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ブロッサムとユピテル


最近、機械の時計が流行っているらしい。
カフェでのお茶会の最中に、後輩のコクビャクとイーリスからそう聞いて、ブロッサムは不思議そうな顔をした。
「でも、移動先ではいちいち時間合わせなきゃいけないんでしょ?不便じゃない?」
「あれ、知らないんです?サキちゃん先輩」
コクビャクは悪戯っぽく笑った。
「時計のおまじないですーよ」
「時計のおまじない……?」
「パートナー同士で、同じ時間に合わせた機械の時計を交換するんだそうです」
イーリスがいかにも「下らない」と言いたげに、淡々と述べる。
「同じ時間に合わせた時計を持っておくことで、別の時間軸にいても気持ちは一緒……とかなんとか。まあ、要するに気休めですね」
「コクビャクはいいと思いますけどねー、ロマンチックで」
「ふーん?」
正直何がいいのか、ブロッサムにはよくわからない。
そう思っていると、コクビャクがまるっこい瞳で顔を覗き込んできた。
「サキちゃん先輩もイーリスと同意見って顔してますーね」
「んむ。……まあね、私にはよくわからないや」
ブロッサムは正直に答えた。
「時計があるからどうこうって言われてもな……実用品としては使えないってことだし」
「邪魔ですよね、正直」
ばっさり言い切るイーリスに、ブロッサムは苦笑してみせた。正直同感だ。
コクビャクは盛大な溜息をついて、「わかってないです〜ね〜」と左右に首を振った。
「持ってる時計を見て相手を思い出したり、思い出して貰ったりするんですーよ!時計があることで虫除けにもなりますし〜!」
「……虫除けって……?」
「この場合は既に伴侶やパートナーがいることで、他人に言い寄られないようにする手段のことです」
ブロッサムの疑問に答えてから、イーリスは呆れたような視線をコクビャクに投げかける。
「それならフューに渡してくれば?」
「ふぁっ!?」
不意をつかれたコクビャクが、素っ頓狂な声を出す。
「ななななんでここであいつが出てくるんですーか?!」
「他に渡す相手がいるの?」
「えっいやっあのっ」
しどろもどろになったコクビャクだったが、すぐさまきりっとイーリスを見返し、
「そ、それならイーリスはザマス先生に渡せって言われて渡せるんです!?」
「ザマス様がお受け取りになるわけないでしょ?!」
と、今度はイーリスが慌て始める。
「そもそもそんな分不相応な……考えるだけでもおこがましい……」
「まあ、まあ……」
ブロッサムは苦笑いしながら、可愛い後輩たちを宥めた。
「でも、そっか。そういうのも、あるんだね」
「……サキ先輩は渡さないんですか?」
「えっ?」
イーリスに訊かれて、ブロッサムは瞬きしてみせる。
「誰に?」
「……いえ、何でもないです」
イーリスはそこで会話を区切り、コクビャクは何故だか慌てたようにお茶のお代わりをした。
ブロッサムは何となく、この場にいない後輩のことを考えていた。



*****



「タイムパトローラーの間で、お守りがわりに流行ってるって聞いたから」
ブロッサムが差し出した小さな懐中時計を、ユピテルは不思議そうな顔で受け取った。
やっぱりそういう顔をするよね、と、ブロッサムは何となく申し訳なくなる。
わざわざ呼び出されて、こんなものを差し出されても意味がわからないだろう。

先日コクビャクたちに時計の話を聞いてから、ブロッサムは何となくユピテルのことが頭から離れずにいた。
流行りに乗りたかった、わけではない。
どうせ誰かに渡すなら、彼が良かった。それだけだ。
その感情に対して名前をつけることは、未だに上手く出来ずにいたけれど、少なくともこれは自分のエゴなんだろうな、とブロッサムは思う。
ユピテルには、自分が渡した時計を持っていて欲しい。
それをエゴと呼ばずに済むのなら、何と言えば良いのだろう。
「あ、邪魔だったら身に付けたりしなくていいからね」
相変わらず不思議そうな表情で時計を眺めるユピテルに、ブロッサムは慌てて付け足した。
「なんていうか、気持ちとして受け取って貰えたらなって……」
「ありがとうございます」
―――と。
今まで見たこともないような表情で、ユピテルはブロッサムに向かって笑ってみせた。
「先輩からいただけるとは、思ってもみませんでした」
「……喜んでもらえたなら何より」
驚きを隠せないままに、ブロッサムは頷く。
まさか彼がこんな風に喜んでくれるとは、思ってもみなかった。
「て、いうか」
ブロッサムは恐る恐るユピテルに訊ねる。
「ユピくん知ってたの」
「何がですか」
「時計の話」
「ええ、まあ」
そう言って、ユピテルは懐中時計を大切そうに仕舞い込む。
「噂は嫌でも耳に入ってきますから……さて。お返しの時計、どんなのがいいですか?」
「え」
「そういうものなんでしょう」
「そ、そうだけど……」
意味をわかっててやってるのか、と聞きたくなったが、無粋な気もする。
ここは素直に甘えておいた方がいいのだろうか。
「……サキ先輩」
と、ユピテルが呆れたように言った。
「また何か余計なこと考えてませんか」
「な、なんで」
「瞳孔が縮んでます」
「…………」
「今から買いに行きますか?」
「……行く」
憮然とした表情のブロッサムに、ユピテルは小さく微笑んだ。
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