第１話「記憶喪失。」



「ランランラン～。」


天気のいい聖域で、鼻歌交じりでお散歩中の少女が居た。

名は葵、城戸沙織の妹であり、ギリシャ神話の女神ペルセフォネの神格者である。

葵はよく聖域中を散歩しては、動物や植物と話をするのだ。

我らの住む世界では、変わり者と思われるだろう。

しかし、ここではそんな目で葵を見る者は居ない。

彼女は植物や動物と会話する事が可能なのだから。

葵は彼らと会話する事で元気のない彼らの仲間を見つけ、自らの小宇宙を分ける事で癒しを与えるのだ。

大地の眷属であり、母デメテルの力を受け継ぐ彼女にはそれくらい朝飯前だし、心優しい彼女は進んでその役目を請負っていた。

誰に強制されるでもなく、彼女はこの小さなお役目を精一杯勤めている。

その癒しに、どれだけ聖域中の動物や植物、果ては人間までも癒されている事か。

もちろん、聖域だけではない。

伯父であるポセイドンのいる海界においても、神話では夫であるハーデスのいる冥界においても、癒しを請う声があれば何の躊躇いもなく癒しを与える。

その癒しは彼女の肩書き、『春の女神』らしく花が咲く事で示されるのだ。

おかげで、海界にも冥界にも花がそこここで咲いているという。

海界でも、冥界でも葵は皆に愛され、そんな皆を葵も愛していた。

まさに、愛される為に生まれた女神だ。

愛を知らぬと言われたハーデスでさえ、彼女の前ではそうも言えなくなり、妻としたのだから―――。