葵の部屋。

葵はベッドの脇にある窓から聖域を見下ろす。

何をするでもなく、何を思うでもなく、ただ見下ろしている。


コンコンッ―――。


ノック音にも何の感情も籠もらない声で答える。


「どうぞ。」


入ってきたのは、沙織とハーデス。


冥王「ペルセフォネ、具合はどうだ？」

「特に変わりません。」

沙織「葵、今日はハーデスがお見舞いの品を持ってきてくださったのよ？」

「お見舞いの、品？」


沙織が合図すると、女官たちが何かを抱えて入ってきた。


「…凄い。」


それは、たくさんの花束。

美しい花々が葵の部屋を囲む。


冥王「この花は、そなたが余の治める世界に咲かせてくれた花ぞ？」

「私が、咲かせた？」

冥王「そうだ。冥界に来た折、少しでも皆の安らぎになればいいと冥界の彼方此方にそなたは加護を与え、花々もそなたの想いを受けて息づいている。皆、お前の純粋な優しさに、どれほど慰められておることか…。」


ハーデスは小さな花束を葵に手渡す。

葵はその花束を見ているうちに、知らず知らずに僅かな微笑を浮かべた。


「綺麗…///　ありがとう、ハーデスさん///」


それを見たハーデスと沙織は驚き、沙織は小宇宙回線を三界にいる重鎮たちへ繋ぎ、今目の前で起きた、小さくても重大な出来事を話した。

記憶を失ってからというもの、葵は塞ぎがちで滅多に表情を出さなくなっていたのだ。

その愛らしい微笑みも、顔を赤くして恥ずかしがる顔も。

やはり、『春の女神』は春らしきものを愛でる性質があり、記憶を失っていても魂のどこかでそれを覚えているのだろう。

葵を案じている者たちは次の見舞いから見繕った花を持参する事となり、葵の部屋はアフロディーテの花園に負けないくらい、花で溢れかえる事になる。

しかも、それぞれの小宇宙を込めて贈った花ゆえに、普通なら枯れてしまう時間が過ぎても瑞々しく咲き誇っている。

そんな花々に囲まれて、葵は少しずつ表情を取り返して行き、ハーデスが花を持参してから２週間後には、記憶が戻ってはいないものの、その表情は元気な葵の表情に戻って行った。