1年生
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まるで嵐がやってきたみたいに騒がしい、オレンジアカデミーの昼休み。
午前の授業を終えた生徒たちが一斉に教室を飛び出し、広い食堂はオレンジカラーの制服でいっぱいになる。
生徒たちは、ホシガリス――いや、ヨクバリスがきのみを取りにいく時の目のように熱を灯して、今日のメニューを吟味していた。そんな騒がしい熱気から逃げるようにして、チリは食堂の端、太陽の光が斜めに差し込む窓際の隅を陣取っていた。
少し前まで、チリにとって昼休みは楽しむための時間じゃなかった。午後の授業を完璧にこなすための、ただのエネルギー補給の時間にすぎない。誰かとテーブルを囲むこともなければ、その日のメニューに悩むこともない。無駄を省いた、彩りのない時間。
――その、はずだった。
「ま、努力はしとる。たぶん」
手元にある、ハムをはさんだだけのそっけないサンドイッチを見つめて、チリは小さくため息をついた。
数週間前までのチリなら、迷わずゼリー飲料を選んでいただろう。けれどあの日、ミントに夜ごはんが冴えないという理由で目をつけられた次の日、指定された場所に行かなかったのが悪手だった。チリとの時間を過ごそうとするミントの決意に、油を注いでしまったのだ。以降チリの周りにはいつも燃えるような赤色がつきまとうようになった。
ある日は図書室で、静かな場所が好きなチリの目の前に、ドカドカと分厚い専門書を積み上げて座り込み、「この作戦、あんたならどうやって破る?」と目をキラキラさせて聞いてきた。
またある日は放課後のバトルコートで、図書室から借りてきたらしい本を見せながら「さっきのウパーの動き、この本に書いてあった理論の応用でしょ?」と、鋭い分析をぶつけてきた。
チリの機嫌が悪い日は、ミントは何も言わずにそばにいたし、調子の良い日は「アイスでも食べに行く?みたらし味の試作品配ってるみたいだよ!」なんて言って外に連れ出した。
逆に、ミントが姿を見せない日は、大抵テストやバトルでヘマをした日。最初こそ静かな空間に居心地の良さを覚えていたチリも、気付けばしょぼくれたミントを探し出して、美味しいと評判なお菓子を買ってあげたりしていた。
そんな日々を過ごす中で、チリが無意識に持っている早く1人で成果を出さねばという焦燥を、ミントが優しく包み込んでくれていた。
(……て、ちゃんと慣らされとるやないか…)
自分は押しに弱いタイプだったのかーー。机に肘をついて頭を抱えるチリがため息をこぼす。
(ほんま、調子狂うわ)
ミントはいつだって、自分が隠れようとしても探し出して隣に並ぶ。気を抜いていると「何そんな暗い顔してるの?」と茶々を入れられるし、粗末なメニューを選べば「なにそのご飯、ありえない!」なんて不機嫌を隠そうともせず突っ込んでくる。
気が付けばチリは、ランチでサンドイッチを選ぶようになっていた。「しっかり噛んで食べないと、脳みそ動かないし、はげるよ!」という、ミントのよく分からない理論を盾にした怒り顔が、反射的に頭に浮かぶようになったからだ。
(…今日は遅いな)
数週間前まで好きだったこの一人の時間に対して、今、明確に物足りなさを感じている。自習用のノートを開いて座学の振り返りを始めても、意識の隅で、あの元気な足音を探してしまっている自分がいるのだ。
(参るわ、こんなん)
そして、その無意識の期待が裏切られたことは、ただの一度もなかった。
「おつかれー!……げっ、チリ、またそんな栄養のなさそうなもの選んで……。それ、ただのパンとハムでしょ!」
「ブイ!」
「それ、あかんよ。これが好きな生徒もおるやろ。イーブイ、おつかれさん」
「あ、たしかにね。ごめんごめん。あれ、ウパーは?」
「ご飯食べてすぐ寝とる」
振り返る必要もない。耳の奥まで直接届くような、はじけるほど明るい声。チリは食べかけのサンドイッチを口に入れたまま、わずかに肩をすくめた。
「自分、チリちゃんを探知するセンサーでも脳みそに埋め込んどるん?」
「そんなのなくても、あんたにここを教えたの私じゃん!」
「せやった?」
「とぼけちゃって。それに、こんなうるさい中で一人だけ、ずもーんって暗いバリアを張ってるからすぐにわかるの。ほら、テーブルあけて」
「なんやねん、ずもーんて」
遠慮なしに向かいの席に座ってきたミントは、イーブイにサンドイッチを分けながら、「最近暑くなったよね」と朗らかに笑った。チリのひざの上では、早々にお昼ご飯を食べ終えたウパーがうたた寝している。
「うち的には気をつけてるんやけどなあ、まだ文句ある? 自分が毎日うるさいから、ちゃんとしたもん食べてんねんで」
「ゼリーよりはマシってだけでしょ。でも、栄養面は相変わらず全然ダメ! はい、これもどうぞ!」
ミントがテーブルに置いたボウルには、宝石をぶちまけたような、キラキラした色が踊っていた。
「私の特製、きのみたっぷりサラダ。 厨房借りすぎて、そろそろ食堂のおばちゃんに怒られそう。……てか本当に、ちゃんと栄養学受けてる?そんなの続けてたら心まで枯れちゃうよ?」
「あ、もう枯れてる? 手遅れ?」嫌味か本気かわからない無邪気さで、ミントがチリの顔をのぞき込んでくる。その近さに、チリは無意識にわずかに顔をそらした。
「あんなぁ、これチリちゃんに食べさせる気? 似合わへんて。チリちゃんはな、苦いコーヒーがお似合いのクール系女子やねん」
「クール系……? てか、似合うとか似合わないじゃないの。嬉しいとか楽しいとか、そういう気持ちはさ、健康じゃないと生まれないんだから。ほら、食べてみてよ」
ミントはフォークを持って、ぐいっとボウルをチリの鼻先まで寄せた。その勢いに負けて、無理やり持たされたフォークで、ピンク色のモモンのみを一粒、口に運ぶ。
――じゅわり、と。
驚くほどの甘酸っぱさが舌の上ではじける。チリの忘れていた感覚を引っ張り出す、あざやかで温かな侵略だった。
「……ん。……甘いなあ、これ」
「でしょ? 美味しい?」
「……まあ。自分みたいに、うるさくて、あったかくて、お節介な味やわ」
「あったかい? 冷えたきのみを使ったから冷たいはずなんだけど、」
「なはは! そういうことやあらへん!」
チリが喉を鳴らして、声を上げて笑う。
(あ……)
それは、ミントが見たことのない、年相応の無邪気な笑顔だった。これまでミントに向けられていたのは、呆れたり苦笑したり、どこか大人びた表情ばかりだったから。
驚いて目を丸くするミントをよそに、チリは話を続けた。
「そういや、最近ネネはどないしたん?最初はよく一緒におったやん」
「……」
「ミント、聞いとる?」
「っ、ごめん!えっと、部活に入ったんだって!お昼も放課後も練習があるとか何とか言って、忙しそうだよ」
「へえ、部活か。自分は何か入らへんの?」
「そうだね、入ってな……や、入ってるかな」
先ほどの驚きを隠すように、大きな口を開けて分厚いサンドイッチを頬張りながら、ミントはイタズラっぽく目を細めた。
「そうなん?何入ってるん?」
「チリちょっかいかけ部」
「…はあ?おもろないで、自分…。てかちょっかいの自覚あったんかい!」
「まあね。だって、最近はマシだけど、私が話しかけるときいつもうんざりした顔してたもん」
「こーんな!」チリのタレ目を真似してから、目の端を指で下げて変顔をするミントに、チリは食べていたサラダを危うく吹き出すところだった。
「っ!ちょ、なはは!自分何やそれ!うちそんなブサイクちゃうで!」
「誰がブサイクですって?!」
「ブイ?」
うるさい2人をイーブイは楽しげに見つめている。
「はー、ほんと自分とおると飽きんわあ」
「なんか喜んでいいのか微妙なんですけど。…でもあんた、最近笑うこと増えたね。…へへ、よかった!」
裏表のない、カラリとしたミントの笑顔が弾けた。そのまぶしさに、チリはとっさに視線を窓の外へと逃がす。気が付けば、復習のために開いていたノートを無意識に閉じていた。
一番になる。一人で頑張らないと、認めてもらえないかもしれない。
そんな切迫した思いを抱えてジョウトを飛び出してきたチリにとって、誰かと笑い合う昼休みなんて、考えたこともない時間だったはずだ。
それなのに、窓の外の景色が昨日よりも少しだけ鮮やかに見えるのは、きっとこのボウルの中身を分け合う誰かがいるからなんだと、チリは認めざるを得なかった。
「……なあ、ミント」
「なに?」
ミントが、きのみのジュースを飲みながら聞き返す。よく食べるな、と感心しつつ、チリはサラダから視線を戻さないままつぶやく。
「自分、その髪。……オレンジの制服によう映えとるよ。うち、嫌いじゃないわ」
「……っ、」
ミントが、文字通り固まった。
フォークを持った手が空中で止まり、その白い肌が、首もとから耳の先まで一気にマトマのみみたいに赤く染まっていく。
「おー、目の前に野生のオクタンがおるわ」
「誰がよ!お世辞と嫌味、どっちかにすれば?!ていうかそんな暇なら、栄養学の予習でもしなさいよ!」
「なはは! お世辞でも嫌味でもない、本音や。……ご馳走さん。美味しいわ、これ」
「あ、おそまつさまでした……」
チリは、最後の一口を大切そうに口に運び、飲み込んだ。
甘い後味。
にぎやかな食堂の隅っこ。そこだけが、世界から切り取られたような、オレンジ色のひだまりに包まれていた。
午前の授業を終えた生徒たちが一斉に教室を飛び出し、広い食堂はオレンジカラーの制服でいっぱいになる。
生徒たちは、ホシガリス――いや、ヨクバリスがきのみを取りにいく時の目のように熱を灯して、今日のメニューを吟味していた。そんな騒がしい熱気から逃げるようにして、チリは食堂の端、太陽の光が斜めに差し込む窓際の隅を陣取っていた。
少し前まで、チリにとって昼休みは楽しむための時間じゃなかった。午後の授業を完璧にこなすための、ただのエネルギー補給の時間にすぎない。誰かとテーブルを囲むこともなければ、その日のメニューに悩むこともない。無駄を省いた、彩りのない時間。
――その、はずだった。
「ま、努力はしとる。たぶん」
手元にある、ハムをはさんだだけのそっけないサンドイッチを見つめて、チリは小さくため息をついた。
数週間前までのチリなら、迷わずゼリー飲料を選んでいただろう。けれどあの日、ミントに夜ごはんが冴えないという理由で目をつけられた次の日、指定された場所に行かなかったのが悪手だった。チリとの時間を過ごそうとするミントの決意に、油を注いでしまったのだ。以降チリの周りにはいつも燃えるような赤色がつきまとうようになった。
ある日は図書室で、静かな場所が好きなチリの目の前に、ドカドカと分厚い専門書を積み上げて座り込み、「この作戦、あんたならどうやって破る?」と目をキラキラさせて聞いてきた。
またある日は放課後のバトルコートで、図書室から借りてきたらしい本を見せながら「さっきのウパーの動き、この本に書いてあった理論の応用でしょ?」と、鋭い分析をぶつけてきた。
チリの機嫌が悪い日は、ミントは何も言わずにそばにいたし、調子の良い日は「アイスでも食べに行く?みたらし味の試作品配ってるみたいだよ!」なんて言って外に連れ出した。
逆に、ミントが姿を見せない日は、大抵テストやバトルでヘマをした日。最初こそ静かな空間に居心地の良さを覚えていたチリも、気付けばしょぼくれたミントを探し出して、美味しいと評判なお菓子を買ってあげたりしていた。
そんな日々を過ごす中で、チリが無意識に持っている早く1人で成果を出さねばという焦燥を、ミントが優しく包み込んでくれていた。
(……て、ちゃんと慣らされとるやないか…)
自分は押しに弱いタイプだったのかーー。机に肘をついて頭を抱えるチリがため息をこぼす。
(ほんま、調子狂うわ)
ミントはいつだって、自分が隠れようとしても探し出して隣に並ぶ。気を抜いていると「何そんな暗い顔してるの?」と茶々を入れられるし、粗末なメニューを選べば「なにそのご飯、ありえない!」なんて不機嫌を隠そうともせず突っ込んでくる。
気が付けばチリは、ランチでサンドイッチを選ぶようになっていた。「しっかり噛んで食べないと、脳みそ動かないし、はげるよ!」という、ミントのよく分からない理論を盾にした怒り顔が、反射的に頭に浮かぶようになったからだ。
(…今日は遅いな)
数週間前まで好きだったこの一人の時間に対して、今、明確に物足りなさを感じている。自習用のノートを開いて座学の振り返りを始めても、意識の隅で、あの元気な足音を探してしまっている自分がいるのだ。
(参るわ、こんなん)
そして、その無意識の期待が裏切られたことは、ただの一度もなかった。
「おつかれー!……げっ、チリ、またそんな栄養のなさそうなもの選んで……。それ、ただのパンとハムでしょ!」
「ブイ!」
「それ、あかんよ。これが好きな生徒もおるやろ。イーブイ、おつかれさん」
「あ、たしかにね。ごめんごめん。あれ、ウパーは?」
「ご飯食べてすぐ寝とる」
振り返る必要もない。耳の奥まで直接届くような、はじけるほど明るい声。チリは食べかけのサンドイッチを口に入れたまま、わずかに肩をすくめた。
「自分、チリちゃんを探知するセンサーでも脳みそに埋め込んどるん?」
「そんなのなくても、あんたにここを教えたの私じゃん!」
「せやった?」
「とぼけちゃって。それに、こんなうるさい中で一人だけ、ずもーんって暗いバリアを張ってるからすぐにわかるの。ほら、テーブルあけて」
「なんやねん、ずもーんて」
遠慮なしに向かいの席に座ってきたミントは、イーブイにサンドイッチを分けながら、「最近暑くなったよね」と朗らかに笑った。チリのひざの上では、早々にお昼ご飯を食べ終えたウパーがうたた寝している。
「うち的には気をつけてるんやけどなあ、まだ文句ある? 自分が毎日うるさいから、ちゃんとしたもん食べてんねんで」
「ゼリーよりはマシってだけでしょ。でも、栄養面は相変わらず全然ダメ! はい、これもどうぞ!」
ミントがテーブルに置いたボウルには、宝石をぶちまけたような、キラキラした色が踊っていた。
「私の特製、きのみたっぷりサラダ。 厨房借りすぎて、そろそろ食堂のおばちゃんに怒られそう。……てか本当に、ちゃんと栄養学受けてる?そんなの続けてたら心まで枯れちゃうよ?」
「あ、もう枯れてる? 手遅れ?」嫌味か本気かわからない無邪気さで、ミントがチリの顔をのぞき込んでくる。その近さに、チリは無意識にわずかに顔をそらした。
「あんなぁ、これチリちゃんに食べさせる気? 似合わへんて。チリちゃんはな、苦いコーヒーがお似合いのクール系女子やねん」
「クール系……? てか、似合うとか似合わないじゃないの。嬉しいとか楽しいとか、そういう気持ちはさ、健康じゃないと生まれないんだから。ほら、食べてみてよ」
ミントはフォークを持って、ぐいっとボウルをチリの鼻先まで寄せた。その勢いに負けて、無理やり持たされたフォークで、ピンク色のモモンのみを一粒、口に運ぶ。
――じゅわり、と。
驚くほどの甘酸っぱさが舌の上ではじける。チリの忘れていた感覚を引っ張り出す、あざやかで温かな侵略だった。
「……ん。……甘いなあ、これ」
「でしょ? 美味しい?」
「……まあ。自分みたいに、うるさくて、あったかくて、お節介な味やわ」
「あったかい? 冷えたきのみを使ったから冷たいはずなんだけど、」
「なはは! そういうことやあらへん!」
チリが喉を鳴らして、声を上げて笑う。
(あ……)
それは、ミントが見たことのない、年相応の無邪気な笑顔だった。これまでミントに向けられていたのは、呆れたり苦笑したり、どこか大人びた表情ばかりだったから。
驚いて目を丸くするミントをよそに、チリは話を続けた。
「そういや、最近ネネはどないしたん?最初はよく一緒におったやん」
「……」
「ミント、聞いとる?」
「っ、ごめん!えっと、部活に入ったんだって!お昼も放課後も練習があるとか何とか言って、忙しそうだよ」
「へえ、部活か。自分は何か入らへんの?」
「そうだね、入ってな……や、入ってるかな」
先ほどの驚きを隠すように、大きな口を開けて分厚いサンドイッチを頬張りながら、ミントはイタズラっぽく目を細めた。
「そうなん?何入ってるん?」
「チリちょっかいかけ部」
「…はあ?おもろないで、自分…。てかちょっかいの自覚あったんかい!」
「まあね。だって、最近はマシだけど、私が話しかけるときいつもうんざりした顔してたもん」
「こーんな!」チリのタレ目を真似してから、目の端を指で下げて変顔をするミントに、チリは食べていたサラダを危うく吹き出すところだった。
「っ!ちょ、なはは!自分何やそれ!うちそんなブサイクちゃうで!」
「誰がブサイクですって?!」
「ブイ?」
うるさい2人をイーブイは楽しげに見つめている。
「はー、ほんと自分とおると飽きんわあ」
「なんか喜んでいいのか微妙なんですけど。…でもあんた、最近笑うこと増えたね。…へへ、よかった!」
裏表のない、カラリとしたミントの笑顔が弾けた。そのまぶしさに、チリはとっさに視線を窓の外へと逃がす。気が付けば、復習のために開いていたノートを無意識に閉じていた。
一番になる。一人で頑張らないと、認めてもらえないかもしれない。
そんな切迫した思いを抱えてジョウトを飛び出してきたチリにとって、誰かと笑い合う昼休みなんて、考えたこともない時間だったはずだ。
それなのに、窓の外の景色が昨日よりも少しだけ鮮やかに見えるのは、きっとこのボウルの中身を分け合う誰かがいるからなんだと、チリは認めざるを得なかった。
「……なあ、ミント」
「なに?」
ミントが、きのみのジュースを飲みながら聞き返す。よく食べるな、と感心しつつ、チリはサラダから視線を戻さないままつぶやく。
「自分、その髪。……オレンジの制服によう映えとるよ。うち、嫌いじゃないわ」
「……っ、」
ミントが、文字通り固まった。
フォークを持った手が空中で止まり、その白い肌が、首もとから耳の先まで一気にマトマのみみたいに赤く染まっていく。
「おー、目の前に野生のオクタンがおるわ」
「誰がよ!お世辞と嫌味、どっちかにすれば?!ていうかそんな暇なら、栄養学の予習でもしなさいよ!」
「なはは! お世辞でも嫌味でもない、本音や。……ご馳走さん。美味しいわ、これ」
「あ、おそまつさまでした……」
チリは、最後の一口を大切そうに口に運び、飲み込んだ。
甘い後味。
にぎやかな食堂の隅っこ。そこだけが、世界から切り取られたような、オレンジ色のひだまりに包まれていた。
