FIRE WORKS


 年甲斐もなく、今日は浴衣を着てみた。何故なら、新弥が見たいと言ったからで。
そう。今日は、近所で祭りがある。たまたま、そのタイミングで二人でオフが重なった。特に示し合わせた訳じゃなくて、ホントに偶然。でも、こういうのってちょっと嬉しかったりする…。何か、運命的なもの感じてしまうからさ。特別、そういうことって信じるタイプじゃないんだけど。新弥となら、いいって思ってしまう。出会ってからもう、二十年以上…新弥と出会ってバンドを一緒にすることになって。近くにいることが、当たり前のように考えていたけどでも実はそうじゃなくて。すごく
大切で、貴重な事なんだよなって歳を重ねてきた今、改めて思う。
鏡を見ながら、どうにか着付けを済ませる。以前に、和装を着る撮影をした時に習っておいて良かった。…髪をセットして、ほんの少しメイクもしていく。何となく。

新弥に、トークアプリを使ってメッセージを送ってから俺は家を出て、待ち合わせ場所へと向かう。足元は、下駄。小さな巾着袋も持って。完全に、夏祭り仕様な格好で出歩くなんて殆ど無いからほんの少し気が高まっているというか、気恥ずかしいと言うか…そんな感じで。
通りを歩いていれば、時折浴衣を着たカップルや友達同士とすれ違って。微笑ましくなった。
しばらく歩いて、待ち合わせ場所の神社の入り口に到着すると人の集まりは、そこそこに溢れていて。俺は、新弥の姿を探した。すると、少し離れたところから人混みの中に紛れてこちらに向かって歩いてくる新弥が見えて…俺は軽く手を上げて自分の存在を知らせる。
濃いめの青地のシンプルな浴衣を着こなしている新弥は俺から見ても単純にかっこいい。この男が恋人なんて俺は、なんて贅沢なんだろうな。気づかないうちに口元が弛む。
「咲人、お待たせー…咲人の浴衣、何か可愛いな?女物とかじゃねぇよな?」
俺の姿が視認できる場所までくると、第一声がそれ。
「…さすがに女物は着ないって。」苦笑いして、否定すれば「でも、可愛い。咲人。」と言われて。どうやら〝俺自身〟が可愛いと言いたいらしい。新弥は。
途端に浮き上がる羞恥を殺して、俺はムッとしたような表情を作り「早く行こ。」と人混みを利用して新弥の手を取り神社の階段へと上がっていった。

夜店を何ヶ所か回って、俺の両手にはその戦利品でいっぱい。新弥も片手に林檎飴を持って祭りの人混みの中を歩く。もう少ししたら、花火の時間らしくて周りを行く人が同じ方向に向かって歩いている。
「…新弥。花火だって。俺らも行く?」
「花火かぁ。なかなか、最近は見ることねぇもんな。うん。行こうぜ。」
そう言って、二人で歩き出した途端俺の足に痛みが走る。何かと思って、足元を見ると下駄の鼻緒の辺りに血が滲んでいた。
…慣れない下駄ではしゃいで歩いたせい、か。
「…ごめん。新弥…俺、ちょっと歩くの辛いかも…」そう申し訳なさそうに、俺は新弥に告げると新弥は俺の足に視線を向けて少し顔を顰めた。
「んー……あ、咲人。あそこ行こうぜ。おんぶしてやっから。」
「えっ…?いや、え、大丈夫だって!わっ…」
流石に恥ずかしいから、断ったのに気づけば俺の身体は新弥の背中におぶさる形になって。
新弥に連れられて、向かった先は祭りの喧騒から離れた神社の奥。山手の方で。小さなお社のようなものが立っていて。あんまり人が立ち入らないんだろうか?鬱蒼と木も生い茂っていて、少しゾッとするような雰囲気もある。でも、花火の音が鳴ったのが聞こえて釣られるよう上を見れば夜空に上がった花火が綺麗に見えた。
…見やすい場所、あんな短い間に探してくれたんだ。…嬉しくて、愛しくなって俺は新弥の背中にぎゅっとしがみついた。
「…咲人。足痛ぇ?あそこ、座るか?」
新弥が指差したのは、お社の石段みたいになっている所。何となく、気が引けるような気がしたけど頷いた。
新弥の背中から、ゆっくりそこに降ろして貰うと自分の足が目に付いて。相変わらず、鼻緒の部分が擦れて血が赤く滲んでいる。
帰り、コンビニで絆創膏でも買って帰ろうか。仕方ないや。
……隣に同じように、腰を下ろす新弥と目が合った。
「大丈夫か?…」何となく、宥めるように頭を撫でられると頷く。
「でも…痛いのは痛い。…」苦笑いをして、そう答えると新弥の顔が近づいてきて唇に軽く口付けられた。
「…ン……に…」不意のキスに、俺は少し面食らったけど特に抵抗はなくてそのまま俺は近づいてくる新弥の背中に腕を回した。
気づいたら、何度も繰り返すように口付けを交わしていた。軽く唇が触れるだけだったのに、そのうちその程度じゃ物足りなくなって舌が絡まるような深いものに変わっていく。
「…っふ、…ん…ン……」俺たちは、花火の上がる音を聞きながら、互いの口内を貪っていた。
どれくらいそうしていたのか、唇が離れた時は互いに銀糸が伝っていて。息を整えていると、俺の身体は気づけば新弥の膝の上に跨るように引き寄せられていて。…ぼうっとする頭の中で、俺はここは外だとか、虫に刺されるんじゃないか、とか。現実的なことを考えたけど、それは一瞬で。
浴衣の裾から、入り込んでくる新弥の手の感触を感じながら”これは夏のせい〟だ、と自分に言い訳をした。
この特別な空間のせいなんだって。










「あー。花火だ。ひっさびさに見た。ねぇ、霧人さぁ市販の買って、家でやんない?」
恋人の車から見える夜景に、遠く花火が上がる様子が見えた。特に、考えもせず運転席にいる霧人に俺はそう言ってみる。
「家のどこでやんだよ?ベランダとか狭いし、近所迷惑になんだろーが。」
「あーそっかぁ…」
子供の頃は、実家だったし家の庭で花火をやったものだけど、流石にマンションじゃ無理かぁ…でも、そう思うと余計にやりたくなるのが人間ってもので。
バーベキューとかやるような川辺とかなら、出来ないかな。そう思うと、隣の霧人にジー〜ーっと音がなるくらいに視線を向ければ眉を下げて信号待ちの間に俺を見つめ返してきた。
「…んだよ。そんなに、花火したいのか?」
「うん。」即答する俺に、軽く溜め息を吐いたかと思うと苦笑いをした霧人。
「仕方ねえなぁ…お前には敵わん。」そう言ったかと思うと、霧人は信号が青になると車を走らせて自宅に帰るのかと思ったら、近くの開いているスーパーまで向かっていく。この時点で、クエスチョンマークを頭の中に浮かべていた俺は不思議そうな顔をしていたと思う。
「ちょっと待ってろ。」そう言って、スーパーの駐車場に停めて俺を残し霧人は車を出てスーパーの店内の方に入っていった。
…少ししてから、両手にレジ袋を抱えて霧人は戻ってきて運転席の方に乗り込むと、俺にそのレジ袋を手渡す。
好奇心から、その中身を見ると
「…あ…。」花火だった。思わず霧人の方に視線を向けると、恥ずかしいのか霧人は明後日の方を向いていて。クスクス笑うと、俺は「ありがと」とお礼を言って花火の入ったレジ袋を抱きしめた。
そこからしばらくの間、霧人の運転する車は走り続けて高速に乗って。また更に走り始める。そうしているうちに、車は都心の方から離れていって。東京には似つかわしくない山の風景がみえてくる。…東京も、ちょっと離れたらこんな風景が広がってるんだよな。そんな景色を眺めていれば、車は高速から降りて下道に入る。少し走ってから、ちょうど俺が想像していたみたいな川辺が見えてきて、その川沿いに車が停まる。ドアを開けて外に出てから空を見上げれば、意外に綺麗な夜空が広がっていて。霧人が俺に「花火すんだろ?」と声をかけて、さっき買ったレジ袋の中身を俺に渡してくれた。
「霧人も一緒に、しよーよ。」
俺は、花火を物色しつつ火花の色が綺麗そうなものを選び取って霧人に渡して笑う。
「…やっぱり、お前には敵わん。」
そう言って、俺が選んだ花火を手にライターで火を点ける霧人。
…なんだかんだ言って優しいんだよね。
男二人で、川辺で、花火。そんなのもいいじゃない。俺も、しゃがみ込んで花火に火を点ける。小さな火花が弾けて、暗闇に溶けていく。その火花に照らされて霧人の横顔が映る。……綺麗だな。花火にも、恋人にも見惚れて。時間が過ぎていく。…明日のことなんて考えたくない。そう思った、そんな夏の日の夜のこと。


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