単発
誰かの葬式で一度あったかどうか。野蛮だけが持ち味の、近いのか遠いのかも分からない親戚に、随分とボロ臭い、泥汚れの目立つ車に担ぎ込まれて、海と山に挟み込まれた見知らぬ港町に来た。
ちなみに今の私の荷物はどさくさ紛れに引っ掴んだスマホだけである。
「ニートになんて事を?」
行為が痛い事は承知の上で、そう声に出してしまわないとやり切れない気持ちを散らすつもりで、私は大きめの独り言を漏らす。
クソッタレた親戚は少し待てと言い残し、恐ろしく寒くてベタつくわけも分からない場所に放置しやがったのだった。
今は夜だ。だが何故かクリーチャーはいない。
馬鹿ほどに揺れる車から見える順を追って落ちて行く太陽に絶望を感じながら窓を眺め、ここに着くまでにはもう既にとっぷりと日が落ちていた。
異世界にでも転移したか? いやでも、まだ一般人には物質を異世界へ転移させる技術は解放されていない筈。
実は政府の要人だったりするのか? あの小汚いおっさんが? 他人を連れて行けるだけの権限を?
……いやいやないない。そんな権限ある訳ない。
そんなことよりも帰りたい。なんの用意もないまま夜に! なってしまった! よりもよって外にいる! 今! この状態が耐えられない!
浮かんでは消える恐怖や不安、怯えに苛まれ続けるうち、胃がキリキリと痛み、しゃがみこんだ私に後ろから声が掛かった。
「あれ、そこつ? あ、ごめん、人違い」
「じゃないです!!」
「うわ、びっくりした」
反射で否定し、勢いで振り返った先には海鳴カイネがいた。
「びっくりは私の方なんよな……うわ、海鳴おる」
「うわって何。さっきの仕返し? てかなんでそこつ居んの?」
「ニュートラルすぎて引く。現状を受け入れられるタイプのシロイルカ?」
「んなわけ。全然。全然よ」
「いや、連れと偶然ファミレスとかでかち合った位の温度感やったや〜〜ん! 嘘つけ〜」
勝手は知れども、インターネット越しにしか接点のない異世界人と遭遇したとは思えない海鳴のいつも通り過ぎる温度感に安心を覚えれば良いのか、戸惑えば良いのか分からない。
「ウソジャナイヨッ!」
「あ、海鳴の汚い声。それ好きなんよな。配信で見るとちょっと嬉しくなる」
「アリガトッ! てか、ちょっと〜! そう言うそこつも変わりなくなーい?」
「それは君に引っ張られてよ。尾花はめちゃくちゃ困ってるからね、今」
「もっかい言うけど、そこつなんで居んの?」
「わかんなあい。……海鳴、聞いてくれる?」
「聞くけど、その前に寒くない? 陸の家に来る?」
「行くぅ〜……!」
こんなにトントン拍子に進んでいいのかと思いながらも、寒さに耐えきれずに乗り掛かった船こと、海鳴の後ろをついて歩いていく。
ドルフィンテールが左右に揺れる様を目で追ううちに海鳴の家に着いてしまったのは我ながら気持ち悪いなとは思ったが、初めて生で見る亜人種を面白がるなと言う方が酷では? と、玄関を通る頃には私は開き直っていた。
「で、なんでいんのそこつ」
「かくかくしかじか」
「悲しいけど現実だからね、ここ。それじゃあ通じないだよなあー!」
「……ですやんね。とりあえず、異世界転移をしたのは確か」
「え、そこつと私でトリップ夢始まった? いや、逆トリか?」
「今後の展開次第では逆トリあるあるをお願いしたい所ではある」
「メタだけど分かり易くていい! ……ただ財力がなあ。……そこつを養える……力が欲しい……」
「何でもするからって縋るつもりでいたのにまた難なく飲み込まれちゃったや……」
「いや、乗っかるでしょ。可愛いものは愛でるし囲う。そこつのこと好きだし」
「私を可愛いっていうの君だけなんだよなあ。囲われるのは助かるけども」
「ん? 私だけを愛してる? 嬉しい! 私もそこつ好きー!」
「キッツ」
「あ、そういうこと言う子は扶養してあげない」
「嘘嘘。尾花、海鳴すきー! 何でもするし、靴舐めようか? ぺろぺろって」
「それこないだのコラボのやつじゃん。そこつがクリップしたとこ」
「面白かったよあの配信。程よくワードが強くてさ、FPS分からんマンだけど楽しかった〜!」
「ほんと? うれしー! でも舐めなくていいか」
「そっか、じゃあ代わりにしっぽ触っていい?」
「なんの代わり? 別に良いけど……一瞬ね、体温で火傷しちゃう」
「イルカだもんな、確かに……でもあれ、変だぞ……? 暖房が効いて暖かい、乾燥した空間……」
「だめ、それ以上はいけない」
なにかに気づきそうになった私を制止する海鳴の声に重なるようにピピとアラームが鳴った。
私のスマホから聞こえる。
画面の左上を見ると、『0:01』と表示されていた。
今日は10月30日、目の前にいる海鳴カイネの誕生日である。
「あ、海鳴おめでとう」
「あ、うん、ありがとう。知ってたんだ」
「アプリに登録してた」
「まじぃ? 私そこつに愛されてじゃん。……あ」
「え、なに。なんの気付き? 怖いんやけど」
「つまり、そこつが私の誕生日プレゼントってことでは? プレゼントはわ・た・しって奴では?」
こうなった海鳴は埒が明かないので、「ウン、ソウダネ」と私はぎこちなく頷いて、彼女が現状を災難に思っていないなら良いかと、ニートお得意の現実逃避でやり過ごしたのだった。
END
ちなみに今の私の荷物はどさくさ紛れに引っ掴んだスマホだけである。
「ニートになんて事を?」
行為が痛い事は承知の上で、そう声に出してしまわないとやり切れない気持ちを散らすつもりで、私は大きめの独り言を漏らす。
クソッタレた親戚は少し待てと言い残し、恐ろしく寒くてベタつくわけも分からない場所に放置しやがったのだった。
今は夜だ。だが何故かクリーチャーはいない。
馬鹿ほどに揺れる車から見える順を追って落ちて行く太陽に絶望を感じながら窓を眺め、ここに着くまでにはもう既にとっぷりと日が落ちていた。
異世界にでも転移したか? いやでも、まだ一般人には物質を異世界へ転移させる技術は解放されていない筈。
実は政府の要人だったりするのか? あの小汚いおっさんが? 他人を連れて行けるだけの権限を?
……いやいやないない。そんな権限ある訳ない。
そんなことよりも帰りたい。なんの用意もないまま夜に! なってしまった! よりもよって外にいる! 今! この状態が耐えられない!
浮かんでは消える恐怖や不安、怯えに苛まれ続けるうち、胃がキリキリと痛み、しゃがみこんだ私に後ろから声が掛かった。
「あれ、そこつ? あ、ごめん、人違い」
「じゃないです!!」
「うわ、びっくりした」
反射で否定し、勢いで振り返った先には海鳴カイネがいた。
「びっくりは私の方なんよな……うわ、海鳴おる」
「うわって何。さっきの仕返し? てかなんでそこつ居んの?」
「ニュートラルすぎて引く。現状を受け入れられるタイプのシロイルカ?」
「んなわけ。全然。全然よ」
「いや、連れと偶然ファミレスとかでかち合った位の温度感やったや〜〜ん! 嘘つけ〜」
勝手は知れども、インターネット越しにしか接点のない異世界人と遭遇したとは思えない海鳴のいつも通り過ぎる温度感に安心を覚えれば良いのか、戸惑えば良いのか分からない。
「ウソジャナイヨッ!」
「あ、海鳴の汚い声。それ好きなんよな。配信で見るとちょっと嬉しくなる」
「アリガトッ! てか、ちょっと〜! そう言うそこつも変わりなくなーい?」
「それは君に引っ張られてよ。尾花はめちゃくちゃ困ってるからね、今」
「もっかい言うけど、そこつなんで居んの?」
「わかんなあい。……海鳴、聞いてくれる?」
「聞くけど、その前に寒くない? 陸の家に来る?」
「行くぅ〜……!」
こんなにトントン拍子に進んでいいのかと思いながらも、寒さに耐えきれずに乗り掛かった船こと、海鳴の後ろをついて歩いていく。
ドルフィンテールが左右に揺れる様を目で追ううちに海鳴の家に着いてしまったのは我ながら気持ち悪いなとは思ったが、初めて生で見る亜人種を面白がるなと言う方が酷では? と、玄関を通る頃には私は開き直っていた。
「で、なんでいんのそこつ」
「かくかくしかじか」
「悲しいけど現実だからね、ここ。それじゃあ通じないだよなあー!」
「……ですやんね。とりあえず、異世界転移をしたのは確か」
「え、そこつと私でトリップ夢始まった? いや、逆トリか?」
「今後の展開次第では逆トリあるあるをお願いしたい所ではある」
「メタだけど分かり易くていい! ……ただ財力がなあ。……そこつを養える……力が欲しい……」
「何でもするからって縋るつもりでいたのにまた難なく飲み込まれちゃったや……」
「いや、乗っかるでしょ。可愛いものは愛でるし囲う。そこつのこと好きだし」
「私を可愛いっていうの君だけなんだよなあ。囲われるのは助かるけども」
「ん? 私だけを愛してる? 嬉しい! 私もそこつ好きー!」
「キッツ」
「あ、そういうこと言う子は扶養してあげない」
「嘘嘘。尾花、海鳴すきー! 何でもするし、靴舐めようか? ぺろぺろって」
「それこないだのコラボのやつじゃん。そこつがクリップしたとこ」
「面白かったよあの配信。程よくワードが強くてさ、FPS分からんマンだけど楽しかった〜!」
「ほんと? うれしー! でも舐めなくていいか」
「そっか、じゃあ代わりにしっぽ触っていい?」
「なんの代わり? 別に良いけど……一瞬ね、体温で火傷しちゃう」
「イルカだもんな、確かに……でもあれ、変だぞ……? 暖房が効いて暖かい、乾燥した空間……」
「だめ、それ以上はいけない」
なにかに気づきそうになった私を制止する海鳴の声に重なるようにピピとアラームが鳴った。
私のスマホから聞こえる。
画面の左上を見ると、『0:01』と表示されていた。
今日は10月30日、目の前にいる海鳴カイネの誕生日である。
「あ、海鳴おめでとう」
「あ、うん、ありがとう。知ってたんだ」
「アプリに登録してた」
「まじぃ? 私そこつに愛されてじゃん。……あ」
「え、なに。なんの気付き? 怖いんやけど」
「つまり、そこつが私の誕生日プレゼントってことでは? プレゼントはわ・た・しって奴では?」
こうなった海鳴は埒が明かないので、「ウン、ソウダネ」と私はぎこちなく頷いて、彼女が現状を災難に思っていないなら良いかと、ニートお得意の現実逃避でやり過ごしたのだった。
END
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