「フフフンフン、フッフフンフン♪」


ご機嫌な葵は鼻歌交じりで聖域の野原を歩いていく。

気取られぬ距離で、サガがその様子を事細かに監視していた。

小動物や植物、虫と戯れる葵の姿を見れば、あのハーデスの妃という肩書きを忘れてしまいそうになる。

だが、彼女は危険因子。

見た目に惑わされてはならない、惑わされて取り返しのつかない事になれば、それこそ自分を許せなくなる。


「あっ。」


そんなサガの思いを知らず、葵は今にも朽ちそうな樹を見つけた。

どうやら、聖闘士の訓練の巻き添えを喰らったようだ。

あちらこちらに、拳の跡が残っている。


「…可哀想。ねぇ、まだ頑張れる？　それとも、大地に帰りたい？」


小宇宙を僅かに高め、樹との対話を試みる。

その小宇宙に答えるように、樹も微かに小宇宙を放つ。

サガにはどういう対話をなされているのか分かる術も無いが、対話が成立しているのは分かる。


サガ（何と不可思議な…。いや、春を司る女神ペルセフォネは、大地と豊穣の女神デメテルが母、オリンポスの長ゼウスが父である女神…。おかしくはないな…。）


さらに、デメテルは大地母神ガイアの能力を最も色濃く継いでいる。

デメテルに次ぐ能力はペルセフォネが持つ。

もし、それが戦いに注がれては厄介な事この上ない。


「そう…。まだ、頑張れるんだね。じゃあ、私も力を貸すね。」


葵が両手を樹に付ける。

そして、自らの小宇宙を高めて樹に注ぎ始めた。

樹もその小宇宙を身の内に受け入れ、全身に巡らせる。

すると、樹が黄金に輝きだし、見る見るうちに朽ちていた場所が再生していく。

折れかけていた枝が再生し、茶色く枯れていた葉が緑になる。


サガ（命つきかけた樹が、持ち直した…！？）


しばらくすると、樹は完全に持ち直した。

葵は手を放すと、その樹を撫でてじゃあねと立ち去った。

それからも、葵は枯れかけた樹や花を見つけると先ほどと同じ様に小宇宙を注ぎ、瑞々しく復活させた。