしないって」
「ほうちゃん……犬みたいな扱い止めてよ」
「万が一イーリスちゃんに噛み付いたりしたら、私がびしーっばしーっとやってあげるからさ。ねっ」
ほうじ茶の笑顔に、イーリスは気の抜けたような顔を見せてから、ふと笑った。
「……そうですね。貴方の後輩が、誰かに危害を加えたりするわけないでしょうし」
「しば、今の聞いた?イーリスちゃんが私にデレてくれた!」
「ほうちゃん……」
「……まあ、それはさておき」
こほんと咳払いを一つして、イーリスは改めてしば漬けに向かい合う。
「先程は大変失礼しました。もう少し、付き合っていただけないでしょうか」
礼儀正しく、真摯に頭を下げてくるイーリスに、しば漬けはちょっと戸惑うような表情を浮かべてから、小さく頷く。
「俺で、役に立てるのなら」
「……ありがとうございます」
安心したように微笑むイーリスの表情に、しば漬けは何となく、悪い気はしなかった。
***
「……本当に、こんなことに付き合っていただいてすみません」
ショップエリアを歩きながら、イーリスがぽつりと呟いた。
コクビャクとほうじ茶は離れたところで見守っていると言い、今はしば漬けとイーリスの二人だけだ。
「気にしないでください。ええと、」
「イーリスで構いません。敬語も不要です。私の口調は癖のようなものですので、お気になさらず」
「……イーリス」
一瞬イーリスの眉が顰められるも、すぐに冷静さを取り戻し、澄ました表情になる。
なんとなく、無理しているのは感じられたが。
「……サイヤ人の男性が苦手って話は聞いたけど、理由を聞いてもいい?」
「……詳細は長くなるので、掻い摘んでなら」
しば漬けが頷くと、イーリスは淡々と、以前自分が、サイヤ人たちの下で働いていたことを説明した。
そこに至る経緯は濁されたものの、決して良い目には合わなかったことを察して、しば漬けも深くは聞かなかった。
「……その時からサイヤ人という種族が嫌いでしたし、自分にもその種族の血が流れているのが忌まわしかった」
ふっと息を吐きながら、イーリスはそう言った。
「今では……少し考えを改めた部分も、ありますが。でも、当時の記憶で擦り込まれたサイヤ人たちの愚行が今でも頭にこびり付いていて……離れないんです」
「……余計なお世話かもしれないけど」
と、しば漬けは恐る恐る言った。
「それなら、無理しない方がいいんじゃ。急に無理したら、色々負担なんじゃないのか?」
そう言われて、イーリスは口を噤んだ。
やっぱり余計なお世話だったかな、としば漬けが不安になっていると、「……実は」と、イーリスが苦々しげな表情で唇を開いた。
「兄がいるんですが」
「えっ?」
「兄です。サイヤ人の」
唐突に飛び出てきた話にしば漬けが目を丸くしていると、イーリスは苦い表情のままで続けた。
「最近、その人が兄だと判明したんです。……が、思ったように、話せなくて。だから、その。……」
「……克服したくて?」
しば漬けが言葉を引き取ると、イーリスは頷く代わりに、小さく溜め息を吐いた。
「正直なところ、悔しいんです。相手は普段、私を気遣って話し掛けてこないくせに、いざとなったら真面目な顔をして、兄らしく振る舞うんですから」
「…………」
「私、それに対して、文句もお礼も、言えていなくて……、……」
そこまで言ってから、イーリスは言葉を切り、軽く頭を振った。
「……喋り過ぎました。忘れてください」
「…………」
しば漬けはなんとも言えず、黙って頭をかいた。
何とも複雑な事情がありそうで、よく知らない自分が口を出していいのかは、分からない。
―――けれど。
「……あのさ」
「?」
「えっと、……事情はよく知らないけど、やっぱり急に無理したって、イーリスがきつくなるだけじゃないか?」
気遣うようなしば漬けの言葉に、イーリスはきょとんとする。
「いや、何ていうか……そんなに嫌いだったんなら、ちょっとずつ慣れてった方がいいんじゃないかって思っただけなんだけど」
「……焦り過ぎだと?」
「まあ、うん」
きっと彼女は、お兄さんと早く話がしたいのだろう。
その気持ちがわかるとまでは言わないけれど、何となく察することは出来た。
―――きっと、良いお兄さんなのだろう。
苦手を克服して、話したくなるぐらいには。
イーリスは暫く黙っていたが、やがてひとつ頷いて、「……確かに、そうかもしれませんね」と、納得したように言った。
「気ばかり急いていたのかもしれません。……本当はこのままではいけないと、頭のどこかではわかっていましたから」
「そっか」
「気付かせてくれて、ありがとうございます。……ええと、」
「しばでいいよ」
しば漬けはそう言った。
「ほうちゃんにもそう呼ばれてるし」
「……じゃあ、しば」
イーリスは、少し悪戯っぽく笑う。
「また、こうして話に付き合っていただいても?タダでとは言いませんので」
「俺で良いのか?」
「ええ。むしろ、お願いします」
しば漬けはきょとんとしながらも、「いいよ」と微笑んだ。
「でも、また睨むのは勘弁してくれると有難いかな……」
「限りなく善処します……」
***
夕方が近くなり、そろそろ解散しようかというところで、見守っていたらしいコクビャクとほうじ茶も駆け寄ってきた。
「楽しそうに何話してたの?」
ほうじ茶が訊ねると、
「え、ほうちゃんの話だけど」
「しば」
あっさり答えるしば漬けに、イーリスが咎めるような声を出す。
「えっ、だってイーリスが聞きたいっていうから……」
「イーリスちゃん、ちょっと詳しく……」
「いやあのその」
じりじりと迫るほうじ茶に何とも言えず、イーリスは視線を泳がせる。
そんな二人を見てしば漬けが首を傾げていると、コクビャクが彼の肩を軽く叩いた。
「しばくん、今日はありがとうございましたですーよ」
「どういたしまして。……役に立てたかな?」
コクビャクは頷いた。
「あの子にとっては大きな一歩なんですーよ。……本当に、ありがとう」
深々と頭を下げるコクビャクに、しば漬けは何となく照れ臭くなってしまう。
「……力になれたなら、良かった」
コクビャクは顔を上げて、にっこり笑った。
「しばくんさえ良かったら、またお話してあげて欲しいですーよ。あ、せっかくだから、今度はみんなで遊ぶのもいいですーね」
「そうだな。ほうちゃんもきっと喜ぶと思う……」
「イーリスちゃん!今度は私とデートしよっ、ね?」
「いやあのですから私、あまり同年代の方と出掛けるのは慣れていなくて……」
「大丈夫!ちゃんとエスコートするから!」
「……ほうちゃん」
しば漬けが二人の間に割って入ると、イーリスはちょっとだけほっとしたような表情を浮かべた。
「あっごめん、イーリスちゃんが可愛くてつい……」
「いえ、……わ、私もほうじ茶とは遊びたいので……」
イーリスがおずおずとそう言うと、ほうじ茶は高々と天に拳を突き上げた。
しば漬けは溜め息を吐き、コクビャクは笑ってみせる。
「じゃあまた今度四人で遊ぶですーよ!せっかくですーし、ね!」
「ああ。……それじゃあまたな、イーリス」
しば漬けが軽く片手を上げると、イーリスはぱちぱちと瞬きしてから、答えるように片手を上げた。
「……今日はありがとう、しば」
その様子に、しば漬けは思わず微笑んで、頷いてみせた。
「今日は楽しかった?しば」
イーリスたちと別れたのち、ほうじ茶から唐突にそう聞かれて、しば漬けは目を瞬かせる。
「なんで?」
「んー?何となく?」
どうやら深い意味はないらしい。
しば漬けは少し考えてから、「楽しかったよ」と答えた。
「そっか。なら良かった」
「?」
「四人で遊ぶの楽しみだね」
「……うん」
そのうち、彼女のお兄さんとやらも交えて、楽しい時間が過ごせたらいい。
次の交流に思い馳せつつ、二人は帰路に着くのだった。
***
テーブルを挟んで向かい合う二人―――しば漬けとイーリスの睨み合いから、15分が経過した。
いや、睨み合いというには語弊があるだろう。
険しい顔をしたイーリスが相手を一方的に睨む時間がひたすらに続き、哀れなサイヤ人の青年は、行き場のない視線を彷徨わせ続けている。
すぐ傍のテーブル席でその様子を見守っていたコクビャクは、やれやれと溜め息を吐き出した。
「コクちゃーん」
と、聞き覚えのある声が聞こえ、コクビャクは顔を上げる。
すぐ傍で、友人であるほうじ茶がケーキセットを載せたトレイを持ち、きょとんとした表情を浮かべていた。
「あ、ほうちゃんですーよ!」
「……しばとイーリスちゃん、何してるの?」
「あー、……」
コクビャクはなんとも言えずに、改めて二人の方を見る。
イーリスは変わらずしば漬けを睨みつけていたが、しば漬けの視線は、二人に対して助けを求めるように向けられている。
コクビャクは再び溜め息を吐いて、立ち上がる。
「イーリス、イーリス!それじゃ何にもなってないですーよ?」
コクビャクの声掛けに、イーリスははっと我に返ったような表情を浮かべ、それから酷く申し訳なさそうな顔をした。
「すみません……付き合っていただいているなか……」
「いや、大丈夫です……」
どことなく元気はないものの、ほっとした様子でしば漬けは答えた。
首を傾げ続けるほうじ茶に、コクビャクは「説明するですーよ」と椅子を勧める。
「二人も、こっちに来るですーよ。気分転換に何か食べるですーよ?」
コクビャクの提案に、しば漬けとイーリスも頷いた。
***
「サイヤ人嫌いの克服?」
思い切ったこと考えるねえ、と、ほうじ茶はミルフィーユを頬張りながら言った。
「いい加減、多少は克服せねばと思いまして……」
紅茶を一口飲んで、イーリスはほっと息を吐く。
「イーリスのサイヤ人嫌い、とゆーか男性嫌いのせいで、色々支障が出てるですーからね」
チェリーを齧りつつ、コクビャクが言った。
「それでしばくんに協力をお願いしたんですーが……まあ、睨み合いとゆーか、イーリスが一方的に睨むだけになったとゆーか」
「申し訳ありません……」
深く溜め息を吐くイーリスに、「気にしないでください」としば漬けは慌てて言った。
「しば優しいじゃん」
「かなり困ってるみたいだったから……でも、俺で良かったのかな、とは」
「適任が他に思い浮かばなかったんですーよねえ」
コクビャクはメロンソーダのバニラアイスを、ストローで軽くつついた。
「イーリスが警戒しなくても大丈夫そうで、尚且つリラックスして話せそうな相手ってなると、身近なサイヤ人の男性にはほぼいなくってですーね」
「クリスくんは?」
ほうじ茶の一言は何気ない疑問だったが、イーリスの表情が一瞬で苦虫を噛み潰したようなものに変わる。
ほうじ茶は全てを察して、
「オッケー、何でもない」
と、あっさり撤回した。
何事もなかったかのように澄ました表情をしてみせるイーリスに、しば漬けはなんとも言えない表情を浮かべつつ、コクビャクは苦笑いを浮かべてみせた。
「やっぱり、意識するとダメなの?」
ほうじ茶の問いかけに、イーリスは頷く。
「ダメですね……そもそも男性である時点で身構えてしまいますし、サイヤ人と分かっていたら尚更です」
「難しいなぁ……」
「イーリスも、アルバくんやタピオンさんとなら平気で話せるんですーけどねぇ」
コクビャクの言葉に、しば漬けが目を瞬かせた。
「タピオンって、あのヒルデガーンの?」
「ですですーよ。南の銀河の勇者ですーね」
「……あの二人は、私に危害を加えないとわかっていますから」
イーリスが何故か不貞腐れたように答えると、ほうじ茶が柔らかく笑ってみせる。
「しばも大丈夫だよぉ、噛み付いたりしないって」
「ほうちゃん……犬みたいな扱い止めてよ」
「万が一イーリスちゃんに噛み付いたりしたら、私がびしーっばしーっとやってあげるからさ。ねっ」
ほうじ茶の笑顔に、イーリスは気の抜けたような顔を見せてから、ふと笑った。
「……そうですね。貴方の後輩が、誰かに危害を加えたりするわけないでしょうし」
「しば、今の聞いた?イーリスちゃんが私にデレてくれた!」
「ほうちゃん……」
「……まあ、それはさておき」
こほんと咳払いを一つして、イーリスは改めてしば漬けに向かい合う。
「先程は大変失礼しました。もう少し、付き合っていただけないでしょうか」
礼儀正しく、真摯に頭を下げてくるイーリスに、しば漬けはちょっと戸惑うような表情を浮かべてから、小さく頷く。
「俺で、役に立てるのなら」
「……ありがとうございます」
安心したように微笑むイーリスの表情に、しば漬けは何となく、悪い気はしなかった。
***
「……本当に、こんなことに付き合っていただいてすみません」
ショップエリアを歩きながら、イーリスがぽつりと呟いた。
コクビャクとほうじ茶は離れたところで見守っていると言い、今はしば漬けとイーリスの二人だけだ。
「気にしないでください。ええと、」
「イーリスで構いません。敬語も不要です。私の口調は癖のようなものですので、お気になさらず」
「……イーリス」
一瞬イーリスの眉が顰められるも、すぐに冷静さを取り戻し、澄ました表情になる。
なんとなく、無理しているのは感じられたが。
「……サイヤ人の男性が苦手って話は聞いたけど、理由を聞いてもいい?」
「……詳細は長くなるので、掻い摘んでなら」
しば漬けが頷くと、イーリスは淡々と、以前自分が、サイヤ人たちの下で働いていたことを説明した。
そこに至る経緯は濁されたものの、決して良い目には合わなかったことを察して、しば漬けも深くは聞かなかった。
「……その時からサイヤ人という種族が嫌いでしたし、自分にもその種族の血が流れているのが忌まわしかった」
ふっと息を吐きながら、イーリスはそう言った。
「今では……少し考えを改めた部分も、ありますが。でも、当時の記憶で擦り込まれたサイヤ人たちの愚行が今でも頭にこびり付いていて……離れないんです」
「……余計なお世話かもしれないけど」
と、しば漬けは恐る恐る言った。
「それなら、無理しない方がいいんじゃ。急に無理したら、色々負担なんじゃないのか?」
そう言われて、イーリスは口を噤んだ。
やっぱり余計なお世話だったかな、としば漬けが不安になっていると、「……実は」と、イーリスが苦々しげな表情で唇を開いた。
「兄がいるんですが」
「えっ?」
「兄です。サイヤ人の」
唐突に飛び出てきた話にしば漬けが目を丸くしていると、イーリスは苦い表情のままで続けた。
「最近、その人が兄だと判明したんです。……が、思ったように、話せなくて。だから、その。……」
「……克服したくて?」
しば漬けが言葉を引き取ると、イーリスは頷く代わりに、小さく溜め息を吐いた。
「正直なところ、悔しいんです。相手は普段、私を気遣って話し掛けてこないくせに、いざとなったら真面目な顔をして、兄らしく振る舞うんですから」
「…………」
「私、それに対して、文句もお礼も、言えていなくて……、……」
そこまで言ってから、イーリスは言葉を切り、軽く頭を振った。
「……喋り過ぎました。忘れてください」
「…………」
しば漬けはなんとも言えず、黙って頭をかいた。
何とも複雑な事情がありそうで、よく知らない自分が口を出していいのかは、分からない。
―――けれど。
「……あのさ」
「?」
「えっと、……事情はよく知らないけど、やっぱり急に無理したって、イーリスがきつくなるだけじゃないか?」
気遣うようなしば漬けの言葉に、イーリスはきょとんとする。
「いや、何ていうか……そんなに嫌いだったんなら、ちょっとずつ慣れてった方がいいんじゃないかって思っただけなんだけど」
「……焦り過ぎだと?」
「まあ、うん」
きっと彼女は、お兄さんと早く話がしたいのだろう。
その気持ちがわかるとまでは言わないけれど、何となく察することは出来た。
―――きっと、良いお兄さんなのだろう。
苦手を克服して、話したくなるぐらいには。
イーリスは暫く黙っていたが、やがてひとつ頷いて、「……確かに、そうかもしれませんね」と、納得したように言った。
「気ばかり急いていたのかもしれません。……本当はこのままではいけないと、頭のどこかではわかっていましたから」
「そっか」
「気付かせてくれて、ありがとうございます。……ええと、」
「しばでいいよ」
しば漬けはそう言った。
「ほうちゃんにもそう呼ばれてるし」
「……じゃあ、しば」
イーリスは、少し悪戯っぽく笑う。
「また、こうして話に付き合っていただいても?タダでとは言いませんので」
「俺で良いのか?」
「ええ。むしろ、お願いします」
しば漬けはきょとんとしながらも、「いいよ」と微笑んだ。
「でも、また睨むのは勘弁してくれると有難いかな……」
「限りなく善処します……」
***
夕方が近くなり、そろそろ解散しようかというところで、見守っていたらしいコクビャクとほうじ茶も駆け寄ってきた。
「楽しそうに何話してたの?」
ほうじ茶が訊ねると、
「え、ほうちゃんの話だけど」
「しば」
あっさり答えるしば漬けに、イーリスが咎めるような声を出す。
「えっ、だってイーリスが聞きたいっていうから……」
「イーリスちゃん、ちょっと詳しく……」
「いやあのその」
じりじりと迫るほうじ茶に何とも言えず、イーリスは視線を泳がせる。
そんな二人を見てしば漬けが首を傾げていると、コクビャクが彼の肩を軽く叩いた。
「しばくん、今日はありがとうございましたですーよ」
「どういたしまして。……役に立てたかな?」
コクビャクは頷いた。
「あの子にとっては大きな一歩なんですーよ。……本当に、ありがとう」
深々と頭を下げるコクビャクに、しば漬けは何となく照れ臭くなってしまう。
「……力になれたなら、良かった」
コクビャクは顔を上げて、にっこり笑った。
「しばくんさえ良かったら、またお話してあげて欲しいですーよ。あ、せっかくだから、今度はみんなで遊ぶのもいいですーね」
「そうだな。ほうちゃんもきっと喜ぶと思う……」
「イーリスちゃん!今度は私とデートしよっ、ね?」
「いやあのですから私、あまり同年代の方と出掛けるのは慣れていなくて……」
「大丈夫!ちゃんとエスコートするから!」
「……ほうちゃん」
しば漬けが二人の間に割って入ると、イーリスはちょっとだけほっとしたような表情を浮かべた。
「あっごめん、イーリスちゃんが可愛くてつい……」
「いえ、……わ、私もほうじ茶とは遊びたいので……」
イーリスがおずおずとそう言うと、ほうじ茶は高々と天に拳を突き上げた。
しば漬けは溜め息を吐き、コクビャクは笑ってみせる。
「じゃあまた今度四人で遊ぶですーよ!せっかくですーし、ね!」
「ああ。……それじゃあまたな、イーリス」
しば漬けが軽く片手を上げると、イーリスはぱちぱちと瞬きしてから、答えるように片手を上げた。
「……今日はありがとう、しば」
その様子に、しば漬けは思わず微笑んで、頷いてみせた。
「今日は楽しかった?しば」
イーリスたちと別れたのち、ほうじ茶から唐突にそう聞かれて、しば漬けは目を瞬かせる。
「なんで?」
「んー?何となく?」
どうやら深い意味はないらしい。
しば漬けは少し考えてから、「楽しかったよ」と答えた。
「そっか。なら良かった」
「?」
「四人で遊ぶの楽しみだね」
「……うん」
そのうち、彼女のお兄さんとやらも交えて、楽しい時間が過ごせたらいい。
次の交流に思い馳せつつ、二人は帰路に着くのだった。
***