昨夜、氷月と戦ったスイレンは朝起きた瞬間から酷い筋肉痛に襲われて苦しんでいた。
なかなか起きてこないので様子を見に来た千空は痛みで起き上がることすらままならない様子のスイレンを見てため息を吐いた。


「おーい、生きてるか」

「…死にそうです」


ここ最近は戦う機会が全く無かった上にごく短時間とはいえ実力以上の力を発揮した代償である。
酒が入っている状態で仲間の危機、なおかつ自分が動くことで仲間が救える状況というこの3つの条件下でのみスイレンはコハク以上のスピードで敵に立ち向かうことができるのだ。
機会はなかなか少なく、その結果体が悲鳴を上げている。


「…体が付いていかないとか悲しすぎる」

「落ち着いたら温泉にでも浸かってこい」

「…そうします」


とりあえず寝てろと言われたのでスイレンはお言葉に甘えてしばらくゴロゴロさせてもらうことにした。
起き上がることができるようになった頃に金狼が診療所へと顔を出した。
何やら申し訳なさそうな顔をしている。
やせ我慢をしているようだが思ったより元気そうでスイレンは安心した。


「すまないスイレン。俺のせいでお前にまで怪我をさせてしまった」

「いや、私のはかすり傷だから。それよりも…」


スイレンは痛みを無視して立ち上がり、握りしめた右の拳を金狼の胸に軽く打ち付ける。


「…銀狼に兄殺しなんて重たい罪を背負わせたらだめだよ。あの子が壊れちゃう」

「…」

「そういうのは私みたいな大人の仕事」


もし戦況が不利なままであればスイレンは銀狼の代わりに橋を落とすつもりでいた。
氷月を道連れに川へ飛び込むことさえ覚悟していたのである。
だが、千空とおそらくゲンが何とかしてくれるのではないかという淡い期待もあった。
自覚している以上に2人を信頼しているらしい。
結構な博打だったがスイレンは運が良かったようだ。


「それに、こういう時は謝られたくはないかな」


別の言葉を促せば金狼は素直にありがとうと返してくれた。
正直、その言葉一つで十分だ。
どういたしましてと返したスイレンは上機嫌だ。
だいぶ動けるようになったので温泉に浸かりに行くことにした。
銀狼がゲスい顔をしていたので覗いたらどうなるかわかってるよねと軽く脅してからコハクとスイカを誘う。
顔面蒼白になっている銀狼に呆れる金狼、毒盛られちまうぞと言うクロムにちげーねえと笑っている千空。
平和な光景に温かい気持ちになり、その輪の中に自分がいることがとても嬉しく感じたスイレンの足取りは軽い。


「あー、極楽過ぎる。生き返るわー」

「発言が親父臭いぞスイレン」

「…サラッと傷つく発言やめてもらえますかコハクさん」

「スイレンはおじさんだったんだよ？」

「スイカまで！？違うからね！？」


コハクとスイカの発言にショックを受けたスイレンは涙目で否定した。
濡れた前髪が顔に張り付くのが不快でかき上げているので表情ははっきりと見えている。
酷いよ2人ともと落ち込む姿にコハクが冗談だと返し、スイカはごめんなさいなんだよと慌てて謝った。


「スイレンがあんな風に戦えるとは知らなかったぞ。一時門番をしていたことは知っているが」

「それは知らなかったんだよ」

「昔の話よ。銀狼がまだ門番になる前で時々金狼と2人で橋の前に立ってただけだし」


スイレンが門番として金狼とともに橋の前で見張りをしていたのは銀狼が門番に任命されるまでのほんの短い間だけだ。
それもジャスパーの都合が悪い日だけだったのでほんの数日と言ってもいいくらいなのでスイカが知らないのも無理はない。
特に何もなく金狼に稽古をつけてくれと何度かせがまれたなとスイレンは思い出した。
それももう6年ほど前の話である。


「こんなに体が訛ってるとは思わなかったよ。鍛え直さなきゃ」

「稽古なら付き合うぞ」

「…お手柔らかにお願いします」


こうしてスイレンはバトルチームの稽古に時々参加するようになったのであった。





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