10*海と太陽とホスト部
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「…っ……痛」
自室に戻り、邪魔に感じていた手のひらの絆創膏を無造作に剥がす。
ガーゼ部分の赤く色づいているのを見えないように握り、そのままゴミ箱に捨てた。
新しい絆創膏を貼ろうと備え付けの救急箱に手を伸ばすが、すぐにまた邪魔になるだろうと思いやめる。
「はぁ……」
なんだか今日は疲れた…
チリ…と小さく頭痛がした気がして、血がつくことなんか御構い無しに額に手をやる
…嫌でも思い出すのは夕方のあの光景
ハルヒと環が崖の下へと落ちていくあの瞬間
心臓が一瞬動きを止めたかのような…太い氷柱でも突き刺されたような、あの感覚が嫌いだ…。
自分の胸にそっと手を当てると恐怖が激しく胸の底で蠕動しているのがわかる。
ただ止まってはいないのだと、変に安心した。
「ぁ…鏡夜のとこ、行かな」
ふと、食堂で言われたことを思い出し一息つく。
…暗いところに一人でいるからこんな思考に陥ってしまうのか、
休みたいとは思うものの、恐怖と不安がそれを許さない。
「………行くか」
小さくつぶやき部屋を後にした。
部屋を出て鏡夜の部屋に向かって足を進める。
照明に慣れすぎていた目は、暗闇の中では使い物にならないらしい、
壁に手を突きながらただただ歩く。
「……?麗」
「!………なんだ環か」
「むっ!なんだとはなんだ!」
幽霊等は信じていないが、こう…暗闇で声をかけられると肩がビクついてしまう。
夕方とは違う、いつものごとく可愛く怒る環に、わるいわるい、と適当に流す。
その中…無意識に、環の髪に目がいった。
…この黒の中に浮かぶ金色はなんだか安心させてくれる。
「どないしたん?こないな暗い中、歩くのも怖いやろうに」
「ぅぐっ…!きょ、鏡夜のところにローションをもらいに行こうと思ってだな…」
あぁ、なるほど…日焼けが痛いのか
と答えも聞かずとも1人納得。
「日焼け止め、塗ってへんかったん?」
「いや…塗ってはいたのだが」
こまめに塗るのを忘れていたんだな、おバカめ
「麗は?どこにいくんだ?」
「おんなじや、鏡夜のとこ」
「おぉ!なら一緒に行こう!」
俺がいることで怖くなくなると考えたのか、環は一瞬で恐怖を振り切り笑顔になる。
全く…単純なやつだ。
環と肩を並べて2人で歩く。
だが不意に、綺麗な夕日をも目に入らなかった…あの瞬間が脳をよぎった。
……そうだよ、一言お前にも言ってやらなきゃな
「…環」
「む、なんだ?」
「お前はアレか?実は飛び込みで入賞経験でもあるわけか?」
足は止めずに、環がハルヒに言った言葉と同じようにこちらも語りかける。
こんなのはちょっとした悪戯心
「………え」
「“ちょっとは考えろ、馬鹿”…と言いたいが、まぁ…考える暇はなかったのも事実やな」
「……」
耳に覚えのあるその一言で、俺が何を言いたいか察したらしい
少しシュンとした雰囲気の環
「…心配した」
「……すまなかった」
「…ふふ、わかってくれればいい」
そう言いながら環の頭をそっと撫でる
ふわふわの髪は撫で心地がいい…
ふと指が環の耳を掠る
……ん?
「お前…熱でもあるんじゃ」
「きょっ…鏡夜のとこに行こう!!そら早く!」
耳が異様に熱い気がして声をかけるも、環は足早にその場を後にしようとする
そんな環にくすりと笑みが溢れた。
「俺を置いて行くのはいいが…お前が怖くなるだけだぞ」
そう廊下の先で小さくなった背中に声をかけると肩を大袈裟にビクッと揺らし、
もう一度「は、早く行くぞ!!麗!!」
と言いながら戻ってきては俺の腕をつかみ歩き出す。
幼児のようなそれに思わず廊下に響くほどの声で笑ってしまった。
***
食堂を一緒に出たからか、環は鏡夜の部屋の位置を知っているようで、たどり着くのは早かった。
…まぁ、環が早足で歩いていたことも一つの理由なのだが、
部屋に着くと同時にコンコン…とノックをすると同時にすぐに扉を開ける環
その遠慮のなさに、なぜか自分が焦ってしまう。
「鏡夜、お前ローションとか持ってる?日焼けが意外に痛くて…」
「ば、お前なぁ…」
ずかずかとすぐに部屋に入っていく環に少しばかり呆れてしまう
また怒られるぞ…お前。
そう思いながら鏡夜の様子を確認しようと部屋の中に目を向けると…
上半身裸の鏡夜と乱れたベッド
…そしてそのベッドに座るハルヒが視界に飛び込んでくる
「……おっと…」
思わず後ずさって身を隠してしまう。
部屋の中に入ってしまった環とは違い、俺はまだ部屋の外
………喧嘩中だというのにさらに事態が悪化するような問題が勃発か。
巻き込まれないうちに退散しよう。
なんて考えるよりも早く俺の足は動いていたらしい、
鏡夜の部屋からは離れ、廊下の曲がり角を曲がったところでようやく頭が追いついてきた。
「………ふぅ」
ま、鏡夜のことだから環が考えるような一時の過ち的なことはしていないんだろうけど。
きっと、ハルヒに男女の違いを理解させようとでもしたのだろう…
立派な副部長さまだ。
「でもやり方っていうもんがあるだろうに…」
考えながら歩き出す
…むしろ歩かないと頭が働かないような気がした
「もしかして…ハルヒのことが好きなのか?」
毎回なんだかんだ言いながらもしっかりハルヒに教えてやっているし…
本人は言ってはいないが、部でのハルヒの様子を家に報告していることも知っている。
本来は部長の仕事であるにも関わらずしっかりと仕事をこなす姿はとても素晴らしい。
あとは今回のハルヒの写真だ、なぜ過去の写真を持っている?
「ホスト部の写真集…嫌、女だってバレるようなことはしないだろうし」
…やっぱり、ハルヒのこと…?
うんうん、と頷きながら歩いてふと気がつく
俺は今どこに向かって歩いているんだろう…?
パッと辺りを見渡せば言わずもがな暗闇。
「あ…れぇ……どこや、ここ」
通ったことのない通路に迷い込んでしまったのだろうか
と言っても、あたりが暗すぎてよくわからないのだが…
「………何か、お困りでしょうか…?」
と、突然後ろから声が聞こえ驚きに身を任せ振り返る
気配なんて感じなかったのに…
「なん…猫澤先輩か…」
自分の後ろには、手に救急箱を持った(正確に言うと持っているのはベルゼネフ)猫澤先輩が立っていた
「猫澤先輩いつから後ろに…?」
上手く笑顔が取り繕えないが、この暗さだ…見えないだろうと思い、だが用心にと少し顔を伏せた
「ぇ…と、つい先ほど早乙女君を見つけて、その…」
怪我してるみたいだったから…と消えそうな声で言う猫澤先輩。
え…、と声が出た。怪我…?…あぁこれか
と自分の手を見る。
光の下では赤色をしていた傷も、暗闇の中ではただの黒。
泥遊びでもしてきたかのような手に思えた。
そこでふと、何かが間近に近づくのを感じ前を向くと
「んぇ…!?」
目と鼻の先にいるベルゼネフ。
急な大接近に体が強張る。
…だが次に来たのは痛みなんかではなかった
「…額に血が」
前髪を優しく払われ、額にほんのり暖かいベルゼネフの手が触れた
「え…?いや…」
額は怪我してないはず…そう思うが、あ、と思い出す。
…さっき手を額に当てたあの時か
「あの…心配かけて申し訳あらへんどす…、そやけど案外平気やさかい…」
「ダメです…!手当て、しますから」
こちらへ、と手を引かれる
どこのお化け屋敷につれて行かれるのかと思ったが、向かった先は窓際の灯りの下だった。
と言っても、手元が軽く見える程度の灯で暗いことに変わりはない…
猫澤先輩の全身黒の格好など、もう周りの闇に溶けきってしまっている。
今は外の天気も悪い…雨が走る窓の外を眺めながらぼんやり思う。
「痛く…ないですか」
「えぇ、全く…実は手ぇ洗うまで傷の存在を忘れとったんどす」
可笑しいやろう?なんて話すと、猫澤先輩の気もほぐれたのか口元に笑みが見えた。
「…傷、放って置いたらダメですよ」
「んー…そやけど利き手に処置をするのが意外とややこしゅうて」
なんて嘘だ…ただめんどくさかったというのは流石に言えなかった。
丁寧に包帯を巻いていく猫澤先輩に、流石に包帯は大袈裟では…と思ったが真剣な先輩の様子を見てるとそれもまた言えない…。
パチン…と留め具をし、先輩の手が離れると手当てが終了する。
「額の方は」
「ん?あぁ…こら、さっき怪我した方の手でいらってもうて…傷とはちゃうさかい平気どす」
「そう…よかった」
…長い前髪で見えないが、きっとその下の瞳はきっと優しいのだろうと思う。
見たい、と衝動的に思った。
包帯を巻かれ、白く輝いて見える手は無意識に動き、暗闇の中の黒い髪を撫でる。
さらり…と軽い音が聞こえ、それほどまでにこの廊下は静かなのだと感ぜられた。
ふと、一瞬だけ辺りが光る。
フラッシュを焚いたかのような…青い稲光だ。
その光で黒の中に潜んでいた瞳と目が合う。
……あぁ、これだ
その瞬間周りの音がふと耳に入らなくなる。
それはこの綺麗な瞳を見ることができたからか、はたまた窓の外で鳴り響く…耳を聾するほどの雷鳴のせいか。
「……ハハ、猫澤先輩。やっぱり綺麗やわ」
今の光が月明かりであったなら、流れ星のように一瞬の煌めきなんかではなく、
オーロラでも愛でるかのようにその美しく輝く時間を過ごす事ができたのに
「……ま」
「ま?」
「まま、ままままままま」
「…?猫澤先輩」
急に壊れたラジオのようにバグってしまう猫澤先輩
……え?壊れた???
「せんぱ」
「眩しいッッッッッッ!!!!!!!」
猫澤先輩の身体が自分の手から素早く離れた。
そしてこちらに背を向けると暗闇の中に走って行こうとする
俺はその手を掴んでしまった。
「ちょっ…!猫澤先輩…!!」
「ははは離してくれッッッ!!!!まぶ、まぶ、まぶぶぶぶぶ」
あ、ダメだこれ完全に壊れてる。
とりあえず、なんとか宥めなきゃ
「あの…!手当…ありがとうございました」
「ぃ……?」
「暗い中でちょっと心細くなってたんで…猫澤先輩がきてくれて少し安心しました」
掴んだ腕を辿るようにしながら少しずつ距離を縮める
また猫澤先輩の顔がうっすらと闇の中から浮かび上がってきた。
「あの、その……麗く」
「麗」
「………鏡夜…?」
声の方を向くと鏡夜の姿
「………何をしている」
「何って」
「先輩を困らせるんじゃない」
そう言われると同時に外でまた雷が鳴り響いた
窓から明るい光が差し込む
そして自分が掴んでいる猫澤先輩の腕がビクッとはねた
「あ…すいません」
その感覚につい手を離してしまう
「え、あ、いや」
猫澤先輩が離れた手にか、俺にかはわからないが…何かを言おうとするとまた響く雷鳴。
そして先程より明るい光が廊下を照らした。
「ッッッッギャアーーーーーーー!!!!!!!」
眩しいーーーーー!!!!!と光にやられた先輩は廊下を走っていってしまう
「え“………」
「全くお前は…俺の部屋に来るように言ったはずだが」
「…行ったさ、環と一緒にな」
でもお取り込み中だったようだし、また後で行こうと思ってたんだ。
と言うと
「…いらん気遣いだな」
そう言いため息をつきながら、鏡夜は歩き出した。
鏡夜の足取りは自信がありそうだったため、俺は何も言わずにその後ろをついていった