第２話「存在意義。」



葵が記憶喪失になって数日。

聖域の者は毎日僅かに時間が出来れば、葵の元へ行き、彼女を見舞う。

それだけではない。

冥界や海界の者まで、多忙にも関わらず２日に１回は重鎮たちが見舞いに来ていた。

皆が、それぞれの記憶にある葵との優しい記憶を語っていくが、葵は全く思い出せていなかった。

焦っても仕方がない事象だとは皆重々承知の上だ。

しかし、彼女の記憶から自分たちが綺麗さっぱりと消え失せている事は、思ったよりも辛く苦しい事だ。

慣れてきてくれたが、未だに自分たちを見る目が怯えている事に気がつく。


それが、辛い―――。


そんなある日、ハーデスが葵の見舞いに訪れた。


沙織「ハーデス、貴方も冥界の統治で御多忙でしょうに…。」

冥王「双子神や姉上、三巨頭が気を使うのだ。一番辛いのは余と申してな。」

沙織「…ハーデス。」

冥王「遠き神代の世界で、あれは私の凍りついた心に温かな愛を根付かせてくれた。それはとても心地よく、絶対に失いたくない尊いもの。今の余は、その尊きものを失ったに等しい。」


ハーデスはバルコニーに出た。


冥王「明るいな、地上は…。だが、余にとってはペルセフォネが世界を照らす光。今の余の目には、何が映っても色が映らぬよ……。」


沙織もハーデスの横に並ぶ。


沙織「聖域も同じです。皆、一刻も早い葵の回復を願っております。葵を想わぬ者は、この聖域には居りませんわ。」

冥王「だろうな。黄金たちも青銅たちも、小宇宙にいつもの張りが無い。」

沙織「ポセイドンもよく来てくださいます。海界の皆さんも、一刻も早く葵が元に戻る事を祈って止まぬそうです。」

冥王「先日、ポセイドンと通信鏡で対話したが、あれも相当参っているらしい。」

沙織「えぇ…。」

冥王「今日はアテナ、葵へ土産というか、見舞いの品を持ってきたのだ。」

沙織「まぁ、何ですの？」

冥王「それはな…。」