ザマス先生とイーリス
空のポットに空のカップ、空の皿だけが並んだ空虚な茶会を挟み合いながら、ザマスとユエは対峙していた。
ザマスはユエをもてなす気がなく、
ユエもザマスにもてなされる気がなかった。
睨み合いのような沈黙が続いた後、ユエが口を開いた。
「結局、貴方は、」
ザマスの目が、不機嫌そうに細められる。
「イーリスのことを特別扱いするだけして、何にも与えないのでしょう」
「何も与えない、だと?」
ユエの淡々とした言葉を、ザマスは嘲笑ってみせる。
「あの者は心身を神に捧げることを至上の喜びとし、事実、この私に全てを捧げることを厭わない」
ユエの目が、厭わしげに細められる。
「人間如きには有り余る程の幸福を、イーリスは既に一身に受けている。これ以上、何を望ませろと言うのだ」
「……彼女のことを、」
ユエは、言葉の端に苦いものを滲ませながらも、なお問い掛けた。
「愛しては、いないのですか?」
あまりに意外で、あまりに使い古された陳腐な言葉に、ザマスは思わず目を丸くした。
「……愛だと?」
しかし、間を置かずに、
「くだらぬ」
一蹴。
ユエの問い掛けを、ザマスはあっさりと蹴り飛ばす。
「神が貴様ら人間と同じように、下らん感情に身をやつすとでも思うのか?」
けれどユエは、静かな眼差しでザマスを見つめていた。
ザマスの瞳に、ほんの僅かに動揺の色が見えたのを、見逃しはしなかった。
「人間を、神が作り出したものだとするならば」
ユエは静かな声色で続ける。
「作る側が持つものを、作られた側にも盛り込むのは、何も不自然ではないでしょう」
ザマスは何かを言いかけるように口を開いてから、止める。
少しして、代わりのように言葉を絞り出した。
「……何が言いたい」
ユエは、冷ややかな視線をザマスに投げ掛ける。
「人間が愛を知っているのは、神が愛を持っているからではないのですか?」
だからどうした、と言いたげなザマスが口を開く前に、「それとも、」と、ユエは続ける。
「貴方はそれを知る前に、神の見習いを辞めたのでしたか」
「―――痴れたことを」
はっきりと不快を表情に示し、ザマスの声音に怒気が強まる。
けれどユエは怯みもせずに、ザマスの顔を真っ直ぐに見つめ返していた。
「イーリスが貴方の所有物であるというのなら、貴方が彼女をどう扱おうと、僕には口を出せたことではないのでしょう。でも、……」
言いかけてから、ユエは少し迷うような色を浮かべ、それでもなお言った。
「貴方はイーリスを、幸福には出来ない」
「…………」
ザマスは何も言わない。
「それがわかっているから、僕は貴方が大嫌いだ」
ザマスはやはり、何も言わない。
代わりに、射殺すような視線で、ユエを睨み付けていた。
「……話は、それだけか?」
「ええ」
ユエは視線を伏せると、椅子から立ち上がった。
ザマスは胸の前で腕を組んだまま、「待て」と、ユエを制止する。
「ならば、貴様ならイーリスを幸せに出来るとでも?」
「……そうだったら苦労しないんですけどね」
ユエは呆れたような視線をザマスに投げかけてから、身を翻して立ち去って行った。
「…………」
ザマスは一人、苛立ったように舌打ちした。
*****
「はあ…………」
思わず、溜め息。
ユエが大きく項垂れていると、突如、ばしん!と強く背中を叩かれ、ユエは大きな声を上げながら背筋を伸ばした。
「うわっ、わ、あ、!?」
「何をしているんですか、そんなところで」
イーリスだった。
彼女は呆れたような表情を見せてから、軽く首を傾げてみせる。
「何かありました?疲れ切ったような顔をしていますが」
「…………ちょっとね」
君はきっと怒るだろうからなあ、と、ユエは口の中で呟いた。
イーリスは不思議そうな顔をしていたが、結局それ以上は何も聞かなかった。