短編

冷たい土さえ幸福と成る



 人も物も寿命があるんだよって、アリアが言ってた。
花に愛情を注いで育ててもいつかは枯れてしまうし、食べ物は大切に取っておいても腐ってしまう。だから美しく美味しいうちに消費するんだよ。幸福は刹那的だからこそ素敵な味がするのだから、永遠ではない幸せを幸せであるうちに噛み締めなきゃ。そして、記憶だって永遠では無いのだから、それならせめて一秒でも長く、幸せの味の余韻に寄りかかれるようにねって。
 ねぇ、アリア。あなた間違ったみたい。



「マリアベル様のご様子は?」
「変わらず、反応を示す様子すらも……」

 耳鳴りのような声が部屋に、頭に反響する。黙って。邪魔をしないで。記憶に影がかかる。愛する人の声にノイズが重なって、今にも消え失せそうな微かな温もりが、やがて遠く、届かなくなっていく。

『マリア』

「アリア………」

 熱と、愛を乗せて。わたくしの瞳を真っ直ぐに見つめて、頬に触れて、髪に指を通して、口付けをして、そう呼んだあなたがいた。やっと触れたその一言すらも、口に酷い苦みを残してとても食べれたものではない。とっくに期限が切れている。記憶の中の幸せは消費するまで待ってなどくれない。
 やせ細った足を頼りなく動かして、記憶に焦がれるまま窓を開いて刺すような風を感じた。二人を照らした太陽が体を焼いている。抱きしめられた腕の感覚が、首を絞めあげている。
 誰もがわたくしを幸福の象徴と呼んだ。愛そのものだと呼んだ。きっとそうだと思った。疎まれる雨風も嵐の夜も愛の前では光に溢れる記憶となり、愛する人を死に追いやった国民すら、未だ愛することを辞められないでいる。けれど、かつて幸福と呼んだ全てが、愛しい人を亡くして嘘みたいになんの味も感じられなくなって、体を蝕む毒となって、馬鹿なわたくしにも漸く一つ気づけたことがあった。
 あなたを通してみるこの世界が、あなたという魔法を仕上げにかけたものだけが、わたくしの幸福だったのね。
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