ブロッサムとユピテル
何でもない休日は、すっかり二人で過ごすのが当たり前になっている。
ユピテルがあぐらをかきながら読書に勤しむ間、ブロッサムはその膝の間にすっぽりと収まって、何やら携帯端末を弄くり回していた。
すっかりブロッサムの座椅子代わりになっているユピテルだったが、それを止めさせる気も、咎める気もない。
さほど重くもなく不快でもないし、何よりブロッサム自身がユピテルの膝の上をいたく気に入っているようで、隙あらば腰を落ち着けてくるのだ。
彼女がそうしたいのならと、ユピテルはブロッサムの好きにさせていた。
「あ、ねえねえユピテル」
不意にブロッサムがユピテルに寄りかかり、足を揺らしながら見上げてくる。
「キスってどんな味がするか知ってる?」
その唐突な問い掛けの意味をユピテルが飲み込むまでに、数秒を要した。
「……はい?」
「え?だからキス……」
ブロッサムはユピテルを見上げたままきょとんとしていたが、はたと何かに気がついたらしく、慌てたように向き直る。
「あ!ごめん、そっか、知らないよね」
「まあ……そうなりますね」
必要ないですからと答えるユピテルに対して、「そっかーそうだよねー」とブロッサムは納得したような表情だ。
あまりに唐突な、いや突飛な話題に若干混乱してはいたが、ユピテルは平静を装いながら「それがどうかしましたか」と、ブロッサムに聞き返した。
「ううん、こないだシルゥたちとそういう話になってね」
ブロッサムは再びユピテルの膝の間に腰を落ち着けると、伸ばした足をまたぷらぷらと上下させた。
「何となく気になったっていうか?」
「……そうですか」
―――てっきり、好きな方でもできたのかと。
そう言うのは何となく嫌味に聞こえるような気がして(いや、ブロッサムはそうは取らないだろうが)、ユピテルは黙って口を噤んだ。
ブロッサムとユピテルは、世に言う恋人の関係では無い。
互いが一番であり唯一無二の存在だと宣言し合っている仲ではあるが、彼らにとって、それは恋愛ではなかった。
ならば友情かと問われれば、それもまた違うのである。
ナメック星人が恋愛を必要としないがために、それらを理解しないという一面は確かにある。
けれどそのことを抜きにしても、二人の関係は、自分たちにも他人にも、簡単な言葉にできるものでは無かった。
友情でもなく、恋愛でもない。
その関係に対して名前をつけることを、ユピテルとブロッサムは既に放棄している。
名前をつけなければ納得しない周囲のため、一応は「付き合っている」と宣言はしているものの、実態は親しい人々にしか伝えていないのだ。
だからもし、ブロッサムが「恋愛」という感情を向ける相手が出来たのなら、それをユピテルは祝福するつもりでいた。
彼女がそういった関係を望んだとき、自分が不適切な存在であることを、ユピテルははっきりと自覚していたからである。
とはいえ。
あまりにも真っ直ぐなブロッサムが、下手な男に引っ掛かるのを看過するつもりはさらさらない。
それならまだ自分が「恋愛」の真似事に手を出して、どうにかブロッサムに付き合った方がマシだとすら思える。
ブロッサムがそういった関係を、自分に望むかは、分からないけれど。
「どんな味なのかなーって好奇心?美味しいのかなーとかって」
ユピテルが何とも言えずに思考を巡らせている間も、件の話題は続いていた。
「恋愛」という関係を持つことに興味は無いと言っていたブロッサムだったが、どうやらその手の話題は嫌いではないらしい。
ユピテルはなんと答えるべきか暫く迷ってから、あえて
「……試してみますか?」
と、問い掛けてみることにした。
自分が本気にしたと取れば、流石の彼女も動揺を見せ、話題が有耶無耶になると考えた結果である。
ところが。
「えっほんと?!」
あろうことか、彼女は顔を輝かせ、向き直って、身を乗り出して―――――
「いいの!?買ってきてくれる!?」
―――――思いもよらぬことを口にした。
「………………はい?」
「えっ?」
ユピテルの反応に、ブロッサムがきょとんとする。
「キスの話でしょ」
「はい」
「うん」
「……まさか」
ふいに。
ユピテルの脳裏に、ある閃きが浮かんだ。
「……鱚の話ですか?」
「え?うん、キス……え?うん。美味しいんだって」
「……………………」
「ど、どしたのユピテル」
「……いえ」
なるほど、と、ユピテルは内心で盛大な溜め息を吐く。
―――なるほど。そちらか。
「いえ……何でもありません。……何か、レシピを調べておきますね」
「わーい!ユピくんのご飯大好き!」
そう言って抱き着いてくるブロッサムの背中を、ユピテルはぽんぽんと叩いてやる。
こうして何かにつけて無意識に振り回してくるのだから、全く侮れない。
いや、振り回されているのは、恐らくは自分の未熟さゆえなのだが。
それでも何となく悔しくなったユピテルは、ふと思いついた悪戯を試すことにした。
「サキ」
「ん?」
向かい合ったブロッサムの額に、ユピテルは口元を軽く触れさせる。
ブロッサムは、どうやら一瞬、何をされたのかわからなかったらしい。
不思議そうな表情をぽかんと浮かべてから、はたと思い至ったのか徐々に顔を赤くし、両手で額を抑える。
「……い、今何したの」
「いいえ、何でも」
「えっ、ちょっ、え!!ちょっと!!何したのユピテル!!ねえ!!こらー!!」
ひたすらに揺さぶってくる彼女を片手で宥めながら、ユピテルは開いたままの本で、こっそりと微笑を隠すのだった。