このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

ザマス先生とイーリス


その日、ザマスの機嫌がやたらと悪いことに、イーリスも気がついてはいた。
何やらユエと一悶着あったらしいということも(ユエの態度から)察してはいたが、自分が首を突っ込めば、恐らくややこしいことになるだろう。
けれど、どうしたら彼の神の機嫌が直るのか、いまひとつわからない。
なので、夜に二人きりになったタイミングを見計らって、
「何かお力になれることはございませんか」
と、申し出てみたのだけれど。
「…………」
「…………」
「……あの、ザマス様」
「…………」
イーリスが戸惑い気味に呼びかけても、ザマスは応えない。
ただ目を閉じて、彼女の膝に頭を預けたまままだった。
「…………」
まさか寝所において、所謂『膝枕』を要求されるとは、思ってもみなかった。
いや、厳密には「そこに座れ」と言われただけで、当然のように従ったイーリスに対し、その膝へとザマスが頭を預けてきたのだけれど。

いや、でも、やっぱりこれって膝枕よね?

「……失礼いたしますね」
囁くようにそう言って、イーリスはザマスの髪にそっと触れる。
本来、ザマスの許しなく彼に触れることを良しとはしたくないのだが、今日はこうしていた方が良い気がした。
イーリスがぎこちない手付きでザマスの頭を撫でていると、不意にザマスが薄らと目を見開いた。
「……イーリス」
「はい」
「其処にいるな?」
確かめるように言われ、イーリスは一瞬戸惑うも、
「はい、勿論です」
と、はっきり応えた。
「…………」
「ザマス様?」
「……なら、良い……」
そう言って、ザマスはまた目を閉じてしまう。
やがて、静かな寝息が聞こえてきて、イーリスは思わず瞬きを繰り返した。
(……まさかこのまま寝てしまわれるとは……)
正直なところ、至福と言わざるを得ない状況だ。
それでもやはり、ザマスの妙な様子は気にかかった。
(何か迷っておられる時、この方は、何も仰せにならない)
ほんの時折、イーリスの前でだけ、こうして弱味のようなものを見せてくれるのは、嬉しいのだけれど。
神たる者の矜恃が強いせいか、ザマスは他者を頼るようなことはしない。
強き者故の孤独なのか、それとも、理解者を得られなかった経験からなのか。
(……わたしは、この方の理解者に、なれているのかしら……)
それには、まだまだ色んなものが足りないような気がした。
自分が、人間の中でもまだ幼い少女であることが、歯痒くてもどかしい。
もっと成熟した大人であったなら、彼の手足として、もっと役に立てたかもしれないのに。
けれど、そればかりは気が急いても仕方ない。
今ある時間の中で、彼に相応しい存在になれるよう、努力を重ねるだけだ。
「……お休みなさい、ザマス様」
イーリスは優しく囁いて、またザマスの髪を撫でた。
3/3ページ