サガ「…覚えていたのか？」

「はい…。申し訳ありませんでした、あのような事を！」


葵は深々と頭を下げ、あらん限りの気持ちを込めてサガに謝罪した。

しかし、サガは何食わぬ顔をして言う。


サガ「私は気にしていない。酒の席での事だし葵も忘れなさい。私も忘れるから。」

「え…？」

サガ「さぁ、今朝も美味しいコーヒーを淹れてくれないか？」

「あ、は、はい。」


葵はコーヒーセットの置いてあるコーナーへ向かうが、彼女の胸がチクリと痛んだ事にサガは気づいていないようだ。


（失態を忘れていいと言われたのに、胸が痛い…。どうしてなの…？）


唇が重なった感触すらなかった事にしろと言うのだろうか。

悶々と考えていたが、葵はハッとする。


（…何を考えているの、葵。私はここに遊びに来たわけじゃない。総帥の秘書としてきたのだから、仕事に精を出していればそれでいいのよ。）


せっかく、聖域に同行させてくれた沙織のメンツに泥を塗る訳にはいかない。

自分が聖域に来たのは遊びではなく、仕事なのだ。

私情を仕事に挟むなど、葵のプライドが許さない。

何より、葵は今までそうやってここまで上り詰めてきたのだから。


（そう、あれは酒の席での過ち。サガの言う通りに忘れたらいいのよ…。）


葵は心の中で踏ん切りを付けると、グラード財団総帥秘書の表情に戻っていた。