シルエラとタピオン
***
「ねえ、タピオン」
白い足をシーツに投げ出して、気だるげに寝そべりながら、シルエラがぽつりと言った。
「私が醜い魔物だったら、私のこと、好きになってた?」
隣に座るタピオンを見上げるその目は、いつもの自信豊かな彼女とは違い、何処か不安げで幼い。
ベッドの上で乱れた彼女の艶やかな髪を撫でてやりながら、タピオンは小さく苦笑いをした。
「君はまた、ややこしいことを言い出すんだな」
「ねえねえ、どうなの?」
駄々をこねる子供のように、シルエラがタピオンの服の裾を引っ張った。
シルエラは時々こうやって、答えに悩むような問いを投げ掛けてくることがある。
それが信頼からくる甘えであることは、タピオンも承知していた。
彼はシルエラの額を優しく撫でながら、
「どうだろうな」
と、穏やかに答えた。
「俺が初めて見た君は、鳶色の髪をした、涼やかな目をした美人だった」
「今は?」
「……可愛い恋人、だろうか」
タピオンの答えを聞くなり、シルエラは勢い良く起き上がった。
そのまま倒れ込むようにしてタピオンに抱き着き、ほぼ体当たりのようなそれを、タピオンは慌てて抱き留める。
シルエラはタピオンの首の後ろに手を回し、拗ねたような表情を彼に近付けた。
「褒めたら誤魔化せると思ってない?」
「真面目に考えているつもりなんだが……」
そんなつもりはなかった、と、少々返答に困りながら、タピオンは首を竦めてみせる。
「想像がつかないからな」
「うーん、じゃあねえ」
シルエラは腕を解くと、今度は彼に抱きついて、タピオンの肩に額を擦り寄せた。
「私が醜い魔物だったら、斬り伏せてやっつけてくれる?」
「…………」
流石に少し様子がおかしいと、タピオンは眉をひそめた。
シルエラが彼女自身を傷付けるようなことを言う時は、大抵何かがあった時だ。
恋人の身体を抱き締めてやりながら、タピオンは静かに訊ねた。
「急にどうしたんだ。……何かあったのか?」
「…………」
シルエラは黙ってタピオンの肩に顔を埋めている。
タピオンも無理には聞き出すまいと、暫く黙っていると、
「……何かあったっていうかね」
やがてシルエラが口を開き、ぽつりと言った。
「……疲れちゃった。何だかね……疲れちゃって」
「……シルエラ」
タピオンはシルエラが腕に収まるよう、姿勢を変えて抱き締め直した。
恋人の体温に安心したのか、シルエラは甘えるように身体を擦り寄せながら、長い睫毛を伏せた。
「……私ね、綺麗で完璧で、非の打ち所がない存在なんですって」
「…………」
「本当に、そうなのかしら……」
シルエラの瞳が揺れ、視線が宙を彷徨う。どこを見ているでもなく、ただ彼女は痛々しげな顔で、言葉を吐き出していた。
「時々、分からなくなるのよ。何が本当の私で、誰が本当の私を見ているのか」
「…………」
シルエラには、二つの顔がある。
自信に満ち溢れた大人の女性の顔と、行き場のない不安と寂しさに包まれた少女の顔だ。
両方の、特に後者の彼女を知る者は限りなく少なく、時折タピオンの前でだけ、姿を現すことがある。
けれど、今の彼女はそのどちらもが綯い交ぜとなり顔を出していて、酷く不安定で、危うげに見えた。
「……私が、」
不安げな色の瞳のまま、シルエラは続けた。
「綺麗で完璧で、もし本当にそうだとしたら、それ以外を取ったら、何が残るのかしら?」
「……そうだな」
タピオンはシルエラの気を引くように、彼女の頬を撫でた。
「俺が愛している、一人の女の子が残る」
その言葉に惹き付けられるように、揺れていたシルエラの瞳がタピオンを捉えた。
「……私が、」
震える声で、シルエラは囁いた。
「私が綺麗で完璧じゃなくなっても、私を好きでいてくれる?」
「もちろんだ」
間を置かずにタピオンが答えると、シルエラは泣きそうな顔をして、彼にぎゅっと抱き着いた。
タピオンが優しく背中を叩いてやると、
「ごめんね」
と、シルエラが謝った。
「どうして謝るんだ?」
「ううん」
もぞもぞと身動きして、シルエラは顔を上げ、申し訳なさそうな、恥ずかしそうな表情を浮かべてみせた。
「変な話しちゃったから……」
タピオンは答えの代わりに微笑んで、シルエラの髪を撫でた。
シルエラは擽ったそうに擦り寄ると、静かに囁いた。
「……好きよ、タピオン」
「俺もだよ、シルエラ」
どちらからともなく、触れるだけの口付けを交わす。
再び視線が向かい合うと、シルエラはようやく微笑んだ。
「ありがとう、元気出たわ」
「それなら良かったんだが……何かあったのか?」
タピオンの再びの問いに、シルエラはぱちぱちと瞬きしてから、「ないしょ」と、悪戯っぽく笑ってみせる。
これは教えて貰えそうにないなと、タピオンは諦めることにした。
「ねえタピオン」
「どうした?」
「……何でもない」
そう言って、シルエラはタピオンに寄り添い、安心したように目を伏せた。
*****
翌日のシルエラは、いつもの明るい華やかな彼女に戻っていた。
けれど、まだどこか空元気に思える素振りが、何となく気にかかっていた。
―――私が醜い魔物だったら、斬り伏せてやっつけてくれる?
「…………」
もしも。
もしも彼女が、それを望んだ時。
自分は果たして、剣を振れるのだろうか。
「タピオン?」
唐突に声を掛けられて、タピオンは思わず身構える。
振り向いたその先には、シルエラが戸惑ったような顔をしていた。
「ごめんなさい、驚かせちゃった?」
「あ……いや、気にしないでくれ」
タピオンは平静を装いながら、「どうかしたのか?」と問い掛けた。
「ん……ううん、何だか考え込んでるみたいだったから」
どうやら心配をかけてしまったらしい。
そう気づいて、タピオンは安心させるように微笑んだ。
「気にしなくていい」
「そう?」
「ああ」
そう答えてから、タピオンの脳裏に、ふと昨夜の会話が過ぎる。
これはちゃんと答えておかなければ、きっとシルエラに、また拗ねられてしまうだろう。
「シルエラ」
「なぁに?」
「―――どんな姿でも、俺は君が好きだと思う」
唐突なタピオンの言葉に、シルエラは何度か瞬きを繰り返した。
「……これで答えになっているか?」
タピオンの問い掛けで、シルエラは昨日、自分が彼に投げかけた問いを思い出したらしい。
「……あなたって、ずるいわ」
「え?」
「すぐそうやって、私を喜ばせるんだから」
そう言いながらも、どうやらシルエラの憂鬱は晴れたようだった。
花のように笑う彼女を見て、タピオンはほっと安心して微笑んだ。
***
「ねえ、タピオン」
白い足をシーツに投げ出して、気だるげに寝そべりながら、シルエラがぽつりと言った。
「私が醜い魔物だったら、私のこと、好きになってた?」
隣に座るタピオンを見上げるその目は、いつもの自信豊かな彼女とは違い、何処か不安げで幼い。
ベッドの上で乱れた彼女の艶やかな髪を撫でてやりながら、タピオンは小さく苦笑いをした。
「君はまた、ややこしいことを言い出すんだな」
「ねえねえ、どうなの?」
駄々をこねる子供のように、シルエラがタピオンの服の裾を引っ張った。
シルエラは時々こうやって、答えに悩むような問いを投げ掛けてくることがある。
それが信頼からくる甘えであることは、タピオンも承知していた。
彼はシルエラの額を優しく撫でながら、
「どうだろうな」
と、穏やかに答えた。
「俺が初めて見た君は、鳶色の髪をした、涼やかな目をした美人だった」
「今は?」
「……可愛い恋人、だろうか」
タピオンの答えを聞くなり、シルエラは勢い良く起き上がった。
そのまま倒れ込むようにしてタピオンに抱き着き、ほぼ体当たりのようなそれを、タピオンは慌てて抱き留める。
シルエラはタピオンの首の後ろに手を回し、拗ねたような表情を彼に近付けた。
「褒めたら誤魔化せると思ってない?」
「真面目に考えているつもりなんだが……」
そんなつもりはなかった、と、少々返答に困りながら、タピオンは首を竦めてみせる。
「想像がつかないからな」
「うーん、じゃあねえ」
シルエラは腕を解くと、今度は彼に抱きついて、タピオンの肩に額を擦り寄せた。
「私が醜い魔物だったら、斬り伏せてやっつけてくれる?」
「…………」
流石に少し様子がおかしいと、タピオンは眉をひそめた。
シルエラが彼女自身を傷付けるようなことを言う時は、大抵何かがあった時だ。
恋人の身体を抱き締めてやりながら、タピオンは静かに訊ねた。
「急にどうしたんだ。……何かあったのか?」
「…………」
シルエラは黙ってタピオンの肩に顔を埋めている。
タピオンも無理には聞き出すまいと、暫く黙っていると、
「……何かあったっていうかね」
やがてシルエラが口を開き、ぽつりと言った。
「……疲れちゃった。何だかね……疲れちゃって」
「……シルエラ」
タピオンはシルエラが腕に収まるよう、姿勢を変えて抱き締め直した。
恋人の体温に安心したのか、シルエラは甘えるように身体を擦り寄せながら、長い睫毛を伏せた。
「……私ね、綺麗で完璧で、非の打ち所がない存在なんですって」
「…………」
「本当に、そうなのかしら……」
シルエラの瞳が揺れ、視線が宙を彷徨う。どこを見ているでもなく、ただ彼女は痛々しげな顔で、言葉を吐き出していた。
「時々、分からなくなるのよ。何が本当の私で、誰が本当の私を見ているのか」
「…………」
シルエラには、二つの顔がある。
自信に満ち溢れた大人の女性の顔と、行き場のない不安と寂しさに包まれた少女の顔だ。
両方の、特に後者の彼女を知る者は限りなく少なく、時折タピオンの前でだけ、姿を現すことがある。
けれど、今の彼女はそのどちらもが綯い交ぜとなり顔を出していて、酷く不安定で、危うげに見えた。
「……私が、」
不安げな色の瞳のまま、シルエラは続けた。
「綺麗で完璧で、もし本当にそうだとしたら、それ以外を取ったら、何が残るのかしら?」
「……そうだな」
タピオンはシルエラの気を引くように、彼女の頬を撫でた。
「俺が愛している、一人の女の子が残る」
その言葉に惹き付けられるように、揺れていたシルエラの瞳がタピオンを捉えた。
「……私が、」
震える声で、シルエラは囁いた。
「私が綺麗で完璧じゃなくなっても、私を好きでいてくれる?」
「もちろんだ」
間を置かずにタピオンが答えると、シルエラは泣きそうな顔をして、彼にぎゅっと抱き着いた。
タピオンが優しく背中を叩いてやると、
「ごめんね」
と、シルエラが謝った。
「どうして謝るんだ?」
「ううん」
もぞもぞと身動きして、シルエラは顔を上げ、申し訳なさそうな、恥ずかしそうな表情を浮かべてみせた。
「変な話しちゃったから……」
タピオンは答えの代わりに微笑んで、シルエラの髪を撫でた。
シルエラは擽ったそうに擦り寄ると、静かに囁いた。
「……好きよ、タピオン」
「俺もだよ、シルエラ」
どちらからともなく、触れるだけの口付けを交わす。
再び視線が向かい合うと、シルエラはようやく微笑んだ。
「ありがとう、元気出たわ」
「それなら良かったんだが……何かあったのか?」
タピオンの再びの問いに、シルエラはぱちぱちと瞬きしてから、「ないしょ」と、悪戯っぽく笑ってみせる。
これは教えて貰えそうにないなと、タピオンは諦めることにした。
「ねえタピオン」
「どうした?」
「……何でもない」
そう言って、シルエラはタピオンに寄り添い、安心したように目を伏せた。
*****
翌日のシルエラは、いつもの明るい華やかな彼女に戻っていた。
けれど、まだどこか空元気に思える素振りが、何となく気にかかっていた。
―――私が醜い魔物だったら、斬り伏せてやっつけてくれる?
「…………」
もしも。
もしも彼女が、それを望んだ時。
自分は果たして、剣を振れるのだろうか。
「タピオン?」
唐突に声を掛けられて、タピオンは思わず身構える。
振り向いたその先には、シルエラが戸惑ったような顔をしていた。
「ごめんなさい、驚かせちゃった?」
「あ……いや、気にしないでくれ」
タピオンは平静を装いながら、「どうかしたのか?」と問い掛けた。
「ん……ううん、何だか考え込んでるみたいだったから」
どうやら心配をかけてしまったらしい。
そう気づいて、タピオンは安心させるように微笑んだ。
「気にしなくていい」
「そう?」
「ああ」
そう答えてから、タピオンの脳裏に、ふと昨夜の会話が過ぎる。
これはちゃんと答えておかなければ、きっとシルエラに、また拗ねられてしまうだろう。
「シルエラ」
「なぁに?」
「―――どんな姿でも、俺は君が好きだと思う」
唐突なタピオンの言葉に、シルエラは何度か瞬きを繰り返した。
「……これで答えになっているか?」
タピオンの問い掛けで、シルエラは昨日、自分が彼に投げかけた問いを思い出したらしい。
「……あなたって、ずるいわ」
「え?」
「すぐそうやって、私を喜ばせるんだから」
そう言いながらも、どうやらシルエラの憂鬱は晴れたようだった。
花のように笑う彼女を見て、タピオンはほっと安心して微笑んだ。
***