1年生
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「やーっと終わった!疲れたー!」
「疲れたねー!今日の範囲は、復習しないと置いていかれそうだし、ネネ、図書室で少しだけやっていかない?」
「嫌だけど、今後の私のために、賛成〜…」
放課後の廊下は、解放感に満ちたガヤガヤとした空気につつまれていた。窓の外にはパルデアの高く青い空。校庭からはポケモンたちの鳴き声が風に乗って聞こえてくる。
「ところでさ、次の合同実技、ミントは誰と組む? 私はやっぱり、優しくて頼りになる先輩がいいなー」
図書室に向かう途中、ネネの囀るようなお喋りを聞きながらも、ミントの返事はどこか上の空だった。
「んー、そうだね。誰でもいいかな……あ、でも、ウパーを連れてる人となら面白いかも!」
「あー、また言ってるミント。あのバトルから、ちょこちょこチリさんのこと気にしてるね?あの子に毒されちゃった感じ?」
「わかるわかる、才色兼備でお顔も綺麗、スタイルも抜群!気になるよねー!」見当違いの方向で盛り上がるネネに、ミントは自分の真っ赤な髪を指先でいじりながら、苦笑いした。
「そんなんじゃないけど」
伏せられたミントの目を縁どる長いまつ毛に、案外綺麗な顔なんだよな、とネネは思う。
ネネにとって、ミントは後ろの席に座るクラスメイト。それが縁となって、声をかけたその日から行動を共にすることが多かった。快活で思いやりのある友人。ネネのミントに対する印象だ。けれどもどうしてか、チリの話を出した時のミントは、ネネが認識するミントとは少し違っていた。たった一度、バトルしただけのはず。だというのに、ミントはチリを明らかに意識している。
どうしてだろう?ネネは不思議に思いながらも、まあいつかわかるでしょ、と持ち前の気楽さを発揮させた。
「仲良くなりたいなって思っただけで」
「……え?!チリさんと?!」
「うん…何でそんなに驚くの?」
「いや、ミント自分じゃ気付いてないかもだけど、チリさんの名前出すと顔怖くなるからさ〜。仲良くなりたいと思ってるなんて想像できないよ〜…」
「うっ…だってモヤモヤするんだもん!1人でいいですーってつまんない態度が…!」
ぷくー、ハリーセンのように頬を膨らませたミントが続ける。
「あいつ休み時間も教室にいないし、お昼もどこにいるのかわからないし。とにかく困ってるだけ!」
「……ちゃんと毒されてるじゃん……」
途端に早口になったミントに、ネネは会えるといいね、と軽く笑った。
その時だった。
「……おっと。自分ら、廊下の真ん中で立ち話は危ないで」
不意に、少し低めの涼やかな声が降ってきた。
顔を上げると、そこには分厚い資料の束を胸に抱えたチリが立っていた。午後の光を背負った青緑色の髪が、透き通って見える。紅い瞳は、相変わらず何を考えているのか読み取れない、静かな色のままだった。
「わっ……チ、チリさん!」
ネネが目に見えてビクッとして、一歩後ろに下がる。無理もない。テストは満点、バトルは無敗。普通の学生なら近寄ることすらためらうような圧倒的な壁があるし、何より先ほどまで話題に出ていた本人だ。
けれど、ミントは違った。彼女は避けるどころか、ずい、と一歩前に踏み出して、チリの目を覗き込んだ。
「チリ… やっと会えた!」
「なんや自分、うちのこと探してたん?」
「うん。なのにあんた、教室行っても食堂行ってもどこにもいなくて、どうしようかと思ってたところ」
「……熱烈な告白やな。さては、うちに惚れたか?」
「惚れてないし。てかなんでもいい!」
「何でもいいんだ……」
肩をすくめて、ネネは思う。ほら、いつもの彼女とは少し違う。でも、なるほど。これが単純に仲良くなりたいだけの挙動なのだとすれば、不器用さに呆れるしかない。ネネが期待した答え合わせのいつかは、光の速度で到来したのだった。ふむふむと合点のいった様子のネネとは対照的に、チリはミントの勢いに面食らったように視線を泳がせていた。
「あの、私、あんたと……」
そう言いかけたミントは、チリの手元に視線を移す。
「ねえそれ、全部先生に頼まれたの?」
「あー、せやで。うち頼りになるからしゃあないよなあ」
チリは平然と、重そうな資料を抱え直した。結構重そうだし、私も手伝うよ。そう言いながら資料を持とうとするミントに、チリは少し目を見開いた。慣れない人の優しさに、チリの心が優しく揺れる。
「…いやええて、こんなんすぐ職員室行って届けるだけやさかい、ほっといて」
「ほっとけるわけないでしょ、困ってる人いたら助けたいじゃん」
「いや……困ってへんて」
チリの紅い瞳が鋭くミントを射抜いた。ミントと関わったのは先日のバトルと、今日の2回だ。だと言うのに、チリはここ数日戸惑わされてばかりだ。たとえ会っていなくても、ミントがチリのことを考えて過ごしていたように、チリもミントとの会話を思い出していたからである。
動揺を悟られないように、チリはさらに目を細める。流石に睨まれてはなす術もないのか、ミントは不服そうにわかったと言って、半分持ちかけていた資料をチリに返した。資料を返す時に少しだけ触れたミントの対応に大袈裟に肩を揺らしたチリは、ミントたちと目を合わせないよう足早に職員室の方へと去っていった。
「……行っちゃったね。友達作戦、失敗?」
ネネがミントを茶化せば、ム、と眉を寄せたミントがネネの肩を叩いた。
「変なこと言わないでよ」
「ごめんごめん〜」
「……でもさ、3人でやれば全然大変じゃないのにね、あんなの」
「うーん、まあ、そうだね〜?」
「1人でやり切ろうとしなくたっていいのに」
「何考えてるんだろ」
ミントは自分の手のひらに残った、資料の重みの余韻を見つめた。拒絶されて嫌なはずなのに、なぜか次はどうやって近づこうかと考えている自分に苦笑する。ネネが言うように、本当に毒されているのかもしれない。
顔を曇らせたミントを見て、ネネはおかしそうに笑った。おせっかいだねえ、のんびりとしたネネの口調がミントのざわつく心を撫でる。
「1人にしたくないんだね。ミントは、チリさんを」
「へっ?…いや、私は別に……ただ、何か我慢してそうで気になって…私は楽しいことが好きだから、周りのみんなが楽しそうにしてるのがすきだから、だから」
つまんなそうにするチリが、気になって。だから、仲良くなって、笑ってくれたらいいなって。
モジモジと話すミントに、ほんとお節介、そうネネが笑った。
...
ミントとチリが廊下で話してから数日後の夕方。一日の講義を終えた生徒たちのガヤガヤとした声が、広い食堂に響いている。温かいシチューの匂いや、焼きたてのパンのいい香りが漂う中、ミントはネネと一緒にトレイを運んでいた。
「今日は何にしようかな〜……ミントは何にする?」
「私はね、栄養満点の……って、あ」
ミントの視線が、食堂の隅っこ、影の落ちる窓際の席で止まった。ネネもミントの陰から身を乗り出し、「お、チリさん」と小さく声を上げた。
「チリさん、やっぱり一人……ってちょちょ、ミント! それは友達になりたいって言うより、喧嘩でもふっかける勢いだよ――!?」
ネネが制止するのも聞かず、ミントは吸い寄せられるように、大股で彼女のテーブルへと近づいた。そこで目にしたのは、食堂の楽しそうなメニューとは正反対の、あまりにも味気ない食事だった。チリの前に置かれていたのは、銀色のパウチに入ったゼリー状の栄養剤と、パサパサしてそうなエネルギーバー。そして、湯気すら立っていないブラックコーヒー。
「えっ、まってチリ。あんた、まさかそれが夜ごはん?」
こんな食事なら部屋でも良いだろうと思うが、ウパーの為に食堂に出向いているのだとミントは瞬時に理解した。
不意にかけられた声に、チリはゆっくりと顔を上げた。
また自分かいな、スパン短いねん……。文句を胸にしまったチリが、ため息混じりに答える。
「せやで、簡単でええやろ」
「全然よくない。そんなんじゃ、心にも体にも栄養いかないじゃん」
ミントが静かに、けれども強く言い放つ。食堂の和やかな雰囲気に似合わないやり取りに周囲の生徒が数人振り返るが、今のミントには関係なかった。
「あんた、体の中に入れるものがそんなに冷たくていいの? 美味しいとか、温かいとか、そういうので心を満たさないと元気でいられないよ!」
「急に何やねん、自分は元気いっぱいやな。別に……ウパーには、最高級のご飯あげとるし、うち自身の味覚なんて二の次でええんや」
チリは感情を押し殺したような声で、淡々とゼリーを口に運ぶ。ミントに追いついたネネが、心配そうに二人を見守るが、あくまでも静観に徹するようだった。
「よくない。全然よくないよ、チリ」
ミントは、前に廊下で見たチリを思い出す。このまま放っておけば、この人はいつまでも自分を削り続けてしまう。そんなのちっとも楽しくない。
ミントはチリを真っ直ぐに見据えた。怒っているのではない。ただ心配そうに、そして少しだけ悲しそうに揺れる緑の瞳。
初めて向けられたその表情に、チリは心臓の奥がチクリと疼くのを感じた。
「……よし、決めた。あんたが自分のことを大切にできないなら、私が大切にしてあげる」
突拍子のない提案に、チリだけでなくネネも驚いている。唯一楽しそうにしているのは、ミントのイーブイだけだろう。証拠にミントの腰につけられたボールは、ユラユラと揺れていた。
「はぁ? 自分、何言うて――」
「明日、お昼休み。食堂の西側の窓際。絶対に、そこにいてよね!」
ミントは身を乗り出し、逃げ道を塞ぐようにテーブルを叩いた。
「あんたに誰かと過ごす楽しさを教えてあげる。逃げたらぜーったい、許さないから!」
言い切るなり、ミントは呆然とするチリを置いて、嵐のように去っていった。慌てて追いかけていくネネを眺めながら、いつかの放課後のようだ、とチリは思う。残されたのは、飲み込みかけのゼリーの冷たさと、耳の奥に残った「大切にしてあげる」という、チリのこれまでの人生で一度も聞いたことのない熱い言葉だけだった。
「疲れたねー!今日の範囲は、復習しないと置いていかれそうだし、ネネ、図書室で少しだけやっていかない?」
「嫌だけど、今後の私のために、賛成〜…」
放課後の廊下は、解放感に満ちたガヤガヤとした空気につつまれていた。窓の外にはパルデアの高く青い空。校庭からはポケモンたちの鳴き声が風に乗って聞こえてくる。
「ところでさ、次の合同実技、ミントは誰と組む? 私はやっぱり、優しくて頼りになる先輩がいいなー」
図書室に向かう途中、ネネの囀るようなお喋りを聞きながらも、ミントの返事はどこか上の空だった。
「んー、そうだね。誰でもいいかな……あ、でも、ウパーを連れてる人となら面白いかも!」
「あー、また言ってるミント。あのバトルから、ちょこちょこチリさんのこと気にしてるね?あの子に毒されちゃった感じ?」
「わかるわかる、才色兼備でお顔も綺麗、スタイルも抜群!気になるよねー!」見当違いの方向で盛り上がるネネに、ミントは自分の真っ赤な髪を指先でいじりながら、苦笑いした。
「そんなんじゃないけど」
伏せられたミントの目を縁どる長いまつ毛に、案外綺麗な顔なんだよな、とネネは思う。
ネネにとって、ミントは後ろの席に座るクラスメイト。それが縁となって、声をかけたその日から行動を共にすることが多かった。快活で思いやりのある友人。ネネのミントに対する印象だ。けれどもどうしてか、チリの話を出した時のミントは、ネネが認識するミントとは少し違っていた。たった一度、バトルしただけのはず。だというのに、ミントはチリを明らかに意識している。
どうしてだろう?ネネは不思議に思いながらも、まあいつかわかるでしょ、と持ち前の気楽さを発揮させた。
「仲良くなりたいなって思っただけで」
「……え?!チリさんと?!」
「うん…何でそんなに驚くの?」
「いや、ミント自分じゃ気付いてないかもだけど、チリさんの名前出すと顔怖くなるからさ〜。仲良くなりたいと思ってるなんて想像できないよ〜…」
「うっ…だってモヤモヤするんだもん!1人でいいですーってつまんない態度が…!」
ぷくー、ハリーセンのように頬を膨らませたミントが続ける。
「あいつ休み時間も教室にいないし、お昼もどこにいるのかわからないし。とにかく困ってるだけ!」
「……ちゃんと毒されてるじゃん……」
途端に早口になったミントに、ネネは会えるといいね、と軽く笑った。
その時だった。
「……おっと。自分ら、廊下の真ん中で立ち話は危ないで」
不意に、少し低めの涼やかな声が降ってきた。
顔を上げると、そこには分厚い資料の束を胸に抱えたチリが立っていた。午後の光を背負った青緑色の髪が、透き通って見える。紅い瞳は、相変わらず何を考えているのか読み取れない、静かな色のままだった。
「わっ……チ、チリさん!」
ネネが目に見えてビクッとして、一歩後ろに下がる。無理もない。テストは満点、バトルは無敗。普通の学生なら近寄ることすらためらうような圧倒的な壁があるし、何より先ほどまで話題に出ていた本人だ。
けれど、ミントは違った。彼女は避けるどころか、ずい、と一歩前に踏み出して、チリの目を覗き込んだ。
「チリ… やっと会えた!」
「なんや自分、うちのこと探してたん?」
「うん。なのにあんた、教室行っても食堂行ってもどこにもいなくて、どうしようかと思ってたところ」
「……熱烈な告白やな。さては、うちに惚れたか?」
「惚れてないし。てかなんでもいい!」
「何でもいいんだ……」
肩をすくめて、ネネは思う。ほら、いつもの彼女とは少し違う。でも、なるほど。これが単純に仲良くなりたいだけの挙動なのだとすれば、不器用さに呆れるしかない。ネネが期待した答え合わせのいつかは、光の速度で到来したのだった。ふむふむと合点のいった様子のネネとは対照的に、チリはミントの勢いに面食らったように視線を泳がせていた。
「あの、私、あんたと……」
そう言いかけたミントは、チリの手元に視線を移す。
「ねえそれ、全部先生に頼まれたの?」
「あー、せやで。うち頼りになるからしゃあないよなあ」
チリは平然と、重そうな資料を抱え直した。結構重そうだし、私も手伝うよ。そう言いながら資料を持とうとするミントに、チリは少し目を見開いた。慣れない人の優しさに、チリの心が優しく揺れる。
「…いやええて、こんなんすぐ職員室行って届けるだけやさかい、ほっといて」
「ほっとけるわけないでしょ、困ってる人いたら助けたいじゃん」
「いや……困ってへんて」
チリの紅い瞳が鋭くミントを射抜いた。ミントと関わったのは先日のバトルと、今日の2回だ。だと言うのに、チリはここ数日戸惑わされてばかりだ。たとえ会っていなくても、ミントがチリのことを考えて過ごしていたように、チリもミントとの会話を思い出していたからである。
動揺を悟られないように、チリはさらに目を細める。流石に睨まれてはなす術もないのか、ミントは不服そうにわかったと言って、半分持ちかけていた資料をチリに返した。資料を返す時に少しだけ触れたミントの対応に大袈裟に肩を揺らしたチリは、ミントたちと目を合わせないよう足早に職員室の方へと去っていった。
「……行っちゃったね。友達作戦、失敗?」
ネネがミントを茶化せば、ム、と眉を寄せたミントがネネの肩を叩いた。
「変なこと言わないでよ」
「ごめんごめん〜」
「……でもさ、3人でやれば全然大変じゃないのにね、あんなの」
「うーん、まあ、そうだね〜?」
「1人でやり切ろうとしなくたっていいのに」
「何考えてるんだろ」
ミントは自分の手のひらに残った、資料の重みの余韻を見つめた。拒絶されて嫌なはずなのに、なぜか次はどうやって近づこうかと考えている自分に苦笑する。ネネが言うように、本当に毒されているのかもしれない。
顔を曇らせたミントを見て、ネネはおかしそうに笑った。おせっかいだねえ、のんびりとしたネネの口調がミントのざわつく心を撫でる。
「1人にしたくないんだね。ミントは、チリさんを」
「へっ?…いや、私は別に……ただ、何か我慢してそうで気になって…私は楽しいことが好きだから、周りのみんなが楽しそうにしてるのがすきだから、だから」
つまんなそうにするチリが、気になって。だから、仲良くなって、笑ってくれたらいいなって。
モジモジと話すミントに、ほんとお節介、そうネネが笑った。
...
ミントとチリが廊下で話してから数日後の夕方。一日の講義を終えた生徒たちのガヤガヤとした声が、広い食堂に響いている。温かいシチューの匂いや、焼きたてのパンのいい香りが漂う中、ミントはネネと一緒にトレイを運んでいた。
「今日は何にしようかな〜……ミントは何にする?」
「私はね、栄養満点の……って、あ」
ミントの視線が、食堂の隅っこ、影の落ちる窓際の席で止まった。ネネもミントの陰から身を乗り出し、「お、チリさん」と小さく声を上げた。
「チリさん、やっぱり一人……ってちょちょ、ミント! それは友達になりたいって言うより、喧嘩でもふっかける勢いだよ――!?」
ネネが制止するのも聞かず、ミントは吸い寄せられるように、大股で彼女のテーブルへと近づいた。そこで目にしたのは、食堂の楽しそうなメニューとは正反対の、あまりにも味気ない食事だった。チリの前に置かれていたのは、銀色のパウチに入ったゼリー状の栄養剤と、パサパサしてそうなエネルギーバー。そして、湯気すら立っていないブラックコーヒー。
「えっ、まってチリ。あんた、まさかそれが夜ごはん?」
こんな食事なら部屋でも良いだろうと思うが、ウパーの為に食堂に出向いているのだとミントは瞬時に理解した。
不意にかけられた声に、チリはゆっくりと顔を上げた。
また自分かいな、スパン短いねん……。文句を胸にしまったチリが、ため息混じりに答える。
「せやで、簡単でええやろ」
「全然よくない。そんなんじゃ、心にも体にも栄養いかないじゃん」
ミントが静かに、けれども強く言い放つ。食堂の和やかな雰囲気に似合わないやり取りに周囲の生徒が数人振り返るが、今のミントには関係なかった。
「あんた、体の中に入れるものがそんなに冷たくていいの? 美味しいとか、温かいとか、そういうので心を満たさないと元気でいられないよ!」
「急に何やねん、自分は元気いっぱいやな。別に……ウパーには、最高級のご飯あげとるし、うち自身の味覚なんて二の次でええんや」
チリは感情を押し殺したような声で、淡々とゼリーを口に運ぶ。ミントに追いついたネネが、心配そうに二人を見守るが、あくまでも静観に徹するようだった。
「よくない。全然よくないよ、チリ」
ミントは、前に廊下で見たチリを思い出す。このまま放っておけば、この人はいつまでも自分を削り続けてしまう。そんなのちっとも楽しくない。
ミントはチリを真っ直ぐに見据えた。怒っているのではない。ただ心配そうに、そして少しだけ悲しそうに揺れる緑の瞳。
初めて向けられたその表情に、チリは心臓の奥がチクリと疼くのを感じた。
「……よし、決めた。あんたが自分のことを大切にできないなら、私が大切にしてあげる」
突拍子のない提案に、チリだけでなくネネも驚いている。唯一楽しそうにしているのは、ミントのイーブイだけだろう。証拠にミントの腰につけられたボールは、ユラユラと揺れていた。
「はぁ? 自分、何言うて――」
「明日、お昼休み。食堂の西側の窓際。絶対に、そこにいてよね!」
ミントは身を乗り出し、逃げ道を塞ぐようにテーブルを叩いた。
「あんたに誰かと過ごす楽しさを教えてあげる。逃げたらぜーったい、許さないから!」
言い切るなり、ミントは呆然とするチリを置いて、嵐のように去っていった。慌てて追いかけていくネネを眺めながら、いつかの放課後のようだ、とチリは思う。残されたのは、飲み込みかけのゼリーの冷たさと、耳の奥に残った「大切にしてあげる」という、チリのこれまでの人生で一度も聞いたことのない熱い言葉だけだった。
