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長曾我部元親

「ねぇ、元親。七夕の話って知ってる?」

クーラーの良く効く肌寒い教室で、向かいの席に座る女は唐突にそう言ってみせた。

「……この年で知らねぇ奴の方が珍しいだろ」

テスト範囲の教科書にマーカーで印を残しながら、チラリと彼女の方に視線をやった。
彼女はテスト勉強の手を止めて、何故か少し微笑んで俺の事を見つめていた。

「うん。それでね、織姫と彦星が会えるのって、1年に1回だけじゃない?」
まぁ、と再び教科書に視線を落として線を引く。女はそのまま続けてこう言った。

「あれがさ、もし1年に1回じゃなくて、もっと長い時間だったらどうなると思う?」

もっと長い時間。その言葉に俺はペンを止め、もう一度彼女の顔を、今度は真っ直ぐに見つめ返す。別段変な顔をするでも無く、先程と同じ顔で俺の事を見ている。

「数百年とか、数千年とか。どう思う?」

どう思う、と言われても。十数年生きてきて、すっかり習慣に染み付いていた行事の事なんて深く考えた事は一度も無かった。

「やっぱりお互いのこと、忘れると思う?」
「……んー、どうだろうな。忘れないんじゃねぇか。そんだけ想い合ってる仲なら」

俺の言葉を聞いた彼女は驚いたような顔をしてから、また小さく笑った。今度は少し困ったような顔をしながら。

「なんだよ。アンタから聞いてきたんだろ」
「そうだけど。うん、ちょっと意外で。もっと現実的な答えが返ってくるものだとばかり」

ひとしきり笑い終えた彼女は、また一つ質問を投げかけてきた。

「じゃあさ、元親だったらどう?その……例えば、大切な人と数百年離れても忘れない自信ってある?」

よくある御伽噺から急に自分に話の矛先を向けられて、別段やましいことがある訳でも無いが思わず心臓がドキリと痛んだ。
何と答えるのが正解かは分からないし、そんな質問をされる心の準備が出来てすら居なかった俺は、意味を持たない唸り声を挙げることしか出来なかった。

「あー、そうだな、俺は……」

自分の中の答えを探しているうちに、ハッとする。ただの雑談に俺は何を本気になっているんだ。
「まぁ、忘れねぇんじゃねぇか?」

軽く返事を返し、「アンタは」と質問を投げ返してみた。唐突にこんな話を投げかけてきた張本人が、どんな答えを用意しているのか興味が湧いてしまったから。


「忘れないよ」


彼女は、あまりにもあっさりそう答えた。
「随分自信があるんだな」
そう言うと、彼女はふふんと鼻を鳴らして「まぁね」と笑って見せた。

「忘れないよ、私は。生まれ変わっても忘れないと思う」

俺の答えを笑った割には、コイツの答えも随分とロマンチックな物だった。それを指摘してみれば、今度は悪戯っぽく笑いながら「案外、リアリストかもよ?」と言った。

「リアリスト?アンタが?」
「うん。ほら、意外と事実だったりするかもよ?数百年待ったとか」

その言葉を聞き流しながら何気なく彼女の手元を眺めてみると、日本史の教科書とノートが開かれていた。

「まぁ、冗談だけど」

その言葉と同時に、教科書がパタリと閉じられた。
「……丁度いいし、休憩にしよっか。飲み物買って来るね」

そう言って席を立った彼女は、何故かまた、困ったように笑っていた。
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