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長曾我部元親

とある春の日。週末のこと。
アラームより少し早く起きてしまった私の耳に入ってきたのは、屋根を打つ小さな雨音だった。
パラパラという音がベッドにいても聞こえてくる。


あぁ、今日は雨か。最近週末はよく降るな。


そんな呑気なことを考えながら身体を起こすと、隣で寝息を立てていた彼が少し身じろいだ。昨日は相当疲れたのだろう。
いつもならば私が起きれば目を覚ますのに、今日は掛け布団を抱きしめるように掴んでまだ眠っている。

「おはよう」

小さく声をかけてみるも、返事はない。
そんなお疲れの彼を起こさないようにそっとベッドを抜け出し、階段を降りる。
外の雨のせいで、何処か家の中も薄暗い感じだ。


キッチンとリビング、そして洗面所の電気をつけて、洗面所の鏡に向き直る。
最近外に出ていないから、ますます肌が白くなったような気がする。肌が白いのはいいけれど、その分スキンケアをちゃんとしないと肌荒れが目立って少し嫌だ。


洗顔と歯磨きを済ませ、キッチンへと向かう。冷蔵庫にあるもので使えそうな物は……。チーズとハム、食パンは買って来てもらったのがあるし、確かまだスープも残っていたはず。


音楽を聴きながら朝ごはんを作っていると、雨音に混じって二階からバタバタという物音が聞こえてきた。彼は何故か私がたまに先に起きると、こうしてバタバタと慌てて起きてくる。

「おはよう元親」

急いで階段を降りてきた元親にそう言うと、彼は息を大きく吐き出して後ろから抱きしめてきた。

「……おはようさん。先に起きてたんだな」
「うん。元親寝癖ついてるよ」

ぴょんと跳ねた髪を撫でると、さらにぎゅっと力を込めて抱きしめてきた。眼帯をつけていない彼を見れるのは朝のこの時間だけなので、少し特別感があってなんだか少しドキドキする。

「朝ごはんもう出来るから、顔とか洗っておいで」
「おう」


いつものように朝ごはんをテーブルに並べて、二人で席に着く。

「あとで買い物行ってくるな」
「うん」
「何か欲しいもんあるか?」
「ん?んー……大丈夫」

朝ごはんを食べながらそんな何の変哲もない会話をする。
料理と洗濯機を回すのと洗濯物を畳むのと掃除が私の担当で、洗濯物を干したり、ゴミ出しや買い物、その他の事が元親の担当。
でも、料理はたまに元親もしてくれる。

正直に言うと私は料理が得意な方では無いけれど、この家で生活していく中で少しづつ上達してきたとは思う。元親にレシピ本を買ってもらった甲斐が有るというものだ。


「……ん?どうした?」
毎日こうして顔を合わせているのに、どうしてこうもドキドキしてしまうのだろうか。
こうして眼帯を外しているのもそうだし、朝の少しだらけた様子の彼を見ることが出来るのは世界で私だけという事実が、心の中の何かをザワザワとざわつかせる。
「んーん、なんでもない」
幸せだなぁ、なんて月並みなことを思いながら私はパンの最後の一口をスープで流し込んだ。


「じゃ、行ってくるな。すぐ戻る」
「行ってらっしゃい!」
「いつも言ってるが、誰か来ても出なくて良いからな」
「うん。大丈夫だよ」

傘を差す彼を見送ったあと、しっかりと鍵が閉まるのを見届ける。最近は物騒だから戸締りはちゃんとしないといけないと何度も口を酸っぱくして言われている。



ここからは少しだけ私一人の時間。
まず朝ごはんの洗い物を済ませて、今日は時間が有り余っているので今のうちにお風呂の掃除もしてしまう。
あとはお湯を貯めるだけという状態にしておくと夜入る時とても楽。
あとは、部屋に戻ってベッドを適当に整えておく。

元親が慌てて起きたからか、掛け布団や枕があらぬ場所へと飛ばされていた。


……これで休日のやることは一通り終わってしまった。お昼ご飯のメニューはもう決まっているし、今から作っても食べるまでにはまだ時間がある。雨が降っているから洗濯も出来ないし。掃除も昨日したばかり。

……ゲームでもしようか。やることもないし。

元親が買い物に行っている間にゲームをするのは何だか少し罪悪感があるけれど、買い物にはついていけないしやることは終わってしまったし、仕方ないか。

ゲーム機の電源を入れようとした時、少し前に「運動不足になるといけないから」と買ってもらったフィットネスゲームが視界の端に入った。
……最近あまりプレイしてないけど。

明日から、なんて典型的な言い訳で見ないふりをしてゲーム機の電源を入れてテレビをつけた。




「えー、依然この女子大生の行方は掴めておらず、警察は事件と事故両方の線で……」
その時やっていたのは朝のニュース。どうやら半年前のニュースを報道しているらしい。情報提供お待ちしておりますというテロップと共に、アナウンサーが半年前の事件の概要を読み上げている。



私には関係ない事なのでさっさとチャンネルを変える。


さて始めようと姿勢を正した時、不意にベランダの方で何かの影がチラついた。
洗濯物は元親が取り込んでくれていた筈だし、猫か何かが入り込んでしまったのだろうか。

窓越しにベランダを覗いてみると、確かに何かの影が見える。もう少し角度を変えてなんとか見てみると、どうやら取り込み忘れたタオルが雨に晒されているようだった。

「あら」

どうしよう。あとで元親に言って取り込んでもらわないと。
一応ダメ元でベランダへと続くガラス戸を開けようとしてみる。
普段なら鍵が閉まっていて開かないけれど、一応。

しかし、私の予想とは正反対に、ガラス戸はあっさりとカラカラと音を立てて開いた。
雨の日特有の匂いと冷たい風がふわりと部屋の中に吹き込み、私の髪を揺らす。ざあざあという雨の音が一層強くなった。

「あれ、鍵開いてる……」

いつもなら、このガラス戸を開けるには元親が持っている鍵が必要なのに。閉め忘れてしまったのだろうか。
元親も疲れていたみたいだし、半年も暮らしていればそういうこともあるだろう。
あとでこれも言っておこう。


私は急いで開いたガラス戸から身を乗り出して、取り込み忘れたタオルを引っ張り込む。
びしょ濡れという程では無いけれど、このまま使えるとは到底思えないくらいには濡れていた。



仕方が無いので、もう一度一階に降りて洗濯カゴにそのタオルを放り込んだ。

そしてそれと同時に、ガレージに車が入ってくる音が聞こえてきた。
元親が買い物から帰ってきた。
扉が開くのを玄関の前で待っていると、ガチャリと玄関の鍵が回る音。


「おかえりなさい!」


扉が開くと同時にそういうと、両手にビニール袋を抱えた彼は少し驚いたような顔をして私の歓迎を受けた。

「ただいま。待ってたのか?」

彼の持つビニール袋をひとつ受け取り、キッチンへと運ぶ。
彼は何処か嬉しそうにそう言いながらその後ろから着いてきている。

「えっとね、丁度タオル持って降りてきたら車の音聞こえたから」

少し濡れている袋をキッチンに下ろして元親に向き直ると、何故か元親は少し怪訝そうな顔をして私のことを見つめていた。


「……タオル?上に置いてあったのか?」
「んーん、外にあったやつ。一枚取り込み忘れてたから、それだけ……」


「……外に?」


「……えっと、うん。二階のベランダの扉、鍵閉まって無くて。……でも、外には出てないよ。タオルだけ取ってすぐ戻った……」


叱られている訳でも怒られている訳でも無いのに、元親のいつもより低い声に少し身体が強ばってしまう。
やっぱり出ない方が良かったのだろうか。


「……そうか……」



怒られるかな、と思った瞬間、ぐいと力強く肩を引き寄せられた。

「はー……心臓止まるかと思ったぜ……」

大きく息を吐き出しながら、彼は私を抱きしめてそう呟いた。触れた彼の身体は、ドクドクと激しく脈打っていた。

「悪かったな。鍵閉め忘れて」
「大丈夫だよ」

ポンポンと彼の頭を撫でると、彼はまた朝と同じように私のことを強くぎゅっと抱き締める。



「何処にも行かないでくれよ……」
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